第8話 ポムってハラハラ、ドキドキニャ!?

 迷宮作りも区切りの良いところで切り上げ、咲希はジェバーラへ来て初の一大イベントを目前に、丁寧に身を清めて備えた。

 現在は脱衣所にて鏡を見つめ、最終チェックを行っているところである。

「メイクよし!髪型よし!口臭よし!お肌よし!匂いよし!」

 そう元気良く言ってみるも、咲希は内心緊張していた。

 何故なら、今宵の相手は得体の知れぬ人外だからだ。

 一体どのように抱いてくれるのだろうか.......咲希には想像も付かなかった。

「.......ふぅー.......変なの、私」


 それから、よし行こうと決意を固めたところで、はたと気付いた。

 部屋に来いって、どうやって行くのだろう?

 大体、どこにあるのだろう.......?


 咲希は試しに転移装置に触れ、“ホークの部屋”と念じてみた。

 しかし、やはりと言うか何も起きなかった。

「.......とりま、システムルームに戻ってみよう」

 ホークの事だ、例え言い忘れたのだとしても、きっと既に気付いて待っているかもしれない.......咲希はそう考えた。


「.......あれ、居ない.......」

「ん?咲希、お疲れ様。お探し物はコレかな?」

 咲希に気付いたレオが、テーブルの上に置いてあった黒く丸い何かを手に取って掲げた。

「ん?なーに、それ?あ、レオもお疲れたん」

「うん、ありがとう。ホークの部屋の入室キー。咲希が来たら渡すようにってね。待っているだろうから、早く行ってあげなよ」

「あ、うん、あーとーってうわっ!」

 咲希が受け取ろうと手を触れると、キーは指先に吸い込まれるようにして消えていった。

「え、何.......?」


「ははっ、霊珠ポムだよ。今ので咲希にはある力が宿った。.......何処からでもホークの部屋に転移する事が出来る能力。まぁ、魔法みたいなものだと思えば良いよ」

「何、その変な魔法.......」

「ははっ、確かに変わっているね。でも、誰もが手に入れられる訳じゃない.......大事にしなくちゃね」

「あ.......うん。えっと、どうやって使うの?」

「簡単だよ。転移装置と同じ、念じるだけで良い」

「あーね.......分かった、ありがとー」

「うん、それじゃあ、行ってらっしゃい。良い初夜を」

「んえっ!?な、なな、何で知ってるのさー!!い、行ってくるー!」

 そうして念じた言葉は先程と同じ.......されど摩訶不思議。

 咲希は今度こそ、ホークの待つ部屋へと転移した。


「おー、おっしゃれー」

 その部屋は一言で言うと黒かった。

 どうやら此処はリビングルームらしく、それも幾つかの扉がある為、一部屋でない事は一目瞭然だった。

 シンプルさが却ってお洒落に感じられ、暗いというよりは落ち着いているといった印象であり、それが咲希には男らしくも感じられた。


「あぁ、咲希、来たか。進捗はどうだ?」

 ホークは準備万端とばかりに、黒いソファへ腰掛けていた。

「うん、来たよー。お邪魔するね。迷宮は結構良い感じだよー。とりま、10層は完成したー」

「そうか。随分と進みが早いんだな」

「うーん、そう?何かやり始めたらじゃんじゃんアイディア浮かんできたからさー」

 咲希はそう答えながら歩み寄ると、無遠慮にホークの膝の上へ横向きに座り、両腕を首に掛けた。

「ふんっ.......それは何よりだ」

 ホークは左腕を咲希の腰へ回して体を支えた。

 ホークにしては積極的な様子に、咲希は僅かに心をときめかせた。


「食事は摂ったか?まだならば暫し時間を取ろう。我も付き合う」

「あ、適当に食べてきたよー。ホークはまだなの?」

「いや、我も適当な食事を摂った。ならば、共に酒でもどうだ?」

「お、良いねー。んじゃー、私昨日のアレ飲みたいなー」

 咲希は“官能的なドラッグ”と評された例の酒を所望した。

 早く、と急かしているようにも思えるが、咲希にその意図はないようだ。

 ただ、己の気分が高まるのを期待しての事だった。


「ふんっ.......却下だ」

「んえっ?何でさー?」

「己で己を高揚させてどうする?甚だ、無作法極まりない」

「ん?.......あ、えと.......ごめん?」

 咲希にはホークの言わんとした事がよく分からなかったが、とりあえずダメ出しされた事だけは理解し謝った。

「ふんっ、構わぬ」


 咲希は初っ端から噛み合わぬ会話に言葉を失った。

 先程レオのお陰で消え掛けていた緊張がぶり返してくるようで、鼓動を速めた。


「そう緊張せずとも良かろう」

 ホークはそうフォローしてから、ピンク色をした美しい酒を差し出した。

「あ、うん、ありがと.......。か、乾杯」

「ふむ、乾杯」

 2人はカチンとグラスをぶつけ、口を付けた。


「あ、これ.......」

 優しい美酒は、咲希の心を少し落ち着かせた。

 ピーチと.......それからこの香りはなんだろう?と咲希は考えた。

「桜の花の香りを織り交ぜてみた。悪くはなかろう?」

「あ、そうそれだ!.......ん、ちょっと上品になった感じ。お花って聞くと更にそんな感じしてきた」

「ふんっ、先入観は我ら人の感覚を鈍らせる。考えず、感じよ。そして味わうが、そのもの本来の美しさを損なわせぬ」

「もー.......また難しい事言ってるー」

 咲希はそう小言を漏らしたものの、ホークのこういった大人びたところには、憧れと好意を抱いていた。

「難しくなかろう?言葉という虚像を見るなかれ、という事だ。己で己の感覚を殺すなど、惜しいとは思わぬか?」

「うーん.......分かるような、分からないような.......」

「ふんっ」


「.......えと.......」

「そう緊張せずとも良かろう?それから、色事とは急いてするようなものでもなかろう。初夜ともあらば、尚更だ」

「.......ん.......その、ごめん。何かこういうの慣れてなくて.......」

「構わぬ。.......我に任せよ。今宵くらいは無垢な女を演じてくれねば、我の顔が立たぬ」

「ん.......頑張る.......」

 ホークの言葉を聞き、咲希は己のしていた行動が相応しくないような気がして、首に掛けていた腕をそっと下ろした。

「ふんっ.......ならば改めて聞こう。.......今宵、我と契りを交わしてはくれぬか?」

「.......喜んで」

 そして、ホークは優しく口付けた。

「んっ.......」


「安心して身を任せるが良い。我は意を決し己が身を捧がんとした女を、決して裏切りはせぬ」

 ホークの言葉は甘いように思えてちょっぴりビターだ。

 しかし、嫌いではない.......そう咲希は思った。

「.......うん.......」

 何と言うべきか.......相応しいと思える言葉が見当たらなかったようだ。


 熱くも冷たくもない、しかし普通と呼ぶにも何かが違う.......。

 2人は何とも言えぬ不思議な空気の中、ジッと見つめ合った。


 暫くして、ホークが咲希の腰へやっていた腕を上へと滑らせ抱き寄せた。

 それからゆったりと咲希の頭を撫で始めた。

 一方、咲希はそんなホークの行動を、静かに目を閉じて受け入れた。


「何も案ずる事はない。我が至高の悦びというものを教えてやろう」

「ぁ.......」

 耳元で囁かれた言葉に、咲希の気持ちは一気に昂った。

「ふむ、良い反応だ。.......もっと我を感じよ。.......声.......息遣い.......仕草.......体温.......脈動.......余すところなく我を味わうが良い」

