第9話 お礼の手料理

「お待たせ」


 しばらくして、中谷さんがお皿に盛った状態で料理を運んできた。

 祥平は無意識に感嘆の声が漏れ出る。

 お皿に盛りつけられているのは、家庭料理の定番である肉じゃが。

 湯気が立ち、じゃがいもやニンジンがゆつに染みこみ、香ばしい香りを漂わせていた。


「これ、中谷さんの手作りだよね?」

「うん……久しぶりに作ったから、ちょっと自信はないけど」


 不安げに視線を彷徨わせる中谷さん。

 けれど、中谷さん特製の肉じゃがは、見栄えだけで美味しいと言わしめるほどに高クオリティな出来映えだ。


「冷めないうちに食べちゃって。この前のお礼だから」


 そう言って、小皿に肉じゃがをよそい、手渡してくれる中谷さん。

 祥平は小皿を受け取り、手作りの肉じゃがを目の前にして、思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。


『いただきます』と口にしながら手を合わせてから、祥平はおもむろに箸を手に取った。

 肉とじゃがいもを箸で掴み、ぱくりと咀嚼する。


 口の中に入れた途端、ほろほろとじゃがいもが口の中でほぐれていく。

 じゃがいもの甘味を感じたかと思えば、お肉に染みこんだコクのある和風だしが口内全体から鼻の奥まで染み渡る。


「ど、どうかな?」


 不安げに尋ねてくる中谷さんに対して――


「めちゃくちゃ美味しい!」


 祥平はサムズアップして満面の笑みで応える。


「本当に?」

「うん、言葉で言い表すのは難しいんだけど、凄く具材が煮込まれてて味付けも最高だよ!」

「お口に合って良かった」


 中谷さんは、ほっと安堵した様子で胸を撫で下ろす。

 それになんだか、中谷さんの作ってくれた肉じゃがは、真心のこもった懐かしい味がした。

 祥平の子供の頃の記憶が、ちょっとだけ呼び戻された感じがして、悦に浸ってしまいそうになる。

 はっと我に返り、祥平は中谷さんへ問いかける。


「そう言えばだけど、体調はもう大丈夫なんだよね?」

「うん、おかげさまで元気になったよ」

「ならよかった」


 中谷さんの体調が回復してくれてなによりだ。

 もし仮に、偶然とはいえ、あの場で中谷さんに出会っていなければ、彼女は凍える寒さの中、路頭に迷っていたかもしれないのだ。

 下手したら、命の危険に晒されていた可能性だってある。

 そう考えると、本当に人生というのは色んな人達との巡り合わせ何だなと思う。


「ごめんね、勝手に家に上がり込んじゃって。本当は、加賀美君の了承を得てからの方がいいと思ってたんだけど、いつになっても返信来ないから、夕食の準備もしたくて鍵使っちゃった」

「そりゃまあ、別人に送ってたら返信も来ないわな」

「そ、それはごめんってば……」


 自身の失態を責められ、中谷さんはちょっぴり拗ねたように頬を膨らませた。

 これ以上弄ると、中谷さんの機嫌を損ねかねないので、祥平はほどほどで流しておく。


「別にいいよ。特に見られて困るものもないし」


 祥平がそう言うと、お咎めなしだと分かり、再びほっと安堵の息を吐く中谷さん。


「あと、ちょっとだけゴミとか勝手に片づけちゃったけどいいよね?」

「あぁ、ごめん。ありがとう」


 ゴミ捨て場に持っていくのを忘れて、貯めていたゴミがあったのだが、きれいさっぱりなくなっていた。

 なんだかゴミまで片付けてもらっちゃって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「というか、わざわざお礼なんてしてもらわなくてもよかったのに」

「いやいや、あれだけ面倒見てもらって、お礼しないわけにはいかないよ。それに私、寝てる間に帰っちゃったわけだし……」

「目が覚めた時、一声かけてくれればよかったのに」

「それはだって……加賀美君が凄く心地よさそうに寝てたから、起こしちゃ悪いと思って」

「その善意は嬉しいけど、起きた時、中谷さんがいなくなってて驚いたっての。まあ、書置きがあったから良かったけどさ」

「本当にごめん。次からはちゃんと起こすようにするね」

「出来れば、次が無いようにして欲しいんだけどね?」

「あはっ、確かにそれは言えてる」


 何がおかしいのか、くすっと肩を揺らして笑う中谷さん。

 普段学校では見せない笑顔を、祥平の前で振りまいている。

 髪色が違うことも相まって、彼女は本当に中谷さんなのかと疑ってしまう。

 祥平は今、同じ顔の別人と話している不思議な感覚を体験しているようだ。

 そしてふと、精進に言われたことを思い出す。


『集団における共通の的、それが中谷友美という存在なんだよ』


 こうして話していても、全く問題児という印象はなく、むしろ慈愛染みた優しさのようなものすら感じる。

 彼女がもっとクラスに馴染める世界戦は無かったのだろうか。


「なんだかなぁ……」

「ん、どうかした?」

「いや、何でもない」


 祥平は取り繕って、別の言葉を口にする。


「そうだ。鍵、受け取るよ」


 手を前に差し出すと、中谷さんはエプロンのポケットからカギを取り出して……自身の胸元へ押し当ててしまう。

 そして、遠慮がちな視線で問うてくるのだ。


「返さなきゃ……ダメかな?」


 と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る