第5話 たこ焼きクエスト後編

 

「来たな、タコ野郎」


 ベンジャミンはかっと目を見開き、右手で持つ矛を振り下ろし、その足を切断する。そして身体を翻し、背後から襲ってきた足、真横から襲ってきた足、正面から襲ってくる足全てをなぎ払う。

  

「やれやれ、年には勝てないぜ。昔はもっとキレの良い動きが出来ていたんだけどよ」

「……今でも充分キレがあるがの」

「ダメダメ、相手に踏み込ませない内にやっちまいたいのに、それが出来てねぇからよ」


 足を四つ失った大ダコはしばらく海から出て来ずにいた。

 ジョージはその間に杖を差し出し呪文を唱えた。


収納魔法ストリング


 ジョージが呪文を唱えると、甲板の上でのたうち回る数本のタコ足の下に魔法陣が浮かび上がり、タコ足の姿は跡形もなく消えた。

 収納魔法は、対象物を異空間に収納する魔法だ。

 異空間の中では時が流れていないので、食材などは新鮮なまま保管できる。

 その時船が触れ、視界が薄暗くなった。

 日陰になるようなものなど一つもない海のど真ん中、船が翳ったのだ。

 ジョージが船首の方へ目をやると大ダコ、グリットオクトパスが行く手を阻むようにその姿を現した。

 残った四本の足で船の先端にからみつく大ダコ。


捕縛魔法キャプトネット


 ジョージは大ダコに向かって杖を向け、呪文を唱えた。

 すると大きなタコの周囲に大きな蜘蛛の色が張り巡らされる。

 大ダコが動いても蜘蛛の糸は獲れない。大ダコの動が封じられたのを見計らい、ベンジャミンはジャンプをして降下すると共に矛を振り下ろした。

 タコの身体は真っ二つになる。それでも足だけはまだジョージに襲いかかってくる。


風乱撃ヴィンディス


 ジョージが呪文を唱えると、風が刃となってタコの足を切り裂いた。


 残る大ダコの巨体は海底に沈んで行ったが、ジョージは切り裂いたタコ足を先程と同じように収納魔術の呪文を唱え小さな瓶の中に収納した。

 ベンジャミンは矛の柄で肩を叩きながら息を付く。


「やれやれ、五分はかかっちまったな。現役引退してたらこんなもんだろうな」

「若者でも普通の人間だったら、五分じゃ終わらんと思うぞ?」


 物足りなそうに呟きながら腰を叩くベンジャミンに、ジョージはさらっと突っ込んだ。

 操舵室から出てきた漁師は目を輝かせた。


「さすがは元騎士団長様と元賢者様です。あの大ダコを瞬く間に倒してしまうなんて」

「今度また大ダコが出るようじゃったら、また儂に連絡するのじゃぞ」

「は、はい!」


 こうして大タコの足を手に入れたジョージは、ベンジャミンと共に自宅に戻ったのだった。



◇・◇・◇



 一方フォスター家邸宅の庭では現在バーベキューパーティーが行われていた。

 息子であるイーサン、その妻グレンダ、二人の子であるケント、人の姿となったアクラント、鍛冶士のブライアンの姿もあった。

 ブライアンは戻ってきたジョージの姿を認め手を振った。


「注文のもの出来てるぞー」


 ジョージは庭に大きなパラソルを立てると、魔石の一種である加熱石がセットされた焜炉の上に、注文したたこ焼きの銅板を置いた。

 ジョージはシートを敷いてから呪文を唱える。


取出魔法エジェクティス


 シートの上に魔法陣が浮かび、そこから大きなタコ足が出てくる。

 ジョージは息子であるイーサンに言った。


「このタコ足をまな板に載るくらい小さく切ってくれんかのう?」

「心得ました」


 イーサンが剣を何度か振るうと、タコ足の一部がまな板に載る程度の大きさに切り分けられた。

 残ったタコ足はまた収納魔法によって収められる。


「ローズさんや、ハードストーンフィッシュの出汁ブロースは出来ておるかのう?」

「はいはい、用意していますよ」


 出汁と小麦粉の粉を混ぜる。

 いつの間にかその場にいる全員が集まって、ジョージの調理工程を見守っていた。


「すげぇな、お前料理出来たのかよ?」


 ベンジャミンは目を丸くしている。

 その隣に立つイーサンも普段は無表情なのだが、今はやや頬を上気させ料理をするジョージの姿を見守っていた。


「父上の料理……初めてなので楽しみです」


 期待に満ちた表情を浮かべる人々に頷いてから、ジョージは出来上がっ生地を銅板のくぼみに流し込む。

 銅板が埋まるくらい生地を入れた所で、キャベツ、ネギ、あらかじめ作っておいた揚げ玉、そして細かく切ったタコを入れる。

 ある程度焼けた所で生地をくぼみに沿って区切り、くぼみの中の生地を少しずつ返していく。

 慣れた手つきで生地を丸くしていくジョージ。見たことがない料理に全員の目も丸くなる。


「すごい、じーじ、ボールみたいなものが沢山出来てる!!」

「もうすぐで出来るからのう」


 声を弾ませる孫にジョージも優しく微笑む。

 やがて生地はまん丸く、程よく焼けて完成した。

 ジョージはそれを皿の上にのせ、ローズが持ってきてくれたソースと鰹節をかける。

 楊枝の代わりに木製のピックを刺して完成。

 たこ焼きが載った小皿を大人達はしばらく訝しげに見ていたが、ジョージの孫であるケントがたこ焼きを半分に割ってフウフウ言わせてから一口食べる。


「お、おいひーっっっ!!」


