Petense 1/8

 私はため息をつく。


「おねえちゃん、ため息ってついたら幸せが逃げてくんだよ?」


「……もう逃げてるようなものだけどね」


 先ほどの放送を思い出すだけで、頭が痛くなってくる。


 私ときいは生徒会長に呼び出しを食らった。内容には触れていなかったけど、どうせ前みたいに、私たちに面倒ごとを解決させようとしてるんだろう。


 車いすにちょこんと座っているきいに視線を向ける。その表情は太陽のように輝いていた。


「きいは楽しみなの?」


「とっても。だって、また謎が解けるんでしょ」


「どうだろうね」


 私としては、面倒ごとに巻き込まれたくはない。だけど、きいの嬉しそうな表情、弾むような声を前にすると、そうとは言えなくなってしまう。


 出かかった言葉を飲み込んで、生徒会室へと向かう。



「ゲーム部を知っているかい?」


 生徒会長こと平先輩がそう言った。全員が席に着いてすぐのことであった。


「ゲーム部ってなに?」


「ゲームをする部活。確かeスポーツ大会で何度か賞を獲得した実績もあったような」


「よく知ってるね。お友達に報道部の子がいるからかな」


「…………そのゲーム部がどうかしたんですか」


 思いっきり先輩のことを睨みつけてやったけども、平先輩は悠然と笑っている。


「今朝は外が騒がしかったと思わないかい」


「いきなり話が飛びましたね。えっと朝っていったらネコが入り込んできたとか。きいは何か

知ってる?」


「ふふん」きいが自信満々に胸をそらす。「朝はずっと部室にいたからなんにも知らないよ」


「きいに質問した私が悪かったよね」


 今日何度目かのため息をついた私に、平先輩は含み笑いを上げる。その視線が橘花先輩へと注がれる。


「今朝、ゲーム部のパソコンが破壊されるという事件が起きました」


「パソコンが破壊された……」


「はい。ゲーム部のパソコンはゲーム用の高価なものです。それが鈍器のようなもので破壊されたと聞いています」


「そんなの本当に事件じゃないですか。警察に通報したんですか」


「いいや、まだじゃなかったかな」


「それっておかしくないですか。まるで、警察に通報したくないみたいな――」


 私はその先を言おうとしたが、平先輩が手を上げて制止してくる。


「僕もそう思わないでもないけれど、先生方の気持ちもわからないでもない。それに」


「それに?」


「事件は起こりようがなかったのだよ」


 ――だって密室だったのだから。


 凛とした声が、静かな生徒会室へと響く。


 私はごくりとつばを飲み込む。


 密室。


「密室っ!?」


 驚愕の声を上げたのは、隣のきいだった。顔を見れば、その目はダイヤモンドのように好奇心でキラキラ輝いている。


「密室ってあの密室ですかっ。ミステリとかで定番の」


「定番かどうかはさておき、そうだね」


「わぁ……! 一度密室に挑戦してみたいと思ってたんです」


「それはよかった。リクさんはどうかな」


 わかってくせに。私は心の中で呟く。あの、いつだって笑っている先輩は、私ときいの扱い方をよく知っている。どうすれば、望むままに動いてくれるのか。


 体のいいように操られているとはわかっていても、きいが望むことを手伝ってあげたい。


「やればいいんでしょ。そうしたら、部活は」


「うん。確約はできないけれど尽力はする」


「絶対ですからね」


「約束をたがえるつもりはないよ」


「ならいいんですけど。それで、何をすればいいんですか、事件を解決すればいいんですか」


「いや、そこまではしなくてもいいよ。それは警察の仕事だから。事件かどうかだけわかれば、先生方も動きやすくなるだろうから」


「じゃあ、話を聞いてくればいいってことですか?」


「それでいいよ。助っ人もすでに呼んであるから」


 助っ人という言葉に、妙な不安を覚える。なんだか、苦手な人間がやってくるようなそんな予感がした。


 その時、扉がバンと勢いよく開く。


 そこに立っていた生徒を見て、私は頭が痛くなってきた。


 首からカメラをぶら下げ、腕には緑の腕章。それをよくよく見て見れば『報道部』という文字が金に輝いている。


「報道部から、この方は河北朝陽さん」


 平先輩の言葉に、生徒会室へと入ってきた朝陽が手を上げる。


 その視線が、まっすぐに私の方を向いて、ウインク。見ているだけで、気分が暗くなってくる。


「やあやあ皆さんこんにちは。報道部のエースことワタシがやってきましたよ!」

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