第2話 スーピットにはニャンダフルがいっぱいニャ!?

 咲希は再びスクリーンと向き合い、あらかた目を通した。

「ふんふん.......よっし、こんなもんっしょー。ねぇーモフリーン.......って居ないし.......」

 尚、モフリンは先程、咲希が再びスクリーンに向き合い始めた直後には既に居なくなっていた。

 今頃は自ら仕留めたネズミでも食している頃だろう。

「ま、いっかー」

 咲希は、猫とは元より自由気ままな生き物であると納得したようだ。


 何故モフリンへ呼び掛けたのかと言うと、大体のシステムは把握出来た為、さっそく実践に移ろうとしたのだ。

 そこで一応はマスターであるモフリンに、一応は許可を取りたかったが為であった。

 残念ながらモフリンは不在となっていたが、咲希は気にせず実践へ移る事にした。

 曰く、“ま、もし怒られたらそん時に消せば良いっかー”.......との事だ。


「んー.......とりま.......部屋をどうにかしよー」

 立ちっぱなしでさすがに疲れたようだ。

 さっそく居住域管理の項目を選択し、システムルームの項目を選択し、更に内装変更と書かれた項目を選択した。

 画面に表示されたのは、イラストレーターのような高性能なツールだ。

 画面中央に部屋の全体像が映し出されており、左右上下に様々なメニューが表示されている。


「とりま部屋の形を、きゃわゆいから丸くしよー.......色はピンク一択〜.......床はふわふわに.......ふんふん.......周りをグルって段差付けて座れるように.......おっ、結構良い感じじゃん?」

 何ともラブリーな掘りごたつ風の部屋に仕上がりそうだ。


「あの地味ティーなライトは要らんわー。もっときゃわわのーが.......んー?.......あっ、分かった。んじゃー、とりまここまでで保存してー」

 このツールで言う保存は下描きや試作のようなものを指す。

 その為、実際に部屋の内装などを変更する際には、“適用”と書かれたボタンをタップし、更に表示された画面にある確定ボタンをタップする必要がある。


 咲希は正常に保存出来た事を確認すると、画面を2つ前に戻し、調度品制作の項目を選択した。

 画面に表示されたのは、10にも満たないシンプルな家具の一覧だ。

 咲希はそれらには目もくれず、画面左上の新規制作と書かれたボタンをタップした。

「ふんふん.......おーっ、テンプレまであるじゃん。マジのお絵描きアプリって感じー。.......んー.......でも嫌いじゃないけど、何かこうさー.......魔法的な、脳みそ抽出するーみたいな事出来たら良いのにー」

 発せられた言葉は全くもって意味不明だが、そのイメージはしっかりとしたものだった。


「わっ.......」

 管理システムはしかとその意図を汲み取り、ツールに新たなモードを追加した。

 ついでに自動的にそのモードに切り替えてくれた辺り、本当に高性能だ。

「えぇと.......え、マジ?」

 あまりにもタイミング良く切り替わった画面、そして気の所為かその画面がしっくりくるものだった事から、咲希はすぐに察した。

「ひえ〜っ.......ヤバー。.......よく分かんないけど、あーとー。んっとね、シャンデリア作りたくて、イメージはこんな感じなんだけどー.......」

 目を閉じ、完成品のイメージを出来るだけ鮮明に思い浮かべた。


 ツールは咲希のイメージに忠実に絵を描いた。

「あっ、そーそー。よきよきー」

 描かれたのは、ピンク色の宝石があしらわれたシャンデリアだ。

 透明感のある宝石は優しい色合いでキラキラと美しく輝き、緩やかなカーブが上品さを演出している。

 咲希はそれが部屋に飾られるのを想像し、胸を弾ませた。


「んーっと.......明かりはねー.......とりまスイッチとかは要らんわー。気合いでエイッ!って感じでー」

 仕方ないので翻訳しよう。

 つまりはこれもイメージのようなものだ。

 心の中で“消灯”や、“点灯”などと念じる事で操作出来るようにしたいらしい。

「.......んー.......よく分かんない.......。ねぇー、アプリさーん、今の出来たー?よく分かんないから出来ればで良いんだけどさー、出来たら出来たって教えてちょー?それか何でも良いから、とにかく分かるようにおねがーい」