「んっ.......ホーク.......」


「まぁ、まずは飲むが良い。夜はまだ長い」

「ん.......」

 殆どお揃いの酒を一口.......。

 それからホークの目を見つめて僅かに微笑んだ。

「これ、美味しいね」

 出た言葉は在り来り.......しかし、紛うことなき本心だった。

「あぁ.......色は桜色.......咲希の髪色と同色だが、美しさは酒のほうが劣るな」

「なーに、もう.......何か、ちょっとらしくないなって思った」

「ふんっ、この状況で男が口説いているのに、その返しはどうかと思うが」

「ふふっ、ごめんごめん。.......ねぇ、じゃあ、味はどっちのほうが良いと思う?」

「さぁな。我に髪を食せとでも命じるつもりか?」

「んうー.......その返しもどうかと思うけど」

「ふんっ.......知らぬものは仕方なかろう」

「そうだけどさ.......」

 咲希は確かに明らかな嘘で口説かれても興醒めだ、と思い口を噤んだ。


「美しい、とは女にとって最上級の褒め言葉ではないのか?」

「さぁ.......美しいってさー、確かに嬉しいけど、ちょっと上辺だけって感じするよねー。それなら、可愛いとか言われたほうが嬉しいかもー」

 咲希はそう自論を語りながら、“可愛い”というワードにふと先日のレオを思い出した。

「ふむ.......咲希は言われたいというよりも、可愛いがられたい、と言ったほうがより正確なようだな」

「可愛いがられ.......あぅっ.......」

「ふんっ、まるで快楽に取り憑かれているようだな」

「だって.......気持ち良いものは気持ち良いもん」

「まぁ、悪い事ではなかろう。少なくとも、我はそういった人間を特段忌避したりはせぬ」

「ん.......そか.......」

 それが本当に万人から見ても悪くない事なのかどうかは分からない。

 しかし、ホークを無理矢理このようにしてしまったのは紛れもなく私.......咲希は消し切れぬ罪悪に苛まれ、ほんの少しだけ落ち込んだ。


「ふんっ.......後悔するだけ無駄だろう」

「そ、だね。.......ん、わがままって逆になりきるのも難しいもんなんだね」

「ふんっ、慣れだろう?果てしなく傲慢な人間など、この世に数え切れぬほど居る」

「んー.......じゃ、私ってもしかして良い子?」

「否定はせぬが、期待はするな」

「むー.......そこは“イイコ、イイコ〜”ってナデナデしてくれるところじゃないのー?」

「ふんっ.......咲希にはそれよりも.......」

 ホークは不意に一つ、口付けを落とした。

「んっ.......」

「こうされたほうが嬉しかろう?」

「んあぁぅ、それずるーい!」

「ふんっ.......随分と嬉しそうだな。やはり、可愛いがられるほうが好みのようだ」

「あっ.......ちょ、待って.......その“可愛いがる”ってのツボかも」

「ふんっ.......良かろう。今宵は初夜.......我らにとって特別な夜だ」

 ホークはそこで、また優しく口付けた。

「今宵は咲希の心ゆくまで、我が可愛いがってやろう」

「んぁッ.......ダメ!それダメ!あうぅ.......」

 咲希は耐えるように身を固まらせながら、フルフルと首を振った。

「ふんっ」

 ホークはそんな咲希の様子に、他愛もないと鼻で笑い、グラスに口を付けた。

 咲希もまた、己の気持ちを落ち着けるべくグラスへ口を付け、グッと飲み干した。


「もう一杯、どうだ?」

「うっ.......あうぅっ.......ホーク.......我慢出来ない。早く.......おねがい.......」

「ふんっ、本当に辛抱ならぬ奴だ」

「だって.......こんな、焦らしプレイ.......」

「我は焦らしてなどいない。.......感じよ。こうした時もまた、戯れの内であろう?」

「ん、感じてる.......てるけどさ.......」

「ふんっ.......己の体は、聖域しか感じぬのか?」

「んぁッ.......そんな事ないもん.......」

