第9話 ブラック +

 それからどれくらい経ったのだろうか。

 終いには2人共にすっかり心身を蕩けさせ.......。

 もはや言葉少なに酒を飲みながら、ただただ、互いを感じ合うのみだった。


「.......咲希」

「ん?.......なーに?」

「そろそろ、良い頃合だろう。湯を浴びよう。それとも.......足りぬか?」

「.......ん.......一応言ってみるけど、お風呂なら入って来たよ?」

 咲希にはもう初めのように、今すぐにといった思いはない。

 故にこの発言は、ただ、既に身を清めた事を伝える為だけのものだった。

「ふむ.......だが、それもまた、戯れの内だろう?」

「.......ん、ね、じゃあ抱っこ.......気持ち良くて力抜けちゃった」

「良かろう」

 ホークは快く、咲希を抱き上げた。


「ふふっ.......」

「.......どうした?」

「んーん.......何か、幸せだなーって思って」

「そうか.......我も、同じ思いだ」

「.......うん」


 風呂場もとてもシンプルなもので、実にホークらしいものだと言えるだろう。

「さて.......立てるか?」

「ん.......大丈夫、ありがと」


 ホークは頭へ添えていた左手で、優しく抱き寄せた。

「.......桜色のワンピース.......纏うは同色の髪と目に.......美しい白い肌の女.......まるで桜の妖精のようだ.......良く似合っている。.......脱がせてしまうのが惜しいようだ」

「ふふっ.......もう.......また似合わない事言って」

「ふんっ.......気に入らぬか?」

「.......ううん、気に入った」


 ホークはゆるりと咲希の髪を除け、肌を撫でながら肩紐を下ろすと、肩紐で隠れていた部分をなぞるように撫でた。

「ん.......」

 つい先程までみっちりと味わっていた快感.......咲希も既に、その感じ方が板に付いていた。

「構わぬ、感じよ」

「ん.......気持ち良い.......」

 咲希はうっとりと、静かに酔いしれた。


 暖かな手は.......

 左肩から首裏を通り、右肩へ。


 何処までも追い掛け、甘えたくなってしまいそうな.......優しく、暖かな快感.......

 先程の言葉は、まるっきり嘘ではない。

 本当に体の力が抜けていくような.......

 脳が働く事を拒否しているような.......

 .......ふわふわと、心地が良い。


「.......咲希も脱がせてみよ」

 僅かに胸元が露出する程度.......ホークはほんの少し、はだけさせるに留めて咲希を誘った。

「.......ん」

 浴衣に似たファンタジー風の服.......。

 さすがの咲希も、こういった服は脱がせた事がないようだ。

 ホークの首元へ手をやり、胸を通り、腰元の帯の辺りまでゆるりと滑らせた。


「ホークは黒色が良く似合う.......それに綺麗な.......宝石みたいな赤い目.......まるで.......きっと神様も敵わない.......本当に.......脱がせちゃうのが勿体ない.......いっそ、このまま抱かれてみたいくらい」

「.......ふむ.......咲希こそ似合わぬ事を.......だがそこが良い。もっと酔ってみせよ.......今宵は共に、甘き夜霧に身を溶かそう」

「ふふっ.......甘すぎて、ほんとに溶けちゃいそう」

「あぁ.......案ずるな。残らず溶けても共にあろう」


 咲希は少しだけ帯を緩め.......

 胸元をはだけさせ.......

 己がされた事を真似るように、露わになった肌を撫でた。


「んッ.......」

 それから、甘い甘い口付けを.......。

 唇.......首.......肩.......胸元.......。

 甘く優しい快感が、互いを襲った。

 それからまた、互いに脱がせ合い.......。

 .......甘い甘い口付けを。


「さて、そろそろ入ろう。.......今宵の湯は、少々熱そうだな」

 ホークは既に溶けかけている咲希を抱え、浴室を目指した。

「.......ん.......きっと、あちあちだね」


 浴室へ入ると、ホークは先程のように咲希を下ろし、片腕で抱き寄せた。

「目を閉じ、我に身を任せよ」

 それからシャワーを手に取り、咲希に掛からぬようにまずは己が手で温度を確かめた。

「.......ん.......」

 ホークに絆された為か、咲希の感覚は研ぎ澄まされていた。


 背後で聞こえるシャワーの音.......

 一瞬にして広がったモワッと温い空気.......

 甘く肌へ染み込むようで.......

 そう、これはまるで“夜霧”だ。


「んん.......ぁぁ.......」

 脚に掛かった湯は、ホークの言った通り熱かった。

「んぁ.......ぁぁ.......はんん.......」

 耳元に掛かる息は.......また、夜霧のよう.......

