第4話

「お前……やっぱり聞いてたのか」

「聞こえたんだよ。なんであんなこと言ったの」

 迫ると、武は弱った顔をした。

「いや……あ、そうだ、嫉妬だよ嫉妬。幸せに嫉妬したの」

「ほんとかよ」

「お願い、信じて」

「……う〜ん」

 そんな懇願されても困る。そういう態度こそが、彼が言ったことが真実じゃない証左だと思った。

「嘘だろ」

「ほんとってことにしといたほうがいいよ」

 武はまた暗い目をした。

「俺はお前らの幸せを壊すつもりなんかさらさらないんだから」

 そこでやっと気づいた。

「お前……俺のこと」

「それ以上言うなよ」

 武は泣いていた。俺が泣かせてしまった。思わず抱きしめて親指で涙を拭う。

「ごめん、ごめん……気がつかなくて」

「やめろ、帰れ、美咲ちゃんとこ行けよ」

「泣いてるお前置いていけるかよ」

「それがどういうことか分かってるのか」

 はたと気がついた。美咲よりも武を、俺は優先している。

「……分かるけど」

 しゃくりあげる振動が止まった。何かを察したらしかった。顔を上げる。瞼に口づけた。

「今はここまでしかできないけど」

「美咲ちゃんには言うなよ」

「お前の気持ち? 言わないよ」

「とか色々……」

「秘密にするよ」

 ぼうっとした顔で俺を見ている武。頬に触れると、照れたように横を向いた。

「これっきりだからな」

「……そうなのかな」

「なんだその優柔不断な言い方は。そうだよ、これきりだよ」

 友達想いの友達を持てて俺は幸せ者だけど、あまり人のことばかり考えないでほしい。自分の幸せも考えてほしい。その場合、俺が関わってくるのか。

「お前は可愛いよ……今まで会ったどんな人よりも」

「……ぬかせ。美咲ちゃんに怒られるぞ」

「美咲も可愛いけどさ……」

 どちらかというと、母親的な愛情を注いでくれる人だ。俺が頼りないからって、あれこれ世話を焼いてくれる。

「……ダメだ、もう帰って。こんな扱い受ける立場じゃない」

 そう瞳を揺らしながら言うから、俺は武の頭を撫でた。なおも武は言う。

「俺といても幸せにはなれないよ」

「……幸せになるとか、そんなに大事なことかな」

「……大事だろ」

 武はひたと俺を見つめてくる。

「俺はお前に幸せになってほしい」

「本心は?」

「……言えない」

「幸せってさ、周りの人が決めることなの? 当人らが幸せだったらそれでいいんじゃないか」

「……お前はさ、今俺の苦しみを除くために話してるだろ」

「……え」

「もっと真剣に考えろよ。美咲ちゃんの立場にもなってみろ」

 もっともだと思った。

 携帯が鳴る。

「美咲からだ。ごめん、ちょっと出るわ」

 断って電話に出る。

「もしもし美咲?」

「もしもし、航平! なんかトイレの調子がおかしいの。せっかく泊まるって言ってて申し訳ないんだけど、見に帰ってきてくれない……?」

 武をちらりと見る。

「行ってやりなよ」

 彼は言った。

「……うん。美咲、帰るから待ってて」

 俺は帰路についた。

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