第7話 ただいニャ、女豹ニャ、大仕事ニャ!?

 その後、1時間と少し経った頃、咲希が目を覚ました。

「.......ぅんん.......」

 手元に掛かる柔らかな毛布をギュッと握り締め、僅かに体をうつ伏せの向きに動かした。


 それから少しして、体を反転させテーブルのある方向を向くと.......。

「.......んわっ.......」

 咲希の視界には、スクリーンを操作するホークの後ろ姿がドアップで映り込んだ。

 何故そんなすぐ側に座り込んでいたのかと言うと、咲希が寝返りをして椅子から落ちぬようにとの、ホークなりの配慮だった。

「起きたか」

 ホークは咲希へ声を掛けながら、忙しそうにスクリーンを操作し続けた。

「ん.......」

 咲希はのそりと起き上がると、膝立ちの体制でホークの後ろから抱き着いた。

「んあっ、モフリンだ。おかえりー」

 ホークの膝上には、いつの間に戻りいつの間に仲良くなったのか.......モフリンが丸まって眠っていたらしき様子で咲希を見上げていた。

〈にゃー〉

 モフリンは返事のつもりかなんなのか.......咲希を見つめてひと鳴きすると、ピョンっと飛ぶようにホークの膝から降り、離れて行った。


「.......ねぇーホーク、何してるのー?」

「システムを組み込んだ小型の端末を制作している」

 抱き着いた事に関してホークが何ら反応せぬ事に、咲希はちょっぴり不満な様子だ。

「ふーん.......何か難しそう」

 咲希がそう呟いたところで、ホークから水が手渡された。

「あ、ありがと」


「.......何も難しい事はない。端末は咲希も知るスマートフォンのようなもの、それにこのスクリーンに秘められた機能を幾つかそのままコピー、端末独自の機能も幾つか組み込む予定だが、それだけの事だ」

「スマホかぁ.......そういえば私のスマホ、あっという間に充電切れちゃったなー。.......まぁ、どうせネット繋がらないから良いんだけどー。それ、何に使うの?」

「新たな人員が増えた際に備えての事だ。ナンバーズならまだしも、末端の者皆までスクリーンを弄らせる訳にはいかないだろう?」

「ん、何で?」

「スクリーンはスーピットの主軸だからだ。万が一愚か者が居て、勝手に改変されては皆が困るだろう」

「あーね.......確かに」


「.......何をしている?」

 ホークはパクリと耳にかぶりついてきた咲希に、冷静に突っ込んだ。

 一方、咲希は暫し返答する事なく、ムニムニと唇でその感触を味わった。

「.......んー.......なーにって、言わなくても分かるでしょー?」

「ふんっ.......我を真似たつもりか?」

「.......そー.......ホークの真似ー。.......“言うまでもなかろう”」

 咲希は揶揄うように、ホークの口調を真似た。

「それが何だと言う?」

「んー?.......別にー」

「ふんっ」


「.......ねーえ.......ホークー」

「.......何だ?」

「.......しよ?」

 懲りずにと言うべきか、咲希は相も変わらず女豹のように迫った。

「.......ふんっ.......我は忙しい。今一度ディーンにでも頼んでみてはどうだ?まぁ、ディーンも迷宮制作の最中で忙しい筈だ、望みは薄いだろうが」

「むー.......忙しいって、テキトーにあしらいたい時の決まり文句じゃん。良い男は好きな女の為なら、忙しくてもほんの少しでも暇を見つけて、時間を空けるものだよ?」

