第9話 彼女たち

「ロア君、優しすぎるよ、ダメ、だよ。こんな屑のような人間の事を甘やかしちゃいけないんだよ。前のように戻れるんじゃないかって勘違いしちゃうよ」


 薄暗い部屋の中、真っ白なネグリジェに包まれたリリアは自作のロア君人形へ目を虚ろにしながら話しかける。


 リリアはずっと脳内で部屋を出る前にロアがリリアに向けて言った言葉を頭の中で反芻して悦に浸る。


「リリアお姉ちゃん、って呼んでくれたね。いいの、かな?ロア君。私、まだお姉ちゃんでいていいのかな?本当に、いいの、かな?」


 ロア君人形を揺すって答えを得ようとするも当然、人形のため話すわけがなく答えは返ってこない。


「…ロア君はお姉ちゃんって、私の事をもう一度呼んでくれたんだ。…ならそれにこたえてこそお姉ちゃんだよね。お姉ちゃんはもう二度とロア君を裏切らないからね。絶対に、絶対に…」


 自分に刻み込むようにロアの事を二度と傷つけないことを言い聞かせる。


 もし次に、ロアを傷つけることがあればその時は…と考えて止めた。


「もう二度と、そんなことはないから。私がロア君を傷つけるわけないから」







「ロア、私、もうおかしくなっちゃうよ。ロアが好きすぎて止まらないの。ロア、ね、ろあ?」


 研究室の中でもぞもぞと動く影があった。猫のように丸くなり鼻にロアが来ていた服を押し付け指は下半身へと延びていた。

「優しすぎる、ロアが、悪い。私、悪くないもん」


 エリーはロアに拒絶されることを一番に恐れていた。だが、あれだけの事をしたのだから自分は拒絶されるだろう、そう思っていた。


 だから、ロアに拒絶された後ロア以上の苦しみをもって命を絶とうとしていたのだ。


 だが実際に会えばロアは許してはくれてはいないものの、こちらへと歩み寄ろうとしてくれたのだ。エリーからしてみれば、これ以上ない程驚き、そして途轍もない幸せだった。


 その反動で彼女は愛欲を抑えきれず、このような状態となってしまった。


 多くの期待を寄せられている天才の頭の中は、リリアと同様にロア一色に染められておりそれ以外は考えらないようになっていた。


「ロア、大好きなの。こんなに、好きなの。頭がおかしくなっちゃう」


 




「ロア様、あなたはやはり神様なのです」


 アリアは自分の血で真っ赤に染まった部屋で膝を折り祈るような形でそう呟いた。


「私のような罪人にさえ慈悲を与えてくださるのですから」


 アリアは正気に戻ってから何度も自分へと傷をつけた。ロアにしたこと以上の事を自分へとしようとしたのだ。


 回復魔法を使ったおかげで痕はないものの彼女がどれだけ自分を罰したのかは血に染まった部屋とロアへと送ろうとした瓶に詰まった目玉をみれば一目瞭然だった。


 だが、アリアはこれ以上自分を傷つけてはいけない。


『アリアが傷つくことは望んでないから』


 今日ロアが放った言葉を己の胸へと刻み込み顔を蕩けさせる。学校で聖女と呼ばれお淑やかな印象を持たれている彼女からは想像もつかないほど顔を歪め口端からはよだれを垂らしている。


 彼女にとってロアは神様である。そんなロアから身を案じるような言葉をかけられたのだ。それに自分はロアと言葉を交わすことすら許されないと考えていたため、彼女の心中は想像するに難くない。


「ロア様、私は貴方様にすべてを捧げます。…あぁ、私の敬愛する神々しいロア様。もう二度と貴方様を傷つけるようなことは致しません。この身全ては元より貴方様の物でしたが、これまで以上にロア様へこの身を捧げることを誓います」


 


「ロア、本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう。こんな人としてダメな幼馴染の事を見放さないでくれて」


 ミアと別れた後、学校の寮へと帰り彼女も自室に籠っていた。


 頭の中を占めているのはロアの事ばかりである。いや、もう頭がロア以外の事を一切と言っていい程受け付けていない。


「ロア、ロア、ロア、ロア、ロア、ロア。私、これから一生あなたに尽くすから。だって、そうでしょ?あなたに死んでしまうほどの苦しみを与えたのだから死ぬまでロアに尽くすのは当たり前じゃない」


 彼女は幼いころ、ロアにもらったぬいぐるみへと口づけをして頬を上気させる。


「ロア、これから先二度とあんなことはさせない。私は貴方の事を二度と傷つけることはしないから。もう二度とミスなんて犯さないから」


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