第6話 自由.......これは命令ニャ!?
その後、風呂から上がった一行は、各々マイペースにシステムルームへ戻った。
だらんと座り、或いはごろんと寝転ぶ面々に、最後に戻った咲希も釣られるようにだらしなく寝転んだ。
「あー.......」
風呂上がり故か、フカフカと寝心地の良い椅子のせいか.......。
ぼんやりと頭が働かず、咲希はただただ唸った。
「さて.......最低限の知識、記憶は与えた。皆、事の経緯は知っているな」
「うん、それはもうバッチリだよ」
「フン」
「ん」
己らが生み出された理由、咲希がここへ来たワケ.......これは皆が共通して知っている事。
加えて咲希を除く皆は、ジェバーラについてやスーピーについて、スーピットとはどういうものなのか.......なども詳細に理解している。
「では初めに、我らがスーピットの名付けを行う。案がある者は居るか?」
「スーピットの名付け?」
「そうだ。名が無くば不便だろう」
初期のスーピット名は何処もスーピットナンバーが用いられる。
一桁ならまだしも、桁の大きい咲希達のスーピットは呼びづらい事間違いなしだろう。
そして咲希達運営側が決めたスーピット名は運営側に留らず、ジェバーラの人々にも広く浸透し行くのがこの世界での常。
名の善し悪しは人間達にとって親しみやすさや覚えやすさなど、少なくない影響を与える。
即ち、スーピット名は集客に直結する為、非常に重要なものなのである。
「そだねー。じゃあ、はいはい!」
「ふむ、言ってみるが良い」
「よしキタ!.......モフリンランランランド!なんてどう?」
「ふむ.......悪くないが、我は別の名を推奨する」
「あそー.......別の名って?」
「シルフランテス.......などはどうだろうか?ジェバーラ語でシルは幼獣、フランテスは幻想や楽園といった意味を含む。ジェバーラ語を用いたのは、ジェバーラの人々にしかと名が伝わるようにとの考え。それから
「おー.......良いね!それにしよ、それ!」
「ふんっ.......」
ホークは他3名へ視線を向け、発言を促した。
「うん、良いと思うよ。ジェバーラ語である事は最も重要なポイント。意味は可愛いらしくありながら美しく.......これも重要なポイントだね。勇ましい名は憧れを集める一方で、腕に自信がない人々には敬遠されがち。これなら凛とした印象も感じるからどちらとも付かず.......絶妙な匙加減だね。それから響きも良い」
「フン、異論はない」
「ん、良い」
「ふむ.......では我らがスーピットの名を、10777改め、シルフランテスとする」
「いえーい」
咲希はパチパチと手を叩き、スーピット名の決定を祝福した。
「では次に、我らが序列を明確にしておこう。この場において、最も高位に置かれているのがスーピーだ。スーピットマスター即ちスーピー.......これはジェバーラにおいて常識である。同様に、サブマスターとは即ち序列第2位という事であり、続いてナンバーズ、メンバーの順に列座する。だが我らには、我という例外と言える存在がある。そして我らがマスターもまた、極めて異質であり.......サブマスターはこの通り闘争心の欠片もない。よって、名目上にはなるだろうが、頭から順にモフリン、咲希、我、ディーン、レオ、クインを正式な序列とする。それに従い、今後人員が増えた際には加入順とする事を規則とする」
「まぁ、そうだね。妥当なところじゃないかな」
「フン」
「ん」
そんな中、我関せずといった様子の咲希に、皆の視線が一斉に集まった。
何故なら、頼りないが今この場において唯一、異を唱える資格を持つ者であるからだ。
「.......ん?.......なーにー?」
咲希は皆の視線に気付くも、彼らの考えなど微塵も理解していなかった。
「.......ふんっ.......。この通りだ。そう気にせずとも良かろう。モフリンについても然り。だが、己が使命はしかと全うせよ」
「は。このレオ、しかと心に留めて置きます」
レオは仰々しく言葉を正し、ピシっと礼をしてみせた。
