第2話

 次に違和感を感じたときは、五人でカラオケに行くことになった放課後のことだった。

 五人がそれぞれ所属している部活の平日休みが重なるなんて珍しくて、僕らは浮かれていた。だから、いっくんが日直の日だが、薄情な僕らは放課後になった途端に下駄箱へ向かったのだった。下駄箱でスニーカーに履き替えているとき、あ、と後ろから声がした。ローファーを掴んでいるリュウだった。どうしたんだよう、と間延びした声でナベさんが問いかける。

 「スマホ忘れたわ」

 「そっか、待ってるから取って来いよ」

 「いや、悪いし先に行っててくれ」

 「スマホ取ってくるくらい待つよ」

 「タケに悪いよ」

 急に名指しされたタケは、カラオケに行こうと提案した張本人だった。タケはニヤリと笑い、僕とナベさんを急かした。

 「悪いな、リュウ。ユウちゃん、ナベさん、先に行こうぜ」

 「気にすんな。部屋の番号あとで連絡よろしく」

 分かった、と答えたタケに続いて、ナベさんもローファーをつっかけた。僕もスニーカーを履きながら見上げると、リュウは手を振って教室へと引き返した。

 でも、僕も教室へ引き返すことになってしまった。僕は定期券を忘れたのだ。今頃、タケは流行りのバンドの曲を熱唱しているに違いない。そう思い浮かべながら歩いて一年三組の看板が目に入った頃、教室の中から小さな笑い声が聞こえた。密やかな声で、なんとなくそのまま教室に入るのは憚られた。ドアからこっそり覗くと、そこに居たのはリュウといっくんだった。

 いっくんが日誌を書いていて、リュウはその前の席に座りながら頬杖をついてその様子を眺めていた。教室には二人しかいない。二人は何か話しているが聞き取れない。僕にはその話の内容なんかどうでも良かった。二人の間に流れる空気が、五人でつるんでいるときと全然違った。いつも騒がしいいっくんが穏やかに笑っていて、そんないっくんをリュウが穏やかに見つめている。このリュウの目、やっぱり知っているけど何だっただろう。

 この空間に入れない、と直感的に思った僕は後ずさりしていた。そのとき脇にあったバケツに足を突っ込んでしまい、派手に転んだ。けたたましい音が響いて、席を立ち上がる音が聞こえた。情けない体制のままドアから顔を出したら、いっくんが大笑いしていた。

 「ユウちゃん、だっせえ!」

 「どうしたんだよ、大丈夫?」

 駆け寄ろうとしてくれるリュウを制して立ち上がる。

 「えっと、ぼーっと歩いてたみたいで転んじゃった」

 「ユウちゃん、まじだせえな」

 「いっくん、うるさい」

 「いいから、お前は日誌終わらせろよ。ユウちゃん、まじで大丈夫?」

 「大丈夫、大丈夫だから。リュウ、ありがとう」

 照れ臭いのを誤魔化すように尻の埃を払いつつ、言葉を続ける。

 「定期忘れちゃってさ、僕も教室戻ってくることになっちゃった。リュウはスマホあった?」

 「あったよ。待って~っていっくんがうるせえから、日誌書き終わるまで待ってたんだ」

 「はあ?俺、そんな言い方してねえんだけど」

 「してた」

 「してねえ」

 「いいから、いっくん早く日誌終わらせてよ。三人でカラオケ行こう」

 いっくんはシャーペンを一心不乱に走らせ始めた。素直ないっくんに、リュウと二人で笑ってしまった。

 「終わった~!早く行こうぜ!」

 はいはい、と鞄を持ってリュウがのんびり歩き出す。穏やかに笑っていたあの二人とのギャップに立ち尽くしていたが、いっくんに手招きされて、ようやく僕は二人のあとを追った。


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