「んぁァッ!.......あッ.......んッ.......んぁっ」

 首元にホークの唇が触れ、甘く熱く.......ジンとした感覚が肌を走った。

「ぅんんっ.......んぁぁー.......ぁぁ.......」

 スルリと腕を撫で下ろされれば、先程よりも少し熱さを増した快感に身を包まれた。


 脚元から上へ.......身を濡らし行く湯は、迫り来るようでゾクゾクとする。

「ふむ.......良い反応だ。.......そのような甘い声を漏らして.......さぞ気持ち良かろう?」

「んぁッ!.......ぁ.......ぁぁ.......ィィ.......」

「あぁ.......我も身が焼ける思いだ」

「あッ.......ぁぁ.......んっ、ホークも.......ホークも感じて?.......私もしたい.......一緒に、溶けて?」

「ふむ.......してみよ、感じるままに」

「ん」


 今度は咲希がシャワーを持ち、攻勢だ。

 咲希はやはり、己がされた事を真似るようにホークへ湯を掛けた。


 美しい肌を流れる湯.......

 それはサラサラと優しげで.......

 己が味わったようにホークもまた、この湯を味わっているのだ。

 同じ湯を、ホークはどのように感じているのだろうか.......

 目を閉じ、穏やかな息を吐く姿は.......とても気持ち良さげに感じられた。

 ホークが感じている感覚を想像すると.......

 何故か己が喘いでしまいそうになる。

 それがまるで、己とホークが一心同体であるかのように思わせた。

 しかし、まるで己で己を愛撫しているような気もして、少しだけ可笑しな気分だ。


「.......咲希、そろそろ交代しよう」

「.......ん」

 咲希は後ろ髪引かれながらも、素直にシャワーを渡した。

「さて.......」

 ホークは大きな椅子へと咲希を誘導し、脚の間へ座らせた。


 それから椅子の右サイドに置かれたシャワーホルダーへシャワーを置くと、左サイドの棚へ手を伸ばしてシャンプーを手に取った。

 咲希はそんなホークの様子を鏡越しに見つめた。


 ホークが優しく咲希の頭部へ揉みこみ始めると、咲希は目を瞑り、その感覚に浸った。


 椅子はふかふかと高級そうで、サイドに棚やらが置かれたこの環境.......

 それからホークの行動も相まって、まるで美容院のように思え、しかし互いに裸体である状況に、何故だか少しイケナイ気分になった。

 .......尤も、イケナイも何も、元よりこの後はそうなる予定なのだが.......そう考えて、己で己の考えが可笑しくなった。

 先程ホークが手に取っていたシャンプーは、上質な絵の具のように真っ黒だった。

 それが己の髪へ揉みこまれているのを思うと、己がホークの色に染められていくような気がした。

 .......黒いシャンプーはホーク自身のようにも思える。

 モコモコと泡立ち頭皮へ触れるものは、シャンプーではなくホーク.......

「んはぁ.......」

 香りは芳醇で複雑.......やはりホークらしい。

 何とも分からぬ香りは、きっと例の珍酒と由来が同じなのだろう。


「.......ふむ.......シャンプーへ我を投影するか。悪くない感性だ」

「ん.......ホークに包まれてるみたいで、気持ち良い」

「ふむ.......もっと感じよ。存分に、我の色に染めてやろう」

「ふふっ.......うん、ホークでいっぱいにして」

 この言葉を本気で口にするなんて.......

 もう随分と酔ってしまったようだ。

 しかしそれも悪くない.......そう咲希は思った。


 トリートメントを付け優しく髪を掬われる感覚は、物足りないけれど情欲的だ。

 ヌルヌルと滑り良く.......

 もしも髪に感覚があったのなら、どれほど気持ち良い事だろう.......

「いずれはそういった戯れをするも良かろう。.......今宵は辛抱せよ」

「ん.......ん.......」


 ホークは髪を洗い終わると、左肩側にゆるりと纏めた。

 それから立ち上がって咲希の前へ移動すると、屈むようにして口付けた。

「化粧を落としても構わぬか?今宵の為にしてきてくれたのだと思うと惜しいが.......今宵は我に、咲希の全てを見せて欲しい」

「.......ん」

「すまない、言っておくべきだったな」

「んーん.......気にしないで」

「あぁ、ありがとう。目を瞑るが良い。恐れずとも良い。決して傷付けはせぬ」

「ん.......知ってる」

 疑いなどある筈もない.......これまでを思えば、丁重に扱ってくれる事など分かりきっているからだ。


「さて.......気になるところはなかろうか?」

「ん、ない」

「ふむ.......桜色の目も似合うが、薄茶色の目も似合う。優しげで甘さを含み.......その目で見つめられると溶けてしまいそうだ」

「ふふっ.......じゃあ、もっと見つめて良い?」

「ふむ.......存分に見つめるが良い。咲希に溶かされるのなら、さぞ幸せな事だろう」

「もう.......」

「とはいえ、今はそうしている場合ではなかろうな」

「ふふっ、そだね。ずっと夜なら、そうしてても良いかも」

「ふんっ.......ならばいっそ、この世を闇で覆い尽くしてみるか?」

「んー.......ちょっと格好良いけどダメ」


 そんな冗談を言い合いながら、2人は先程の体制へ戻った。

 そしてホークはボディーソープを手に取り、後ろから抱き締めるようにして手を取った。

「美しい指だ.......ネイルが良く映える」

 ホークはネイルを見つめ、スっと撫でた。

「ん、キラキラでしょ?」

「あぁ。.......爪には何とも思わぬのか?」

「ん?爪?」

「.......髪には、もしも髪に感覚があったらと考えていただろう?」

 手を撫で、或いはマッサージするように軽くギュッと揉み.......

