第11話

「側に行きたいって言ったじゃん」

「両方の感情があるんだよ……」

 背中を向ける武。俺には分からなかった。

 ベッドで寝ている武と、その横で床に布団を敷き、寝ている俺との距離は遥かに遠かった。

「美咲はさ……大学の共通科目の講義で知り合ったんだ」

「学科違ってたもんな」

「そう。『お隣いいですか』って座ってきて。教科書忘れてたみたいだったから見せたんだ」

 美咲は笑って、「ありがとう」と言った。美咲の笑顔は、写真で見た母親の笑顔にそっくりだった。もし母親が生きていたら、こんなふうに笑ったのだろうか。

 共通科目で会うたびに、話すようになった。明るく快活な彼女には友達が多かったが、共通科目の時は、遠くにいる友達に手を振って、俺の隣に座ってきた。

「亡くなった弟に似てるのよね、航平くん」

 そう言ったことがあった。

「優しくてほわほわしてて。可愛いところが」

 水の事故で亡くなったのだと言っていた。

「家族4人で言ったキャンプでね。目を離した時にはもう溺れてしまっていたの」

 弟のことを話すとき、美咲は決まって寂しい目をした。いくら俺が弟に似ていると言っても、代用なんてできない。亡くなった人がいた後の喪失感は、そう簡単に埋めることはできない。分かっていた。でも、俺も似たようなものだった。

「お互い、いなくなった家族を投影してたんだ」

 俺はそう、暗闇に向かって言った。

 武からの返事はないが、聴いてくれているのが分かる。

「戻ってこないのは分かる……でも受け入れらないんだ」

「物心ついたときにはいなくても?」

「そう。あったはずの母親の交流の幻想ばかり見てしまう」

「過去に、あったはずの現在に囚われてるんだな」

「……そうかもしれない」

「じゃあ、美咲ちゃんに母親を投影しなくなった時、お前は本当に自由になれるのかもしれないな」

「自由か……」

「お前がそれを望んでいるかはともかくとして」

 武はこちらを向いた。

「待ってるから」

「うん……」

 自由になりたかった。でも、心を持っている限り、人は真の意味で自由になることは難しいのかもしれない。それが人間の業なのだと思った。眠気が意識を落としていく。ぽとり、と音を立てて、俺は眠った。

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