第5話 アリア

ミアが落ち着きを取り戻し、僕も幾分か頭の整理がつき始めた。


「ごめんね、ロア。怖がらせちゃって」

「大丈夫」

「これ以上ここにいてもロアの迷惑だろうし私は帰るね」

「……うん」


 ミアは悲しそうな自責の念に苛まれているような顔をして扉を開けて帰ろうとする。足を一歩外へとだしたところで消え入りそうなか細い声でこう言った。


「……また、お見舞いに来てもいい?」

「あぁ……いいよ。毎日は流石にクロエに迷惑がかかるからやめてほしいけれど」

「うん、分かった。じゃあ、また、ね?」

「うん」


 今日会ってから一度も笑うことのなかった顔が、少しだけ嬉しそうに口元を緩め部屋を出ていった。


 正直あれで良かったのかわからないし、正解が何かもこの先分らない気がする。


 ミアの次に前に出てきてミアと同じように頭を地面につけたのは、アリアだった。


「ロア様、本当に申し訳ありませんでした」


 アリア 


 聖女と呼ばれるほど慈愛に溢れ、学校では天使なんじゃないかと噂が出るほどのやさしさを持つ美人。しなやかな金髪は絹のような滑らかさであり、顔は天使と形容されるだけあって神様からの寵愛を一心に受けているのではないかと思えてしまうほど完成されている。

細く折れてしまうのではないかと思えてしまうほどの体には不釣り合いなほどの大きな胸、お尻を持っており、男子生徒からの人気はトップと言っていいほどである。


 今となっては絹のような髪の滑らかさは失われ、虚ろな目で僕をじっと見ている。


「例え何かに操られていたとしても、大切に思っていたロア様にあのようなことをしてしまってはどうしても自分が許せません。ですが、私なんかとは比べ物にならないほど慈愛に溢れたロア様の事です。あのようなことをした私に同じようなこと、それ以上の事はしないとそう思い、自分を罰しました」


 そう言って、アリアが出したものに思わず吐き気を催してしまう。


 アリアが出したのは瓶に詰められた目玉だった。綺麗な黒色と薄い金色の目玉が瓶にぎっしりと詰まっていた。


 その目玉は紛れもなく目の前にいるアリアのものであり恐らくだが自分で抉り取り、魔法で再生をさせたのだろう。


「これくらいのことでロア様に許してもらおうなどとは思っていません。ですからロア様がお望みならほかの部位もお渡しします。この身全てはロア様に捧げます。幾ら痛めつけてくださっても構いません。奴隷のように扱ってください」

「……」


 言葉が出なかった。何も言う気にはなれなかった。何を言えばいいのかもわからなかった。心の中がごちゃ混ぜになり整理なんてできるわけがなかった。


「アリア、それをしまった方がいい。ロアはそんなことを望んでいない」

「……あなたに何が分かるんですか?私はロア様に聞いているのです」


 慈悲深くいつも笑顔だった彼女はクロエに対して、何も映していない虚無の瞳を向け、若干の怒気を含んだ口調でそう言った。


「……クロエの言う通り、それはしまって欲しい。それと今後はそういうことはしないでほしい。アリアが傷つくことは望んでいないから」

「………分かり、ました」


 アリアは力なく項垂れてその場で虚無を見つめ、放心状態となってしまった。ただ、目からは涙を流し、小さく「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟くばかり。


 ああなってしまう前はいつも笑顔だったはずのアリアが、今ではこうなってしまった。僕は前のようにとはいかずとも彼女たちと少しでも良いから元に戻りたいそう思って彼女たちに会ったのだ。

 であるならば、アリアがこうして泣いてしまっているのは僕の本望ではない。


「……アリア」

「……はぃ。何でしょうか?」

「前のように戻れる、とは絶対に保証できない。今、アリア達を見ている、話しているだけでほら......手が震えちゃってるんだ」

「..........ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「それに、アリアに治されたとはいえあんまり体は思うように動かせない」

「ごめんなさい」

「だから..........もし良かったら次もまたお見舞いに来て容態を調べてくれると助かる」

「ごめんな..........え?」


 項垂れていた顔を上げた。虚ろな目からは相変わらず涙を流していた。


「アリアは学校でも、この国においてもトップの癒し手だったよね。だから、それを罪滅ぼしだと思ってしてくれるとありがたいなって思う」

「..........良いのですか?」

「うん。でもミアにも言ったけれど毎日来るのはやめてほしいかな。クロエに迷惑がかかっちゃうから」

「..........そう、ですか。わかりました。ありがとうございます、ロア様」


 そういった彼女の瞳にほんの少しだけ光が差し込んだ気がする。


 数分後。アリアが泣き止み、そしてミアと同じように帰っていく。


「それでは、私も帰ります。また、お見舞いに来てもいいんですよね?」

「うん」

「........それじゃあ、また来ます。本当にごめんなさい」

「........またね、アリア」


 彼女は最後にこちらへ振り返り綺麗なお辞儀をして帰って行った。最後に見た顔は、ここに来た時の顔よりは幾分かいい顔になっていた気がする。





 


 




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