Pretense 4/8
「オレが壊したって、どうやって? この部屋は施錠されてたんだぞ」
あくまで淡々と、吉野先輩が言う。黒美ちゃんは一瞬たじろいだけれど。
「ど、どうにかしてやったんだ。だって、副部長は部長に嫉妬してたんだからっ!」
「嫉妬……? それはどういう」
「部長の方が活躍してるからって、妬んでるんです」
「何をバカなことを言ってるんだ」
「いっつも部長とケンカしてるじゃん!」
「あれはケンカじゃない。意見を交換しているだけだ」
吉野先輩と黒美ちゃんが舌戦を繰り広げる。そのわきで、岡本先輩はあたふたとしながら、二人のことを交互に見ている。
三人の関係性が何となく見えてくる。きいにとってはそんなことはどうでもいいことらしく、破壊されてしまったパソコンをしげしげと眺めていた。
「まあまあ落ち着いて。黒美ちゃんが言ってることは本当なんですか?」
「本当なわけあるか。そりゃあ、人気があるってのは、ゲーマーとしては悔しいが、そもそもジャンル違いだぜ。パソコンを壊しまではしねえって」
「やっぱり悔しいんじゃないんですか! それで、先輩のパソコンを壊したんでしょっ!?」
「黒美ちゃんは吉野先輩が壊したところを見たの?」
「み、見てませんけど、絶対そうに決まってます」
「…………」
証拠があるわけじゃない。だけど、と思わないでもなかった。火のないところにはなんとやら、だ。
私は岡本先輩を改めて見る。その目には涙さえ浮かんでいるかのように、しっとりとうるんでいる。あ、こっちを向いた。すがるような視線。先輩だというのに、あふれんばかりの小動物感。助けてあげたくなるような、庇護欲を駆り立てられるような。
「副部長にいじめられたりとか、なかったです?」
「な、ないですぅ……」
「嘘ですっ。反応が遅いとかなんとか、いっつも言われてる」
「そりゃ、オレからしたら遅いってだけだ。――あんた名前は?」
そういえば、いろいろあって名乗っていなかった。私は名前を口にして、きいと朝陽のことも紹介する。
「リクは格ゲーってやったことあるか?」
「ないですけど」
「格ゲーはな、1フレーム――めちゃくちゃ短い間に反応しなきゃいけないゲームなんだ。たいていのゲームは、そこまで求められない。が、必要な時もある。その必要な時があったから、アドバイスしただけだ」
「あんな言い方はないです!」
話がまた紛糾しそうになったので、どうどうと二人を落ち着かせる。それでもなお睨み続ける吉野先輩と黒美ちゃんは、まさしく犬猿の仲といったところ。そんな二人と一緒にいる岡本先輩はさぞかし苦労しているに違いない。
それはさておき。
「黒美ちゃん。ほかに、パソコンを壊しそうな人っているかな」
私の質問に、黒美ちゃんは首を横へ振る。犯人は、吉野先輩ただ一人だと確信しているよう。
同様の質問を、岡本先輩と吉野先輩にもぶつけてはみたものの、心当たりはないらしい。
でも、パソコンを壊した犯人はいると、先輩二人は言うのだった。
――現場は密室だったにもかかわらず。
ふむ。
話がひと段落したところで、私はきいの方を見る。車いすから身を乗り出すようにして、穴の開いたパソコンを観察している彼女に、私はぎゅっと抱きつく。
きいの小さな体が固まると同時に、心臓が跳ねる音が聞こえた気がした。
「ななななななっ!?」
「いやどこまでなを言い続けるん?」
「だって、いきなり抱きつかれちゃったらびっくりしちゃうじゃんっ」
「怒ってるのかなって思って……」
そう言うと、きいがぽこぽこ殴ってくる。いつもはくっついてきて抱きついてきてって頼んでくるくせに。
「だから! いきなりだからだよっ!」
「ごめんごめん。それで、なにかわかった?」
「なんにも。何度も叩かれてるってことはわかるんだけど」
あとね、ときいはパソコンの中へと顔を近づけ、鼻をぴくぴく動かす。
「ほのかに甘い香りがするんだ。たぶん、スコールかなあ」
「ど、どうしてわかったんですか?」
「だってわたしもスコール好きだもん」
そうなんですね、と岡本先輩が呟く。その顔はどことなく嬉しそう。
「えっとスコールあるんだけど飲む……?」
「いただきます」
「きい?」
「だってくれるって言ってるんだよ? ならもらわないと」
私はきいの頭をはたく。そういう態度はどうなんだ。我が妹ながら将来が不安になってくるよ。
そんな私たちを見て、岡本先輩が微笑む。部室にやってきてはじめて目にした明るい表情であった。
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