第7話 共通の的
「加賀美、飯食おうぜ」
「おう」
昼休み。
友人の
黒縁の丸い眼鏡にストレートの髪の毛。かなりやせ型の体型をしており、肌も日焼け一つなく真っ白。一見不健康そうに見えるものの、こう見えて卓球部のエースをしていたりする。
ほんの数年前まで、卓球部は運動音痴の集まりというイメージだったものの、オリンピック後から人気が急上昇。今では、運動部の花形に食い込もうとしている勢いだ。
精進は例外で、小学生の頃から卓球一筋という筋金入りの卓球少年。精進曰く、卓球部は他のスポーツと違って走り込みなどが必要ないため楽なのだとか。
祥平は登校途中で立ち寄ったコンビニで買ったおにぎりを頬張りつつ、ちらりと中谷さんの方を確認してみる。
「中谷さん! 一緒にご飯食べよー!」
すると、中谷さんに向かって声を掛ける人物が一人。
クラスメイトの
鳴沢の誘いに対して、中谷さんは申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「ごめんなさい。今日は学食なの」
「じゃあ一緒に行くよ!」
手に持ったお弁当を掲げながら、あくまで一緒に食べたい意志を示す鳴沢。
「私は一人で平気だから、気遣わなくてもいいよ」
鳴沢に対してそう言い切ると、中谷さんは席を立ち、教室の外へと歩き出してしまう。
それを追うようにして、鳴沢は後を付いていく。
「気遣ってなんかないよ! 私は自分の意志で、中谷さんと一緒にご飯が食べたいの!」
鳴沢が物怖じせずに言い切ると、中谷さんは呆れた様子で息を吐く。
「もう、勝手にして頂戴」
「わーい! やったぁー!」
嬉しそうに手を上げる鳴沢を引き連れて、中谷さんは食堂へと向かって行った。
その様子を眺めていると、向かいに座る精進が、感嘆の声を上げる。
「相変わらずすげぇな鳴沢は……。中谷さんに対して、あの物怖じしない姿勢は尊敬するぜ」
「そうだね。なんと言うか、人当たりがいいよね」
「まっ、お前もだけどな」
「えっ、そうかな?」
祥平自身は自覚がない。
けれど、精進から見れば、祥平は人当たりがいい部類に入るらしい。
「人当たりがいいのはいい事だ。けどな、鳴沢みたいに中谷に話しかけるのだけは止めておけよ」
「なんで?」
「同じ中学だったんだ。お前も噂ぐらいは知ってるだろ?」
「あぁ、そういうこと」
精進の言いたいことを理解して、祥平は納得したようにうなずいた。
中学時代から噂の絶えなかった中谷さんのことを、同じ中学出身の精進も警戒しているらしい。
「いいか祥平。友人代表として忠告しておく。中谷とは関わらない方がいい」
行儀悪く箸先を祥平に向けながら、精進がきっぱりと言い切った。
「どうしてさ?」
祥平が首を傾げると、精進はちょいちょいと手招きをしてくる。
顔を近づけると、精進が小声で話し出す。
「ここだけの話なんだが、中谷の髪はヅラらしいんだ」
「えっ、そうなの?」
「見りゃわかんだろ。明らかにあんなおかっぱ頭怪しいに決まってんだろ」
祥平は先日、中谷さんを助けてあげた時に淡色の金髪だったことを見ている。
けれど、ここではあえて知らぬ振りを突き通す。
「最近じゃ、中谷のヅラの中に隠されてる地毛を見たら、不幸が訪れるという噂まで出てきてるらしい」
「なにそれ? 都市伝説にも程があるでしょ」
中谷さんは、疫病神か何かなの?
これだけでも十分伝わると思うが、中谷さんは学内で問題児として扱われ、生徒達からかなり忌避されている。
そして悪い噂は、祥平の耳にも自然とこうして人づてに入ってくるのだ。
「でもさ、そういう噂って、実際に検証してみないと分からなくない?」
「バカ野郎。そうやって好奇心を持つなと言ってるんだ」
精進は、先程よりさらに鋭く、箸先を目の前まで突き刺してくる。
「危ねぇな⁉ 目に刺さるところだったぞ⁉」
「心配いらん。当たらぬよう力加減は調整してる」
精進は冷静に言いながら箸先を下ろして、そのままお弁当の白米を掬い上げる。
そういう問題じゃない気がするけど……まあいいや、話しを戻そう。
「どうして話しちゃいけないのさ?」
祥平が尋ねると、精進は白米を咀嚼してから口を開く。
「いいか。正しいかどうかなんて、周りの奴らは正直どっちでもいいんだ。ヘイトを買ってくれてれば、自分たちは安泰の学校生活を送れるからな」
「うわっ、なにそれ。つまり中谷さんはただの噛ませ犬ってこと?」
「なぁ祥平よ。人間という集団において、必要なモノって何か分かるか?」
突然哲学的なことを問われ、祥平は首を横に振る。
すると、精進は意を得た様子で、口先を吊り上げた。
「共通の的だよ。誰かがその的になることで、その集団は潤滑に回っていくんだ」
「つまり、その共通の的って言うのが、この学校だと中谷さんだってこと?」
「そうだ。髪染め疑惑の校則違反。遅刻はほぼ毎日の常連。他の奴は真面目に規律を守ってるのに、一人だけ異端児がいたら、そりゃヘイトも向くに決まってるだろ」
「……そういうの、俺はあまり好きじゃない」
「好きじゃなくても、社会において必要条件なんだよ。お前もこれから社会に出る時、せいぜい輪から外れた道を通らないよう気を付けるこったな」
そこで、この話はここで終わりというように、精進は箸でおかずを掬い上げて口に含んで黙り込んでしまう。
祥平も渋々話を切り上げ、昆布のおにぎりを咀嚼する。
塩っけのある昆布を食べながら思う。
中谷さんの髪色や遅刻は、一種の個性であり、受け入れるべきなんじゃないかと。
それを規則違反しているからと言って、悪者扱いして性格を知ろうともしないのは、ただのズルじゃないかと。
祥平の頭の中には、モヤモヤとした感情が残った。
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