 フウフウしてもまだ熱さがのこっているのか、口をハフハフさせながらケントはたこ焼きの感想を言った。

 もう半分もすぐに口に入れハフハフ言わせながら食べている子供の姿を見た大人達も、ピックにたこ焼きを刺し、慎重に口に入れる。

 最初に声を上げたのはベンジャミン。


「なんだ、こりゃ!? ウマすぎだろ!?」


 次に控えめながら感想を言ったのはイーサンだ。彼は熱さを感じないのか、口をハフハフさせることもなく、もぐもくと食べてから感想を一言。


「……美味だ」

「団長、口にソースがついています」

「グレンダ、ここは仕事場ではないから名前で呼んでくれないか」

「あ……し、失礼しました。イーサン様」


 恥ずかしそうに頬を染めながらイーサンの口周りをハンカチで拭くのは、妻であり、現役の騎士でもあるグレンダ=フォスター。

 そんな父親と母親を横に、ケントは祖父でアルジョージにお代わりを催促する。


「じーじ、もう一個頂戴」

「まだまだあるぞい」


 ジョージからたこ焼きを受け取り嬉しそうに笑うケントの姿を見ながら、ローズもまた設置してあるベンチに腰掛け、たこ焼きを半分に割りある程度冷ましてから一口食べた。

 ちょうど良い熱さになったたこ焼きは、外はカリッとして中はトロッとした不思議な味わいだった。

 だけど何故だろう?

 初めて味わう味なのに、何故か懐かしさを覚えた。


「………………あら」


 ジョージはベンチの上でたこ焼きを味わっている妻の目からぽろぽろと涙がこぼれているのを見てギョッとした。

 慌てて駆け寄り妻に声をかける。


「どうしたのじゃ!? ローズさん。たこ焼きが熱すぎたかの」

「あらやだ……私ったら。いいえ、違うの。このたこ焼きを食べていたら、夢のことを思い出したのですよ」

「夢?」

 

 不思議そうに首を傾げる夫に、ローズは目を閉じた。


「夢の中で私は十歳の女の子でした……今のあなたのように一人の青年が、この丸い食べ物を焼いていたのです」

「……!?」

「私はそのお兄さんのことが大好きでした。そのお兄さんに会いたくて、行く先々でお兄さんのいるお店に立ち寄って……ふふふ、ジョージさん、どことなくあなたに似た人でしたわ」

「……」


 ローズは目を閉じ、夢のことを思い出す。

 あの丸い食べ物、それにかかっていたソースのことが忘れられなかった。上にかかっていた魚のフレークのようなものもそうだ。

 今、食べているたこ焼きは、まさにあの夢の中に出てきた食べ物だ。

 まさかこの場で食べられるようになるなんて。

 ふと夫の方を見ると、夫の顔が一瞬、たこ焼きを焼いていたあの青年の顔と重なって見えた。



『じゃあ、ミユちゃん。俺の嫁さんになってくれるか』

『え……? う、うーん、十年後になったら考えるね』


(夢の中、少女だった私は、あの青年の言葉がとても嬉しかった。あの人は冗談で言ったのでしょうけど)


 …………だから、あの時絶対に死にたくなかった。

 何故自分が大怪我をしたのか分からない。気づいたら倒れていて意識が朦朧としていて。

 死にたくない。

 お兄ちゃんにもう一度会いたいのに。

 空に向かって手を伸ばしたのが最後の記憶。


 夢はそこで覚めた……手を伸ばした先にはいつも夫であるジョージが側にいてくれた。

 このたこ焼きはまさにあの夢で見た食べ物だった。

 ふと見ると隣にジョージが腰をかけていて俯いていた。

 泣いているのだろうか?

 なかなか顔を上げないので、心配になって顔を覗き込んだ時、彼は尋ねてきた。


「ローズさんや」

「何ですか、ジョージさん」

「…………今、幸せかの?」

「もちろんですよ。ジョージさん」


 大きく頷くローズに、ジョージは再び俯いてから涙声で「そうか……」と呟いた。

 ローズはそんな夫の背中を優しくさすった。

 そんな祖父母の様子を不思議そうに見るケント。


「ねーねー、じーじとばーば、あそこで何やっているのかな?」

「おめえのじーちゃん、張り切ってたこ焼き作りすぎて疲れたんだよ」


 ベンジャミンがケントの肩にポンと手を置く。

 そしてニッとケントに笑いかける。


「今度は俺がたこ焼きを作ってみるか」

「え!? たこ焼き作れるの?」

「さっきジョージが作っているのを見て大体分かったからな」

「僕も手伝うー」


 イーサンはかつて剣の師匠だったベンジャミンと、息子であるケントが仲良く調理しはじめた光景を微笑ましそうに見ていた。

 そしてベンチに座る父親と母親の方を見ると彼らは仲良く笑い会いながらたこ焼きを食べていた。

 その時イーサンは目をこすってから今一度父親と母親の方を見た。

 彼らが一瞬、笑い合う黒髪の青年と黒髪の少女に見えたのだ。

 イーサンは首を傾げたものの、今一度見返したら、いつもの父と母だったので肩を竦めてから再びたこ焼きを食べ始めた。


 その後、ベンジャミンは骨董屋をする一方、たこ焼き屋の屋台をするようになったという。

 それは村で大評判となり、オイスト村の屋台食の定番メニューとなった。

 やがてたこ焼きはハマグリット王国中に広がり、名物として定着するようになるのだった。


たこ焼きクエスト 完



 



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