罪の行末

ジョセフ

罪の行末


                             作・ジョセフ 

 その二つの足跡は季節外れの雨を浴びていた。

行き場を失い、その地に染まった足跡はどこの時代と似つかわしくないマンションの非常階段を登っていた。そんな、二人が上に登っていた。

ところが、そんなでは天国には近づけないだろう。むしろ、この非常階段を登りきったころには一歩ずつ地獄へ近いづいているように思える。

その足跡は一歩ごとに二人が犯した罪の焼印を階段に押し付けるかのようだった。

 雨が薄れ始め、血に染まった足跡の鈍い靴音だけが残った。

不規則に鳴り響く靴音は、この荒れた治安の悪い街では不思議と同化してしまう。気が付くとあの不規則だった靴音も鳴りやんでいた。そして、淡い月の光が一組の男女を照らす。

 月の光の筋に照らされた男女はとても神秘的に見えた。淡い光と深夜という時間の暗闇のせいもあり、男の顔のパーツははっきりと認識は出来なかった。

 しかし、彼のたたずまいから戦国時代の武士を彷彿せるような目つきをしている。

 その事を物語るかのように、女の方はか弱くまるでこの男に守れるために生まれてきた姫のように思える。

 そんな二人にも共通点が存在してい

お互いは月を一瞥して、また無言でなにかを交わしてあの不規則の靴音で上を目指した。

 月も星も彼らを優しく照らさなかった。だが、それは無理もないのかもしれない。

 もはや、世間の誰も彼の左足の刺し傷など彼女の他に誰も気にしないだろう。男は夜空を見上げて三日月を見た。

「どうしていつもこんな夜は三日月なんだろうか?」と、

 彼らは、ようやくの思いで屋上までたどりついた。そして、2人は月を見て思ったのである、自分達には逃げ場はないと。

「…私、やっぱりこのままじゃいけないと思う」

「俺らは何も悪くない! 俺らは何も。そう何も!」

 男の荒げた声はまるで階段にある自分たちの足跡を消し去ろうとかのように女の意見を言葉を消した。しかし、男も分かっていた。

 このままでは何も変わらない事を。不思議な事に、この世の中の「事件」と呼ばれる化け物は被害者も加害者も表裏一転なのかもしれない。

 そして、悲しみも怒りも喜びは、もしかすると全て同じ感情の根源なのかもしれない。

 彼らの唯一の救いは互いに声を交わし合い、体を寄せ合い、ただ自分たちがこの数時間の間の残像を消すしか他なかった。

「ねえ、すこしだけ…わがまま言っていいかな?」

「なんだい?」

「行きたい場所があるの」

 女は時間が残りわずかである事を知っていたのかもしれない。男は違う意味で彼女と同じ事を考えていた。

 男はこの女がどこに行きたいのか全く見当もつかなかった。それはこんなに長いこと時間を共有したのにかわずまだ知らない事があるとは男にとって驚きである。

 だが、男は少しだけ考えて、その行きたい場所に行く事を約束した。

 女は彼の手首を取り非常階段を下り始めた。まだ、彼に彼女にとってあの場所がどういう意味であるのかは知ってはいなかった。しかし、男は女と同様に隠している事があった。

 男は女を止めてその秘密を打ち明けようか迷ったが、やめた。

 彼女は、それ以上は何も言うことが出来なかった。いや、出来るはずもなかった。

 何にせよ、男はその秘密を彼女に今は言わなかった。



その日、松崎八郎はある事を打ち明けようと決心していた。

それは彼女を見たときからいつかは言おうと決心していた事である。

 彼は二十八年間の人生を振り返るといつも嫌な事しか思い出せないようなろくでもない人生を送ってきた。

 しかし、松崎は強く信じていた、もしこの事を告げられるのならこれまれの自分の人生は精算されるのではないだろうかと。

 もちろん、彼は心の奥底までは全てが清算される事はないだろうと分かっていた。

 だが、そう自分を暗示するほかなかった。彼は仕事の現場があるK区からT区に駆け足で急いだ。

 松崎は途中で花屋に寄った。

松崎は、もしかしたら今日は特別な日になるのではないかと思った。

 彼は花屋に入ると先に見たのは真っ赤なバラであった。だが、彼はここで少し迷った。なぜかと言うと、まだプロポーズでもないのに赤いバラは少しばかり自分の気持ちが先走っているのではないはないかと。

 悩んだ末、松崎は店員に花束を作ってもらう事にした。ただ、松崎は若い二十代後半の女性店員に四つの花を入れてもらう事を絶対条件にした。

 一つ目の花は黄色のチューリップを入れる事であった。二つ目はラベンダーを上手くポイントの飾りとして入れること。それと、季節的にぴったりな向日葵をお願いした。最後に赤い薔薇を入れる事にした。

