第4話 酒の席に余興は付き物ニャ!?
システムルームに戻った咲希は、出来る限りディーンを目に入れぬよう努めながら、先程の位置に戻った。
それからクインに後ろから抱きつき、背に顔を埋めた。
「.......ん、咲希?」
甘く柔らかな声が降りかかると、咲希は更に腕をキツく締めた。
「.......なーにー.......」
何とも言えぬ響きが、咲希の悶々とした心境を物語っているようだ。
「.......ん」
返事になっているのか、なっていないのか.......。
しかしその一言で2人の会話は途切れた。
それから暫く経った後、咲希は唐突に顔をあげて呟いた。
「.......お腹空いた」
「.......何が良い?」
「んー.......ハンバーグ.......唐揚げ.......ポテト」
咲希は覇気のない声で、思い浮かぶままに口にした。
「ふむ.......すぐに作る。暫し待て」
「あい」
「己らは?」
「俺は咲希と同じのにしようかな」
「.......同じく」
「.......ん」
「ふむ」
ホークもまた、皆と同様だった。
ホークはすぐにスクリーンを操作し始め、あっという間に食事を並べた。
「おー、いい匂ーい」
咲希は鼻をクンクンさせながらテーブルへ駆け寄ると、我先にと適当な場所を陣取った。
もはや、それら食事がどのようにして作られたのかなどは気にならないようだ。
ホークが促すと、咲希を見守っていた皆も続々とテーブルについた。
「.......各自、適量をよそってくれ。冷めぬ内に食すが良い」
「わーい、あーとー。いただきまーす、って乾杯しようよー」
「お、良いね。ホーク、お酒あるー?」
「ん?お酒ならこの辺のじゃん?」
咲希は見覚えのある瓶や缶を指差した。
「ふーん?その中にワインはある?」
「んー.......ワインなら.......あった、これー」
「ありがとう。ワイン飲む人?」
「うむ、我も頂こう」
「俺も頂く」
「咲希とクインは要らない?」
「うん、私はレモンサワーにするー。あーとー」
「.......ん.......甘いの.......」
「おっけー」
レオはグラス3つ分ワインを注ぎ、希望者に手渡した。
「クイン、甘いのならこれオススメだよー」
「.......ん、それ、ちょーだい」
「はーい」
皆に飲み物が行き渡ったのを確認し、咲希は高々とグラスを掲げた。
「かんっぱーい!」
「乾杯」
レオがそれに答え、残った者らはカチンっとグラスをぶつける仕草をした。
「ぷはぁ〜っ!.......ねぇー皆お酒強いー?」
咲希はそう尋ねながら、さっそくハンバーグへ手を伸ばした。
その味付けは当然のように、咲希好みに仕上げられている。
ホーク様様である。
「我は言うまでもなかろう」
「ん?何でー?」
「.......咲希のイメージにより、我の肉体は過分なほどの強靭さを秘めている。アルコール程度で酔う筈がなかろう」
「ふーん.......んーじゃ、何なら酔うのー?」
「さぁな。.......飲めば神さえ確定で酔う酒、といったところか?」
「マ?そんなに強いんだー。って事はホークって神ー?」
そうは言いつつも、咲希がイメージする神の程度は大分あやふやなものである。
「.......いや」
「あ、そだ!それスーポで作れるなら作っちゃえばー?酔わないお酒とか要らんっしょー?」
「ふむ.......コストはそう高くないな。.......では、数本程度甘えさせて貰おう」
脳内であっという間に予算を計上し、それは当然のように正確であった。
「うんうん、そうしなー」
ホークはひとまず3本ほどの酒を具現した。
酒瓶は平均的な大きさで、黒光りしていてスタイリッシュな印象だ。
「おー、何か高そー」
咲希はモグモグと頬張っていたハンバーグを飲み込み、率直な感想を述べた。
「ふんっ.......円、などに換算出来る筈がなかろう」
「あーね」
ホークは一本、栓を開け、豪快にラッパ飲みをした。
