第5話 ピンク、グレー、やっぱり合法ニャ!?
翌朝、皆が行動を開始したのはお昼過ぎだった。
「んー〜.......」
中でも最も遅く.......たった今目覚めたのは咲希である。
「あぅ.......」
咲希はディーンを視界に入れた途端、昨夜の事を思い出して小さく唸った。
沸き立つ感情を強引に抑え込むも半ば、心の中で“くそぅ〜”と悪態をつき、勢い良く起き上がった。
「おはよー!さーて、今日も一日元気ハツラァーッツ!」
誤魔化すように元気な声をあげた。
「「おはよう」」
「フン.......寝起き早々、騒々しい奴だ」
「ん?ディーンはもしかして万年低燃費マンなのかな?湿気た男はモテないぞー」
「.......フン」
咲希の思いとは裏腹な言葉に、鼻で笑いあしらった。
「むー.......。クインもおはよー」
「.......はよ」
クインの素直な返事を聞いてか、初めからそのつもりだったのか.......咲希は癒しを求めてクインへ歩み寄り、ワシャワシャと頭を撫でた。
「.......ん.......」
「はぁぁ.......きゃわわー.......」
「んーで?今日は何すれば良いのー?」
咲希が視線を送ったのはホークだ。
現状、最も信頼の置ける人物と認定しているようだ。
「ふんっ、そう急くな。まずは朝食をとるが良い。希望は?」
「んー.......超高級卵の目玉焼き、硬めのやつ、超超高級なハム、超超超高級なウインナー、ふわっふわで世界一美味しいパン、宇宙一美味しいコーンスープ、あ、クルトン入れてね。後、飲み物は果汁100%リンゴジュース、勿論きゃわわーなデザート付きで」
多少斜めなご機嫌は言わずもがな、ディーンのせいだろう。
しかしそれも、無遠慮に欲求を口にした事でほとんど晴れたようだ。
何とも単純な性格である。
「ふむ.......」
「俺も同じで」
「右に同じく」
「.......ん」
「とりま、トイレ行ってくるねー」
咲希はタイミングを見計らい、そう告げた。
「ただいまー。お、良い匂いがするー!」
「ふんっ、さっさと食すが良い」
「うん、いただきまーす!」
「あ、ねぇーホーク、お風呂作ってくれたんだったよねー?」
昨夜は酔ってしまったせいで入れなかった事を思い出し、まずは体を洗いたいと考えた。
「あぁ.......入りたいのなら、好きに使えば良い」
「わーい、あーとー。この後入ってきておけ?」
「ふんっ、好きにするが良い」
「よし、まずはパーっと熱湯でも浴びないと、何かやる気が出ないんだよねー」
「ふんっ.......案ずるな。適当な着替え等は用意済みだ」
「おー、さっすがホークー。何から何まで、あーとー」
「あれ?.......そういえば、モフリンは?」
「フン、お前が眠っている間に一度帰ってきたが、すぐに出掛けて行ったぞ」
「ふーん.......まぁ、モフリンだもんねー」
咲希は“猫だからー”と納得したようだ。
しかしモフリンのその行動は、決して習性や気質によるものではない。
つまらぬ食事にありつき、鬱憤を晴らさんと苦心し.......。
戻ってきてみれば、見知らぬ人間が4人も増えており.......。
つまるところ、驚いて逃走したのだ。
尚、咲希を連れて来た事さえ忘れ掛けていた模様。
「.......まぁ、またいずれ戻ってくるだろう」
「うん?そりゃーそうっしょー。だって此処、モフリンの家だしー」
「ふんっ」
その後、風呂場へとやってきた咲希は、まず洒落た内装に感動した。
「やばたーん.......ホークってマジスペック高すぎん?ってか、何か床フカフカしてるし.......」
あるもの全てに興味津々だったが、その中でも最も興味を惹かれたのは化粧台だ。