 松崎は田舎の出身なので小学校の頃の夏休みの自由研究で「花言葉」をほとんど覚えていた。

 なので、彼にとってこの四輪の花は彼のせめての今の想いだった。

 松崎は三千五百円という今の彼にとっては大きなお金でありながらも、花を買った店を出た。

 店を出ると少し暑さが始まりかけている6月らしい雨が降り始めていた。

松崎はここで少し止まった。

彼がここで止まって、考えた事はこのまま加藤辰子に会いに行くかどうかであった。天気はあいにくの雨で松崎は仕事帰りのため傘を持ってくるのを忘れてしまった。

 ここで常識がある人間なら前の晩から彼女に会うために選らんだ服を濡らしたくないのにせっかく今さっき花束を台無しにしたくないと思うだろう。しかし、松崎八郎という男は違っていた。

 すると、ある小さな女の子が松崎の方をじーっと見ていた。そして、あることを言った。

「ねえ、その向日葵ちょうだい!」

「え!?」

「どうしても、欲しいの? 参ったな」

「欲しいの! 欲しいの! どうしても欲しいの!」

「しかたないな。特別だよ。」

「お兄さん、優しいね。きっと、いい事あるよ」

松崎は、向日葵をその幼い子どもに渡した。

「バイバイ、優しいお兄さん!」

「うん、バイバイ。夜道には気を付けるんだよ。」

 そうして、松崎は三輪の花にはなったが、恋人のところに走って行った。


 松崎八郎はクラスに絶対一人はいる、いつも分からない何かに焦っている少年だった。

 例えば、クラスに一人は絶対いる時計を授業の終了前にしっきりと何回も見る人物またの名「時計魔」も松崎であった。

 そのため、松崎の教師の間の評価は芳しく悪かった。

 しかし、松崎は学校という社会システムの一部をそこまで好き好んでいなかったため対して気にはとめてはいなかった。それより、松崎はこの得体の知れない何かを知ろうとするため必死だった。

 その結果、松崎は高校に進学せずに社会人になる事を決めた。

 松崎は常にその人生の決断は間違っていないと自分に言い聞かせてきた。だが、彼は自分の中に住んでいるその得体の知れない何かを知りたいとも思っていた。

 同時に、自分を狂わせる魔物と交渉が出来れば人生はどんなに楽に感じるだろうと思った。しかし、今回も松崎はその得体の知れない魔物と交渉することは出来ずに加藤辰子のマンションに雨をよけながら走っていた。

