第8話 不法侵入者

 部活を終えた帰り道。

 祥平は夜道を歩きながら、昼間精進に言われた、共通の的について考えていた。


 誰かを犠牲にしないと、集団が働かない。

 精進は確かにそう言った。

 本当にそうなのだろうか?

 誰も傷つくことのない集団だって作ることが出来るはずだ。

 校則を破っていようが、同じ空間を共有するクラスメイトとして受け入れることが大切なんじゃないのか?

 モヤモヤとした気持ちを持ったまま、祥平は自宅の玄関前へと辿り着く。


「あれっ……」


 そこで、祥平は部屋の違和感に気づく。

 玄関横の小窓から、部屋の明かりが漏れているのだ。


「朝消し忘れたのかな?」


 いや、そんなことはない。

 祥平はいつも、玄関を出る時、照明の確認を怠らない。

 そんな失態を犯すことはないはず。


「もしかして……泥棒⁉」


 となれば、他に考えられるのは、祥平以外の誰かが侵入したという可能性。

 空き巣に入る犯人というのは、その部屋の住人の生活リズムを把握してから犯行に及ぶと聞いたことがある。

 先に警察を呼んだ方がいいだろうか?

 祥平が不安に駆られていると、不意に換気扇の排気口から、食欲そそられる香ばしい香りが漂ってきた。


「えっ……料理?」


 祥平が、恐る恐るドアノブに手をかけると、施錠は解除されていた。

 一つ息を吐いてから、祥平は一気に玄関の扉を開け放つ。


「あっ、おかえりー」


 開け放った扉の先に広がっていたのは、キッチンに立つ、淡黄の髪色をした中谷さんの姿。

 オマケに、白地に水色の水玉模様が入ったエプロンまで身につけている。

 祥平は身体全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。


「な、なんだ、中谷さんか……驚かせないでくれ」


 中谷さんに鍵を貸していることを、すっかり失念していた。


「ごめん、勝手にキッチン借りてるー」


 安堵する祥平をよそに、中谷さんは分かっていないのか、頓珍漢な謝罪を述べてくる。


「いや、そうじゃなくて……普通に泥棒に入られたのかと思ってびっくりしたんだってば」

「えっ、でも私ちゃんと連絡したよね?」

「うそ⁉」

「ほんとほんと」


 祥平が慌ててスマホを見るものの、中谷さんらしき人物からのメッセージは届いていない。


「ほらこれ」


 証拠と言わんばかりに、中谷さんはスマートフォンを取り出し、文面を見せてくる。

 確かにそこには、『今日鍵を返しに行きます。あとお礼に、夕食を作らせてください。連絡待ってます』と書かれていた。

 そして宛先には、ローマ字で『Shohei』とニックネームが記されていて――


「って誰だこれ⁉」


 祥平は思わず謎の『Shohei』というアカウント名を見て、驚きの声を上げてしまう。


「えっ、これ加賀美君じゃないの?」

「違う、違う。これ多分『しょうへい』違いだから」

「えっ、嘘⁉」

「俺のアカウントはこっち」


 祥平は、『かがみん』と書かれた自身のメッセージアプリのプロフィールを中谷さんに表示する。


「えっ……じゃあ私、どのしょうへい君に送っちゃたの⁉」

「さぁ? 見たことないアイコンだから、多分俺が知らない人?」

「間違えたって送っておかないと……!」


 中谷さんは慌ただしく自身のスマホを操作して、見知らぬ『Shohei』へ誤送信だったことを必死に弁明していた。

 そんなおっちょこちょいな中谷さんを眺めていたら、なんだか勝手に家に上がり込んだことなど、どうでもよくなってしまって、むしろ微笑ましささえ感じてしまう祥平であった。

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