第3話

「カワイイ」

黒のワンピースを着た幻はベッドに寝ている霊体の庵を見て機嫌良く笑っていた。庵は元の大きさに戻り規則正しい寝息たてていた。半透明でなければ、生きている時と変わらなかった。

その時、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開いたが幻は庵から視線をそらさなかった。

「とりあえず、今日は終わり」

「そう」

素っ気なく答える幻に、想ため息をついた。

「あのさ、まほちゃんが言うから勇樹君の指導をしてあげたんだよ?」疲れたと言わんばかりに乱暴にソファに座った。

「どーもアーンド今後もヨロシコ丸」

「……」

「そんな顔しないでよ。勇樹は大切な手がかりでしょ」ニヤリと笑い、幻はクルリと想の方を見た。

幻は少し考えてから、人差し指をたてゆっくりと左右に振った。

「勇樹はね。悪魔と契約しているよ」

その瞬間、想の目は大きく開いた。彼の興味を引けたことに幻は嬉しそうに笑った。

「やっぱり?」

「気づいてた?」チラリと幻は庵の様子を見るとすぐに視線を想に戻した。

「うん。傷の治りが早すぎる。だから、技を使って見せてあげた。契約者なら境域も教えてあげたいね」

「え」幻は心配そうな顔をした。「魔力使ったの?」

「大丈夫だよ。勇樹君の魂は守ったから痛みだけだよ。大体、私の境域だからね」

 ヘラヘラと笑う想に幻は眉を寄せて頬を膨らませた。

「兄さん自身こと。心配してんの」

「私? アハハ。そろそろ限界かも」

「……怒るよ」

幻は想を睨みつけた。すると、困ったように笑って頭を触りながら謝罪した。

「まぁ、封霊甕と黒鉄雄路をなんとするまでは頑張るよ。勇樹君の身体探し手伝いながら探るよ」

想は膝に手をついて立ち上がると、幻の頭を優しくなぜた。

「無理しないでね」幻は想に手を振った。

「これでも佐伯家の当主なんだよね」

想は手を振り返しながら、部屋を出た。その足で、勇樹を寝かした部屋へ向かった。勇樹は想が入室しても気づかないほどぐっすりと寝ていた。

その時とバイブ音が聞こえた。

「勇樹君のか?」そうつぶやき彼の鞄からスマートフォンを取り出した。それを見て少し考えた。「庵海斗か」

スマートフォンには、〝母〟と表示されていた。想は躊躇することなく電話に出た。

「はい。初めまして、私は庵海斗さんの同級生、佐伯幻の兄で佐伯想と申します」

想が、穏やかな声で名乗ると庵の母は戸惑ったようで次の言葉がなかった。想はどうしようかなと思いながら、ゆっくりと口を開いた。

「海斗さんですが、妹の幻と帰宅途中に体調を崩したようですので家で休んで頂いています」

母は慌てた声を上げて迎えに行くような事を言った。

「場所は……」

迎えに来られると面倒くさいと感じた想は寺の名前を伝えると共に彼がももう少し滞在できるようお願いした。母は寺の名前の驚き、こちらが明日送り届けることで承諾した。

丁寧に挨拶をして電話を切ると「寺の知名度が信頼度ってすごいね」とため息をついた。

「何が?」

不愉快そうな顔をして勇樹がベッドに座っていた。それを見て、想は穏やかに笑うと持っていたスマートフォンを投げて渡した。

「……なに?」彼はそれを落としそうになりながら受け取った。百を超える母からの着信をみて引いたようであった。「庵のか。あ、権藤からもたくさん着信がある。モテるなぁ」そう言って、勇樹は面倒くさそう電話を鞄の方に投げた。すると、ちょうどスマートフォンは鞄の中に入った。