 松崎は辰子が暮らすマンションまで駆け足で走っていると、このT区の荒れた地域には似つかわしい高級車を見かけた。彼は心の中でちょっとした怒りのような感情を覚えた。

「またアイツか」

 松崎が「アイツ」という相手は岡田信であった。岡田は辰子が働く美容院の客である。

 そのため、岡田は自由にいつでも辰子に会う事が出来た。

 もちろん、松崎は自分と辰子じゃ岡田の美容師見習いと客の関係よりも強い繋がりがあると確信していた。

 しかし、岡田の辰子への求愛は松崎を苛立たせた。松崎は数回にわたって岡田が客という立場を使い辰子と食事をしている所を目撃している。

 しかし、松崎はもうそんな事はどうでも良くなっていた。なぜなら、今日のこの日から松崎と辰子はさらなる特別な関係になるからであった。

 松崎は雨が降っているのにかかわらず走るのを一旦やめた。そして、自分の鞄を漁った。

 松崎は自分の鳶職人という収入が少ない仕事でも買える品物を選んだ。松崎は鞄の中でそれを力づよく握った。

 加藤辰子のマンションは土地柄を考えるとかなり立派なほうであった。

 マンションは十五階建てであり、セキュリティもしっかりしている。多分であるが、職場の通勤と土地柄を考慮した結果、このマンションになったのであるかもしれない。

 松崎は辰子と出会ってから頻繁に、このマンショ  ンに訪れるようになった。毎回の用に松崎はこの高級マンションのセキュリティに関心をさせられる。

 いつものように松崎はインターホンで辰子を呼び出さずに脅かすつもりでマンションの入り口を通った。

松崎は習慣である辰子が住む五階のボタンを押した。マンションの中には「不審者注意」のポスターが貼ってあった。



 松崎はこんなセキュリティの完備が行き届いているマンションにも不審者が出るものだと何とも言えない気持ちになった。

 だが、そんな時だった。松崎はその不審者が誰であるかと分かったのは。松崎は高ぶる気持ちを落ち着かせてエレベーターを降りた。

 松崎はエレベーターを降りて、階段を勢いよく登った。

 松崎は階段を登っている間に辰子との年月を思い出した。最初は彼もあまり岡田と変わりはなかった。所詮、二人の関係性も始めは客と店員であった。

 しかし、松崎は長い年月をかけて加藤辰子と同じ時間を共有した。二人は辰子が働いている美容室の「テュ・サ」で初めて会った。

二人が幼い頃に親を亡くして田舎から東京に出稼ぎにきたことなど意外共通が多かった。次第に松崎は辰子を店の外に会う間柄になっていた。

 加藤辰子と出会った事は松崎にとって人生に大きな変化であった。松崎少年は記憶がある頃から地元の児童福祉施設で育てられた。

 自分の親の事を施設のスタッフに聞くと父親は地元でも有名な遊び人だったと言う。

 そんな松崎の父親も一旦は結婚をして家庭を持つかと周囲は思った。あの日もこんな雨の日だった。

 松崎の父親はその日に地元の繁華街と出会った女と一夜を明かし、そして二人は心中という名の形で死んでいた。

 その事は地元に噂になり松崎の母親と松崎は地元でかなり冷たい風あたりをあびた。

 その結果、松崎の母親は赤ん坊の松崎を遠い児童福祉施設に預ける事にした。苦しい選択だったが、周囲のプレッシャーから逃れたかもしれない。

 それは一人の母親してのある意味のけじめなのかもしれない。松崎は地元でも有名な仏教のお寺が経営している児童福祉施設の階段に一輪のカナリアの花と一緒にダンボールに入れられていた。

 「私の恋を知ってください」

 もちろん松崎少年は何度この話を聞いても自分の母の恋を知るよしもなかった。

 その一輪のカナリアの花が自分への恋なのか自分勝手に死んでいた父なのかは分からなかった。

松崎はそれから加藤辰子に会うまで社会の枠組みで作られた人間関係しか人と関わりを持とうとしなかった。

 いや、しなかったというよりも出来なかったと言うのが正しいのかもしれない。「学校」と「職場」が彼にとっての最大限の社交の領域だった。

 その恐ろしいほど狭い領域の社交ですら、松崎は必要最低限の事以外は決して関わろうとしなかった。その根源の理由はいつも彼をひどく得体の知れない何かであった。

 彼はその得体の知れない何かを知り、そしてこれまでの人生を迷わせてきた問いかけでちゃんと理解する事で何かが変わると思っていた。

 そして、自分の母が老いていたカナリアの花の意味が分かるかも知れないと思った。

 そんな中に会ったのが加藤辰子であった。あれはちょうど、松崎が地元を離れて鳶職人になって四年目の事であった。

 松崎の職場の先輩はあまりにも松崎が髪型とファションに無頓着だったので少しばかりのお金を渡しいつもより良い美容院に行く事を進めた。

 松崎には松崎にとってただただ親切の押し売りをする先輩から金一封を貰った。

 松崎はそのお金をどう使うか迷った。なぜなら、また松崎は生まれておいたから自分の髪型を変えた事がなかったからである。

 彼の髪型はいつも決まった三ミリのバリカンで剃った丸坊主であった。松崎は何故その髪型にこだわるのか分からなかった。

 しかし、彼はその髪型に強いこだわりを持っていた。

職場の先輩と同様に彼が育った児童福祉施設でも松崎の髪型について言うものも複数いた。しかし、松崎はどんなににテレビや雑誌など長髪や茶髪が流行っていると特集されていても自分の髪型を変える事はなかった。

そのため、メディアと社会が作る理想の男性像を拒絶し続けた松崎は異性から決して人気ではなかった。

 松崎はその事を決して気にしてはいなかった。なぜなら彼に取って異性を思う事はけがわらしいようなことに思ったからである。

 松崎がそう思うのも不思議ではなかった。松崎の両親は自分たちの身勝手の恋と愛で自分の子供人生を犠牲にしたから。

 松崎は心の底からその事を憎んだ。だが、その思いも彼が加藤辰子と会った瞬間に変わった。

 松崎は結局、自分の職場の先輩からもらったお金の半分以上を普段ではとても行けないだろうというバーで使ってしまった。松崎はかなり出来上がって状態でそのお洒落のバーがある所から帰ってきていた。

 松崎は泥酔に関わらず若干の罪の意識を感じていた。松崎は自分の酔いを醒ますために大きな路地の裏で休んだ。

 その路地裏にある店の窓越しで松崎は自分の髪を見た。松崎はどうしょうもない気持ちで自分の頭を掻きむしった。

 松崎八郎が加藤辰子と初めて喋ったのはこのときだった。

「あのカットですか?」

「えっ?」

「だって、ここ美容室ですもん。ガラス越しに見えましたよ」

「あっ…はい…」

 この時だった、松崎があの花が誰に向けて捧げられたのか理解したのは。

 彼は天からのさずかったかのように美しい容姿を持ち合わせている辰子が目の前に存在している事が信じられなかった。松崎は自分の目の前で自分の髪を整えているのが泥酔からくる幻想か自分の人生にやっと神から光りを指してくれたのか判断できなかった。

