第2話 目覚め

「………」


 目を覚ますとそこはいつもの天井ではなかった。健康だった時のように普通に起き上がろうとするもボロボロな体は云うことを聞くわけもなくただ痛みが走っただけで起き上がることはできなかったため、ゆっくりとほんの少しづつだが体を動かして起きることに成功した。


 顔を動かし体を確認すると、流石に失った腕は治らなかったようだけれど何処を向いているのか分からなかった足は元に戻っており、気づけば指も元も戻っていた。


「死ななかった。いや、死ねなかったのかな?」


 僕は確かにあの時死ぬ寸前だった。きっとあのまま放置されていれば確実に死んでいたが、どうやら僕は助けられたみたいだ。


 この家は何度か来たことがあるから覚えている。もう一度首だけを動かして周りを確認し、確信する。もしかしたら最後に会ってお礼だけでも述べたいという僕の小さな願いを神様は叶えてくれたのかもしれない。


 この家は僕の親友であるクロエの屋敷だ。


 いったい何がどうなって自分がここにいるのか、僕を殺そうとしていたアリアはどうしたのか、早くクロエに会って助けてくれたお礼を言いたい、これが夢ではないことを確認したいなどいろいろ頭と心の中がぐちゃぐちゃとしてすっきりしない。


 身動きが取れないので息を深く吸って吐き、目を閉じ心を落ち着かせる。

 

 これから、僕はどうなるのだろうか?まだきっと彼女達は僕へ増悪と殺意を向けているだろう。もしかしたら、今も近くで虎視眈々と僕を殺そうとしているかもしれない。


そうであるならば、僕がこの屋敷にいることでクロエ家にも多大な迷惑をかけるに違いない。ただでさえ彼女たちが変わってから助けてもらってばかりであり、さらに命まで救ってもらった。きっとクロエは気にしなくていいよ、そんなの今更じゃない?と笑いながら言う場面を容易に想像できるだけれど、これ以上迷惑をかけることはできないし、今までの恩を返さなければいけない。


 だけれど、今の自分には返せるものなんてない。なら、せめて動くことができるようになったらこの家を早々に去ることが今僕にできる最大の恩返しとなるんじゃないだろうか。


 この怪我がもし治ったら直ぐにこの家を出ていくことにしよう。その恩返しが一番の理由だが、貴族のクロエそれに対し俺はただ平民である。クロエの両親は物凄く優しい人たちで僕なんかの事も丁重に扱ってくれるがいつまでも長々と居るわけにはいかない。


 そんな覚悟を決めているとドアがノックされ、扉が開かれる。


「おはよう、クロエ」

「おはよう、ロア。今日も君は寝てしまって………って、ロア!?起きていたのかい?」

「あぁ。さっき起きたんだ」


 僕は努めてなんてことないようにそうクロエにいうと、彼は呆れたようなそれでいてとても安心したような顔をし、ため息を一つ吐き


「おはよう、クロエ。君が無事で本当に良かった」

「ごめん、心配させて。それとありがとうクロエ。本当に助かった」


 クロエは僕の方へと近づきそっと軽くハグをした。男同士で何をしているんだと思わなくもないけれど、死にかけるほどの事があったんだ。これくらい親友であればするだろう。


「クロエが親友で良かったよ。本当にありがとう」

「っ!!急に恥ずかしいこと言わないでくれよ。まぁ……….親友だし?これくらいの事は普通なんじゃないのか?」

「あぁ、それが普通だと思っているクロエが親友で本当に良かったよ。ありがとう」

「..............君は本当にもう..............私も君と親友で心の底から嬉しいよ」


 クロエが頬を赤くしながらもそんなことを呟いてくれているので、僕の頬も自然と赤くなってしまう。我ながら恥ずかしいことを呟いた。でも本当に感謝しているんだ。


 その事がほんの少しでも伝わったのならいいなと思う。


 クロエとの無事にこうして話せることを喜び、少しだけ話してから本題へと移ることにした。


「それでクロエ。僕はどうしてクロエの家で寝ているのか聞いても良いかな?それとどうして僕の居場所が分かったのかも」

「あぁ、うん。勿論だ。ロアには聞く権利があるから。そうだな、先ずはロアの居場所がどうしてわかったのかから話そうか」


 クロエは僕が彼女たちから苛烈な苛めを受けているのは分かっていたし、何度も止めていた。だが、クロエが僕の隣にいつもいられるわけではない。自分がいないときに彼女たちに何かされて取り返しのつかないことになったら大変だと思い、誕生日プレゼントにくれたペンダントに追跡魔法を掛けてくれていたみたいでどうやら僕の居場所が分かったらしい。


