第2話
美咲は営業職で、帰りは遅い。この日も、11時を過ぎた頃に帰ってきた。
「ただいま〜、航平。遅くなってごめんね? って、何してるの!? 大丈夫?」
ベッドにもたれかかり、ぐったりしている俺を見つけて、美咲は走り寄ってきた。
「だ〜いじょうぶ……飲みすぎただけ」
「んもう、誰と飲んだのよ」
「武」
「あぁ、武君ね。もしかして、ここに送ってくれたんじゃない?」
「ん……そうだよ」
「お礼言っときなよ」
美咲は手際よく俺の服を脱がせて、洗濯機に運んでいった。
「お風呂入る?」
「ん……」
「自分の足で立って」
美咲に肩を貸してもらいながら、風呂場まで歩いていく。湯船に浸かりながら、俺は天井を見上げた。何であんなことを言ったんだろう、武……。ずっと俺たちのことを応援してくれてたはずなのに。何かあったのだろうか。俺がいない間に美咲と。
風呂から上がり、頭を拭きながら美咲にそれとなく訊いてみる。
「最近武と会ったりした?」
「え? ううん、会ってないよ」
「電話とかは?」
「してない。大学時代も別にそんな仲良かったわけじゃないし。貴方と武君はすごく仲良かったよね。貴方と付き合った当初は妬いてたのよ、私」
それは初耳だった。
「ま、まぁ、高校時代からの友達だからな。付き合い長いのは武だし」
「そうよねー、どうしても、出会ってからの時間は張り合えないわ」
美咲は食卓に両手で頬杖をついて、上目遣いで俺を見た。
「……妬いてたなんて知らなかった」
「同性なのに不思議よね」
美咲はふふ、と笑うと風呂場に消えた。
まさか、知っているわけじゃないよな。俺は少し心拍数の上がった胸を抑えながら思いを巡らせた。
俺は一度だけ、武と寝たことがある。友達なのに変だと思われるかもしれないが、あの夜はお互い確かにおかしかった。大学の映画サークルの、撮影終わりの打ち上げで、俺たちはしこたま飲んでいた。林という監督した男が、ここから一番近いところに住んでいる人の家で上映会をしようと言い出した。それは俺だった。男5人くらいで6畳の部屋にしけこみ、自主制作映画を観た。題材は三角関係の恋。一人の女性を取り合う男性二人。二人からどちらを取るのかと決断を迫られた女性は、どうしても選ぶことができずに海辺の町に引っ越す。そこに津波が押し寄せるという悲劇的なストーリー。脚本は俺が書き、武がカメラを回し、監督が演出した。アマチュアレベルだが、中々いいものができたなと自画自賛していた。そのまま全員寝落ちし、翌朝帰っていった。武は残り、昨日の祭の残骸を一緒に掃除してくれていた。朝の光が差し込んでいた。掃除が終わり、手持ち無沙汰になった俺は、何を思ったか武をベッドに誘った。そのまま数時間抱き合っていた。この時の自分の心情がまだよく理解できていない。武が去った後で、武に恋愛感情を持っていたのかと自問したが、答えは出なかった。大事な友達であることには変わりない。でも付き合うかと言われれば、踏ん切りがつかなかった。結局、武と一線を越えたのはその一回きりで、数カ月後には美咲と付き合っていた。彼女からアプローチしてきたのがきっかけだ。
美咲が風呂から上がってきた。ダブルベッドに横たわる俺の横に腰掛ける。
「お隣、いい?」
「おいで」
すっぽりと美咲を抱きしめる。髪からふわりと甘い香りがした。武の時とは違う。甘い香りなんてしない。もっと獣めいた香りがしていた。男同士ってそういうものなのだろうか。
「誰のこと考えてるの?」
美咲がこちらを見ている。
「いや……ごめん、仕事のこと考えてた。全然賞に引っかからないなぁって」
「そんなの今は忘れて」
キスされる。舌にがぶりと噛みつかれた。
「いって」
「私を見て」
美咲は熱に浮かされたような目をしていた。俺は彼女の肩に手を回した。深く口づける。何度目味わったか分からない、彼女の唾液が喉につっかえた。
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