 辰子は表参道の街並みに見かけるような茶髪でイマドキの服装を着ている女性とは違っていた。

辰子は二十二歳という年齢を考えるととても若い少女のような顔のつくりであった。だが、辰子はその幼い顔立ちを化粧などあまりせずにありのままの自分でいた。

そのため、彼女の髪型も美容師の皆習いとしては珍しい黒い長髪でありけっして毛先などをいじらなかった。

そういう意味では加藤辰子と松崎八郎は似ていた。彼らはメデイアと社会が作り出す理想の人間の容姿をあまり気にはしていなかった。

 もしかすると松崎が辰子に強く気を惹かれたのはこれが理由だったのかもしれない。そして、松崎は自分が赤ん坊の頃に置いてかれたカナリアの花の意味がやっと分かった。

「私の恋を知ってください」

 そう、あの一輪の花は消して松崎に贈られた花ではなかった。

 あの一輪の花は松崎の母が自分勝手であるものも自分の愛おしい夫に贈ったものだった理解した。

 松崎はこの時に思った、自分の母親も自分と同様に心の奥底にこらえきれない想いをあの一輪のリナリアに込めたのではないかと。松崎はそう思いながらぼっーと鏡を見ていた。

「お客さん、終わりましたよ」

「はい。やっべ、ここのお店の料金見なかった」

辰子は松崎の髪の毛をはらいながら笑った。

「お代は結構です」

「だって、こんな時間にお店なんか普通やってませんよ」

 確かに、松崎は先まで時間の感覚をなくすほど酒を飲んでいた。

 事実、松崎は今が何時なのか見当もつかなかった。松崎は自分の頭を整理して辰子を見つめた。

辰子は地面に落ちている松崎の髪の毛をほうきで叩きながら顔をくしゃくしゃとしたような笑いで松崎に微笑んだ。

「得しちゃった。まだ見習いだからなかなか切らせてくれなくて…迷惑でしたよね」

「いえ、とんでもない。また…来てもいいですか?」

「もちろん!」

 それが松崎と辰子の初めての出会いだった。松崎はその日を境に辰子が働くお店に通うになった。

 彼は自分が店に通うのが増えるたびに自分と辰子との仲が深くなっていたのが分かっていた。

出会って六か月後に松崎は辰子を初めて外で会った。そして、月日は流れて出会って六年の記念日の日を迎えた。


 松崎は階段を登り切り加藤辰子が住んでいる505号に辿りつくとドアノブに手をとった。

しかし、彼はすぐにドアノブを回さなかった。彼は自分の鞄にあるものがちゃんとある再確認した。彼は自分の給料でも買えるこの愛の証で自分の愛おしい女性を守ればいいと思った。

 松崎にとってその決して高価とは言えない愛の証は自分を加藤辰子と言う女性への最大の気持ちだった。

 そして、それは精神的な事は肉体的なつながりでも意味をもつものであった。

 松崎はドアノブを持ちながら目に映る光景を受け入れることにした。松崎は自分の母親の経験から一つだけ教訓を覚えた。

「私の恋を知ってください」

 松崎はこの恋を傷つけさせるわけにはいかなかった。彼は自分の心の中で誓った、自分は何があっても加藤辰子を守る事を。松崎は自分の母の経験から恋とは壊れやすいものなので何があっても守らなければいけないと。やがで、松崎はドアをゆっくりと開けた。


 菊池大吾が加藤辰子の自宅に着いたときはすでに雨は止んでいた。だが、その時刻は菊池が本部からあの岡田ファイナンシャルグループの御曹司の岡田信が殺害されたと知らされた朝方の事であった。

 菊池はもう定年を迎えるベテラン刑事なので上のものも気を遣わせて現場への到着時間に余裕を持たせたのではないだろうか。

 菊池からすればいくら自分が六十三の老いぼれ刑事であろうとも、そのような贔屓目は現場の指揮を任させる人間には迷惑な話しであった。

「これからだから、若いのは困る」

「そんな事いってるからそんな風に扱われちゃんですよ」

 菊池の二十年来のなじみの川崎正人は冗談と半値を半々とまじったかのように言った。

川崎は菊池が四十代の頃からの同僚で辛い時も共にしてきた。

警察と言う組織柄、あまり民間人に警察組織内部の名記事と名鑑識など世間には知らされないが、もし知らされる事があるのなら菊池悟と川崎正人は名刑事と名鑑識であり名コンビでもあった。

菊池は自分の知人から貰った数珠の腕輪を摩りながら聞いた。

「で、現場検証は?」

「被害者は岡田信、三十二歳。多分ですが、菊池さんも知っている通り被害者ですが、岡田グループの跡取り息子です。現場の検証の結果、彼は加藤辰子およびその第三者とのトラブルの末に脇腹を一刺し」

