第4話 たこ焼きクエスト前編

 ジョージ=フォスターは転生者である。

 前世、住んでいた国は日本という名の島国。

 そしてヤクザと呼ばれる、この世界で言う闇組織の幹部をしていた。

 その一方で書道をたしなみ、今日も紙に一日一善という文字を書き、満足そうに頷くのであった。


「ジョージさん、そろそろ朝食にしましょう」

「おお、もうそんな時間かのう」


 よっこらしょ、と椅子から立ち上がり、ジョージはダイニングルームに向かう。

 食卓にはスクランブルエッグとサラダ、それに焼きたてのパンに温かいスープが置いてあった。


「おや、ローズさん。卵にかかっているソースはやけに黒いのう」

「うふふ、実は夢で味わった黒いソースの味が忘れられなくて、ちょっと作ってみたのですよ」

「黒いソース?」

「野菜を発酵させたオイストソースに味が似ていたので、甘みをくわえたり、とろみをつけたり改良をかさねたのです。そしたら、夢で味わったあのソースの味が完成したのですよ」


 ローズ=フォスターは、目を輝かせて黒いソースの開発秘話(?)を熱弁する。

 元宮廷薬師である彼女は、調合することに関しては、薬であろうと調味料であろうと極めずにはいられない性格なのだ。


「では早速、食べてみるかのう」


 ローズの料理にハズレはまずない。

 どんな味なのかわくわくしながらジョージは黒いソースがかかったオムレツをぱくっと一口食べた。

 次の瞬間。

 彼は全身に電撃が走ったかのような衝撃を覚えた。


「こ、これは!?」

「ど、どうしたのですか?ジョージさん。まさかお口に合いませんでしたか!?」

「いやいやいや! ローズさんや。これはとんでもない発明じゃぞ!?」

「まぁ、大げさな」

「いや……まろやかな果物や野菜の甘さの中に感じるスパイス、儂はこの味をよく知っておる。ソースじゃ!まさしくジャパニーズソースじゃ!!」

「じゃぱ???」

「ローズさんや、よくぞこの黒きソースを発明してくれた!! 儂は決めたぞい!! この世界でもたこ焼きを作ってみせるぞい!!」

「たこやき???」



 よく分からない言葉がジョージの口から飛び出してくるものだから、ローズは首を傾げるばかりだ。


「そうなれば、まずは材料集めじゃ。小麦粉は我が家にもある、キャベツとネギも確かあったのう。あとは鰹節も似たようなものがあったような」

「かつお……ぶし?」

「ローズさんや、そういえば時々パスタにかかっている魚のフレークは何というんじゃ?」

「ハードストーンフィッシュの燻製を細かくしたものですよ。そういえば、あのフレークも宮廷薬師だった時代、夢で見て作ったものなんですよねぇ」

 

 懐かしそうに呟くローズに、ジョージは僅かに目を見張る。

 パスタやライス、料理にも何かとかかっているあのフレーク……こっちの世界ではフレークと呼んでいるが、日本ではまさに鰹節と呼ばれていたものだ。

 ソースといい、鰹節といい、夢で見たというのは果たして偶然なのか?


(まさか……ローズさんも思い出していないだけで、実は前世が日本人じゃったとか?)


 何故かじーっと自分を見詰める夫に、ローズは恥ずかしそうに頬を染める。


「ジョージさん、どうしたんですか? 私の顔に何か付いてますの?」

「ふぉ!? い……いや! 何でもない、何でもない」


 ジョージも気づいたら妻を見詰めていたことを自覚し、顔を真っ赤にして首を横にふっていた。


◇・◇・◇


 朝食が済んだ後、ジョージは鍛冶屋のブライアンの元を訪れた。

 ブライアンはジョージの孫ほどの若者で、日焼けした肌、白金の髪、ピアスをした青年だ。

 それまで店の中にあるソファーの上で寝ていたが、ジョージの訪問に気づきゆっくりと起き上がった。


「何だよ、ジョージのじっちゃんかぁ。俺に何か用?」

「うむ、実は作って貰いたいものがあってのう」

「作って貰いたいもの?」

「これじゃ」


 ジョージは紙にたこ焼きの鉄板の絵と説明が書いた紙をブライアンに渡す。

 ブライアンは紙を見ていぶかしげな顔になる。


「何々……じーちゃん、銅板に半円のくぼみなんか入れてどうすんだ? これじゃ何も焼けないだろ?」

「そのくぼみの中に材料を入れて焼く料理なんじゃ」

「ふーん、よく分からねぇけどこいつを作ればいいんだな」


 説明書をじっと見ながら尋ねるブライアンに、ジョージは大きく頷いた。

 ブライアンはまだ若いが先代の技術を全て受け継いだ優れた鍛冶士だ。剣や槍、斧などの武器だけではなく、料理包丁や鍋、フライパンなども作る。

 店内は武器よりも調理器具の方が多く占めていた。

 

