第6話 校則破りの問題児

 週明けの月曜日。

 お経のような世界史の授業を受けてながら、祥平が舟を漕いでいると、突如ガラガラと教室後ろの扉が開かれた。

 教室にいる生徒たちの視線が、一斉に後ろ扉へと集まる。

 そんな視線を浴びながら、前髪をカールしたショートボブのウィッグを被った中谷さんが、物怖じすることなく教室へ入って来た。


 中谷さんだと分かると、クラスメイト達の視線は、すぐさま前方の黒板へと向けられ、板書をノートへ写し始める。

 世界史の先生も、中谷さんが遅刻してきたことを特に咎めることはせず、すぐさま授業へと戻っていく。

 中谷さんは、何事も無かったのように、後ろから二列目の席へと荷物を置き、コートを脱いで着席する。


 祥平はしばらく、そんな中谷さんの様子を眺めていた。

 まず最初に思ったのは、体調が良くなり、学校へ登校してきてくれたことに安堵したこと。

 先週は、金曜日まで学校を欠席していたので、あれからさらに症状が悪化したのではないかと心配していたのだ。

 そしてもう一つ気がかりだったのは、中谷さんが入って来た時のクラスメイト達の反応について。

 明らかに異端児を見るような冷たい視線が、中谷さんに注がれていた。


 中谷さんがウィッグを付けていることは、校内でも噂になっており、『校則破りの問題児』としてレッテルを貼られていた。


 今思い返せば、中学の頃から、中谷さんは何かと噂が絶えなかった。

 中学一年の頃には、三年生のサッカー部の先輩と付き合い始めたとか。

 中学二年の頃には、読者モデルを始めて、雑誌の載ったりしていたそうだ。

 三年生になると、社会人の彼氏と街中を歩いていたなんて噂も聞いたことがある。


 そして高校生になり、新たな環境に身を置いて彼女を取り巻く環境が変わるかと思いきや、校風に馴染むことが出来ず、こうしてクラスメイト達からも一歩引いた視線を向けられる存在になってしまっていた。


 四年間ずっと同じクラスだった祥平。

 けれど、ほとんど関わりを持ってこなかったこともあり、彼女のことを知っているかと言われたら、あまりよくは知らない。

 それでも、先日道端で体調を崩して電柱に蹲っていた中谷さんを看病してあげたことで、少し分かったこともある。

 奇抜な見た目や奇妙な噂に反して、中谷さんは意外としっかりしているということ。

 普通に気遣いが出来る子だったし、祥平に対しても終始適切な対応を心がけていた。

 あの日話した限りではあるが、祥平の中で彼女に対して悪い印象は全くもってない。

 それどころか、むしろ普段の学校での振る舞いと違って、好印象さえ覚えてしまった。

 人は見た目に寄らないとは、まさに中谷さんのためにある言葉なのだろう。


 しかし、それと同時に、祥平の中にとある疑念が湧き上がる。

 彼女はどうして、学校内では問題児として振舞っているのかということに……。


「……君。加賀美君!」


 すると、不意に名前を呼ばれて、祥平は意識を現実へ引き戻される。

 前を向けば、世界史の先生が祥平の名前を呼んでいた。


「加賀美君……今の話、ちゃんと聞いていましたか?」


 クラスメイト達の視線が集まる中、翔平は首を横に振った。


「すみません。聞いてませんでした」


 正直に白状すると、世界史の先生は呆れた様子でため息を吐く。


「まったく……しっかり授業は聞くように」

「はい」


 今回は注意だけで、お咎めはなかった。

 祥平は身を縮こまらせながら、板書をノートへと写す作業へと戻る。

 ほとぼりが冷めた頃、ちらりと中谷さんの様子を盗み見る。

 すると、中谷さんもこちらを覗き込んでおり、不意に視線が交わった。

 中谷さんは物珍しそうな様子でこちらを見つめていたが、目が合うと気まずそうに視線を前に戻してしまう。

 情けない所を見られてしまったという恥ずかしさを覚えつつ、祥平は世界史の授業をやり過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る