第3話 わたしは、わたしだったよ。

 学校を出た時は、小降りだった雨が。家に着く頃には、どしゃ降りになっていた。


 誰もいない家の鍵を開け、無言で靴を脱ぎそのまま風呂場に向かう。お湯張りのスイッチを押し、脱衣所で服も下着も脱ぎ、タオルを持って濡れた床を拭く。


 部屋に行き、かえの下着を持ち。また、風呂場に行く。充分に溜まっていない浴槽に身を入れる。吸水口から流れるお湯をじっと眺める。瞳からこぼれ落ちる涙が、チャポンと湯に落ちる。


 〜〜〜


 昼休み、体育館に響く声援とボールの音。いつものように男女混ざってバスケットをしていた。


「陸玖パース!」


 ゴールに向かって走る苺花。


「ナイシュー!」


 陸玖からのパスを受け華麗にドリブルシュートを決める。


 シュパっとゴールネットを回転のかかったボールが通る音と仲間の声援。そして、ハイタッチ。


「近藤さんちょっといいかな?」


 皆が一斉に振り向く、体育館の入口に山崎君。


 山崎君は、サラサラした髪が似合う、少し大人びたお勉強の出来るクラスメイト。


 女子人気ナンバーワンの彼が、近藤さんを呼んでいる。可愛さでは苺花の方が可愛いという周りの評価だが、女の子らしさを含めると圧倒的男子人気ナンバーワンの近藤さん。


 男子の心は一斉にざわつき、女子はドキドキと見守っていた。


「……はい」


 守ってあげたくなるか弱い声で、顔を赤くしながら、近藤さんは山崎君に着いていく。


 意味のわからぬ男子の歓声と、ヒソヒソと話す女子の声。今この体育館は甘い空気に包まれていた。


 苺花は、その雰囲気が嫌いだった。嫌いというより苦手。恋愛とは言いたくない、甘酸っぱいのが嫌だった。


 それを打破すべく、転がるボールを持ち。


「はい、陸玖!」


「バチン!」


 打破するべく放ったボールは、体育館の外へと消えていく二人を眺める陸玖の顔面に命中した。


 普段なら冗談ですんでいただろう。バカ!とか反射神経がどうとか……そんな言い合いで終わっていたはずだった。だけど、体育館に漂う空気がそれをさせなかった。


「痛って……」


 鼻を押さえ、うずくまる陸玖に苺花は慌てた。


「大丈夫?ごめん」


 その一言が言えず、たじろぐ苺花。陸玖の顔を覗き込み。


「……大丈夫?」


 弱々しい声。


 普段は男の子のように振る舞う苺花が見せた、弱い自分。そんな苺花を見て陸玖の心の声がこぼれた。


「そんなしてれば可愛いのに……」


 何も言い返せず、気まずい顔の苺花。この場から早く逃げ出したかった。だけど、それが照れだと勘違いさせるには充分だった。


 苺花の腕を掴む陸玖。


 ハッと驚く苺花、思わず陸玖の顔を見る。視線がぶつかる。


 ヤバイ……本能的に苺花の頭の中にその文字が浮かんだ。


「好き」


 聞き慣れた陸玖の声じゃない、もっと真面目な声で伝えたその音は、空気を伝って、苺花の耳に、心に刺さった。


 逃げ場がない苺花にボールの転がる音だけが、虚しく響く。


「ごめん」


 やっとそれだけが言えた。陸玖の顔を見ることは出来なかった。だけど、いっぱい考えてやっと言えた言葉だった。


「どうして?」


 悲しそうな声だった。苺花は自分が悪いことしたんじゃないかと思えるほどの。悲しそうな声だった。だから、素直に答えた。


「……他に……いる。好きな人」


 ショックだった。振られた事じゃない、それよりも苺花に好きな人がいるって事が、陸玖にとって何よりもショックだった。だから、知りたかった。


「誰だよ……?」


 答えない苺花に挑発もした。


「嘘だろ?本当はいないんだろ?」


 挑発のつもりだったが、嘘であって欲しかった。だけど、押し殺すような声で苺花が言った。


「……亜玖璃」


「え?」


 驚く陸玖の表情が苺花にはショックだった。


 唖然とした顔をして、陸玖は言葉を続けた。