 先程の要領でと、咲希は更に要望を口にした。

 言わずもがな、咲希の脳内では詳細なイメージが浮かんでおり、更にそれに付随する高性能な機能さえ思い浮かべていた。


〘サポートAI機能を追加した。調度品制作ツールイメージ描写モードに、追加済み機能一覧表示機能を追加した。他に願いがあるなら、さっさと言うが良い。我が特別に叶えてやろう〙

 心地良い低い声が部屋に響き渡った。

 声の主は勿論、サポートAIそのものである。

 声質に良く似合う静かな語り口は、咲希の趣味全開であった。


「うぐっ.......や、やったー。え、えっとねー、今は良いやー。あーとー。んーで、さっきのアレ、何だっけ?電気のやつって出来てるー?」

 タイプど真ん中のイケボに、咲希はほんのりと頬を染めながら、努めて平静を保って話した。


〘あぁ、滞りなく完了した。我に出来ぬ事などないからな〙


「そかそか、あーとー。.......ねぇー、アプリさんって呼ぶのも何か変だしさー.......ホ、ホークって呼んでも良いー?」

 咲希が提案した名前は、とあるゲームの咲希のお気に入りのキャラクターの名前だ。


〘ふんっ.......好きにするが良い〙


「あ、あーとー」

 そして咲希は乙女心を暴走させた。

「ね、ねぇー.......あのさー.......声だけじゃなくてさー.......こう.......出てこれたりしない?」


〘ふむ.......良かろう〙

 そう声が響いた次の瞬間、ホークは何処からともなくフワリと現れた。


「これで良いか?」

「ひわっ!?.......び、びっくりしたー!」

「ふんっ.......己が言い出した事だろう」

「えあ、そ、そうだけどさー.......」

 咲希はホークを見つめ、更に驚いた。

 ホークの容姿が、己が思い浮かべたイケメンそのものだったからだ。

「え、ヤ、ヤバー.......え、マジ?何これ夢ー?」

 そのセリフを言うべき時はもっと前にあっただろうと、誰もが突っ込むに違いない。


「ふんっ.......夢などではない。我が.......いや、何でもない」

「うあっふ!.......ん、ん゙ん゙ん゙っ!」

 何故だか、ホークが言わんとした事が手に取るように分かり、間の抜けた奇声をあげ、それから誤魔化すように咳払いをした。

「え、えぇとー.......えーっと.......ちょ、ちょっとタンマ!」

 とにかく慣れるべく、咲希はジッとホークを見つめた。

 咲希は男にはかなり免疫があると自負していた。

 しかしそれはあくまでも、常識的な人間に限った事だったのだ。

 これほどまでに美しい人間は見た事がなかった。

 いや、厳密に言うと人間と言うには怪しいところがあるが.......されどホークは摩訶不思議な力によって生まれし者。

 真の人間.......それ以上の存在と言って良いだろう。

 美しい白い肌に、艶やかな純黒色の髪、切れ長の目は涼やかな印象で、怪しげな真紅の目は宝石のように透き通っている。

 曰く、“はぁぁ.......神”.......だそうだ。


 ホークもまた、ジッと咲希を見つめ返し.......もうどれくらい経ったのだろうか。

 咲希は漸く口を開いた。

「ん、おっけー。あーとー。.......はぁ〜、心臓に悪い。ねぇーホーク、ちょっと触ってみても良いー?」

「ふんっ.......好きにするが良い」

「わーい。.......おーっ!ムッキムキー。ねぇー?ちょっとグワってしてー。こうグワって。」

 咲希はホークの二の腕にしがみつき、自身を持ち上げるようにと、ねだった。


「ふむ.......」

 ホークが腕を地面と水平に伸ばすと、咲希はピョンっと跳ねるように両脚を折り曲げてぶら下がった。

「ひゃ〜っ!お〜っ!凄いすごーいっ!あっははははっ!ホーク、力持ちー!」

「ふんっ.......これしき、何てことない」

「おーっ!そんなとこもクールで良い!ホントに全っ前重くないのー?」

「当然だろう。己程度、あと数億倍重くなろうと持ち上げられる」

「ふーん.......数億倍ってどれくらい?ま、良いっかー」

 尋ねておきながらすぐに自己解決し、それからトンっと床に降りた。


「あーとー。これ夢だったんだーずっと.......。でもしてくれる人が見つからないまま、あっという間に大人になっちゃってさー。そしたら、してくれる人がもっと見つかりづらくなっちゃったって訳ー。.......してくれてありがと、ホーク」

 人を超越しせし故か、咲希はホークにこれまでにないほどの安心感を抱き、自然と言葉を紡いだ。

「そうか.......。我で構わなければ幾らでもしてやろう。我と己、これからは此処で運命を共にするのだからな」

「.......うん、あーとー。ねぇー、そのさー.......嫌だったら良いんだけど、己じゃなくて咲希って呼んでちょー?」

「我は別に嫌など.......。では、これからは咲希と呼ばせて貰おう」


「ん、あーとー。.......さ、そろそろ続きしなきゃねー。ホーク、今ねー、この部屋模様替えしてるとこなんだけどさー、まだ色々分かんない事ばっかだから、教えてちょー?」