「いくねー」
咲希は猛々しい飲み様を称賛しつつ、モノ欲しげに見つめた。
「.......やめておけ。その体には猛毒だろう」
「うー.......ケチー」
「.......死に急ぐなら止めないが」
「むー.......」
「.......味のみを再現した酒で構わなければ作ってやろう」
「お、マジ?やったー。はよはよー!」
そしてその酒もすぐに出来上がった。
酒瓶にはピンク色のラインが入っており、それは咲希が誤って本家の酒を飲まぬようにとの配慮のようだ。
ホークは栓を開けて空のグラスへ注ぎ、手渡した。
「あーとー」
咲希はグラスを受け取ると、まじまじと中身を見つめた。
酒瓶然り、その液体は淀みのない純黒色だ。
咲希がクンクンと匂いを嗅いでいる隙に、ホークは他3名へ視線を送った。
「ん?俺にもくれるの?」
「ふんっ.......好きにするが良い」
ホークはそれ以外に何がある、と鼻で笑った。
「じゃ、遠慮なく貰おうかな」
レオがそう答えると、ホークは自分で注げと言わんばかりに酒瓶ごと寄越した。
「ありがとうー」
「んんっ!んーー〜ーっ!!.......ケホッケホッ.......何っじゃこりゃー!」
「ふんっ.......口に合わぬなら残せば良かろう」
「あ、いや、ううん。ちょとビックリしただけー」
「ふんっ」
咲希はグラスを揺らしながらうーんっと考え込んだ。
未知の飲み物.......
怪しげな色.......
振っても浮かんで来ない水泡.......
やはり炭酸とは違うようだ
しかしそう遠くない痺れるような刺激.......
ヒンヤリとした刺激がまた.......
それを引き立てているようだ
芳醇な香りはどの果物にも該当せず.......
いや、ソーダやコーラなどのようなものなのかもしれない
「これ、何の味ー?」
お手上げのようだ。
「さぁな」
ホークとて、己が直感に従って制作しただけ。
そして制作者としてその味に名を付けるような性格ではなかった。
「さぁなって.......」
「ふんっ.......必要ならば咲希が適当な名を付ければ良かろう」
「んー?でも作ったのホークだしー。ってかぶっちゃけどうでもいいまである」
「ふんっ」
「私これ結構好きかもー。普通に炭酸より良き」
喉に込み上げてくるような、炭酸独特の感覚がないところを気に入ったようだ。
「咲希」
ふと、反対側に座るディーンから声が掛かった。
「ん?」
ディーンは人差し指をクイクイっと二度ほど折り曲げてみせた。
どうやらお呼び出しのようだ。
咲希はディーンに歩み寄り脚の上に跨ると、両腕を首にかけた。
「なーに?」
それから白々しく尋ね、コテンっとあざとく首を傾げてみせた。
「フン.......逆に聞きたいな。何だと思ったんだ?」
「ん?何だろー?分かんないけど、でもさっきの続きしてくれるのかなーって期待したー」
「さっきの続き?」
「.......ねぇーディーン、ワザと意地悪してるでしょー」
咲希にとって先の行為を言葉にし形容する事は造作もなかったが、それよりもこちらのほうを尋ねてみたかったようだ。
「だったら何だ?」
ディーンは当然のようにそう切り返した。
「んー.......おねがい?」
「.......フン.......随分と積極的なんだな」
ディーンは咲希の答えに、愉快.......というように僅かに笑みを浮かべた。
咲希の性癖については知っていたが、その行動まではディーンも知らぬところだった。
「だめ?」
「.......いや。この酒.......咲希はどう感じた?」
「ん?んー.......魔王様が飲んでそうだなって思ったかなー」
「魔王?」
「うん、何か怪しい感じだからー」
「.......フン」
「.......ディーンはー?」
咲希がそう尋ねると、ディーンは己のグラスを差し出した。
「ん?.......んー.......飲ませてー」