「第三者? 何でそのこと言えるんだよ?」

 川崎は加藤辰子の家の前にあるテープを潜り、菊池を中へ誘導した。

 現場の様子は極めて酷かった。だが、彼の死体の後はくっきりと血の跡が滲んでいた。この事から岡田の死体が数時間の間も放置されていた事を菊池は推測した。

菊池はさらにある二つの事に気がついた。

 一つは被害者の死体の隣にある一輪の黄色い薔薇であった。もう一つは死体の近くに無数と散乱している数珠の玉であった。菊池はその黄色の薔薇と数珠の玉に近づいた。

 菊池はしゃがみ、数珠の玉をひとつ摘まんだ。そして、菊池は自分の数珠を摩った。

 「犯人は誰なんでしょうね? こんな、大財閥の跡取り息子を殺すなんて」


 加藤辰子は鏡の前で自分の黒髪を切っていた。この黒髪は加藤辰子にとって極めて重要の意味をもっていた。

その黒髪は自分を六才の時に別れた実の母との唯一の繋がりを意味した。

 事実、辰子は幼い頃の自分の母親の長い髪型がとても好きだった。なので、彼女は自然と自分の母親の髪にあこがれもっていた。

 そして、彼女が自分の髪を美しく黒く保ち長くする事により自分の母に会えるのではないかと信じていた。

 辰子は公園の公衆トイレから出って松崎の下にゆっくりと歩み寄った。

しかし、松崎は公衆電話から誰かを電話していたようだった。松崎はひどく焦っているように見えた。無理もないのかもしれないあのような事が起きたばかりなのだから。

 辰子と松崎は松崎が借りたレンタカーに乗って公園を離れた。辰子の髪は前の美しい長い髪型とは違いショートボブになっていた。

 その事は辰子にとって母親との繋がりの決裂の意味をした。やはり、自分の憧れの髪型であったので少しは悲しい状況であるがこんな緊迫した状況なので仕方がなかった。

だが、もう一度でいいから自分の母親と会いたい。

 松崎はハンドルを回し首都高速に入った。辰子は助手席に座りながらいろんな看板やビルを見ながら自分に関わる古いフィルムが再生された。

 加藤辰子は秋田県に小さな町に生まれた。彼女は生まれたときから町中の人々が羨むくらいの美貌の持ち主だった。

 そして、彼女の母親も正真正銘の秋田美人であった。辰子はそんな美人な母親が大好きであった。辰子と辰子の母はよく近所の公園まで散歩にいった。

 二人はその公園で知らないものはいないほど人気者だった。しかし、そんな二人にも知られたくなかった事が一つあった。それは辰子の父の事であった。

 辰子の父親は辰子の母親が辰子を身ごもっていたときに刑務所に入った。

いや、どっちらかと言うと、入れられたと言うのが正しいのかもしれない。

 本当の事を言うと、辰子の父親は辰子の母親と釣り合うほどの容姿を携えていなかった。

 彼には誰にも負けない特別のものがあった。しかし、誰もそれが何なのか説明が出来なかった。

だが、それを唯一理解したのが辰子の母親であった。辰子の父親は辰子の母親か見てどの人物よりも超越した優しさを持っていた。

 しかし、その優しさも時には誤解を招く事もあった。辰子の父親は他人の過ちや弱さまでも優しさで包むような人物であった。そんな二人が結婚を決めるのはそう時間はかからなかった。

 結婚生活も順風満帆にいっており辰子と言う命を授かった頃に事件は起きた。

辰子の父親は臨月を迎えそうな辰子の母を気遣い公園へ散歩する事を進めて。いつもならこのような優しい心遣いに二つ返事で返答するところが今日という日は何故か違っていた。

だが、辰子の母親はしぶしぶと自分の夫の誘いに応じた。

 辰子の母親と父親はまだ子供の顔、名前、そして将来はどんな子について話した。

日は暮れて、二人は軽く夕食を済ませてから家に帰った。その時だった、この家に不幸という名の鐘が鈍く響いたのは。

 辰子の父親は夜も暮れて寒くなってきたのでタクシーを呼ぶことにした。

 辰子の父親は辰子を路地裏の温かい安全な所で待ったせたタクシーを拾いにいった。しかし、タクシーは思っていたよりも簡単には拾う事は出来なかった。

 やっとの思いでタクシーが捕まったのが三十分後であった。辰子の父親は辰子の母親を長いこと待たせたのを気悪く思い駆け足で戻った。だが、すでにその時は遅かった。

 辰子の父親が辰子の母親が待っている所に戻ると、辰子の母親は地元では有名なごろつきに囲まわれていた。

 いつの時代でも人より目立つ人間は誰かに妬まれるものだ。しかし、今回は少しだけ状況が違っていた。

 「加藤さんの奥さん~ いつになったらお店への謝金返してくれるんですか?」

 「あれはお客さんの借金で…私はお店から足を洗いました。第一、またですか? 先月で全て払ったじゃないですか?」

 辰子の母親は辰子の父親と出会う前にクラブで働いていた。それは自分の大学費用を稼ぐために仕方なくやっていたことだが、辰子の母親の美貌で彼女はすぐにお店での稼ぎ頭になった。