「ふんっ.......言われずともそのつもりだ」

「わーい。んーじゃ、よろー」

 2人はスクリーンの前に横並びになり、早速作業を開始した。


 まず、作りかけのシャンデリアは思念遠隔操作機能に加え、色調や明るさには糸目を付けなかった。

 それからフカフカの柔らかなクッションに、フワフワと手触りの良い毛布、可愛いらしい大きなぬいぐるみらは、部屋を賑やかに彩ってくれる事だろう。


「あ、ねぇーアレって移動出来るー?」

 咲希にとって落ち着ける部屋にするには、中央に鎮座する丸い水晶は邪魔だった。

 やはり焦げ茶色というところも相応しくない、とも思った。


「ふむ.......出来たようだな」

 ホークが答えるよりも先に、水晶は咲希の意図を汲み取り形を変えた。

 乳白色のピンク色の丸い水晶が、シルバーの縦長の台座に乗ったような形だ。

 水晶を支える平たく華奢なデザインは上へと緩やかなカーブを描いており、花のがくのよう。

 咲希としては松明やテーブルランプをイメージしたようだ。


「あーね.......。よし、んじゃー次はテーブルを作ろー」


 その後、ホークの助けもあり、ほぼ初見のツールにも関わらず、咲希はみるみる内に理想を形にしていった。

 家具を制作し終えたなら、いざ内装を適用し好みの位置に配置していけば、ラブリーなシステムルームの完成だ。


 尚、適用や具現の際には、スーポを消費する。

 スーポとは、スーピット内でのみ有効な通貨のようなものだ。

 スーピットに備わった摩訶不思議な力を使って出来る様々な事は、このスーポをコストとして消費する必要があるのだ。

 コストという事はつまり、物事によって所要スーポの値は変動する。


「よし.......こんなもんかなー。どー?」

 咲希は仕上がった部屋を見て、満足感と達成感で胸がいっぱいになった。

 感動に打ちひしがれながらも、ササっと靴を脱いだ。

 この内装では、土足禁制となるのは必然だろう。


 薄ピンク色の部屋は、優しい色合いで気品溢れる印象。

 空間自体が丸く、壁沿いには腰掛けるのに丁度良い高さの段。

 段上は寝転べる程度のゆとりがあり、ズラリとぬいぐるみやクッションが並べられ、直角の隙間を埋めている。

 段は寄り掛かる事も出来るようにと、程よい角度の傾斜となっている。

 咲希は意図していなかったようだが、段上に座ればその傾斜が良い足置きになりそうだ。

 丁度、壁も咲希の趣味全開であり、フカっと沈み込むほど柔らかい摩訶不思議な材質だ。

 壁の上の方には、モフリンの為のキャットウォークが設けられた。

 中央に設置されたテーブルは背が低く、だらりと過ごす時間にこそ、真価を発揮しそうだ。

 テーブル上に置かれた水晶は、ランプのようであり、一輪の花のようにも見える。

 何とも女の子らしい部屋に仕上がった。


「ふむ.......我にはよく分からぬ。咲希が満足したなら、それで構わぬ」

「ふーん?.......ま、とりまこれで安心して眠れそうだねー。スーポ.......あと約900万くらいか。結構使っちゃったねー」