咲希はチャンスとばかりにねだった。
しかし咲希の意図とは裏腹に、ディーンはグラスを口元へ近付けてくるだけだった。
「むー.......」
咲希が不服そうにグラスへ口を付けると、ゆっくりとグラスが傾けられた。
「フン.......」
ディーンはグラスをテーブルに置くと、咲希の頭に手を添えた。
「ンっ.......ンぁッ.......ぁンンッ.......」
口付けはすぐに深いものとなり、2人はヌルりと舌を絡ませた。
「ハァ.......ぁぅ.......ンンッ!」
ディーンが唇を離して尚、咲希は熱い吐息を漏らし、余韻に喘ぎ、グッと背を仰け反らせた。
「.......フン.......悪くない。が、次は動くな。徹底的に受け身でいろ」
「.......動いたら?」
「お預けだ」
「あぅ.......」
「フン、動かなければ良いだけの事だ」
咲希は出来る限り言う通りにしようと決意した。
しかし、徹底的に受け身とはどうすれば良いのか.......。
咲希は今一よく理解出来ていなかった。
咲希の知る男は誰一人として、そんな事を求めてきた事がなかったからだ。
多くの人は情事中にそういった振る舞いをする女をマグロと呼び、好ましくないものとしている。
今まで当たり前にしてきた事をやめろと言われ、咲希は初めて、口付けという行為に不安を覚えた。
今の咲希の心情に近しい例をあげるなら、喫煙者であり話がそこまで得意ではない、加えて沈黙は苦手だ.......というタイプの人間を例に挙げてみるのはどうだろうか?
話が得意ではないのをどうにか誤魔化したい、気まずい沈黙に何とか間を持たせたい、といった際に煙草を吸っていたとする。
いきなりそれをやめろと言われては、不安を感じざるを得ないだろう。
もしくは、食事の席で喉が渇いている訳ではないのにジュースを飲む.......という例を挙げれば、もっと万人に心当たりがありそうだ。
その心理はさておき、何かから逃れる為の手を封じられては、ソワソワと居た堪れない気分になるのは必然だろう。
「フン.......」
ディーンはそんな咲希の表情の変化に気付きながらも、行為を止める事はしなかった。
「ぅン.......ぁ.......んぁっ.......ふぅンンッ.......」
ヌルりと撫で行く舌はゆっくりと遅く、咲希には挑発的に思えた。
やはり始めこそ戸惑ったものの、すぐに魅惑的な感覚に呑まれていった。
ふと、上体が揺りかごのように、僅かに後ろへと傾き、しかしすぐに戻された。
ほんの一瞬、唇が離れたと思ったら、すぐにまた口付けられ、ヒンヤリと冷たい液体が流し込まれた。
「.......ぅンンンッ!.......ンっ.......」
その温度は官能的な響きを持ち.......。
不意に襲ってきたビリビリと痺れるような刺激に、ゾクリとした感覚が全身を迸った。
掴みどころのない芳醇な香りはやはり怪しげで、官能的な気分を更に掻き立てた。
「.......喉へ押し入らんと舌を伝う、稲妻のような感覚。.......甘美な水は冷たく染み行き、感覚を研ぎ澄まさせる。.......ゆっくりと流し入れてやれば、さざ波のように優しく.......」
己の知る男からは一度と発せられた事のない詩的な言葉は、まるで初夜へと巻き戻ったかのように乙女心を取り戻させ.......。
心地良く静かな語り口が、咲希を更に興奮させた。
「傷つける事なく喉を下り行く様は、女の花園を慈しむ猛獣のよう。.......まるで官能的なドラッグのようだ」
咲希は虚ろに目を開き、恍惚とした表情で余韻に浸っている。
「.......もっかい.......」
「フン.......俺の感想と、己の感想とを擦り合わせたくなったのか?もう一度この酒を味わいたいなら、好きに飲めば良い」
違う、そうではない.......咲希は今しがた味わった全てを、もう一度味わいたかった。