 愛撫を交えながら、質問を続けた。

「あー、んー.......それも良いかもね。でも、それならネイルは取らなくちゃだね」

「何故だ?ネイルとは、時間を掛け、多くの工程を踏み、それから思いの込もっているものなのだろう?何も落とさなくとも良かろう?」

「んー、だってさー、ネイルしてたら撫でられるのってネイルでしょ?」

「ふむ.......その通りだが、それも悪くはなかろう?衣服の上から撫でられるようで、また一味変わった感覚が味わえるだろう」

「あー、ん、確かにー。でも、私はアレ、あんまり好きじゃないかなー」

「ふむ.......咲希は直に触れられるほうが好みか」

「うん、何か焦れったくて」

「そうか.......覚えておこう」

「ふふっ、ありがと」


 ホークは手を滑らせ、腕を洗い始めた。

「.......ん.......気持ち良い」

「.......もっと力を抜いてみよ。遠慮せず、我に凭れるが良い」

「うん.......私、こういうのも好き。.......後ろからギュッてされて優しくされるの、ちょっとドキドキする」

「そうか。.......それも覚えておこう」

「ふふっ.......でも前からも好き。だから、どっちもして?」

「ふむ.......良かろう」


 ホークは腕から肩へ、首、耳と、ゆったりと時間を掛けて洗った。

 泡は人肌程度に暖かく身を包み、泡立ってはシュワシュワと肌へ刺激を与え、消えて行った。


「んぁっ.......はぁっ.......ぁぁ.......」

 ホークが胸へ触れると、咲希はほんのりと声色を変えた。

「.......気持ち良いな.......良い、もっと感じよ」

「あぁぁっ.......んっ.......ホーク.......んぁっ.......だめ.......立てなくなっちゃう」

「構わぬ。我が抱えてやろう」

「んっ.......はっぁぁっ.......」

「.......ふむ.......癖が抜け切れていないか?.......言っただろう?奥で感じるな。我の手は今何処へ触れている?」

「んぅっ.......だってぇ.......ぁぁ.......んぁぁっぁっ.......むり.......んぁっ.......」

「.......落ち着くが良い」

 ホークは手を止め、スルリと両腕を撫で、咲希の手を握った。

「はっ.......んっ.......ん.......まって.......」


 しかし、互いに裸という状況のせいだろうか.......先程とは違い、中々思うように落ち着く事が出来なかった。

「.......ふむ.......仕方のない奴だ。では、一度交代しよう。こちらを向くが良い」

「はぁ.......ん.......ん、する」

 咲希は手を貸して貰いながら、浅く腰掛け直したホークの膝上に跨った。

「はぅぅ.......ぁぁ.......んんっ.......」

 しかしその体制がまた、咲希を更に少し興奮させてしまったようだ。


「.......我の色に染められるようだと言っていたな。ならば、我も咲希の色に染めて貰うが良かろうか?ふむ.......暫し待て」

 ホークは何やら小さく四角い物体を呼び出して、弄り始めた。

「ん.......それ、もしかして.......」

「あぁ、小型システム端末だ」

「やっぱり。.......ん、もう、出来たんだね」

「あぁ、咲希にも明日、皆へ渡すと共に渡そう。.......少し、使ってみるか?」

「ん.......使ってみたい」

「良かろう。冷えた飲み物でも出してみるが良かろう」

「あ、うん。ん、言われてみればちょっと喉乾いたかも」

「ふむ.......使い方はスクリーンと同様だ」

 画面に目的に見合った項目を表示させてから、簡潔に説明して端末を差し出した。

「ありがと.......ホークも何か飲む?」

「ふむ.......咲希と同じものを頂こう」

「ん.......はい、サイダー。知ってる?」

 咲希は冷たく冷えたペットボトルを1つ、差し出した。

「あぁ、ありがとう。知識としては知っている」

「ん、飲んでみて。スッキリするから」


「ふむ.......悪くない。くどすぎない甘さ.......炭酸と冷たい温度が更に爽やかに感じさせる」

「.......ん、でしょ?」

 咲希はホークの反応を見てから、己もサイダーを口に含んだ。

 キンっと冷たく、シュワシュワと口の中で弾ける炭酸が、昂った気分を少し落ち着かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る