Pretense 5/8
スコール片手に部室を見て回る。
謎解き部二人、報道部一人、ゲーム部三人しかいないこの部室は、普通の教室ほどの広さがあり、大きなパソコンが何台も鎮座しているとはいえ、がらんとした印象を受ける。
「ぱ、パソコンが壊れてたから、みんなは帰ってもらったんです。あなたがたが来るって平くんが言っていたから……」
そのおかげで、私たちは部室の中を見て回ることができた。
でも、その結果は、わかっていた事実を補強しただけだった。
窓の鍵は異常なし。ドアの鍵も同様。鍵穴が壊されているとか窓ガラスが割られているということもない。カーテンを開いて窓を開けてみるけども、そこに広がっているのは校舎裏の駐輪場。帰宅途中の生徒と目が合ってすぐに窓を閉めた。
「隠れられる場所なんてないですよねえ」
「ここここっここにまだ犯人が隠れてるかもしれないってことですか!?」
「可能性だけど……。きいはどう思う?」
「それなら、今朝逃げてないとおかしいよ。吉野は何か知らないの」
「先輩を呼び捨てかよ……。見てねえ。足音がしたらすぐに分かったはずさ」
だって、ときいが言った。私は肩をすくめる。
やっぱり密室なのだろうか。しかし、犯人はどうやってパソコンを破壊したのか。
私たちは――正確には、朝陽はなんにも手伝っていなかったけど――密室を破る方法を考えていた。だが、結局は何も思いつくことはなく、その日は解散となったのである。
暗くなった街を歩きながら私は考える。
「何か思いついた?」
「思いついたなら話してる」
「そっか」
私たちは高校から十分ほどの位置に建っているアパートの一室に住んでいる。それほど広くはないけれど、二人で過ごす分には不満はなかった。
いつもなら短い距離なのに、今日はやけに長く感じる。考えながら歩いているからかも。
天を見上げると、星が瞬いている。街を覆う刺すような人工的光によって、星の数は地学の教科書で見るよりもずっと少なかった。
きいの横顔へと視線を移す。ぼんやりとした月の光に照らされたきいはどこか神々しく感じられる。そんなことを口にしたら、また怒られてしまうだろうし、なにより集中しているきいを邪魔したくはなかった
「晩御飯なんにしよっか。コンビニ弁当でいい?」
「やだ。手づくりオムライスがいい」
「……話聞いてるんだ」
翌日の昼休み。
私は岡本先輩の下を訪れることにした。きいはいない。部室で考え込んでいるみたいだから、置いてきた。
一階の、ゲーム部とは反対側に、三年生の教室が並んでいる。朝陽に聞いたところ、三年四組らしい。どうして先輩がどのクラスにいるのか知っているのかと聞くと、報道部だかららしい。報道部ってなんでもわかるのか。
それはさておき、三年生の教室のある廊下に着く。前に行った一年生の教室とは違い、視線が集中することはない。だけど、背の高い生徒だったり単語帳を食い入るように見つめている生徒だったりがいて、別の意味で緊張してくる。
三年四組の様子をそろっと見てみると、スマホを両手で持ってゲームをやっているらしい岡本先輩の姿。手を振っても気づいてもらえない。失礼しますと呟いて、教室の中へと入る。
「あの、岡本先輩」
「ひゃいっ!?」
動揺した先輩の手からスマホが宙へと飛び出していく。それを、私はキャッチして、先輩へと差し出した。
「ご、ごめんなさい……」
「いや謝るのはこっちの方というか。いきなり話しかけてすみません」
ごめんなさい、ごめんなさい。私と先輩の間で謝罪の言葉が行ったり来たり。
「えっと、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「う、うん。もうご飯食べちゃったし」
「もうですか」
時刻は十二時と九分。周りを見れば、今まさに手を合わせているところ。
小さく頷いた岡本先輩は、机の横に吊り下げられた袋を取って、テーブルに置いた。
その中に入っていたのはエナジードリンクだった。
私は岡本先輩を連れて屋上へ。でも、連れてきたことを後悔しつつあった。
今日は風がちょっと強い。風が吹くたびに、きゃっと岡本先輩は声を上げるのだ。その柳のように細い体が揺れる。それくらい、先輩は華奢だ。
「エナジードリンクばっかり飲んでると体に悪いですよ」
「へ?」
「……なんでもないです。それより、聞きたいことがあるんです」
岡本先輩を真正面からじっと見つめる。小さな瞳が大きくなり、ふらふらとさまよう。緊張させてしまっているのは申し訳なかったけども、目を見て話したかった。
「先輩はスコールをパソコンにこぼしましたよね」
時が止まったかのように、風がやんだ。岡本先輩の細い体が一本の棒のように硬直する。
その目に、涙がにじむ。
「べ、別に責めるつもりはありません。でもそうなのかなって」
私は慌てて言葉を続けた。
昨夜ベッドの中でごろごろしているうちに思いついたことだった。
きいはスコールの香りをパソコンの中からかぎ取った。また、岡本先輩はスコールの愛飲者。どこかでこぼしていてもおかしくはない。ゲーム中って結構集中しそうだし、ペットボトルを掴み損ねて倒した、とかありそうだ。でも、本当にそうだとは思っていなかった。
「ワタシが壊してしまったんです……!」
涙をぽろぽろとこぼす岡本先輩の顔はぐしゃぐしゃで、ちくりと胸が痛む。泣かされるために推測を話したわけではない、真実を知るためだとしても、実際問題先輩は泣いている……。
私は何も言わずに、先輩が話すのを待つ。しゃっくりをし、手の甲で涙をぬぐって、先輩は口を開いた。
「帰る直前になって、飲み物をこぼしちゃって。でもっ、あの時はちゃんと動いてたんです。ホントなんです!」
信じてくださいとばかりに、先輩が私を見上げてくる。泣きはらした顔に、嘘はないように見える。
それに、岡本先輩が言っていることは正しい。パソコンは飲み物をかけられてしまってもなお、壊れなかった。だからこそ、物理的に穴を開けられたに違いない。そして、そこまでの力を岡本先輩が持っていると考えにくい。
パソコンは液体でぬれたかもしれない。でも壊れることはなかった。
それとは別に、誰かがパソコンを破壊した。
「わ、わかりましたから。落ち着いてください」
私が泣かせたみたいで、誰かに見られたら勘違いされてしまうかもしれない。……いや私が泣かせたようなものなのだから、あってるのか。
何と声をかけたものかと悩んでいるうちに、岡本先輩は泣き止んだ。顔はまだ赤かったけども晴れ晴れとしていた。
「ごめんなさい。泣いちゃったりして」
「いえ、私のせいなので」
「ううん。そんなことない。隠してたワタシが悪いの。先生方に言っておけば壊されるのを防げたかもしれなかったのに」
「それを気にして……?」
岡本先輩は小さく頷く。「それにさ、あの時は壊れてなかったかもしれないけど、後になって壊れちゃうかもしれない。ゲーム中に壊れたらって思ったらゾッとするし、報告するべきだったんだよ」
「そうなんですね……」
「うん。そうしてたらきっと、パソコンも破壊されることなかったんじゃないかなって、思うの」
どこか寂し気な響きを持った声が、風に乗って飛んで行った。
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