「.......だ、め.......おねがい.......ディーン.......おねがい.......」
直感的にそれは叶わぬと悟りながら、それでももう一度と懇願した。
「フン.......甲斐性ないな。ほんの余興だろ」
「.......なに.......?」
「飯が干からびると言ったんだ」
「.......うん.......?」
まるですっとぼけた返事に、ディーンは“フン”と鼻で笑い会話を切り上げた。
「.......ふぅ.......。良い感性だね。まるで官能的なドラッグ、か.......」
「.......フン」
「咲希、見るからに恍惚としちゃってさ.......そんなに良かったのかな?ねぇ、俺にもしてみてよ、ディーン」
「断る」
「釣れないねぇ.......。ま、良いけど」
レオは全く動じた様子を見せず、パクリとポテトを頬張った。
「ホークはどうなの?」
再び静寂を破ったのは、やはりレオだった。
「何がだ?」
ホークがレオの心を読むのを遠慮したのか、はたまたレオの心は読みづらい性質にあるのか.......。
「うん?それは勿論、意図して作ったのかどうかってところだよ」
「ふんっ.......そんな訳がなかろう。ディーンが上手いこと利用しやがっただけだ」
「ふぅん.......」
「フン.......俺の感性に口出しするつもりか?」
「何も言っていないだろう」
「なら良いんだがな。何にせよ、利用されるのが嫌なら、今後気を付ければ良いだけの事だ」
「ふんっ、我は嫌など微塵も思っていない」
「フン.......どうだかな」
「うん?ホークは何とも思わなかったの?俺はちょっと嫉妬したけど」
「ふんっ.......それは己が未熟故だろう」
「なーに、それ。ちょっとカチンと来ちゃった」
「フン、滑稽だな。そういうところを未熟と言われているんだろ」
ディーンが更にレオを追い立て、クインの関心は余すことなく唐揚げへと注がれている。
この場にレオの味方はいなかった。
レオが拗ねた事で、部屋には再び静寂が訪れた。
「.......ああぅっ!!ディーンの意地悪ー!」
暫くして正気を取り戻した咲希は、頬をプクりと膨らませ不満を訴えた。
「喚くな騒々しい。己の願いが叶えられなかったからと騒ぎ立てるのは、ガキか精魂の歪んだ奴くらいなものだ」
「せいこん.......?」
「フン.......良かったな、レオ。此処に、お前以上の未熟者がいたようだ」
「.......まったく、失礼しちゃうよ。ね?咲希。っていうか.......軽々しく人をとやかく言う事もまた、未熟者のする事だって知らないの?」
「フン.......それがどうした?俺はお前のように、人の評価を気にする小さな人間じゃない」
「あっそ。小さくて悪かったね」
「フン」
「.......何も悪いとは言っていないだろう。聡明故にしか分からぬ事もあらば、未熟故にしか分からぬ事もあろう。感性とは己が経験を通して構築され行くもの.......それは人の生き様が一通りではない事の証明だ。だからこそ我ら人は己が感性を誇るべきであると、我は思う。.......己を認め、他をも認めよ。だが、無理に理解する必要はない。.......人にはどう足掻いても理解出来ぬ事もあろう」
ホークの言葉はしかと、皆の心へと届いた。
しかし、その反応は様々だ。
レオとディーンは“ふんっ”と鼻で笑い、咲希は“おー、うんうん”と頷いた。
クインはハンバーグを頬張りながら、穏やかに受け入れ、静かに心へ仕舞った。
仲が良いのか悪いのか.......皆での初めての食事の席は、その後も何とも言えぬ絶妙な空気を保ち、時が過ぎていった。
その夜、皆が寝付いたのは限りなく朝方に近い夜だった。
悶々とした気分冷めやらぬ咲希が、中々眠れずにいた為だ。
さて、ジェバーラに来て漸く一日。
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