第3-2話 踏み込んじゃいけない話題
祥平の伸ばした手のおかげで、中谷さんは転倒を免れ、手の中へ何とか収まってくれる。
「ダメだよ。中谷さんはまだ体調悪いんだから。今は眠れて一時的に元気かもしれないけど、ちゃんと安静にしてないと」
「ご、ごめんなさい……」
祥平は中谷さんの身体を支えながら、ゆっくりと再びベッドへ座らせてあげる。
「今バッグ取ってきてあげるから待ってて。それから、今日はゆっくり家で休んで行っていいから」
「えっ⁉ でも、加賀美君に迷惑掛けちゃうよ。ご家族もいらっしゃるだろうし……」
「その心配はいらないよ。見ての通り、俺一人暮らしだから」
祥平が手を広げながら言うと、中谷さんも改めて部屋を見渡した。
玄関前にキッチンがあり、向かい側にユニットバスがあるだけのワンルームの部屋。
家族が居住できるスペースはどこにもない。
「ごめん……良く見れば分かったことなのに、私余計な事言っちゃったよね」
申し訳なさそうに眉尻を下げる中谷さんに対して、祥平は手を横に振る。
「気にしてないから平気だよ。別に不幸があったとか、そういうわけじゃないから」
祥平が高校入学時に、父が海外転勤することになり、母も一緒について行っただけの話。
複雑な訳アリな事情など、加賀美家には何もない。
「それより、中谷さんの方こそ大丈夫? こんな時間だけど、ご両親心配してない?」
時計を指差せば、時刻は既に夜の十時を過ぎている。
年頃の娘が夜遅くまで帰ってこないと知って、さぞかし心配しているのではないだろうか。
そんな軽い気持ちで尋ねたのだが、中谷さんはどこか卑屈めいた笑みを浮かべて頬を引きつらせた。
「家に帰っても、私を出迎えてくれる人なんていないから……」
どこか悲壮感すら漂う、自虐気味に吐き捨てたセリフ。
祥平は、すぐに地雷を踏んでしまったと自覚する。
「ごめん、余計なこと言った」
即座に謝ると、中谷さんははっと我に返った様子で手を横に振った。
「ううん、気にしないで。お互い家庭事情なんて知らなかったんだから、仕方ないよ」
中谷さんはそう言ってくれるものの、先ほど眠りかけの時に『お母さん』と呟いたのを聞いてしまっていたので、なんだか居た堪れない気持ちになってしまう。
「だとしても、踏み込んじゃいけないことを聞いた」
「本当に気にしてないから平気だよ。お互い学校でほとんど絡んでないんだから、家庭の事情を知らないのも仕方ない事でしょ」
祥平と中谷さんは、中学からの同級生。
しかし、それだけの間柄であり、教室で気軽に話しかけるような仲ではない。
もっと端的に言ってしまえば、祥平と中谷さんはただの『顔見知り』でしかないのだ。
お互いにどういう中学時代を過ごしてきたかとか、高校に入学してから環境がどう変わったかとか、人づてに聞いた情報しか知らないのである。
だとしても、中谷さんが言いにくそうにしている時点で、センシティブな話題であると気づくべきだった。
翔平は後悔の念に苛まれる。
「私、やっぱり帰るね。加賀美君に風邪移しちゃ悪いし」
気を使わせてしまったのか、中谷さんは再度立ち上がろうとする。
しかし、また立ち眩みが起こるのか、再びベッドにペタリと倒れ込んでしまう。
「無理しない方がいいよ。それに、心配無用。俺こう見えて、この四年間風邪引いたことないんだ」
祥平はにぃっと口角を上げ、握りこぶしを作ってみせる。
そんな祥平を見た中谷さんは、くすりと笑みを湛えた。
「なにそれ、意味わかんないし」
「いや、言い方を変えるよ。今中谷さんを家に帰して、万が一病状が悪化したら、俺も後悔することになる。だから、今日は家に泊って行ってくれると俺としても助かる」
暗に、中谷さんが一人で心配だという意味を含んでしまったけど、心からの思っていることなので、ありのままの気持ちを伝えた。
中谷さんは目をパチクリとさせ、ふっと柔和な笑みを湛えた。
「ありがとう、なら今日は、加賀美君のお言葉に甘えて、お世話になろうかな」
「あぁ、そうしてくれ」
こうして、祥平の家に、中谷さんが一泊していくことが決まった。
祥平としては、一人の家に中谷さんを家に帰して、体調が悪化したら後味が悪いので、彼女が理解を示してくれてほっとした。
それに、あんなに辛そうに懇願してきた彼女を見てしまったら、帰したくないという気持ちが沸き上がってしまうというもの。
本人には言えないけど、彼女の気持ちが少しでも楽になってくれるなら、これでいいと自分の心に言い聞かせた。
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