Pretense 3/8

 プラスチックのパソコンケースに開いた穴は十センチほど。中のよくわからない基板が顔をのぞかせているほどで、その基板もまたすっかり粉々になっていた。ぱっと見だと、鈍器か何かで穴を開けたのちに腕を突っ込んで基板を叩き割ったように見えた。


 自然に壊れたとは考えられない。誰かが壊した――それも、並々ならぬ思いを抱いて。


 それを見たきいはふくれっ面を止め、よいしょばかりしていた朝陽はひゅうと口笛を吹いた。


「なるほど。壊されたとは聞いてましたが、これほどまでとは。――あ、カメラで撮っても?」


 そう朝陽が訊ねると、男子生徒の目線がゲーム部の部長へと向けられる。


「さくらくんがいいなら、それで……」


「わかりました、このは部長」


 どうぞ、とさくらと呼ばれた生徒が言う。待ってましたとばかりに、フラッシュが焚かれる

……。その姿は有名人に群がるパパラッチのようで、なんか引いちゃう。


「きいもパソコンを見たい?」


「見たいけど……あいつと一緒なのはいや」


「あたしはウェルカムだけどね」


「絶対いや!」


 そういうことなので、私ときいは話を聞くことにした。


「えっと。あなたが部長?」


「は、はい。部長の岡本このはっていいます。こっちが副部長の吉野さくらくんで、この子が丹波黒美ちゃん」


 岡本先輩に言われた二人が、おのおの返事をする。


 吉野先輩は警戒心を露わに、黒美ちゃんは急かすように。


「まず、誰が見つけたんですか。その、ひどい有様のパソコンを」


「俺だよ。俺が部員の一人と、朝一でやってきたときにはもうこうなってたんだ」


「朝一ってことは、それ以前には誰も?」


「ああ。俺が鍵を取ってきたし、一緒に来たやつも見てたはずだぜ」


「昨日、施錠したのは?」


「くろみ知ってるよ。このは先輩が最後に出たんだよ」


 びくっと岡本先輩の体が震えた。さっきからおどおどとしているけれど、大丈夫なのだろうか。


 もしかして。


「心配しないでください。あの朝陽は変なやつですけど、報道という面では真面目です」


「そ、そうなんだ」


 ひきつったような笑い。不安に思っているのは、朝陽の奇行ではないらしい。では一体?


「岡本先輩は昨日何か見ませんでした? 誰かがやってきたとか」


「み、見てません。ずっと一人で集中してたから隠れられてたらわかんないけど、鍵かける直前までFPSをやってたから。たぶん、そのときは壊れてなかったと」


「FPS?」


 疑問を呈したきいに、私は説明する。一人称視点の銃を撃ち合ったりするゲームってことしか私も知らない。


「このは先輩は大会でも好成績を残してるすごい人なんです」


 黒美ちゃんの口からはゲームの名前とか大会の名前とかが出てくるけれど、私にはちんぷんかんぷん。きいも同じなよう。わかるのは、黒美ちゃんが岡本先輩のことが好きで、自慢しているということくらい。当の本人はといえば顔を赤くさせてプルプル震えている。


「べ、別にすごくないよ……」


 なんて岡本先輩は謙遜する。俯きがちな顔には滝のような汗をかいていて、緊張しいなのが見て取れた。大会なんて出場したら、倒れてしまうんではないかと思ってしまうほどにおどおどとしていて、ここまでくると挙動不審みたいだ。


 しかし――。


 昨日の放課後、岡本先輩が見たときには間違いなく壊れてなくて、吉野先輩が今朝見たときには壊れていた。ゲーム部は施錠されていたらしい。


 つまり密室ということになる。


 誰も入ることができなかったにもかかわらず、犯行は確かに行われている。


 これは一体どういうことなのだろう。


「このパソコンは岡本先輩のパソコンなんですよね」


「は、はい。ゲーム部ではゲーミングPCを使用してるんですけど、大会で好成績を収めた部員は、特定の一台を使用できるんです。ゲームによって必要なスペックとか設定が変わるので」


「つまり、ほかの部員は決まったものを使っていないと」


 岡本先輩が頷く。ゲーム部には、パソコンがいくつもあった。そのほとんどは誰が使ってもいいもので、早い者勝ちで使用するのだとか。


 そうではないのは、ここにいる三人だけ。


「吉野先輩は格ゲー、丹波ちゃんは落ち物ゲーで表彰されたんじゃなかったかなあ」


「よく知ってるね、朝陽」


「そりゃあ報道部ですから」


 フラッシュが私を襲い、思わず目をつぶる。目を開けると、面白そうに笑う朝陽が見えた。こういうところがなければ好きなんだけど。


「もう写真はいいの?」


「大体は。あとはお三方の写真を撮ったらそれで満足かなあ」


「それは後にして。もうちょっと話を聞きたいから」


 はあい、と気の抜けた返事をした朝陽は、棚の上に飾られたトロフィーを眺め始める。事件が起きた場所にいるとは思えないほどの気楽さ。ゲーム部の人間との空気感といったら天と地ほどの差がある。


 私の隣には、別の意味でツンケンとしている人間もいる。


「きいは聞きたいことはないの?」


 たずねると、こわばっていた顔がわずかに明るくなって、元に戻っていく。


「……そこの丹波は何かを知ってるの?」


「黒美は犯人を知ってる!」


 振るわれた小さな指先に立っていたのは、吉野先輩であった。

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