Heart to heart 6/7

「ああっ。ミステリに登場する言葉で口に出したいランキング一位のこれをついに言えるだなんて……!」


「きい」


 ごみ溜め同然の部室に呼び出されることとなってしまったまどかちゃんは、困惑していた。部室にもだし、訳知り顔で立っているきいにも驚いてしまっているようだ。


 きいは咳ばらいを一つして、


 ――さて。


 いつになく厳かにそう言った。


「ワタシはこれを暗号といったけれど、その推理は間違ってなかったよ」


「そ、そうなんですか」


「……早く本題に入ってあげて」


「鍵をずっと探してたんだ。暗号を解くカギ。それはワタシたちの前にずっとあった」


 きいは文字がびっしりと書きこまれた紙をつまむ。


「この形は正方形。なぜ、正方形か。正方形じゃないといけなかったからだよ。どうしてかわかる?」


 ヒントは和紙で、正方形のもの。そう言われて脳裏に浮かぶものがあった。


「――折り紙」


「おねえちゃん当たり。そうこれは折り紙だから。じゃあどうして折り紙じゃないといけないのかって話になる。折り紙から連想されるのは、折るという行為」


 きいの視線がまどかちゃんへと向く。ぴょんとその小さな体が、緊張からか飛び上がっていた。


「一年生の間で、ハートに折った手紙が流行ってるって聞いたんだけど、あってる?」


「は、はい。葵ちゃんが流行らせたみたいで」


「なら、ワタシの推理はいい線いってるかも」


「その推理って」


「その暗号があなたへと向けられた手紙――あなたの友達の葵って人からのね」


 きいの言葉に、まどかちゃんは驚きの声を上げる。その視線が、ちゃぶ台の奇妙な暗号へと注がれる。視線に宿っているのは、疑心にも近い感情。


 それは私も同じだった。


「どうして葵ちゃんが宛てたものだってわかるの?」


「だって、まどかの友人が葵なんでしょ? ほかに送る人がいないじゃん」


「まどかちゃんのほかの友達だって可能性が」


「確かにその可能性はあったけど、たった今違うってわかった。ハートの手紙を流行らせた人間なら、それを鍵にした暗号を出しても不思議ではないよ。だって、一年生ならだれでも知ってるってことになるから、鍵にはうってつけだもん」


「それをまどかちゃんが理解できるとは限らないけど」


 そして、実際のところ、まどかちゃんは暗号を解読できなかった。


 そんな不確かな可能性に、葵ちゃんはかけたってことになってしまう。それってちょっとおかしくはないだろうか。


 なのに、きいは頷いた。


「どうしてそんなことをしたのかワタシにはわからないけどね。ただ、わからない可能性もあるからこそ、和紙を使用して形も正方形にしたんだろうね」


 きいは、ちゃぶ台の上の紙を、真向かいに座るまどかちゃんへと押した。


「ハートをつくってみて」


 まどかちゃんは頷き、暗号文を折り始める。その手は、震え、気が早っているのを表すように、何度か折り方を間違える。そのたびに髪はぐしゃぐしゃになる。


 できたハートはいびつで、でもどこか愛らしい。


「ワタシの推理が正しければ、文章のどこかを読めばいいんじゃないかな。――ハートの周りとか」


 きいは可能性の一つを言葉にしただけだろう。それは当たっていた。


『ほうかごおくじょうでまってる』


 放課後屋上で待ってる。


 まどかちゃんは、そっと親友からの手紙を手に取って、立ち上がる。遠慮がちな目が、私ときいを見てくる。


 私は部室の外へ手を向ける。


 大きく勢いよくお辞儀したまどかちゃんは、走り去っていった。


 足音が聞こえなくなってから、きいはちょっと炭酸の抜けたスコールを飲む。


「一つだけわからないことがあるんだ」


「きいにしては珍しい」


「おねえちゃん、茶化すなんてひどいよ」


「ごめんごめん。それでわからないことって?」


「どうして、暗号なんて面倒なことをしたんだろうねって。だって、友達なんでしょ? 話せばいいじゃん」


「ホントだ」


 暗号はまどかちゃんだけに伝えたいから行った。それはわかる。だけど、それだけの理由なら、暗号化する必要はない。だって、人のいないところ――公園とか二人の家とか、それこそ屋上で話したっていいわけで、暗号、いやそもそも手紙を使用しなくてもいいのだ。


 と。


 私の脳裏に映像がよみがえる。


 それは、あの時屋上で出会った葵ちゃんの表情。ずっと気になっていたあの羞恥心の向かう先は、まどかちゃん――?。


 突拍子もない発想だった。だけど、そう考えると辻褄は合った。


 暗号化した手紙を送った理由。


 解かれるかもわからない一か八かの賭けに出た理由。


 まどかちゃんから避けていた理由。


 そのすべてが一点へと収束していく。


「恋しちゃった――なんてね。私の勝手な憶測に過ぎないかなあ」


「何言ってるのおねえちゃん」


「……でも、いつも私に好き好き大好きって言ってる人が、人の好意はわからないなんてねえ」


「だってワタシはおねえちゃん一筋だからっ!」


「ああそう……」


 キラキラと輝いた眼をこちらへ向けてくるきいを直視できずに、目をそらすのだった。

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