第1章 高校生編
高校に着くや否や、『私』は手紙の差出人についてクラスメイトに隣のクラスにいる幼い頃からの友人、更には担任の先生や後輩に至るまで、幅広く聞いてみた。
しかし、『私』に返した返事はどれも、「分からない」の一言だった。まあ、こんないきなり聞いていくる人がいればそんな反応するのは当然だ。そして去り際に担任が『私』にこう言った。
「進路調査の紙の提出期限、もうあと2日だぞ。延長なんて無いからな、言っとくけど。」
そんな事分かってるっての、そう心の中で返答してやった。
自宅に帰ると母が言った。
「あなた、進路はどうするの?もう決めたの?」
『私』は首を横に振った。
「そう。」と母が答えると、座ってと言わんばかりに、リビングのテーブルの椅子に、『私』を座らせる。
「少し、お話ししましょうか。お母さんの小さい頃の話を。」
母の言葉に、『私』はコクリと頷く。
母は自分が小さい頃について語った。
母は生まれつき身体が弱く、中学生の頃も、一時期はずっと寝たきりで生活していたという。つまりそれは言ってみれば一種の心の病気であったと母は言った。自宅の窓から見える景色もちゃんと見ることもせず、その心の拠り所として、母は日夜絵を描いていた。
そんなある日、母の元に1通の手紙が届いた。その手紙を読んで、母は元気を貰い、気付くと病状も回復に向かい、学校にも通えるようになった。その手紙の主は、『私』の時と同じように宛名が書いていなかったという。
母が話し終えた頃、ガチャッと扉が開き、父が帰ってきた。母は父に目線を合わせると、ふふっと手で口元を当てた。父は首を傾げ、母に問いただしたがはぐらかした。
キッチンで一部始終を聴いて、『私』は部屋に戻って想った。じゃあこの手紙を送ってくれた人は、『私』を何処かで見ていた名も知らない誰かで、そんな『私』を影ながら見守ってくれていた人なのだろう。
少しそれを考えて背筋が凍ってしまったが、でも悪い気はしなかった。だってその手紙を書いた文字自体がガサツで汚い文字ではなく、言葉遣いも丁寧で、繊細で綺麗な文字だったからだ。
そして『私』は、この宛名の無い手紙を送った主を、敬意を込めて、『先生』と呼ぶ事にした。
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