 唐突な女の秘部を形容した発言に、咲希は思わず己のそれを意識した。

「ふんっ、どうだか」

 ホークはそう言うと、咲希の体を支えながら己のグラスをテーブルへ置いた。

 それから咲希のグラスを取り上げ、同様にした。


「んッ.......」

 ホークはまた一度、優しい口付けをすると、空いた右手でスルリと咲希の腹を撫でた。

「あァッ!」

「.......この奥で感じていただろう?ずっと」

「ぁ.......め.......ダメ.......」

「今もそうだ。我が撫でた肌ではなく.......」

「あぁァッ!んぁっ.......ぁぁ.......あぅ.......」

 下腹部をグッと押され、強襲してきた快感に、咲希はギュッとホークにしがみつき身悶えた。

「ふんっ.......仕方のない奴だ。最奥が最も感じるか.......。まぁ、別に可笑しな事ではないが.......まったく、一体どのように抱かれれば、そう極端になる?」

「あ.......う.......だって〜.......」

「この奥を.......」

「あァッ!」

 指摘され、改めようと思えど感じるものは感じてしまう。

 咲希にはどうにも抑えようがなかった。

「ひたすら単調に突かれでもしたか?」

「奥.......突.......あぅっ.......」

「ふんっ.......まぁ良かろう。ひとまず、酒でも飲んで落ち着くが良い」

 ホークはそう言って、2杯目の酒を差し出した。


「.......感じよ。過去の記憶ではなく、今その身に流れし感覚を」

 ホークは再びグラスを取り上げた。

 それから右手で咲希の体を支え直すと、左手でスルリと腕を撫で下ろし、そのまま流れるように手を取った。

「ぁぁ.......」

 それから指先へ口付け、ゆったりと数秒掛けて唇を離した。

「感じよ.......己が肌へ触れし我の唇.......撫で行く我の指.......」

 ホークは親指でゆるりと咲希の指を撫で、そう諭した。

「ん.......」

 ホークの真剣な様子に、咲希は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。


「そう.......心を落ち着けよ。快感とは、何も一通りではなかろう?身を貫くような快感もあらば.......心地良く穏やかな快感もあろう」

「ん.......うんん.......ん、気持ち良い.......」

「ふむ.......良かろう。暫し、そのまま感じよ」


 腕を撫で.......肩を撫で.......背を撫で.......

 首を撫で.......耳を撫で.......頬を撫で.......


 或いは解すように揉み.......


 優しく穏やかな愛撫は、暖かく、咲希の心身へ安らぎを与えた。


「.......悪くなかろう?」

「.......ん、すき.......」

「ふむ.......では、我にもしてみよ。恐れずとも良い。我の心へ己が心を添わせ、そして共に感じよ。我が身は己が身、己が身は我が身.......身を重ねるとはそういう事だ」

「ん、いっぱい感じて?私も一緒に、感じる」

 ホークの言葉はやはり何処か難しい。

 しかし、理解したい.......この心身を捧げ.......そう咲希は思った。


「.......ふむ.......暖かく.......心地良いな.......そのまま.......感じるままに撫でてみよ.......」

 ホークの中にあった、感覚と呼ばれる.......

 誰のとも分からぬ記憶は幻に過ぎず。

 初めて己が身で感じる心地良さに、うっとりと酔いしれた。

「ん.......何か分かった気がする。ホークが感じてると思うと、私も感じる」

「ふむ.......可愛い奴だ。もっと感じよ。いつしかの残像ではなく、我を」

「ん、ホーク.......」


 2人は暫し、互いに互いの体へ触れ、心を重ね.......その快感に浸った。

 長い長い夜は、まだ始まったばかりである。

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