「ふんっ、我は別に咲希を好いてなどいない。それに我は己を良い男など、分不相応な事は思っていない」

「うわー.......辛辣ー。ってか自己肯定感ひっくー。あんまり謙遜すると、嫌味だと思われるよー」

「ふんっ.......何故我がそんな事を気にしなくてはならぬ?」

「.......別に気にしろなんて言ってないしー。ただ、人類の常識を教えたげただけー」

 咲希は心の中で“親切でしょー?”と付け加えた。

「ふんっ」


「.......ね、忙しいからダメなんでしょー?じゃあさ、私が勝手にするから、ちょっと体貸してよー」

「.......体を貸す、とは?」

「んー?まんまー。ちょっとそのオイシそうなおチンチンを貸してって言ってるのさー」

「ふんっ、女がそうはしたない言葉を口にすべきではなかろう」

「じゃあ、何て言えば良いー?」

「さぁな。.......ここは一つ、潔く男からの誘いを待つ、というのはどうだ?」

「えー.......むーっ.......意地悪ー。私は今したいのにー」

「そうか。だが我は今忙しい」

「だからー、貸してってー。ちょっと、ほんとにちょっとだから、絶対に邪魔はしないからさー。ねぇー、ダメ?」

「.......ふんっ、我は身の入らぬ行為は好まぬ」

「んじゃー、普通にしよ?」

「だから我は忙しいと言っているだろう」

「んむむーっ.......じゃあ、いつならしてくれる?」

「.......ふんっ、辛抱ならぬ奴だ。では今宵、我の部屋へ来るが良い。それまでには我の仕事も一段落ついているだろう」

「やった!言ったね?バッチシ聞いたからね?男に二言はないよね?」

「ふんっ、ある訳なかろう」

「よっしキタ!俄然やる気が湧いてきた!マジ超絶絶好調!」


「ふんっ.......ならば、咲希も己が部屋もしくは迷宮の制作に取り掛かるが良い。その辺りまでは聞いていたな?」

 先程、ホークはひとまず.......と早急に全員分の迷宮用ルームを制作した。

 それらは皆同じ大きさであり、特に争う意味もない為、適当に割り振られた。

 大きさは同じ.......されど中の広さや形は摩訶不思議、スーポの許す限りに自由自在である。

「もち!よし!おっけー、任せなさーい!」

 咲希は最高の迷宮を作ってやると元気良く意気込み、さっそく己がルームへ行こうと立ち上がった。


「あぁ、待つが良い」

「んっ?なーに?もしかして、やっぱり今からしてくれる気になった?」

「ふんっ、戯言を。最後に注意をと思っただけだ。.......安全には充分に気をつけるよう。それから、これを持って行くが良い。首から掛けておくが良かろう。万が一の危機に、しかと身を守ってくれる事だろう」

「.......あ.......ん、おっけー。ありがと。.......ね、ならホークがつけて」

「ふんっ.......これで良かろう」

「あーとー。んじゃ、」

「待つが良い」

「今度はなーにー?」

「.......今宵、楽しみにしている」

 ホークはそう言って、優しく口付けた。

「んっ.......なーに.......急に」

「ふんっ.......何か問題があったか?今宵の事を思えば、口付けの一つや二つ、しても良かろう?」

「そうだけど.......問題大ありだよ。.......したくなってきちゃった.......どうしてくれるのさ」

 それはもう、先程まで以上に.......そう咲希は思った。

「ふんっ、それは咲希の問題だろう」

「もー.......これで約束破ったら許さないんだからね!あと、めっちゃくちゃに気持ち良くしてくれなきゃ許さない!」

「ふんっ、そんな事は当然だろう。さっさと行くが良い」

「.......ん、またね.......ホーク.......お願い、最後にギュってして」

 咲希は散々引き止めたのは誰だ、と出かけた言葉は呑み込んだ。

「.......今生こんじょう最後の別れでもなかろうに」

 ホークはそう突っ込みながらも、優しく咲希を抱き締めた。

「ふふっ、あーと。んーじゃ、行ってくる!あ、その前にトイレーっと」


 さてさて、そんなこんなで咲希の迷宮作りが始まった。


「よっし.......頑張るぞー!」

 咲希は天へと勢い良く拳を突き上げた。

 どうやらすこぶるご機嫌なようだ。


「まずはっと.......えぇと.......確か、念じればスクリーンの複製を具現出来るようにしておくって言ってたよね」

 そして咲希はウンっと念じた。

 すると、もう既に見慣れたスクリーンが現れた。

 この複製スクリーンを出現させる機能は、ひとまずの簡易的な措置に過ぎず、直に停止される予定だ。

 今後その代替となるのが、先程ホークが話していた小型システム端末だ。

 迷宮を個々の領域に分ける事となった為、その管理システムも自ずと分けなくてはならない、という訳である。


 咲希はスクリーンを移動させながら、硬い地面に座り込んだ。


「よし!.......さーて.......どんな迷宮にしよっかなー?」

 今はまだ何もないルーム.......何一つ決まっていない予定.......全てを一から考えねばならぬ大仕事を前に、咲希は困り果てた。

 そこでひとまず、ホークが会議の際に言っていた新機能を見るべく、スクリーンを操作し隈なく探した。


「お、あったあったー」

 新機能とは.......その名も、迷宮制作マニュアル。

 模範的な迷宮の在り方から、人々にとっての迷宮とは何なのか.......一般的な仕組みや構造、形式などといった、ごく基本的な事が書かれている。

 何ともまぁ.......それは忙しい訳だ。

 しかしさすがはホーク、僅か短時間で仕上げたマニュアルは否応なしに完璧であった。


「ふんふん.......つまり、皆が欲しいと思うような物を置いて、餌付けみたいな事をすれば良いんでしょー?」

 好ましくない言い方ではあるが、その認識で間違ってはいないだろう。


「んー.......」

 一般的な迷宮の在り方について知った咲希は、何とも悩ましい選択だと唸った。


 迷宮には4つの種類がある。

 これはジェバーラの人々が定義付けたものであり、それぞれ、獣闘迷宮ラルエントスーピディア知考迷宮サノスフォスーピディア冒険迷宮ジュノースーピディア星占迷宮スピチュアスーピディア.......と呼ばれている。


