第14話
若葉の茂る小道を歩いて、バイト先に行った。遊園地のバイトは、適度に人が来て忙しくしているうちに終わる。
牧瀬という大学生と、ゴーカートを動かしていた。
「今日、空いてますね」
「午後から雨って予報だからかな」
「あ、そうかもですね」
牧瀬は長い黒髪をさらりと掻きあげながら言った。
「どおりで指通り悪いと思った。雨の日、ちょっともさるんですよ」
「あー、俺はへたるタイプだわ」
「ストレートですもんね、伊丹先輩。触っていいすか」
「だめ」
「ケチ」
「俺に触っていいのは恋人だけだから」
「貞操観念高いっすね」
「まぁね」
雨の匂いがきつくなる。そろそろ降るかもしれない。
「伊丹先輩の恋人、どんな人なんですか」
「えー……普通だよ。しっかりしてて、芯のある人かな」
「伊丹先輩はほわほわしてるから、バランス取ってるんすね」
「はは、そうかも」
「……私もしっかりしてるっすよ」
「確かに。そうだね、頼りにしてるよ」
何故か唇を尖らせて、牧瀬はゴーカートのハンドルを動かした。
「私じゃだめっすか、先輩」
「は…………え?」
「私も先輩のこと、好きなんす」
「え……」
そこに客が来て、会話は止まった。なんなんだろう。モテ期が来たのかもしれない。それか、恋人と付き合っていて、俺の何かが変わったとか。
仕事終わりに電車を待ちながら、隣にいる牧瀬に言った。
「ごめん。……君の気持ちには応えられない」
「……そっすか」
「……ねぇ、俺のどこがいいの?」
「……全部っす。声とか性格とか、表情とか。ちょっとヘタレなところとか」
「あはは、俺ヘタレかな」
「ヘタレっすよ。そこが可愛いなと思っちゃったんす」
牧瀬は立ち上がった。
「やっぱ歩いて帰るっす。先輩、じゃ、ここで」
「え、あ、うん。じゃあね」
「明日からはいつもどおりでお願いします」
「……それでいいの」
「じゃないと、辞めたいほど辛いので」
結局、牧瀬はバイトを辞めた。
武にその話をした。
「バイト先の子に告白されてさ。断ったらバイト辞めちゃった」
「お前、魔性の気があるからな」
「なにそれ」
「人の人生狂わせがち」
「そんなことないよ」
「お前は器みたいなものなんだよ。容量の大きい空っぽの器。人はそこに理想を見出し、そこに愛を注ぎ込みたくなる」
「お前もそうなの」
「俺は違う」
頬杖をついてこっちを見られる。
「お前に内実があるって知ってるからな」
「なんか自信なくなってきたよ。ほんとにある? 内実」
「ある。他人からは見えにくいだけで」
「……武が分かってくれるならそれでいいや」
どこかで飛行機が滑空する音がした。もうすぐ夏だ。二人の新居から見える空は、どこまでも高かった。
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