 だが、そのこともあり辰子の母親は働いている店から嫌がらせされ続け苦しんできた。辰子の母は、客のツケを背負わされていた。

 その事も全て受け入れるのが辰子の父であった。

 辰子の父親は辰子の母親の周りのごろつき達をかき分けて、彼女の手を取りその場を立ち去ろうとした。

 「気にする事はないよ。僕がいつでもそばに着いてるからね」

 それが辰子の父親が辰子の母と辰子に夫として父親として言える最後の言葉であった。

 二人が立ち去ろうとしたその瞬間に若いチンピラの男が辰子の母親の腹部を蹴りあげた。

 辰子の母親はすぐさま地面に倒れ込み叫んだ。その時だった辰子の父親は人生でこれほどにない怒りを感じたのは。

 辰子の父親はそのチンピラを勢いよく壁に押し付けた。だが、不思議とチンピラは体の力が抜けて地面に倒れた。

 辰子の父親はチンピラを押し付けた所を見るとちょうど頭の所に五センチ以上のボルトが出ているのを目撃した。辰子の父親は自分の手で誰かを殺してしまったという事に恐怖を覚えた。

 辰子の母親を囲んでいるチンピラ二人は怒りをあらわにして刃物を突き出してきた。辰子の父親は混乱で何をどうすればいいのか分からなかった。やがて、警察が駆け辰子の父親は捕まった。

 辰子の父親のおかげで奇跡的に母子とも安全であった。

 だが、辰子の母親にとってその代償はあまりにも大きかった。

辰子の父親は辰子の母親をかばったさいに二十数回も背中他のごろつきに刺された。

 そのため、辰子の父親はあと数分おそかったら命はなかった。それよりも深刻なのが精神だった。

 松崎の父親はもはや前のような人ではなかった。自分の中の恐怖と苦しみに打ち勝つことは出来ずに刑務所の中でも食器を投げる網を蹴るなど様々な暴行をした。

辰子の父親は変わってしまった。

 辰子の父親が精神的に苦しんでいるさなかに辰子は生まれた。

 生まれた辰子を連れて辰子の母は辰子の父に面会しにいた。辰子の父は生まれてきた我が子を見て大喜びしていた。

 しかし、辰子の父親はもはやそれを感情として表現するほど精神が残っていなかった。

「ガラス越しでいいから触ってみてよ」

 辰子の母は精一杯のほほえみをして辰子の父親に言った。辰子の父親はガラス越しに自分の手を添えようと思った。

 だが、辰子の手を見ていると自分はこの命を守るためとはいえ一人の人間の命を殺してしまったと考えてしまう。

 その時だった、辰子の父親が全ての力で辰子に向かって微笑んだのは。

 辰子の父親は自分の全ての力を使い辰子に何かを最後に伝えた。その結果、辰子の父は何かから解放されたのか尽きたのか彼は「無」になった。

それは優しさも怒りも全てをから解放されるという代価に全ての記憶を忘れた。

 辰子の父は感情をもう持たないもの最後に本当の意味での父親らしい事を生まれた娘に託せた気持であったのではないか。

 辰子の父親は自分の娘の幸せを願い、愛する人と辰子の基を離れた。「犯罪者の娘」とは決して呼ばれて欲しくはなかったからである。

 そんな夫の事をいつまでも忘れないために辰子の母はあえて名字は変えなかった。

 その事によって一緒にいる事は出来ずともつながりを保つことができると信じていた。それがどんなに町の風当たりが強くても。もちろん、秘密は秘密であるが恥じる秘密ではなかった。

 辰子の母親は辰子がいじめられるではないかと思い、二人だけの秘密にしていた。いや、家族の秘密なのかもしれない。

 

辰子はレンタカーの窓の景色を見ながら思った、人間はなんでこんな母からの辛い家族の話を思い出すのだろうかと。辰子は思った、どうせ思い出すなら、もっと学生生活やお店の同僚と飲み明かした夜などを思い出したい。

 ただ、辰子は一つだけ今の事から確信したことがあった。それは自分の名前の由来に恥じないような女性になることであった。

それがどれだけ由来がなった人物が待ったかのようでも。

「気分を変えるためにラジオでもかけようか?」

「うん、そうしてくれると嬉しいかも…」

 松崎はそう尋ねると辰子は小さく頷いた。松崎は適当にチャンネルを回して適当に音楽のラジオ番組に合わせた。音楽は続いていたが辰子と松崎の間に長い沈黙が流れていた。すると、音楽は止んでニュースが流れてきた。

「今朝の未明に岡田ファイナンシャルグループの親族の岡田信さん、三十二歳が殺害されました。尚、犯行現場の刃物から容疑者は加藤辰子さんであり、逃走中のようです。」


 松崎と辰子はやっと目的地である秋田に着いた。それは辰子にとっての故郷であった。だが、松崎と辰子はまだ真の目的地にはついてなかった。

「これからどうするんですか?」

 辰子は線の弱々しい声で松崎に尋ねた。

松崎は辰子のこの震えるような小さな声が好きだった。辰子がこれからどうするかには理由がいくつかあった。一つは辰子が行き望んでいる場所は  

 朝方にしか行けず、今は夜だということ。

もう一つは先ほどのラジオの報道を考えるとどこに泊まるかである。松崎は一晩をレンタカーで過ごすのもアリかと思ったが、もしレンタカーの番号が警察に指名手配されていたのならどこかで乗り捨てた方がましだと思った。