「何言ってんの?亜玖璃姉ちゃん?……おかしいよ。だって亜玖璃姉ちゃんは……」


「……ヤメテっ!」


 苺花が両手で陸玖の口を塞ぐ。顔を真っ赤にし、目に涙を溜めて。その表情かおは悔しそうで……とっても悲しそうだった。


 ズキン……とした。


 陸玖の心臓が、冷たい氷柱つららに刺されたように。


 そんな苺花の顔を見た瞬間。


 ズキンとしてわかった、苺花を傷つけたと。


 走り去る、苺花の後ろ姿を見ることもできず、傷つけた自分が悔しくて床をパンチした。


 〜〜〜


 パジャマ姿でソファに座り、ついてないテレビの画面をボーっと眺める。


「ただいま〜」


 隆一が帰ってきた。両手に提げた買い物袋を嬉しそうに掲げて。


「お腹空いただろ?すぐご飯にするから」


「……」


 返事のない苺花を少し変に思ったが、今日の隆一は張り切っていた。


 毎朝、苺花に夕飯のリクエストを聞くが。カレーが大好きな苺花は決まって「カレー」としか答えない。だが今日は「唐揚げ」と言われた。


 それだけで隆一は嬉しかった。休憩中に「美味しい唐揚げ」のレシピを見て、動画を見て。ウキウキで買い物し、ウキウキで帰って来て、ウキウキで今、料理をしている。


 気がつくと、苺花は自室に戻っていた。


 夕飯が出来た。唐揚げを食卓の真ん中に置き、向かい合って座る。


 元気のない苺花を隆一は気にかける。


「美味しくない?」

「カレーが良かった?」

 ……

「なにか……あった?」


 苺花の顔が崩れる、大粒の涙が頬をつたう。


「わたし、へんなの?」


 涙声で発した言葉はしっかりと隆一の耳に届いた。


「女の子が、女の子を好きになっちゃいけないの?おかしいの?」


 箸を持ったままの手で涙を拭いながら、隆一に必死に訴える。


 立ち上がり、両手で苺花を優しく包む。


 身をかがめて、頭を撫でて。


「全然、変じゃないよ」


 隆一の本心だった。


 苺花の涙を拭きながら、隆一は語りかける。


「涼花……ママがね言ってたんだ」


 隆一の顔を見る苺花。


「自分の心に正直なヤツが勝ち組じゃ!……って」


 その言葉と、隆一に甘えることで少し元気を取り戻した苺花。


 その日の夜は、久しぶりにパパの布団で寝た。


 遅くまでずっと隆一とママの事を話した。苺花の知らないママの話を目をキラキラと輝かせて聞く苺花。


 次の日もちろん寝坊した。


 〜〜〜


「そうかそうか、苺花ちゃんが。珍しく隆一君からランチの誘いがあったと思ったら、やっぱり苺花ちゃんのことだったか」


 ファミレスで太田と共にランチをする隆一。


「まいりました〜」


 という表情はどことなく嬉しそうだった。


「自分の心に正直なヤツが……か」

「懐かしいな……」


 太田が遠い目でつぶやく。


 言葉にせずとも浮かんでる場面が同じ二人、怒鳴りつける涼花の顔。


「はい……」


 そう言って少し笑い合う二人。


 〜〜〜


 買い物袋を提げて、玄関を開ける。


「ただいま〜」


 その声に。


「おっかえりー」


 元気に返事する苺花を見て安心する隆一。


「よーし苺花、今日は一緒にカレーを作るぞ!」


 張り切る隆一にイヤイヤながら、応じる苺花。


「しっかたないな……」


 ルンルンで鍋を構える隆一に苺花の怒りが届く。


「だ・か・ら〜!何〜回も言ったよね!なんで牛なの!はっ!わかんないんだけど!わ・た・し・は!カレーには豚!」


「ご、ごめーーーーん!」


 ガチで忘れてた……



 ~完~





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彼女が一番好きなのは…… 野苺スケスケ @ichisuke1009

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