それを見た咲希は“おー”とパチパチ手を叩いた。
「ふんっ、似合わぬ事はやめよ。そういうのを必要ないだろうと言っているんだ」
「ははっ、でも咲希は喜んでいるみたいだけど」
「.......咲希、ふざけるくらいなら黙っていてくれ」
「はーい。でもさー、だって皆して何か真面目ぶっちゃってさー.......マジウケるんだけどー」
咲希の皆への印象は、そういった面ではかなり悪いようだ。
「.......では、今後の方針だが、まず我らがスーピットに迷宮を設け、運営.......現時点では迷宮の規模は未定だ。そこでまずは、咲希から我らの行動方針について言及して貰おう」
「んえっ?.......何?行動方針って」
「我はともかく、皆を何故創造した?皆に何をして欲しい?」
「ん?何でって、ホークが人を増やせって言ったんじゃん」
「ふんっ、では我が全て、皆に命じて構わぬのか?」
「命じるって.......そーいうの、やめようよ。別に皆好きにすれば良くなーい?」
「皆が好き勝手していては、直にこの生活は破綻するだろう」
「そういう事じゃなくてさー.......。ホークが言いたい事は分かるよ。スーポがどうのって事でしょー?だからさー、私が言いたいのはそうじゃなくて.......ホークの言う“好き勝手”って、わがままって事でしょ?私が言ってるのは、わがままじゃなくて自由って事。皆が自由に好きな事をやって、その為にスーポが必要なら、その分自分で稼ぐ、ちゃんとメリハリ付けよーって言ってんの」
「ふんっ、ならばこうして皆を創造した意味もなかろう」
「何で?」
「己が分は己で稼ぐと言ったな。ならば皆を創造する事なく、我を創造する事もなく.......初めから己一人でスーポを稼ぎ、好きな事をやっていれば良かったのではなかろうか?」
「なーに、それ.......意味分かんないし」
「ふんっ.......我に膨大な知識を与えたのは何故だ?己が為に利用する為ではなかったのか?過分な知恵や力を与えたのは何故だ?我がそれらを駆使し己へ与する事を、少なからず願っているだろう?」
ホークの言葉に、咲希は深く考え込んだ。
確かにそうだ、私は少なからずそう願った。
そして現に、彼らが己の希望に応えてくれる事を期待している.......
しかし、無理に応えて欲しいとは思っていない。
彼らが嫌だと言えばそれまで.......
別に断ってくれても全く構わない。
「我らは己が欲望そのもの、化身と言えるだろう。容姿、性格.......我らは、我らである事を願った覚えはない。世に生まれるべくと願った覚えもない」
全くもってその通りだ。
彼らの誕生を願ったのは私.......
いや、それは願いではなく“強制”だ。
「少なくとも既に一度、我らに己が命を下している」
「.......確かに、私は私のわがままで皆を生んだ。でも.......無理して欲しくないと思ってるのは本当だよ」
「ふんっ.......潔く捨てよ。その愚かな矛盾は、我らを惑わせる」
「.......惑わせる.......?」
「我らを創造せんとした時、己が欲望を満たして欲しいと願っただろう。そして.......自由に生きて欲しいと願いながら、我らが決して一線は越えず、然るべき時には己を裏切らぬようとも願った」
「.......そ、だね.......」
「だからこそ我らは咲希の欲望を満たさんとし、命じられれば決して裏切らぬ。しかし、少なからず自由を望む。全ては咲希、己がそう願ったからだ。即ち、自由もまた、一つの命令と言えるだろう」
「.......自由.......なのに.......めい、れい.......?」
何だ、その意味の分からない矛盾した命令は.......咲希は己が下した命令に混乱した。
「ふんっ。.......自由、命令.......それらの性質の矛盾.......そんな些末な事はどうでも良かろう。咲希の我らへの願いは、どちらとも定まらず曖昧であった。それが我らを惑わせている」
「.......どうすればいいの?」
