第3話
その違和感を少し忘れていた頃のことだった。
僕らの高校はそんなに校則は厳しくないものの、さすがに服装検査のときはそういうわけにもいかない。あらかじめ日にちは通達されているので、その日に合わせて髪色をごまかしたり制服を真面目に着たりする。普段から校則を守っていない奴は小言を言われもするけれど、服装検査のときにきちんとしていればやり過ごせる。そんな感じで、服装検査数日前からは、普段の僕らとは違って、真面目な優等生ばかりになって面白い。早速、登校してきたナベさんに絡みに行った。
「ナベさんの髪、真っ黒になったね」
「そう言うユウちゃんもな。真面目じゃん」
続いて登校してきたリュウといっくんも、同じように髪の毛が真っ黒になっていた。いっくんは僕らを見つけるや否や駆け寄ってきた。
「二人とも何真面目ぶってんだよ。ナベさん似合わねえな」
「失礼だな、いっくんよりは似合ってるよ。なあ、リュウ」
んー、と少しぼやくと、リュウはいっくんの襟足をつまんだ。するりと、襟足がリュウの手からすり抜ける。どぎまぎしてしまって、僕はその手から目を離せなかった。直後、いっくんがリュウをどついた音が大きくて我に帰った。
「な、にすんだよ、リュウ!」
「ああ、ごめんごめん。いっくんよりナベさんの方が黒髪似合うんじゃねえ?」
「はあ?」
はは、と笑ってリュウはいっくんにどつかれた胸をさすっていた。僕の視線に気づいたリュウが僕を見る。何を思っているのか、リュウは僕に笑いかけてそのまま僕の髪をかき混ぜた。
「ユウちゃんも黒よりはいつもの暗めの茶髪の方が似合うと思う」
「ほんと、リュウはそういうところあるよな」
服装検査が終わってすぐ、僕は髪色を戻した。でも、いっくんは黒いままだった。黒は地味で嫌だと言っていたのに珍しい。そう思っていると、リュウはとても可笑しそうにいっくんを見ている。いっくんはそんなリュウを睨んでいたので二人に何かあったのだろう。ギスギスした雰囲気はなく、むしろ楽しげな雰囲気だったのでそのままにしておこう。僕が教科書を取り出していると、いっくんがこそこそと僕に近寄ってきた。僕の椅子の脇にしゃがみこみ、
「あのさ」
「宿題は見せないよ」
「え、まじ?いや、そうじゃなくて」
「違うの?」
なんかもぞもぞ動くいっくんが気味が悪くて、僕は続きを促した。いっくんは襟足をいじりながら、
「俺、やっぱ黒髪似合わねえかな?」
「え?そんなに気にしてたのか?」
「いや、そうじゃねえけど、さ」
「まあ、似合わないってことはないよ。僕ら中学までは皆真っ黒だったんだし」
「ええ、なんだよそのフォロー……」
「真面目に言うと、僕はいっくんの黒髪もいいと思うよ。でも、いっくんがいつもの髪色が好きなんだったら戻した方が良いと思う」
サンキュー、と安心したようにいっくんは笑った。そして、自席でスマホをいじっているリュウをこっそり睨んでいた。その睨む目に潜む何かに覚えがあって、僕は一人首を傾げたのだった。
リュウといっくんの目に覚えがあるのは何だったのか、ようやく思い出したのは家に帰ってからだった。帰って早々に、姉ちゃんに部屋に引きずりこまれた。面食らっている僕の目の前にはワンピースとスカートが突きつけられている。
「ユウスケはどっちが良いと思う?」
「ええ……どっちも良いんじゃないの」
「ちゃんと考えてよ。男子目線の意見も聞きたいの!」
「言っても、姉ちゃんは結局自分で決めるだろ」
「後押しが欲しいのよ」
後押し、ねえ。僕がげんなりとしながら服を見比べていると、姉ちゃんは勝手に話を続けた。
「明日デートなの。ワンピースの方が女の子っぽいかな?スカートはちょっと丈が短いような……。ユウスケはどっちが良いと思う?」
「姉ちゃんはどっちの服が好きなの?」
「スカート」
「じゃあそっちが良いよ。好きな服着てる姉ちゃんの方が、彼氏的には良いんじゃないの」
なんだか言った覚えのある台詞だなあ、と思いつつもそう答えると、姉ちゃんは上機嫌でワンピースをクローゼットにしまっていた。
「久しぶりのデートなの。楽しみだなあ」
と、スマホを見つめている姉ちゃんを見て、僕は思わず大声を上げてしまった。驚いた姉ちゃんが僕の方を振り返る。
「何よ、どうしたの」
「な、何でもない。デート楽しんできて」
ありがと、とご機嫌な姉ちゃんを尻目に自分の部屋に駆け込んだ。また声が出そうになって、僕は座り込む。思い出した。何か覚えがあったのは、姉ちゃんの目を何度も見ていたからだ。あの、好きな人を想う目を何度も見ていたからだったのだ。
「いや、いっくんとリュウだろ……」
あり得ない、と頭を振った。確かにあの二人は仲良いけど、僕ら五人だって仲が良いだろう。いくら仲が良いからって、早合点だ。そんな訳がないんだ。映画やドラマの観過ぎだ、と僕は気を取り直して制服を脱ぎ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます