第13話

 美咲は荷物をまとめて、出ていった。別れ際、美咲は俺の頬をつまんでこう言った。

「そんな泣きそうな顔しないの」

「う……」

「本当に、その人自身が好きだって思える人と生きていこうね、これから、私達」

「そう、だね」

 美咲は俺の頭をわしわしと撫でた。

「また会えたらいいね。その時はお互い、幸せになっていようね」

 手を振って、彼女は歩いていった。俺は小さくなっていく彼女の背中を、ずっと見ていた。


「美咲ちゃんと話し合ったか?」

「うん……別れたよ」

「……そっか」

 武の家で飲んでいた。もう俺を呼び戻す人はいなかった。

「寂しそうだな」

「そりゃ、ね……一緒に住んでたし」

「俺と一緒に住む?」

 俺は思わず武を見た。

「……え」

「ルームシェアだルームシェア。おかえりって返ってくる家に憧れてたんだろ? そう前美咲ちゃんが言ってたよ」

「……いいのか?」

「俺もそうなったら嬉しいし」

「…じゃあ、物件探そ」

「お互いの職場から近いところがいいな」

 携帯を二人で覗く。

「ここいいんじゃないか?」

 武が言ったところに、今度内見に行くことになった。

 

 武の首を掻き抱く。汗ばんだ首筋にキスの雨を降らせる。汗の香りが鼻腔を突く。数年ぶりに抱いた武の体は、何も変わっていなかった。

 下半身を口に含む。武がうめき声を上げる。愛撫すると、溶けたような顔をした。

「……可愛い」

 手の甲で口を押さえながら、濡れた目で俺を見てくる。

「……恥ずい」

「そんな感情、必要ないよ」

 武の中に入っていくと、快感が脳を貫いた。武も蕩けたような顔で俺を迎え入れている。

「痛くない?」

「ううん……気持ちい、あ、」

「声、我慢しなくていいよ」

「う、うん……あ、う、」

 可愛らしい鳴き声を上げる武が愛おしくて、俺は何度も口づけた。武はいやいやをするように首を振っていたが、名前を呼ぶと小さくよがった。可愛かった。ずっと抱いていたかった。行為が終わり、静かに抱き合っていた。言葉にならない想いが、とめどなく心の中を流れていった。

「ずっとこうしたかった」

 俺は武に囁いた。

「君は可愛い」

「それ、何人の女の子に言ったの」

「何、妬いてるの」

「ずっと振り向いてくれなかったから」

「武があんまり理解者でいてくれたから、自分の気持ちに長い間気づけなかった」

「なんだよ、俺のせいかよ」

「んふふ、冗談。俺が鈍感なのが悪い」

「悪かねぇけど……」

 頬にキスをする。

「本心から言ったのは、武が初めてだよ」

「なんだよそれ」

 くすくすと笑い合う。こんな時がずっと続けばいいと思った。本当の意味で好きになったのは、武が初めてかもしれない。腕の中で眠そうにしている恋人を、この上なく大事にしたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る