 松崎は辰子の指示を受けて目的地に近い街に向かって車を乗り捨てた。車から乗り下りると松崎と辰子は懸命に泊まる場所を探した。

 だが、やはり到る場所にニュースは流れていて泊まる場所を探すのは困難を極めた。松崎はホテルと警察が繋がっていると考えてできるだけ安くて誰も利用しない民宿を探す事にした。

 松崎は辰子の手を引っ張りながら途方に暮れながらさまよった。そんな時だった、パトロールをしていた若い警察官が訪ねてきた。

「どうかしましたか?」

「…いえ、なんでもありません」

 松崎はそう言うと急いでその場を立ち去ろうとした。だが、その若い警察官は手帳に何かを記入してトランシーバーで何かを伝えた。

 松崎は慌ててその場を立ち去った。だが、松崎はどこに行けばいいのか分からなかった。松崎は辰子の手を取りながら必至に走った。そんな時だった、松崎の救いの声がしたのは。

「こっちだ。早くしろ!」

 松崎達の視線の先には作務衣を着た老人がいた。松崎ははたしてこの老人を信じるべきかどうか迷った。だが、松崎は信じるほかなかった。

 老人は警察官にばれないように必至に二人を自宅がある路地で必死に誘導した。

 松崎たちは老人の指示通りに動き何とか警察の目を掻い潜って老人の家に到着した。その老人の家は小さな民宿を経営しており小さなお寺もあった。

「どうして、僕らなんかを」

「君らが町中うろうしている噂がね。こっちは見ての通り客なんかここ何年来た試しがないからな」

「でも、僕ら、、、」

「泊まりたくないのか、泊まりたいのかはっきりしろ」

「泊まらせていただきます」

「よろしい…他人の苦労は自分の苦労」

「はい?」

「インドのことわざだ。覚えとけよ。」

 時刻は夜の十二時を過ぎようとしていた。松崎は体力的にも精神的にも疲れ果てている辰子を先に布団に寝かせた。松崎は民宿の隣にある小さなお寺にいった。お寺は小さいが伝統を感じさせる立派なものだった。

 松崎はお寺の階段に座りながらいつものあいつが何かを問い掛けるのを感じた。

 松崎はその得体の知れないものが何かを問い掛けてるのかを感じることはできたが、その問いが何なのか分からなかった。

 無論、その問いの答えも分からずにいた。頭を抱え込んでいる松崎にあの老人が歩み寄ってきた。

「明日はどこに行くつもりだ?」

「僕は分かりません。ただ、連れの思い出の地に行くみたいで、どうしても朝じゃなきゃだめみたいなんです」

「『連れ』って名前はこの世に存在しないぞ。お嬢さんの名前は何て言うんだ」

「辰子です」

 老人はその名前を聞くと途端に全てを分かったように笑い出した。

「それじゃ、行くのは田沢湖だな」

 松崎はその名前を聞いても全くピンとこなかった。

「実は、そこはお父さんとお母さんが昔デートで行ってところなの。言いたくないけど、最後になるなら…」と辰子は本音をやっともらした。

「今日はもう遅いからおあがり。」とお坊さんは深優しく言った。

「わかったらなら、早よう寝ろや」

 松崎達はその老人の言うとおりに明日に備えて床に就いた。


10

 松崎と辰子はやはり田沢湖にいた。二人は老人に無理を言って田沢湖まで運転してもらった。

 老人は運転している最中になんでこんな朝早く運転しなきゃいけないんだと散々と愚痴ったが、決まっていつものセリフを言った。

「他人の苦労は自分の苦労」

 松崎と辰子はボートを借りて田沢湖の真ん中に浮かんでいた。松崎は時が止まるような感じがした。そして、松崎は大の字になり自然を感じた。

辰子は体育座りで松崎を見ている。重たい口を開き、辰子はしゃべり始めた。

 「ここは私が最後にお母さんと来た思い出の場所なの。お母さんが来た時に言ったの『なんかあったらここにおいで、心のやさしいお父さんのことを思い出して』って」

 松崎はその時に自分の名前があの辰子姫を救った別の湖の主の八郎太郎から来ていることも。

そして、彼はある言葉を思い出していた。

「ねえ、八郎さん助けて…」

 すると、あることが辰子の脳裏をフラッシュバックした。

  

    *    *    *    

 