「もっと何かないの?」想はヘラヘラ笑いながら勇樹の近くに来た。「こんな時間になっても帰らないから不振に思ったでしょ。それをフォローしてあげたんだよ?」

「こんな時間……」ふと、ベッドの奥にある窓を見ると外は真っ暗であった。

「まぁそんなことはいいんだけどね」想が勇樹の横に座った。「聞きたいことたくさんあるんだよね」

彼は顔を顰めて想から離れた。

「えーなんで?」っと不満そうな顔する想に、勇樹は眉を寄せて更に距離を置いた。

「……」

「なに? なに? もしかしてボコったこと恨んでいる?」

「いや、別に」

想は一気に勇樹との距離を詰めた。勇樹は壁まで追い詰められて動けなくなると、想を睨みつけた。

「もー、そんなに怒らないでよ。一緒にお風呂まで入った仲じゃん?」

「へ?」

その瞬間、眉間の皺がなくなり目が大きく開かれた。彼の近づき、顔を近くで見ると面白いと感じた。庵の女の子みたいな可愛い顔に、勇樹のごっつい顔が重なっている。

「あれ? 覚えてなの?」笑いそうになるのを抑えながら想は言った。「まぁー、三歳くらいからほとんど会えなくなっちゃったからしょうがないかな……ってもう」

 想は噴き出すように笑った。それに、勇樹は目を細めてまるで奇妙な物でも見るような目で彼を見た。

「なに?」

「いや、庵君の可愛い顔に超男な君の顔が重なっているから滑稽で」

「そうか」勇樹は呆れた顔をしていた。

「そんな顔しないで。でさ、さっきの手合せどうたっだ?」

「面白かった。またやろう。あの、技も見せてくれありがとう」

勇樹は目を輝かせて想を見た。さっきとは全く正反対の態度であった。

「君ってヤバいね」

 フルボッコにした相手に感謝され驚いた。さっきも怪訝な顔をしているから嫌われているか恨まれているかと思っていた。

「え?」

「いや、部屋入った時警戒していたから怒ってるのかと思っただけど、違うの?」

「あ、電話が面倒くさかったのと、センセイ聞きたいことっていったから戸惑った。別に嫌ってねぇよ。むしろ、いろんな戦い方見せてくれて感謝してる。すげー面白かった」

「そう」

 想は戦闘中の彼の顔を思い出して期待感で身体震えた。

「聞きたいことって?」

勇樹はニコリと笑うとあぐらをかいて想の方を向き直った。そんな彼を見ると年齢相応だと感じ心暖かくなった。

「まず、身体はなんともない?」

「あぁ」頷きながら勇樹は自分の身体をみた。そして、何か気づいたように顎に手を当てた。「それが変って話?」

「察しがいいね」

「悪霊と戦った時は疲労感だけだったけど、センセイにやられた時骨いったと思った。けど……今なんともねぇ」

勇樹は自分の手をじっと見て、握ったり開いたりした。

「数ヶ月は動けない程度にボコったつもりだったんだけどね。最後の技も手加減したといえ普通はしばらく目を覚まさないよ」

想が軽くいうと、勇樹は「ひでーなぁ」と笑った。自分を攻撃した相手にそういう態度を取れることに想は驚いた。

「まぁ、俺が弱かったからしょうがねぇ」勇樹は手から想に視線を移した。「で、ソレがなんでかわかんの?」

「心あたりないの?」

「うーん」勇樹は腕を組んで考え始めた。「なんだろー。色々ありすぎて。霊体になったから? コイツの中に入ったから? 」

「君は死んでからかなりたつよね?」

「霊体って、死んですぐなるもんなのか? 俺さ、気づいたら霊体だったんだ」勇樹は眉を寄せて首を傾げた。「それで奇妙な奴にであったんだ」

その瞬間、想の目がキラリと光った。

「どんなのかな?」

「あ~」

勇樹が悩んでいると、想は髪を解いて黒いフードを被った。髪が顔にかかり、口元しか見えなくなった。

「あー、その人。センセイよりは髪が短いけど。えっと……名前は」そこまで、勇樹が言った所で想は慌てて彼の口を両手で覆った。その時、フードがとれて想の顔があらわになった。

「いい」想は大きく首を振った。「死魔の名前なんて聞きたくないよ」

「なんで?」

「悪魔だから」

声を落として真剣な顔をしたが勇樹には伝わらないようで首を傾げながら口元にあった想の手をどけた。

「ヤバべの?」

「……そうだね」

想は詳しい事を伝えようとした。その瞬間、寒気を感じ身体震えた。背後から圧を感じ動くことができない。

「あれ? あー、ロスじゃん」

勇樹の元気な声が聞こえた。

「あ……名前。しょうがないねぇ」

想は覚悟を決めて、深呼吸をしてから魔力の込めた霊幕をつくるとゆっくりと振り返った。

そこには、空中で黒いローブから真っ白く長い足を出し胡坐を組む長身の男がいた。フードからは金色の髪が見え隠れしている。

「オヒサー、僕ちゃんの噂?」

「噂つうか、俺さ今、めちゃボコられただけど、元気なんだよね。なんでかな?」

死魔の圧がある中、平然と笑って話す勇樹をみて、彼が契約者である事を確信した。

「そりゃ、僕ちゃんと契約したからしょ。ねぇ、想ちゃん」ニヤニヤとした笑いを浮かべた死魔は想を見た。彼は引きつった笑顔した。その様子をキョトンとした顔で勇樹は見ていた。