壁沿いを広く陣取っており、まるで温泉施設の化粧台のよう。
いや、地球中何処を探しても、ここまで己の好みに合ったものはないだろうと思った。
「おー、え、ヤバー。控えめに言って神ー」
化粧台は一面鏡張りだが、先程ホークに教わった通り、“鏡ー”と念じればサイドミラーが現れ、“左ー、右ー、そこー”と念じればその通りの位置へと移動した。
一面の鏡は当然のように、前面、後面への移動が可能になっている。
化粧水やドライヤーなどの備品は、別途可動式の引き出しにあり、化粧台の下へ収まっている。
椅子はまるで玉座のように美しくありながら機能的だ。
それからこの脱衣所横には隣接してもう一つの部屋が設けられ、贅沢な休憩スペースとなっている。
ジュースサーバーにアイスクリームサーバーをはじめとし.......どれもが咲希の夢のままであった。
風呂上がりにのんびりと寛げること間違いなしだろう。
「ぬあぁ〜.......ふわっふわー.......」
タオルを大小一枚ずつ拝借、服を脱いだらいざ入浴だ。
「うほ〜っ.......」
ハンドフリーの扉に漏れなく感動し、夢のような浴室に胸を弾ませ、キョロキョロと視線を彷徨わせながら足を踏み入れた。
「とりま、シャワー、シャワーっと」
「おー、これ、紐がついてないんだ。確かに偶に邪魔な時あるよねー」
シャワーヘッドのみのシャワーはとても使い易そうだと、咲希は思った。
やはりその仕組みについては、全く気にも留めなかった。
「ふんふん.......んー.......うん、これで丁度良きー」
咲希はチョンチョンっと手で確かめながら温度を調節した。
湯の出し方については言及されなかったが、咲希は何ら問題なく装置を起動させる事に成功した。
曰く、“困ったら念じる”.......既に順応しきっているようだ。
「ふはぁ〜.......あー.......天国極楽〜.......」
足から肩へ、順を追って慣らすと、左肩にシャワーヘッドを置き、暫し湯を垂れ流した。
それから目を閉じ気持ち上を向き、豪快に頭から湯を被った。
最後に優しく顔を濡らすと、台上に並んだ備品を物色する。
「んー.......お、あったメイク落とし」
咲希は文字に目を通した初っ端、目当ての品を引き当てた。
そしてそれは当然のように、言うところなしな品質であった。
手に取りスルリと肌を撫でれば、簡単にメイクが剥がれ落ちた。
「ん、良い匂い.......ふわもこモッチリ泡.......」
シャンプーは手に取ればルビー色、泡立てればほんのりと桜色、香りは甘く鼻に馴染むフローラルフルーティー。
再び豪快に頭から湯を被り、バシャバシャと泡を洗い流した。
ホークの説明によれば、確かこのシャワーはあらゆる色に光る筈.......そう思い出し、ウンっと念じてみる。
「.......おー.......」
シャワーは確かに鮮やかなストロベリー色に輝いた。
しかし咲希の感動は僅かなものだった。
「んー.......夜なら良いかも」
思ったより美しく感じない事を明るさ故と考え、試しに浴室の明かりを消してみる。
「あ、良き良きー。きれーい.......」
真っ暗闇に降り注ぐ鮮やかな光の雨、それはまるで流星群のようだと咲希は思った。
となればと.......浴室の明かりは真っ暗ではないほうが良いかもしれないと考えた。
そこで思い出したのが景観スクリーン機能。
壁、床、天井.......己がイメージを送れば摩訶不思議、一面星の海へと移り変わった。
「うわぁ〜.......」
咲希は天を見上げ、うっとりと声を漏らした。
それからシャワーをあらぬ方向へ向け、やはり流星群のようだと思った。