或いはどうすれば良かったのだろうか.......と咲希は考えた。
「己が立場を明確にせよ。己が上で、我らが下である事を認めよ」
「.......下とか、上とか.......そんなの.......」
「ふんっ.......己が傲慢さを認めよ。だが、罪悪に苛まれる必要はなかろう。我ら誰一人と、不利益は被らぬのだからな」
「.......はは.......私って、こんなにわがままだったんだね.......自分でなんだけど、びっくりしちゃった。.......ごめん.......私、最低だよ」
「ふんっ.......分からぬな。何故そうなる?」
「だって.......」
「我らは咲希の願いを叶える事を是としている。誰一人と、それを嘆き恨む事はない。謝る必要などなかろう」
「そっか.......。一つ、聞いて良い?皆、生まれてきた事.......辛くない?」
「ふんっ、聞くまでもなかろう」
「.......そっか」
咲希は己が傲慢さを受け止め、受け入れ.......。
それから、皆の為にどうすべきかと考えた。
しかし、そう考える事もまた傲慢.......。
「よし!分かった!皆、じゃあ、私の為に生きて。じゃんじゃんわがまま言うから、覚悟しといてよね!」
それが咲希に出せる最善の答えだった。
「ふんっ、良かろう。では、はっきりと命じよ。我らにどうして欲しい?」
「.......うん、やっぱり自由で!私を裏切らない範囲で自由!はい、これ命令!」
「ふんっ、本当にそれで構わぬのか?命令とあらば、我らは自由を捨てる事も是とする。.......まぁ、嫌になれば命を変えれば良かろう」
「いや、何言って.......んー.......そうだね。じゃあ、そんときはよろしくねー」
咲希は“そんな酷い事さすがに言わない”と考えて、“でも私、わがままなんだし”.......と考え直した。
ならばいっそ、とことん傲慢に生きてやる.......と意気込んだ。
「ふんっ、皆、聞いていたな?咲希を裏切らぬ範囲で自由であれ」
「うん、仰せのままに.......なんてね」
「フン、良いだろう」
「ん、咲希、絶対に裏切らない、自由」
「.......では、しかと拝命した」
「よし!んじゃ、さっそく命令権使っても良いー?とりまさー、ねぇディーン、続きしよ?」
「フン、断る」
「ぬあぁぁっ!何でよ!私、ディーンのせいでずーっとムラムラして仕方ないんだけど!夜は中々眠れないし、ずっと頭から離れないし、どうしてくれるのさー!」
「己で慰めれば良いだろ。咲希が発情していようと、俺の知った事ではない」
「んんんんーっ!もう!じゃあ、レオ、しよ?」
咲希は次に脈がありそうなレオに声を掛けた。
「うーん.......良いよ.......って言ってあげたいところだけど、ごめんね」
レオが断ったのはディーンから圧が掛かったからだ。
どうでもいいが一応付け足すと、咲希のお願いの仕方がレオの趣向には合わなかった、という問題もあった。
「なーんーでーーっ!ってか何その意味ありげな断り方!うー.......じゃあ.......クイン.......ちょっと、ほんのちょっとだけで良いから。すぐ終わるから、ね?ね?ダメ?」
「.......ん.......ごめん」
クインは一度快諾し、しかしすぐに撤回した。
ギロリとディーンに.......それから何故かホークにも睨まれたからだ。
「んああぁぁぁっ!じゃあホーク!」
「ふんっ、断る」
「だああぁぁぁっ!こんの童貞共めー!!」
咲希はバフっと椅子へ顔を埋め、不貞腐れた。
「さて、話を続けよう。己が為のスーポは己が稼ぐべし.......これについてだが、咲希、これは命令か?」
「.......うー.......知らん!」
「何を拗ねている?」
「知らん!」
「ふんっ.......嫌ならば命じれば良かろう?」
「した!」
「そうではない。自由であれと命じたのは己だろう」
「知らん!」
「撤回すれば良かろう。もしくは、色事に関する願いのみ拒否権なし、とでも命じれば良かろう」
「しない!やだ!」
