第6話

 はからずも秘密の共有者となってしまったわけだが、僕らの日常はそんなに変わらなかった。進級したくらいだ。

 僕らは全員進学希望組だけれど、僕とリュウは理系大学志望で、いっくんとナベさんとタケは文系大学志望。二年生になる前からクラスが分かれることは予想していた。時々は五人で集まって昼飯を食べることにした。今日はその日だ。食堂でナベさんが割り箸を割りながら、

 「なあ、タケは選択科目、何にした?」

 「世界史。ユウちゃんたちは?」

 「僕もリュウも世界史。あれ、皆世界史?」

 「俺だけ日本史なんだよな」

 と、いっくんが拉麺を啜った。まあ、自分の進路に関わることだし、いくらなんでも選択科目を仲良しグループで揃えることもしない。僕も自分の唐揚げに手を伸ばしたとき、いっくんが拗ねたように続けた。

 「寂しいなあ。日本史の授業、俺一人で受けなきゃいけねえじゃん」

 「同じクラスの奴にも日本史選択いるだろ」

 と、ナベさんが笑っていると、リュウが息を吐いて、

 「もう選択科目の提出日過ぎてるからな、変えられねえし。諦めろ」

 分かってるよう、といっくんが間延びした返事をしたところで、僕を見てニヤリと笑う。日常で変化したところは、もうひとつだけあった。秘密を共有してからというものの、いっくんがなんだかふてぶてしい。まあ、あの不安そうないっくんはもう見たくないし、これも愛嬌と思っておこう。僕は唐揚げを頬張った。


 少しずつ進路の先が見え始めたところで、球技大会が近づいてきた。行事に真剣に取り組む校風なので、練習の生傷が絶えない日々を過ごす。自分が所属している部活の種目には出てはいけないので、僕とリュウはサッカーにした。いっくんとナベさんはバスケ、タケは卓球らしい。タケは初戦で優勝候補にあたってしまい、早々に応援にまわっているのを見かけた。僕とリュウは掲示されている対戦表を眺めている。

 「僕らのクラス、次はバレーだね」

 「そうだな」

 「バレー勝てるかなあ。対戦相手のクラス、優勝したら担任が食券奢ってくれるんだって。すごい気合らしいよ」

 そうだな、と対戦表を見ながら答えるリュウは心ここにあらず、だ。見兼ねた僕は言ってあげた。

 「バレーまで少し時間あるから、いっくんとナベさんのバスケ観に行こっか」

 「え、でも」

 「僕、二人がバスケしてるの見たことないし。いいだろ、リュウ」

 リュウは渋々と言った様子で頷いた。最近気付いたが、リュウは変なところで頑固だ。

 バスケの試合会場になっている体育館に着いたときには、アップが始まっていた。ナベさんは運動神経が良いのでどんな競技をやらせても上手い。いっくんは球技なら得意だと豪語していただけあって、慣れた手つきでシュートを決めていた。

 「ナベさん、軽々とシュート決めるなあ。バスケ部もいけたんじゃない?」

 「ナベさんのあの運動神経、欲しいよな」

 「リュウだって運動神経良いだろ」

 「人並みってだけだよ」

 「いっくんもシュート外さないね、球技ならいけるって言ってたもんな」

 そうだな、とリュウが笑ったとき、ナベさんが僕らに気付いた。いっくんの腕を引っ張り、僕らを指差す。二人とも満面の笑顔で手を振ってくれた。二人とも試合が楽しみなようで、すぐにアップに戻っていく。試合がもうすぐ始まる。

 その試合は、いっくんが怪我をしたことで一時中断された。とは言っても、プレー中の接触で鼻血が出ただけなので、選手交替ですぐに再開された。いっくんは観戦している僕らにもへらへらと笑っていた。ベンチに引っ込んだいっくんだったが、思っていたよりも鼻血が止まらないようで、クラスのメンバーに声をかけて、体育館を出ていった。何となくリュウを見たら、いっくんの背中をじっと見つめていた。

 「いっくんの様子見てきたら?」

 「鼻血だろ、大したことねえよ」

 「まあ、そうだけど」

 「でもまあ、そうだな。ちょっとトイレ行ってくる」

 リュウってもう少し落ち着いている奴だと思っていたんだけれど。秘密を知る前の僕だったらきっと、言葉通りに受け取っていただろう。でも建前なのかそうでないのか、その違いは分かるようになってしまった。

 「じゃあさ、ついでにジュース買ってきてよ」

 「体育館から自販機、遠いじゃん」

 「いいだろ?バスケはリュウの分まで応援しとくからさ」

 「トイレからすぐ戻るつもりだったんだけど……まあ、いいや。分かった、林檎ジュースな」

 「今日はアクエリがいい」

 はいはい、とリュウは笑って体育館を出ていった。

 いっくんの体操服が血まみれで、僕の予備のTシャツを慌てて引っ張り出すことになるのはそれから数十分後のことだった。


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