第7話

「な、なるほど……」

「で、どうすんの? 別れるの? お前は美咲ちゃんが好きではないのか?」

 本当に美咲ちゃんのことが好きなのか、と言った武の声が蘇る。

「……好きだよ」

 彼女の笑顔も、怒った顔も。ずっと見てきた。今更別れるなんて考えられない。

「お前がそんなに多情だったとはね〜」

「多情というか……」

 上手く言えない。好きの種類が違う気がする。武には友愛、美咲には恋愛だと思ってきた

けど、本当にそうなのか。

「ま、いいんじゃない? ゆっくり考えて結論出せば。両方ってのはよろしくないと思うけど」

「そりゃそうだよ……」

 机に突っ伏す。林はガハハハと笑いながら肩を叩いた。


「もしもし、武?」

「……航平か」

「林にさ、今度の公演のチケットもらったんだよね、2枚」

「……そうなんだ」

「一緒に行かないか?」

「……美咲ちゃんじゃないのか」

「美咲は演劇に興味ないから」

「……ほんとに?」

「ほんとだよ。林から宣材写真頼まれてるんだろ? 観たら、各俳優の解像度上げられそうじゃないか?」

「……まあ、確かに」

 もっともらしいことを言っている自覚はあった。その実、ただ会いたいだけだったりする。公演は一週間後だった。チケットは、ファイルに保管して箪笥の中に入れてある。

「じゃあ行く」

「おっけ、じゃあ一週間後に」

 電話を切る。じんわりと温かい感覚が心の中に生まれた。武は行くと言った。一週間後が楽しみだ。無理やり宣材写真の件と絡めて誘ってしまったが、もしかしたらその不自然さを武には見抜かれているかもしれない。それでもよかった。誘いに乗ってくれたのが、武の本心だと思うから。


 バイトから帰ると、美咲がご飯を作って待ってくれていた。

「航平、おかえり」

「美咲、今日は早く帰ったんだね」

「そうなの、上司が『後はやっておくから帰っていいよ〜』って言ってくれて。……でね、家の中を掃除してたの」

「……へぇ、そうなんだ」

「そうそう。貴方の部屋も掃除しちゃった。そしたらさ、たまたまこんなの見つけちゃって」

 美咲の手の中には、チケットの挟まったファイルがあった。

「誰かからもらったの?」

「……え、あぁ、そうそう、映画サークルで同期だった林にね」

「そうなんだ! 演劇、普段は興味ないけどさ、面白そうな演目だな〜と思って。2枚ってことは、誰かと一緒に行けばってことだよね。私、行きたいなぁ」

 もう先約がある、とは言えなかった。

「……そ、そっか。じゃあ一緒に行く?」

 馬鹿なことを言っていると思ったが、こう言うしかない。

「いいの? やったー! 楽しみ!」

 美咲の弾んだ声とは裏腹に、俺の腹には重いものが溜まった。武、楽しみにしてくれていたのに。不誠実なことをしてしまった。

 自室で悄然としながら武に電話する。

「……もしもし、武?」

「美咲ちゃんだろ?」

「……え」

「おかしいと思ったんだよ。2枚チケットもらったら、恋人と行くのが定石なのに、俺を誘ってきたからさ。申し訳なさそうな声してるから、すぐ分かった」

「……ごめん」

「いいよ。……いってらっしゃい」

「埋め合わせはする」

「じゃあ次飲みに行った時にビール一杯おごりな」

 武の優しさに、罪悪感が募った。もっと責められても仕方がないはずなのに。

 一番自分を責めているのは、自分なのかもしれなかった。

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