「ふんっ.......分からぬ奴だ。まぁ、好きにするが良い。それで、命令なのか命令ではないのかどちらだ?」
「んんんんんー〜っ!命令だよ!」
「ふむ.......だそうだ。では、スーポの流れは帳簿を付けなくてはならぬな。咲希、それは誰にどのように付けて貰う?」
「.......ふなぁーあーあーっ.......うー.......お願いだから、私に難しい事聞かないでー」
「ふんっ、咲希に聞かずして誰に聞けと?帳簿を付けなくてはならぬのは明白.......そして咲希がやらぬのなら、誰かへ命じなくてはならぬだろう」
「.......じゃあホーク、お願い」
「ふむ、良かろう。スーポを個別に稼ぎ計上するなら、迷宮は皆が各々の領域を持つのが良かろう。
「.......じょうとくスーポって何ー?」
「我らがスーピット内に居る事で得られるスーポの事だ」
「あー.......貯蓄しとくー?.......ってか、めんどくさい.......」
尽きぬ質問の嵐に、咲希はうんざりと呟いた。
「ふんっ.......中途半端に自由など与えるからだろう。嫌ならば先の命を撤回するか、誰かへ全権を委ねるという手もあろう。そもそも、本来であればこうして皆を取り纏める役目も、咲希がやるべき事なのだが」
全くもってその通りである。
ホークが善意から買って出てくれただけであり、咲希は何一つ命じていないのだから。
「.......ホークに任せる.......全部.......命令.......」
「.......良かろう」
咲希がリタイアした事で、その後の会議はサクサクと進んだ。
まず、常得スーポの全ては非常時の貯蓄へと回される事が決められ、食費や居住域の設備維持費等として、毎月一人10万スーポを納める事が義務付けられた。
勿論、過ぎたものを求む場合は別途徴収される事となった。
それから、幾つかの規則も定められた。
皆には居住域に己の部屋を持つ事が許され、己が部屋へ置く調度品やその維持費等は、己のスーポから支払う事。
また、新たに人員を創造する事も許され、そういった己が為の人員を創造する際は、己のスーポから支払う事。
そういったものらは個人の所有物とみなし、当人以外の勝手な干渉は禁じられた。
その他にも、所属者間および外部生命とのトラブルにおいて、全てはホークに判断が委ねられる事。
などなど.......。
そしてこれら全ての規則はサブマスターの名において定められたものであり、マスターが異を唱えるか、サブマスターもしくはその代理が撤回するか、このいずれかの場合に限り改変可能なものとされた。
「咲希、寝ちゃったね」
「ふんっ、不貞腐れて寝るなど.......まぁ、寝かせておいてやるが良い」
「フン。ところでホーク、自由についてお前はどう思う?」
「過ぎたる自由は万物を狂わす。.......何とも気の休まらぬものだ」
「フン.......それは警告か?」
「いや、深く考え過ぎだろう」
「フン」
「いや、でも結構深いよ、それ。ねぇ、その万物って咲希も含まれてるでしょ?もし咲希が狂ったらホーク、どうするの?」
「ふんっ、言うまでもなかろう」
「ふーん.......ま、そうだよね。.......共に狂い咲くもまた使命、か」
その後、咲希とホークを除く皆はさっそく、各々の迷宮制作に取り掛かった。
咲希は言わずもがな、ホークは咲希に丸投げされたが故に、他にやるべき事が山ほどある為だ。
ひとまず皆には、各50万スーポずつ与えられた。
初期投資としては充分、それなりの迷宮が制作出来る事だろう。
因みにこの50万スーポは、今後新たな人員が創造された際には、迷宮主に限り一律で給付するとの事。
その為、己が為に創造した配下であっても、申請すれば迷宮を持てるよう規則が定められた。
勿論、それを処理するのはホークである。
さてさて、咲希達のスーピット.......シルフランテスが人々に公開されるのも、もうすぐの事だろう。
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