目を閉じ、頭から湯を浴びれば、まるで己も一つの流れ星になったかのよう.......。
おぉ、何て詩的な表現だと自画自賛し、ディーンの顔を思い浮かべ、奴に影響されたのだろうと頬を緩めた。
「ん.......はぁ.......」
流れ星になりきる咲希は、何とも言えぬ気持ちの良い感覚に酔いしれた。
「ひっ!」
ふと、背と腹部に熱を感じた。
恐怖に声を失い、漏らした悲鳴はほんの小さなものだった。
「フン.......随分と反応が薄いんだな。まさか、また期待でもしていたのか?」
この声に口調、何か癪に障るセリフ.......。
間違いなくディーンの奴だ.......咲希はすぐに犯人を特定した。
幽霊などでなかった事にホッとし、代わりにモヤモヤとした感情が湧き上がってきた。
「ちょっとディーン!オバケかと思ったじゃん!」
「フン、幽霊を恐れながら部屋は殆ど真っ暗。矛盾しているようだが?」
「ふん!ディーン馬鹿じゃないの?オバケは暗くなきゃ出ない、なんて決まってないのー!」
「フン.......明るくとも出る、ともまた限らないだろ」
「.......う、うるさいバカ!.......だ、大体何で入ってくるのよ!」
良い切り返しが見つからなかった為、論点をすり替えたようだ。
「フン.......何を怒っている?俺も一浴びしたかったから来たんだが、何か問題があったか?」
「女が入浴中に男が勝手に入ってくるなんて、有り得ないよ?」
「フン、元よりこの場は、お前一人の為だけのものじゃないだろ」
「そ、それは.......だけど.......」
「何だ?言い返す言葉もないようだな」
「うっ.......い、いきなり抱き着いてきた事は何て言い訳するつもり?」
「フン.......キスは良くて、抱擁は駄目なのか?まぁ、それがお前の感性なら否定はしないが」
「うぐっ.......そ、んあぁぁっ!もう!」
そうだと、咲希には肯定する事が出来なかった。
事実、駄目ではない上に、ここで肯定してしまえば、今後ディーンがそれを引きずる事は明白だと思ったからだ。
「ディーン、あまり虐めてやるな」
またまた別の声が聞こえてきたと思ったら、パチっと浴室の明かりが点けられた。
「うあっ!?」
新たな声の主に、咲希は心の中で“お前もいるんかい!”と突っ込んだ。
ホークに窘められ、ディーンは“フン”と鼻で笑い咲希から離れた。
咲希は解放され身動き取れるようになった為、恐る恐る後ろを振り返った。
そこにはホークに留まらず、当然のようにレオとクインの姿もあった。
予想通りのような予想外なような.......実のところ、ホークらはディーンに半ば強引に連れてこられたのだ。
しかし彼らもまた、乙女が入浴中の部屋へ立ち入った事への罪悪感は持ち合わせていなかった。
「あ〜.......う〜.......ふなぁ〜.......」
咲希はふにゃりと情けない唸り声をあげ、しかしその視線は彼らの美しい体を彷徨った。
女顔負けのスベスベ肌、程よくありながらバッキバキの筋肉、厚い胸板は逞しく、シックスパックの腹は美しくあり情欲的.......。
見るからにオイシそうな.......
「うわっふ!」
うっとりと見蕩れかけて、いかん、いかんと目を逸らした。
「.......ぬあ〜.......あう〜.......ん゙ん゙〜.......」
まるで拷問のようであった。
そそくさと体を流し始めたディーンに続き、ホーク、レオ、クインもまた、横に並んで湯を浴び始めた。
「あぁ.......あぁ〜.......」
流れ滴る湯が、元より美しい肌を更に輝かせた。
艶めかしい肌の男は、漏れなくオイシイのは常識。
あの湯に成り代わり、己がその肌を撫で、舐め.......
