Pretense 6/8

「――ってことがあったの」


 時は進んで放課後。謎解き部の部室で、私はきいに昼休みのことを話した。


 思考モードに入っているきいは、何も言わずにゆっくりゆっくりと頭を振っている。決して、居眠りをしているわけではない。私の話を聞いて、また考え込み始めたのだ。


「おねえちゃんは、あの吉野って人のことを知ってる?」


 数分ほどでそのように声をかけられた。ちょっとびっくり。考え始めると数十分、数時間は考え込むのが常なのに、どういう風の吹き回しだろう。


「いや、そんなには知らないけど……」


「じゃあ調べてほしいな。たぶん、岡本って人を尊敬してるはずだから、それを確かめて」


「何かわかったの?」


「たぶん」


 ためらったようにきいは口を閉ざしたが、少しすると意を決したように口が開かれた。


「丹波が言ってたことは半分正しくて半分正しくない」


「それってどういうこと?」


 私が問いかけても、きいは答えてはくれない。確証があるまでは、話すつもりはないということだろう。前の時もそうだったけど、少しくらい話してくれたっていいじゃないかと思う。でも、抗議したところで聞いてはくれない。


 立ち上がった私は部室を後にする。



「吉野先輩のこと?」


 椅子に座った朝陽が、私の質問を繰り返した。


 ここは、報道部の部室。謎解き部のそれよりもずっと広い部屋は、明るいにも関わらず、どこか陰鬱とした雰囲気に包まれている。部員と思しき生徒はノートパソコンのキーを無心で叩き続け、日焼けしたプリンターは駆動音とともに、印刷し終えた紙を吐き出している。

 はじめて来たけどなんか不気味。


「う、うん。朝陽なら何か知ってるんじゃないかって思ってさ」


「知ってるけど」


「当然のことのように言うじゃん」


「当然だもん。あたしを誰だと思ってるの?」


「私をストーキングしてくるやばいやつ」


「残念っ。世界で一番リクのことを愛しているかわいいかわいい女の子だからね」


「…………」


「それで吉野先輩の何が聞きたいの? 住所? テストの成績? それともスリーサイズ?」


「個人情報が含まれてるけど、そんなことが聞きたいんじゃなくて。吉野先輩は、岡本先輩のことをどう思っているのかを知りたいの」


「ふうん。どう思ってるか、ね」


「わかる?」


「わかりますとも」


 でも、と言いながら、朝陽は手を差しだしてくる。


「なにさ」


「報酬プリーズ」


「……一緒に遊ぶ予定立てたよね?」


「それは別の要件の報酬だよ。それはそれ、これはこれってやつ」


「飲み物でいい?」


「飲みかけならいいよ」


 私は無視して部室を出て行く。近くの自販機へと直行して、スコールを買い、すぐさま朝陽の下へと戻る。


 キンキンに冷えたペットボトルを差し出すと、朝陽は苦笑しながら受け取った。


「それで、ゲーム部部長と副部長の関係だっけ」


「そう。黒美ちゃんは、副部長が嫉妬してるって言ってたけど、実際のところどうなのかなって」


 私には、密室の謎は解けそうになかった。そういうのは、私よりもずっと賢いきいに任せるとして、あの黒美ちゃんの言葉が本当なのか知りたかった。もし仮に本当なら、吉野先輩が岡本先輩のパソコンを破壊した可能性が高いといえるかもしれない。


 朝陽は脚を組み替える。その所作に何の意味があるかは知らない。ウィンクしてくるよりも前に続きを教えて。


「いやね。まさかとは思うけど、吉野先輩のことが――」


「断じて違う」


「よかった。もしそうだったらどうしようかと」


 にこにこと笑う朝陽は、言葉を続けた。


「二人の仲は悪いっては聞かないね。少なくとも、パソコンを破壊しようと考えるほど、険悪ではないよ」


「じゃあ、黒美ちゃんがそう思い込んでるだけか」


「たぶんね。あの子、岡本先輩に心酔してるみたいだから」


「……どっかの誰かさんで聞いたような話」


「誰のことやら」


「いや、朝陽のことだけど」


「それはそうと、二人はネット上で知り合ったことがあるんだって」


「へえ。ネット上でってことは、ゲーム?」


「そうそう。岡本先輩が大会出場してるゲームあるじゃん。あれをやってるときに知り合ったんだってさ。それで、高校進学したら、おんなじ学校でびっくり、みたいな。そっから交友があるみたいだよ? 今でも一緒にゲームすることもあるとか」


「よくそんな話まで」


 ふふふ、と朝陽が笑う。こいつの笑みって綺麗なのに、どことなく底知れないものがあって怖いんだよなあ。


「これも、リクを手伝うためだから……」


「いや怖いって」


 私は逃げるように、その場を後にした。

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