 大体5割程度のスーポを消費したようだ。

 これだけコストを掛けたのだから、快適さは確約されたようなものだろう。


「ふんっ.......スーポなど、また稼げば良かろう」

「ん.......スーポってどうやって稼ぐのー?」

「ふむ.......。方法は幾つかある。中でも主軸となるのは、ジェバーラの人間をこのスーピットに招く事だろう」

「じぇばーら?」

「あぁ、その通り、ジェバーラとはこの世界の事だ。尤も、スーピーや人間らが勝手にそう呼んでいるだけだがな」

 ホークは咲希の思考を読み、肯定した。


「ふーん。招くって?」

「簡単な事だ。この部屋を仕上げた要領で迷宮を作り、人々に公開する。迷宮とは咲希が考えているダンジョンなるものと、おおよそ相違ない」

「そうい.......?」

「.......殆ど変わりないと言ったんだ」

「あーね.......。そっかー。とりま、迷宮を作れば良いって事ねー。おっけー」


「我らのスーピットにはまだ、このシステムルームしかない。新たなルームを設けるところから始めねばならん」

「ふんふん.......それもスーポ要るー?」

「あぁ、当然だ。新たなルームを設ける際に必要なスーポは、ルームの大きさにより変動する」

「あーね。ま、テキトーでも何とかなるっしょー」

「そうだな。スーポは我らがこの場に居るだけでも獲得出来る。そう焦らずとも良かろう」


「へー.......んーじゃ、別にわざわざ迷宮なんて作らなくても良いんじゃなーい?」

「ふむ.......確かにごく稀だが、そういった前例もある。だが先のペースで消費して行けば、直に底を尽きるだろう。不自由なく過ごすならある程度の稼ぎは必要だ。面倒なら質素に努める他ない。.......我はどちらでも構わない。マスターと咲希の意思に従おう」


「ふぅん.......そんなに少ないの?」

「そうだな。現時点では10分毎に1スーポ獲得可能だ。これは所属者1名につきの値.......我らは現状3名。現状この方法で獲得出来るスーポは、最大で10分で3スーポとなる」

「んーっと.......」

「1日なら432スーポだな」

 ホークは見かねて、聞かれるより先に答えた。

「おー、あーとー。.......うん、全っ前やってける気がしないかもー」


「ふむ.......咲希は暇を好まぬようだな。ならば迷宮を作る他なかろう。少なくないスーポを消費するが、まずは人員を増やす事を推奨する」

「あーね.......うん、それが良いかもー。人多いほうが早いもんね」

 咲希はこれでもかと高スペックで人外な人間を思い浮かべた。

 言わずもがな、人員とてスペックを高めれば高めるほど、創造コストは嵩む。


「.......そう急くな。能力など、後から幾らでも習得強化出来る。ひとまず容姿と、最低限の能力にしておけ」

「.......はーい」

 咲希は渋々、沸き立つ乙女心を収めた。

 理想の逆ハー生活に足るまでは、もう暫し先の事になりそうだ。

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