Pretense 2/8

「なんで朝陽がくるの」


「そりゃあもちろん、愛しのリクのためならどこへでも」


「…………」


 呆れて何も言えない。


 朝陽はこういうやつなのだ。私のことが好きだとかなんとか言って、私にまとわりついてくる。本当に私が好きかどうかは正直わからない。


 私にスキャンダルな匂いをかぎ取っているだけじゃないのか。


「それもあるかもしれないですね。陸上部の元エースさん?」


「うるさい。陸上部の話はしないでくれる」


「おお怖い」


 なんて言いながら、大仰にリアクションを取る。そんな朝陽を見ているだけで私は疲れてくる。


 苦手なやつから目をそらせば、きいの頭が目に入る。先ほどから一言も発さない。車いすのハンドルから右手を離して、小さな肩をもむ。


 ひゃっと、ときいがへんてこな声を発した。


「な、何するんですかっ」


「だって、ずっと黙ってるから」


「……仲良さそうだなあって」


「いや別に仲良くなんかないけど」


 むしろ大嫌いまであるんだけども、朝陽はどうも思っていないらしい。さっきから抱きついてきてうっとおしい。それを見て、きいは仲がいいだなんて思い違いをしているのだろう。


 そんなきいの顔をのぞき込むと、頬をリスみたいに大きく膨らませていた。


「わたしの方がいっしょにいる時間は長いのに……」


「そりゃあそうだけども」


 むむむ、ときいはうなり声をあげる。私は肩をすくめて、ゲーム部まで向かう。気分は針の筵。早くつかないだろうか、そればっかりを考えていた。


 ゲーム部の部室は、一階にあった。三年生の教室とは反対の場所にあり、サーバールームの隣にあった。


 ノックする。緊張したような声が返ってきた。


 扉を開けた途端、冷気が私たちを包み込んできた。思わずたじろいでしまうほどに、冷房が効いている。


 キンキンに冷えた部室には、幾人かの生徒がいた。


 困ったような表情でおどおどしている女子。その女子の隣にいて男子を睨みつけている幼げな女子。睨まれた男子生徒は眉間にしわを寄せている……。


「アンタたちは?」


 すごい剣幕の男子が、つっけんどんに言った。私が答えようとする前に。


「あたしは報道部の朝陽って言いますっ。ここで事件が起きたって聞いてはせ参じました」


「なんだやじ馬ってことか?」


 じろりと彼の視線が、私ときいへと向けられる。私たちまで朝陽と一緒にしないでほしいんだけども。


「いや生徒会長から話が言ってるはずなんだけど……」


「あ、あなたたちが平くんが言ってた謎解き部の」


 そう言ったのは、おどおどとしている女子。生徒会長のことをくん付けしてるってことは、たぶん三年生だろうか。そして、おそらくはゲーム部の部長。


 部員二人の視線が私たちへと向く。そこに浮かんでいるのは疑念。……まあわからないでもない。謎解き部なんてはじめて聞いただろうし、そんなやつらがどうして生徒会長の指示でやってくることになったんだ、と疑っているに違いない。私にもよくわかんなかった。


「そそっ。ここにおわすはちょっと前に、謎の手紙を解読した謎解き部のお二人です。どーんと大船に乗った気持ちでいてください」


「何勝手なこと言ってるの。っていうか、どうしてそれを知ってる」


「あたしは報道部ですよ? 特別な情報網があるの」


「……まあいいけどさ。あまり期待させるようなことは――」


「今日中に犯人を見つけ出して見せましょう!」


「言うなって」


 私は、朝陽の頭をはたく。あいたっ、と朝陽は口にしたけども、その声音はどこか嬉しそうで腹が立つ。


 と、つま先に鋭い痛み。見れば車いすの車輪が乗り上げていた。考えるまでもなく、きいの仕業だ。見ればきいはふくれっ面になっていた。


「ふんっ」


「あはは……」私は猛烈に恥ずかしくなって頭をかく。「それで、パソコンが壊されたって本当なんですか?」


「本当に決まってるでしょ!」


 叫ぶように、幼そうな女子生徒が言う。


「あなたは?」


「くろみは黒美っていうけど、そんなことどうでもいいのっ! だって、先輩の大切なパソコンが壊されちゃったんだから」


 小さな口から機関銃のように言葉が飛び出してきて、私はびっくり。


 でもやっぱりパソコンは壊されてしまったらしい。


「そのパソコンって?」


「こっち!」


 私たちは、黒美ちゃんに導かれて壊されたパソコンの下へと向かう。


 それを見た途端、ああ、とこぼれた。


 パソコンというものにはあまり詳しくはないけれど、壊れていると私でも断言できた。


 テーブルの上に置かれた大きな箱には、無残にも大きな穴が開いていた。



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