第8話
「いや〜、面白かったね」
美咲は観覧席から立ちながら俺に笑いかけた。
「次の舞台、航平が書いた脚本なんだよね。そっちも観に行きたい。楽しみだなぁ」
「美咲がそんなに気に入ってくれるとは思わなかったよ」
「今までは航平の分野だからってちょっと遠慮してたんだけどね。新しいことを知るって楽しいわ」
「喜んでもらえてよかった」
「航平」
武の声がした気がした。肩を叩かれる。
「……武」
振り向くと、そこに武がいた。
「よっ。林にチケット譲ってもらってな」
「……そうなんだ」
声が少し上擦る。美咲が僕の腕に絡みついた。
「武くーん! 久しぶり!」
「美咲ちゃん、久しぶりだね。ちょっと痩せた?」
「そうなの、残業多くてさ〜ちょっとフケンコウかも」
「航平、ちゃんと美咲ちゃんの体調見ててやれよ〜」
「はは、そうだね」
「そうだ武くん! これから飲みに行かない? せっかく会えたんだし」
「いいね。航平も来るだろ?」
俺は頷いた。この二人を二人きりにさせたくなかった。
「侑愛大学の文学部のメンツに会うこと自体が久しぶりだな~」
美咲はハイボールを掲げて氷を鳴らせながら言った。
「そうなんだ」
「武くんは最近誰かと会ったりしたの?」
「服部とは会ってたかなぁ」
「服部くんか〜! 懐かしい。あの人、見るからに文学青年って感じだったし、確か何かの新人賞取ってなかった?」
思い出した。そんな人いたな。
「取ってた取ってた。でもその後働かずにぐうたらしててさぁ」
「え、そうだったんだ。もったいないねー、才能あるのに。その点、航平は夢追いかけてて偉いよ。バイトと両立してるし」
「そうかなぁ」
「自信持って!」
ばしばしと背中を叩かれる。武は苦笑した。
「確かにそうだな。ま、服部も何か抱えるんだろうけど」
「そうだねー」
ちょっとお花摘みに、と美咲が席を立つ。気になったことがあって、俺は小声で訊いた。
「最近まで付き合ってたのって、もしかして服部?」
「お前、普段はふわふわしてるのに、そういうところは鋭いな」
「……なんとなくね」
「そうだよ、服部だよ。卒業した後も連絡取ってて、家賃払えなくなって転がり込んできたのがきっかけ」
「……何年付き合ったの」
「4年かなぁ。まぁ野良猫みたいな奴で、ふらっとどっか行ってしばらく帰ってこないみたいなこともあったから、4年ずっとってわけじゃなかったけど」
「なんで別れたんだよ」
「んー……なし崩しの関係だったから、俺から清算した。お前が好きって感情が揺るがないことが分かったし」
さっぱりとした表情をしている武。なんとなく置いていかれたような気持ちになって、俺は背中を丸めてビールを飲んだ。羨ましい。自分の感情に正直に生きていることが。
「……そんなに好きでいてくれてたんだ」
「生半可な気持ちじゃないことは自覚してる」
強い目でそう言われた。
俺は生唾を飲み込んだ。
「……抱きたいって思うの」
「思う」
そこに美咲が帰ってきた。汗かいた。胸元を扇ぐ。
「なんの話してたのー?」
「仕事の話〜」
「へ〜、武くん、カメラマンやってるんだよねぇ」
「そうだよ、可愛い女の子撮ってる」
「誤解招く言い方〜」
きゃっきゃと話す二人。俺はその横で、神経の昂ぶりをなだめていた。
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