第5話

 確信からはもう逃げられなくなっていた。

 告白騒動から数日経った放課後、部活の備品を片付けるために廊下を歩いていたとき、空き教室から話し声が聞こえた。空き教室は生徒がたむろするときに使われることが多くて、今回もそんなものだろうと、いつもなら気にしないのだが、いっくんとリュウの声が聞こえたから立ち止まってしまった。でも、前に教室で見てしまったことを思い出して、僕は踵を返した。そのとき、鼻を啜る音が聞こえて、立ち止まった。見てはいけないのだと分かっているけれど、喧嘩かもしれない。あの二人が喧嘩するなんて、と覗いてしまった。そして、見なければ良かったと、僕はまた後悔する。

 リュウが項垂れるように座っていた。いっくんはそのリュウの前に立っていて、リュウの頭を撫でていた。撫でながら、穏やかにリュウに声をかける。

 「告白さ、俺は断ったよ。お前も断った。それでいいだろ」

 「でも」

 「それ以外に何もないよ」

 郁斗、とリュウが呼ぶ。その声がすがるように聞こえた。いっくんは撫で続ける。こんないっくんもリュウも、僕は知らない。

 「なあ、龍介。俺にどうしてほしい?」

 「分からない。きっと俺はずっと不安なんだ。お前は良い奴だから、これからも不安になるんだよ」

 困ったなあ、と本当に思っているんだか分からない声色で、いっくんはリュウの頭をぽんぽんと軽く叩いた。もぞりとリュウが動いて、立っているいっくんの太ももあたりに頭を押し付ける。いっくんはそのまま撫でていたが、そこでドア越しに僕と目が合ってしまった。いっくんは、飲み物買ってきてやるよ、とリュウに声をかけた。リュウが何かを言ったようだが、僕には聞き取れなかった。宥めてリュウから体を離すと、いっくんは真っ直ぐドアに向かってきた。僕は動けなかった。いっくんは僕の目の前まで来ると、僕の腕を掴んで自販機へと歩き出した。無言で自販機へと到着したところで、僕に向き直る。いっくんが口を開く前に、僕は口走っていた。

 「誰にも言わない!」

 「ユウちゃん?」

 「盗み見してごめん。僕言わないから!」

 いっくんはパチパチとまばたきを繰り返すと、小さく吹き出した。吹き出された僕としては意味が分からずまごまごしていると、いっくんは自販機でジュースを買った。僕の好きな林檎ジュースを差し出して、

 「口止め料な」

 「僕は言わないって……」

 「いいから受け取れって。俺に口止めされたってことにしとけよ」

 でも、と口ごもる僕に、いっくんは林檎ジュースを押し付けた。そのとき触れた指先が、今日は寒くもないのに冷たい。相反して、目はリュウを見つめているときように優しかった。

 「リュウさ、知られたくないんだよ。俺もまあ、あんま知られたくねえし。だから口止めな」

 「いっくん……僕」

 「俺もリュウもさ、ユウちゃんとタケとナベさんと、五人でつるんでるの好きなんだよ。だから、これは俺からの頼みってこと」

 リュウの分ってことでもう一本ジュースいるかな、と茶化すようにいっくんが笑うから、僕はムッとして制した。そのとき初めていっくんの眉が下がった。そうか、いっくんも不安なんだ。

 「口止めしたいなら、ジュースじゃなくて僕の頼みを聞いてよ」

 「なに」

 「五人でつるむの止めないでよ。僕も皆で過ごすの好きなんだからさ」

 いっくんはびっくりしていた。ありがと、と言う声が少し震えていたから、気恥ずかしさも相まって、僕はいっくんの脇を小突いたのだった。



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