 ペンダントが壊されたのがあの場所の近くで良かった。


「すまない、勝手に追跡魔法などかけてしまって。親友とはいえ逐一私に監視されていたとなると気持ちが悪いだろう。すまない」

「いや、いいよ。そのおかげで助かったんだから。でも次からは一言欲しいかな」

「.........あぁ、勿論だよ。次からは一言言うようにするよ」


 クロエは何故か少しだけ驚いたような顔をした後、ニコリと.........いや少しだけ影を差したような笑みを浮かべてそう言った。


 僕の私生活を監視していたことを気にしているんだろうな。別に僕はあんまりきにしていないし、いつ僕があいつらに殺されてもおかしくはなかったんだから仕方がないと言えばそうだから。


 ともかく僕が危機に陥っていると分かったクロエはすぐに僕の元へと向かったらしい。


 改めてクロエに感謝を。


 あの時は死んでもいいとか本気で思っていたけれど、生き延びた今思うと正直もう死にたくなんかはない。せっかく助けてもらったんだもう今度はこんなことがないようにしたいけれど..............


「あいつ..........アリアはどうしたんだ?あの時一緒にいたはず。それにアリアに従う信徒たちも一緒だったはず」


 あいつは本当に僕を殺そうとしていたし、僕を守っていたクロエの事も気に食わないような顔をしていた。ならば、そこで戦闘になってもおかしくはない。


 あれ?でも戦闘がおこっていたら俺はきっと死んでいるはずだ。僕の容態は一刻を争う状況だったから戦闘なんてしていたらその間に命の灯は消えてしまっているはず。


「あ、あぁ。確かにあいつはあそこにいた」

「ん?」


 クロエが何とも言えない顔をして妙に歯切れの悪い返事をした。


「何かあったのか?」

「..........アリアは、発狂していたんだ。それに信徒達も」

「..........は?」


 何を言っているのか理解できなかった。え、発狂した.........?


「だから、発狂していたんだ。何も分からずただその場で蹲ってもがいて苦しんで何度も頭を地面に叩きつけて、血だらけになりながらロアに向かって謝っていたんだ」


 クロエが至極真面目な顔でそう言ったのだから、本当にそうなのだろう。クロエに嘘を吐くメリットなんてないし、クロエが嘘を吐く人ではないと僕は知っているから。

 

「そして、ロアに向かって回復魔法を己の魔力が尽きるまでかけていた。ロアが生きていられるのは実はそのおかげも多少なりともあると言える」


 一体どういうことだ?急に発狂したかと思えば大嫌いで憎くてたまらない直前まで殺そうとしていた僕に回復魔法を?


 アリアは聖女と呼ばれるほどの回復魔法の使い手だ。彼女ならあれだけボロボロで死に損ないだった僕でもなんとか直せるだろう。


 ..............まぁ、そのおかげで何度も何度も腕や腹を切られては再生されを繰り返し地獄のような苦しみを味わうことになったのだが。


「そして私はクロエにしがみつくようにしていたあいつをどうにか剥がして、家に帰ることが出来て今に至るというわけだ」


 成程、最後の方は衝撃の展開過ぎて正直受け入れがたいような内容だったけれど、クロエが言うのだからきっと真実なのだろう。受け入れるしかない。


 それにしても、殺そうとしていたのに急に謝りだして回復魔法をしだす。


 どうして..............?もしかしたら彼女は、彼女たちは..............


 と考えていた時にドアがノックされた。


「クロエ様」

「もしかして、またかい?」


 コクリと頷いたメイドにクロエははぁ…と大きくため息を吐いた。


 一体どうしたんだろう?


 


 








 


 


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