第3-1話 寝起きの彼女

「んんっ……」


中谷さんが眠りについてから数時間が経過した。

 モゾモゾと布団の中で身動きをして、中谷さんがゆっくりと瞼を開く。


「おはよう、起きた?」

「おはよう……ってあれ、ここは……?」


 起き上がった中谷さんは、まだ寝ぼけているのか、ポケーっとした様子で辺りを見渡していた。

 そして、頭痛でもしたのか、顔を顰めて額に手を置いてうめき声を上げる。


「体調はどう?」


 祥平が再び尋ねると、中谷さんはゆっくりと視線をこちらへ向けてきた。

 しばし無言で見つめ合い、沈黙が辺りを包み込む。

 すると、中谷さんがパッと目を見開き、パッと両手を胸元に当てて身構えた。


「か、加賀美君⁉ な、なんでいるの⁉」

「何でって、そりゃここ、俺の家だから」

「えっ⁉ どうして私、加賀美君の家にいるわけ⁉」


 訳が分からないといった様子で、視線を彷徨わせる中谷さん。

 どうやら、眠りこける前の出来事を覚えていない様子。


「中谷さんが道端で蹲って辛そうにしてたから、おぶって家まで連れてきたんだよ。あっ、別にやましい事とか、そういうのは一切してないから安心して」


 先ほど起こった出来事を、祥平が大まかに説明すると、中谷さんは記憶を辿るようにして額に人差し指を当てた。


「ちょっと待って……確か、帰り道の途中で頭がくらくらしてきて、それからしばらく蹲ってて、寒さで凍え死にそうになってた時、加賀美君が手を差し伸べてくれた気がしなくもない……かも」

「思い出してくれたみたいで良かったよ」


 翔平は安堵の息を吐く。

 これで、祥平の潔白が証明されたわけだ。


「あのさ」

「ん、どうしたの?」


 すると、中谷さんが顔を赤らめつつ、恐る恐る尋ねてきた。


「……私、変なこと言ってなかった?」


 不安げな視線を送ってくる中谷さん。

 そんな彼女に対して、祥平は顎に手を当てて視線を上に向けた。


「別に、特には言ってなかったと思うよ。『辛い』とか『身体がだるい』とかは呟いてたけど」

「そう、ならいいの」


 中谷さんは、ほっと安心した様子で胸を撫で下ろす。

 本当は、甘い言葉を囁かれたけど、正直にここで『一人にしないで』と懇願されたと言ったら、中谷さんは羞恥で口をきいてくれなくなってしまうだろう。

 時には、優しい嘘も必要なのだ。


 中谷さんの意識が朦朧としていた時に言い放った言葉は、祥平の胸の奥底へ仕舞い込んで置くことにする。


「その、ありがとう。色々と看病してくれたみたいで」

「どう致しまして」


 お礼を言うと、中谷さんは再び部屋の様子を窺った。


「あっ、コートはそこに掛けておいたよ。バッグは玄関前に置いてある。何か必要なものあったりする? 取ってくるよ」

「いや、流石にそこまでしてもらわなくても平気。自分で取りに行くから」

「いやっ、でも……」


 中谷さんは、自力でベッドから降りて立ち上がろうとする。


「きゃっ⁉」


 案の定、中谷さんはバランスを崩して倒れそうになってしまう。

 祥平は咄嗟に、中谷さんの身体を抱き留めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る