第6話

 所属している劇団に、脚本を提出しに行った。

「おっ、伊丹ぃ、今日も男前だねぇ」

 そう話しかけてきたのは、劇団長の林だった。林は、在学中に映画から演劇に転向していた。林が抜けてからの映画サークルは、もはや内実はなかった。それほどまでに大きな影響力があったと言える。

「お前は脚本じゃなくて俳優として採用したいなぁ」

「相変わらず上手だね。そんな器量ないよ」

「またまたぁ。お前も演劇一本でやってけよ、才能あるんだからさぁ」

「それじゃ食ってけないからバイトしてるよ」

「早く芽が出たらいいよな」

「お互いにね」

 脚本を渡すと、林はペラペラとめくり、満足そうに頷いた。

「これで行かせてもらうことになると思う。読んでいくつか質問したいから、ミーティングルームに行こう」

 廊下を歩きながら、俺は林に言った。

「今度の公演も見に行くからね」

「待ってるよ。そういや、貴宮は元気か?」

 俺は頷いた。

「元気だよ」

「そうか。お前ら高校時代からの友達だもんな」

「……そうだね」

 言葉が少しつっかえてしまう。武が友達という枠に収まるのかどうか、自信がなくなってきていた。

「ちょっと頼みたいことがあるんだ。今度ホームページの劇団員の宣材写真を一新することになったんだが、その写真撮影を頼みたくてな」

「そうなんだ」

「メールで聞いてみるよ。そうだ、今度の公演のチケットだが、2枚渡すよ」

「え、いいの?」

「ああ。客は少しでも多いほうがいいしな」

 黒いチケットを2枚手渡される。

 誰と行こう、と考えながら受け取った。

「付き合ってた子いたろ? その子とか誘っちゃえよ」

 含み笑いをし、腕をつついてくる林。微妙に気味が悪い。

「うん……そうするよ」

「美咲ちゃん……だっけ? まだ付き合ってるんだな」

「大3の時からだから……もう6年になるかな」

「長いね〜、もうそろそろ結婚?」

「いや、まだ踏ん切りがつかなくて」

 ばか正直に言ってしまった。林のペースに乗せられるといっつもこうだ。

「その話、もっと聞きたいな。ミーティング終わりに一杯行くか」

 捉まってしまった。こうなった林はテコでも動かせない。

「え…う……」

「何かと悩んでるんだろ? 吐き出して楽になっちまえよ」

 はぁと息を吐き出す。

「……分かった」

 美咲に遅くなると連絡を入れ、ミーティング終わりに近くの居酒屋に向かった。

「可愛い子じゃねぇか、美咲ちゃん。何がお前をとどまらせる? え、浮気してるとかか?」

「浮気は……してない」

「なんで歯切れ悪いんだよ」

 げらげら笑いながらのけぞる林。豪快な動作は大学の時から変わらない。

「……あのさ。ずっと友達だと思ってた人間が、実はずっと俺のことが好きで、美咲と上手くいくように黙ってたんだ」

「ほほう。女友だちね」

 林は顎に手を当てる。こういう鈍感なところも相変わらずだった。基本的に秘密主義のため、察してほしくはなかったので、真相から離れてほっとする。

「それを知って、躊躇ってるのか? なら答えは一つじゃないか。お前もその子のことが好きなんだよ」

「……え」

「単純明快だね。もし気がなけりゃ、それを聞いても美咲ちゃんとの関係に変わりはない。自分にたねがなけりゃ、心は動かないんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る