「お前、いつも、いつも、何やってるんだよ」

「君が八郎君か? こんりんざい辰子さんに近づくな!」

「お前こそ客の立場を利用して店に掘り媚びやがって、しまいにはマンションにまで来るストーカー野郎じゃねかよ。あのエントランスの壁紙を見ろよ」

「君、正気かね。まあいい、父に話して警察にはパトロールを強化してもらうようにするよ」

「警察に来てもらうのはお前だよ」

「いやー! やめて!」

「大丈夫だよ、辰子。俺がこんなストーカー野郎これで一発だ」

「やめて!! お願いだから」

「そうか、お前の手でこいつに制裁をくらわすよ? そうだよな、長いこと怖かったもんな」

「止めるんだ。僕なら大丈夫だから君は逃げて!」

「辰子に同情を買わせようとしてるんだな。大丈夫、辰子がやらないのなら俺がやるから」

「いやあああ!!」

「辰子さん止めるんだ…。止めるんだ…だ」


   *    *    *


そんな時、沖の方からパートカ―の音がした。そして、菊池警部がスピーカー越しに喋った。

「加藤辰子容疑者、岡田の殺人未遂で逮捕します。」

 松崎は咄嗟に辰子を掴みあげて鞄の中に忍びもませていた包丁を首元に着きつけた。そして、彼は辰子の耳元に囁いた。

「君は誰も自分の手で殺していない。全て俺に指示された。ここに来たのも、何日間の間も逃亡していたのもすべて俺の指示だ。俺も岡田も邪魔で計画的に殺そうとして君は反抗できずに俺の指示を受けて刺した。無論、君は誰も殺してもっいなければ、殺そうともしてない。わかったかい?」


11

 メデイアでは、松崎と辰子のニュースを騒がせた。なぜなら、あの大手グループの跡取り息子の死を報じた。その多くは、松崎の死刑が固いと報じた。

 辰子は仕事をしばらく休んだがちゃんと復職して立派な美容師になった。だが、裁判の際では発言は松崎が囁いた通り自分は誰も殺す意思はなく全て松崎の指示であったと言った。辰子はその事がどこか気がかりなようすだった。

 月日は流れ、岡田信の父は裁判に勝ち松崎はやはり死刑が言い渡れた。

 だが、その前日に松崎は父親代わりのような菊池に頼み辰子に髪を切ってもらう事をお願いした。

 菊池は定年していたが長年の功績を考慮され許可が下りた。松崎は座禅を組みながら辰子を待っていた。松崎はこの日の為にあえて髪を伸ばしていた。そして、十何年前とは考えらないほど彼は痩せこけていた。

 次第に、辰子が特別室にやってきた。辰子は相変わらず、その美貌は変わっていなかった。

 「久しぶり...結婚したんだね…良かった、君にちゃんとした八朗太郎が現れて」

 「うん…。嘘よ。私はあなただけを…」

 辰子はすこしだけ笑い、鋏セットとエプロンを取り出した。

 辰子はエプロンを松崎にかけ、昔の松崎の髪を切った時よりも数段早く美しく今の松崎の髪を切った。

次第に松崎は心地の良い気持ちになった。そして、あるセリフが脳裏に聞こえた。

 「八郎、私の恋を知って。」


12

 その後に奇跡が起きた。

 八郎は釈放となった。

 なんと、松崎が数年の前に、向日葵と傘を交換した幼い女の子がある新しい証言を警察に言った。

 それは、数年の記憶からテレビのニュース番組に無頓着だった、今はもう中学生の女の子が警察にある事を言った。

 そう、それは偶然にも向かいのアパートに住んでいた事がきっかけだった。その少女の証言で、全て松崎疑われていた殺人は、全て岡田信の死は謎のベールが剥がれた。

 岡田信の死は、完全な事故死だった。少女がたまたま、ベランダで目撃した時に見た事はこのような事だった。松崎と岡田による喧嘩で、岡田が包丁で威嚇をしようとしているように最初は見えた。だが、次第に岡田信が自分を刺そうとしているところに、必死に止めに入るとした辰子だった。

 無論、密室だったため目撃証言が少なくなった。

 その向日葵の花の少女の証言により、今回の事件の真実が認められたのだ。そうして、最高裁の裁判官の結果により判決は変わった。そして、八朗太郎は死刑執行の直前のギリギリで釈放が認められた。

 


13

 松崎は、久しぶりに新鮮な空気を吸って心が緩んだ。全てから、解決したのだ。そして、青い晴れた空を観ているところに綾子が走ってきた。

 綾子はひどい息切れをおこしていた。そして、汗を流していた。ポケットからある物を取り出した。

それは、木の指輪だった。

「これはなに?」

「だから、わからない? プロポーズだよ!」

「はい? 女性が? そんなのありえるの?」

「これからは、多様性の時代よ! 孤独は人が強くなる時代。あの岡本太郎先生も言ってたはずよ。 そして、一回しか言わないから良く聞いててね!」

「はい…」

「この縄文杉の木のように千年以上続くカップルになりましょう! いいえ、なります!」

「 なんだよ、それ? じゃあ、僕からの答えは…もちろんですよ! 千年は短すぎるから何億年も続く伝説のカップルになろう。いや、なる!」

 そうして、二人は何十年かぶりのハグをして、二つの縄文杉で作られた指輪を交換したのでありました。そして、二人は愛を誓った。

 やがて、ニ人だけで結婚した。


おわり。




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罪の行末 ジョセフ @joseph0411

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