「何日くらいで出来そうじゃ?」

「初めてのものだからなぁ……まぁ、一週間もすりゃ出来ると思うぞ」

「分かった。では一週間後に取りに来る」

「毎度」


 鍛冶屋を後にしたジョージは家路を歩きつつ雲一つない空を見上げた。

 思い出すのは前世の若い時だ。

 あの時は賑やかな祭りの中、自分はたこ焼きを焼いて売っていた。

 

『兄ちゃんの焼くたこ焼き、めちゃくちゃ美味いんだよな』

『あー、たこ焼き屋の兄ちゃんが来た。やったー!!』

『たこ焼き十個入り三つくださーい』


 普段はヤクザの組員として人々から恐れられていたが、たこ焼きを売っている時だけは、自分の顔を見て嬉しそうに笑いかけてくれるお客さんが沢山いた。

 特に一番印象に残っているのは十歳の女の子だ。

 名前はミユといって、行く先々、必ず現れて、自分の小遣いを叩いてたこ焼きを買ってくれた。

 しかも焼きたてが食べたいから、という理由で家には持ち帰らず店の前に置いてあるベンチで食べていた。


『やっぱりお兄ちゃんが焼いたたこ焼きが一番おいしいな』

『おう、そうか。そう言ってくれると嬉しいな』

『ねぇねぇ、お兄ちゃんって彼女いるの?』

『な、何だよ唐突に。マセたガキだな……いるわけないだろ? 俺は顔が怖いからな。女の子は近づいて来ないんだ』


 俺の言葉を聞いてぶーたれたのはミユだった。

 

『えー、私、女の子なんですけどー?』

『あははは、そうだな。じゃあ、ミユちゃんが俺の嫁さんになってくれるか』

『え……!? う、うーん、十年後になったら考えるね』


 こっちは冗談で言ったつもりだったのだが、ミユは顔を赤くして何だか恥ずかしそうにたこ焼きを食べていたのが印象的だった。

 それから一年後。

 ミユの姿を見ることはなかった。

 もう、祭りを楽しむ年頃じゃなくなったのか……思った以上にミユの存在に支えられていたことを知った自分は、寂しい気持ちを抱えながらたこ焼きを焼いていた。

 ある日、一人の女性が訪れて、自分に告げた。

 ミユが交通事故で亡くなったことを。

 今日は娘が好きだったこの店のたこ焼きをまだ食べたことがなかったから、買いに来たのだ、と。


「あれからたこ焼きを作らなくなったのう……」


 ミユの死が原因ではない。自分もヤクザとして立場が上になり、祭りに参加することもなくなったのだ。

 だけど夏祭りの光景を見るたびにミユと笑い合った思い出が蘇り、胸が締め付けられた。


「あの子も生まれ変わって幸せになっておれば良いがの」



 ◇・◇・◇


 一週間後――


「……で、久々に冒険しようって誘ってくるもんだから何かと思えば、グリットオクトパスの退治ってか?」


 グリットオクトパスとは、ハマグリット王国の海域に現れる巨大なタコで、最近漁船が襲われる事があるのだという。

 ギルドの館に討伐依頼が来ているのを見たジョージは、その依頼を受けることにした。

 しかし、昔ほど身体が言うことをきかない今、一人で行くのも心許ないと思い、友人である骨董屋のベンジャミンを誘うことにした。

 二人は依頼者である漁師の船に乗り、グリットオクトパス現れる沖を目指していた。


「それにしても元大賢者様と元アバロン騎士団団長の方が大ダコ退治に来てくださるたぁ心強い」


 漁師の言葉にベンジャミンは右手に持つ矛を肩で叩きながら、苦々しい口調で言った。


「よせやい。俺が騎士団長だった期間は二年だけだったからな」

「ですが、魔族との大戦では大活躍だったと聞きます」

「その大戦で腰を痛めちまったから引退して家業継いだんだけどな……あ、タコ相手にするぐらい何てことないから心配すんな」

「もちろん。鬼神ベンジャミンの強さは、我らの間では伝説ですから、心配はしておりません。ですが、本当にタダで大ダコを駆除してくださるんですか?」

「儂は食材を狩りに来ただけじゃからのう」

「俺は運動不足解消ってとこかな」


 老人三人が船上でそんな話をしていた年、不意に周辺が暗くなる。

 ジョージが海へ目をやると船の真下に大きな影が。


「お前さんは隠れておれ」


 ジョージの言葉に船長は頷いて操舵室に飛び込んだ。

 ベンジャミンは船首を睨みながら矛を構える。ジョージは船尾の方へ視線をやる。

 その時――


 ザパァァァァン!!


 船が傾いたと同時に船首に大ダコの足が絡みついてきた。

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