「ん、うンンン゙!」
わざとらしい咳払いは、浴室に良く響いた。
「フン、先程から何を.......奇特な奴だ。サッサと洗え。置いて行くぞ」
「あ、あ、洗うよ!洗いますよ!洗えば良いんでしょ!?」
頑固に男達の体を追おうとする目を強引に抑え、トリートメントを手に取った。
それから努めて無心で髪へ塗り込んだ。
「ところで咲希」
「な、なな、何!?」
「.......お前、一人暗がりで何をしていた?」
「はぁ?そんなの.......ゆったりのんびり優雅にシャワー浴びてたに決まってるでしょー?」
咲希は心の中で続けて、“お前らが来やがる前まではな”と悪態をついた。
「フン、どうだか」
「何よ、その意味不な感じ!」
「いや。.......ただ、何やら恍惚としたような声が聞こえたもんでな。てっきり、一人で己を慰めていたのかと思ったんだ」
「なっ!.......ふん!だったら何だって言うの?別にオナってたって恥ずかしくとも何ともないしー」
「そうか。ならば今後、もしも我慢ならぬ時があれば、遠慮せずに堂々とすれば良い。俺達も、お前が目の前で己を慰めていようと、全く気にならないからな」
「え、ちょっとディーン。勝手に俺を含めるの、やめてくれない?俺は咲希が目の前でそんな可愛い事してたら、気になって気になって仕方ないんだけど。他の女だったらどうでもいいんだけどねー」
どうでもいいとは正しく無関心という事であり、レオは気持ち悪いという感情さえ湧かないようだ。
「うぐっ!」
咲希は己が痴態を晒す様を思い浮かべ、それをレオがジッと視姦し“可愛い”と言い放つのを想像し、心臓をドキリと跳ねさせた。
己が痴態を可愛いなどと言ってくれる男は、咲希にとって最上級ランクに分類される。
「フン、ならばいっそ手を貸してやってはどうだ?咲希なら恥などお構いなし.......寧ろ、自ら“おねがい”などと言って懇願するだろうな」
「うっ」
既に心当たりのある咲希には、言い訳の余地もなかった。
「おねがい.......おねがい、か.......。うん、それはそれで興奮するね。でも欲を言うなら、もっと感覚的な言葉で、もっと素直なお願いだと嬉しいかな」
「フン.......嫌々言わせるのなら、それも良い」
「嫌々って.......そこは同意し兼ねるかなー。恍惚とした表情で、理性を捨て去り.......まるで赤ん坊のように懇願されるからこそ堪らないんじゃないか」
「フン.......まるで分からんな」
「あっそ。良いよ、別に。俺がそれを分かって欲しいと思うのは、咲希だけだから」
「んあぁぁっ!もー!2人して私を揶揄うなー!」
「ははっ。それは違うよ、咲希。そこのいけずはどうか知らないけど、俺は咲希を揶揄ってなんかいない」
「フン」
「うぅ〜.......ホークー.......」
「ふんっ、その気にさせるほうが悪かろう。嫌ならば隙を見せぬ事だ」
「むー.......意味分かんないし.......」
「フン、己を省み、良く考える事だな」
「それは尤もだが、己にそれを言う資格はなかろう」
「フン、お前にも当て嵌る事だ。せいぜい良く考えろ」
「.......なんの事かサッパリだ」
それから咲希と男達は、共に湯へ浸かった。
その姿は実に個性豊かだ。
ホークは若干前屈みに片足は伸ばし片足は立て、立てた膝に片腕を乗せ.......。
ディーンは殆ど垂直に背を凭れ、無遠慮に股をおっぴろげ膝は軽く曲げ、両肘は浴槽の縁へ置き.......。
レオは全身を伸び伸びと脱力させ、頭を浴槽の縁に置き、寝転ぶような体勢で半分湯に浮いている。
クインは両足を伸ばしてゆったりと座り、両手もだらんと浮かせ、顔の下ギリギリまで湯に浸かっている。
咲希は身を縮こませ体育座りをし、俯きジッと湯を見つめている。
何はともあれ、今日も主に咲希にとっては、波乱の耐えぬ一日になりそうだ。
しかし咲希の事だ、サッパリと清い性格故、きっと湯から上がる頃にはムクっと膨れた頬も直っている事だろう。
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