 獣闘迷宮ラルエントスーピディアは、咲希が言うところのダンジョンに最も近い。

 迷宮内至る所にラル.......屈強な獣らが配置されており、それらを討伐する事で報酬を得られるシステムとされている。

 獣らは多種多様であり、難度はさておき、ギミックが取り入れられる事もしばしば。

 当然のように危険を伴う迷宮も多く存在するが、強者となるべく飽くなき野望を抱く人々には、ロマンが尽きぬと評判である。


 知考迷宮サノスフォスーピディアは、謎解きを試練の主体とする迷宮だ。

 時には人知を超えるが如く高度な知識を用い、己が知能の限りを尽くし、様々な謎を解明する事で報酬を得られるシステム。

 言うまでもないが、こちらも危険を伴う場合がある。

 しかしやはり、万象を解き明かさんと奮起する人々は、己が身を投げ打つ事さえ厭わず果敢に挑み続けており好評だ。


 冒険迷宮ジュノースーピディアは、その名の通りまるで未知の異界を旅しているようだ、との事からこう呼ばれるようになった。

 このタイプの迷宮で人々が冒険の最中に目にする光景は、とても一語では表せず、極めて多彩である。

 また、何を以て試練クリアとみなすかも様々だ。

 道に迷い、検討も付かぬ試練を探し彷徨うもまた一興。

 未知に出逢い未知に出逢い、また未知に出逢う.......盲目なまでに魅了されてしまった人々には、これ以上の何もかもは世に存在せずと評判だ。


 そして星占迷宮スピチュアスーピディア.......このタイプの迷宮は、4種の内最も気難しく、気まぐれな迷宮である。

 ある迷宮は運に任せ、ある迷宮は人を見んとし、ある迷宮は心を試さんとし.......はたまたある迷宮は万事は気分次第とする。

 甘き微笑みは心弱き人々を惑わせ魅了する。

 一度微笑まれれば、弱き人は己が認められ、寵愛を賜ったのだと思い込む。

 もう他には何も.......己を求めし神にこの身を捧がんと、星々を頼りに歩み彷徨う。

 一部の酔狂な人々には、熱烈に愛されている。


「よし、決めた。迷うくらいなら全部だ全部」

 何とも、らしい決断である。


「うーんーんー〜.......」

 .......とは言っても、咲希には4種の迷宮どれもが、何となくピンと来ないようなところもあった。

獣闘ラルエント.......知考サノスフォ.......冒険ジュノー.......星占スピチュア.......」

 響きはどれも美しい.......。

 ホークの説明はとても分かりやすく、それぞれの特色は理解した。

 しかし.......何か人を弄ぶような.......平和的でない印象を感じる。

 そもそも、何故そんな回りくどいような事をしなくてはならないのか?

 試練の在り方はこんなにも自由であるのに.......。

 どうせ報酬をあげるのなら、面倒な試練などなしに、さっさとあげてしまえば良いのではないだろうか?


 他のスーピーやスーピッターらは何を目的に運営している?

 100歩譲って、試練を出すのはアリだ。

 しかし、何故人々を死に至らしめる必要がある?


 人々も人々だ。

 何故そんな面倒な事を好み、挙句.......狂信さえ感じるようだ.......。


 逆の立場になって考えてみよう。

 もしも己が迷宮に挑む立場であったなら.......


 なるほど.......分からなくもない。

 まるでゲームのようで楽しそうだ。

 但し、やはり殺人的.......攻撃的な迷宮はごめんだ。


獣闘ラルエント.......」

 やはり、制作にあたって最も簡単そうなのはこれだろうか?

 獣.......ラル.......モンスター.......。

 初手に用いられるものとして代表的なのはスライムだ。

 あのただただ丸い姿はイメージがしやすい。


 では、内装はどのようなものが好ましいだろうか?

 .......ダンジョンの浅い階層なら、何の変哲もない灰色の石造り.......?

 まぁ、善し悪しはさておき、オーソドックスなところだろう。


「とりま、作るだけ作ってみますか!」

 咲希は考えるのは無駄とばかりに、スクリーンを弄り始めた。

 いざ手を動かし始めてみると、咲希は次々と決断を下していった。


 まず、今しがたも考えていた内装だが、いっそこのままでいこうと決定した。

 確かに普通過ぎてつまらない.......。

 しかし、そこが逆に浅い階層らしい味を出してくれるのではないだろうか.......咲希はそうポジティブに捉え直した。


 内装についてはこれで考える事がなくなった為、次にスライムの見た目を考える事にした。

「んー.......色は普通に水色かなー?.......目はねー.......アニメ風に、それも色んな表情のやつを沢山作ろう。これぞ百面相〜」

 何ともコミカルなスライムの楽園が、当人の頭の中にも浮かんだらしい。

「ふんふん.......分かった、コツ掴んできたかもー。スライムだけで軽く100層は作れる気がする。とりま、ここが水色スライムランドでしょー?んーで、次がピンクスライムランドー.......ホワイトスラちゃんにー、いっそ髪の毛生やすのもアリ寄りのアリっぽ?んー.......あ、髭スラちゃんなんてどーだろー?絶対可愛い、え、私天才か。ってか、そう考えるとスライムって皆ハゲばっかだよねー.......。1階層、ハゲスラちゃんランド.......いや、ないわー」


 さて、色々な善し悪しはさておき、それなりに順調に進んでいるようだ。

 完成し、公開後の人々の反応が何とも楽しみである。

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