「彼は元気?」

「馬鹿にしてます?」

「あはは、そうだねぇ」ケラケラと笑う死魔に想は目を細め広角を上げた。「でも、よくあってるしょ? 僕ちゃんは何年だろ? 前にあった時はこの国の民は服装が違ったなぁ」

「聞く必要あります?」

「えー、少しはコミュニケーション取ろうよ。ワザワザ話題ふって上げているんじゃん」

死魔は不満そうに口をとんがらすと「必要ありません」と想は笑ったがその目は鋭かった。

勇樹は話が見えず黙っていると、死魔と目があった。ニヤリと楽しそうに笑う彼を見て顔を顰めた。

「勇ちゃん」そう言って、死魔は勇樹の肩を抱いた。その馴れ馴れしさに驚いたが不思議と嫌な感じはしなかった。「勇ちゃんは、僕と仲良しだよね」

「仲良し……? 会ったばかりだけど」

「何言ってんの? 契約したでしょ。もう一心同体だよね」

「契約って?」

「あー、知らなかった?」死魔がおどけた瞬間に、想が彼を睨みつけた。「そんな怖い顔しないでよ。知っていると思っていたんだもん」

「違反で契約無効ではないのですか?」

「アハハ」想の言葉に、死魔は勇樹から離れると宙に浮いたまま笑い転げた。「庵海斗は知ってんだよね」

「……」

想が目を細めると、死魔は「飽きた」と言ってその場を去ってしまった。

彼がいなくなると想は霊幕を解いた。そして、真剣な顔で考え始めた。笑顔が消え、眉をひそめる想に勇樹はどうしたらいいか分からなかった。気まずい沈黙が流れた。想をじっと見ていると、彼と目が会いバツが悪そうに笑った。すると、彼は小さく息を吐くと眉を下げた。

「起きたことはしかないよね」

「契約って?」

「あぁ」想は小さく頷いた。「悪魔との契約はお互い名乗ることで成立するんだよ。死後の魂と引き換えに悪魔の力を得ることができるんだ」

「死後の魂……」

以前幻にも言われたがピンと来ない言葉だった。魂と言われても見たことがないモノはよく分からない。

「普通は死ぬと輪廻転生と言って生まれ変わるだけど、悪魔と契約したら彼らの奴隷になるってこと。一度霊体になったことある君なら容易に理解できるじゃないかな?」

「うーん……」考えたがあまり想像できなかった。「霊体の状態で奴隷になるのか?」

「そうだね」想はニコリと笑うと明るく言った。「だから、契約時説明が必須になりしないと無効になるはずなんだけど、庵君はその手の話知っていたみたいだね。だから成立できたのかな」

想は口元に手を当てて考え込んだ。

「契約は悪魔側にもリスクがあるし……。人間側が相手が悪魔であること知って名前を聞かないといけないだよ」

「あー、聞いたわ」勇樹は思い出したようにポンと手を叩いた。「俺からアイツの名前聞いた。そん時、〝自分は悪魔〟っていうから、〝それがどうした〟って言ったわ」

「……そう、なんで?」想は呆れた顔をした。「明らかに人外な外見しているよね? 危ないと思わないの?」

「う~、あん時は戦う気満々だったから。名乗れって言った」

「戦う……」鼻息を荒くする勇樹に想はため息しかでなかった。「悪魔と戦うなんてイカレてるね」

「そうか? 逃げられそうになかったしな。どうせやられんなら戦った方がカッコいいじゃん」

屈託のない彼の笑顔を見ると、自然と仕方ないと思えた。

「にしても、アレそういう契約なのか。奴隷かぁー。なにすんのかなぁ。いてーことされんのかなぁ……」勇樹は頭に手をやって、天井を見ながらぼやいた。「まぁいいか、それよりさ」

勇樹は勢いよく、飛び上がると想の前に正座をした。その近さに、想は思わず身体を引いた。

「悪魔の力ってなに? 今の話の流れだとセンセイも契約してんだよね?」

「まぁ」想は小さく息を吐きながら、長い髪を後ろで縛った。

「髪しばった方がいいな。俺も括るか」

そう言いながら勇樹は自分の髪に触れたので、ゴムを渡すとそれで後ろにまとめた。

「おぉ、視界が広い。ありがとう」

「うん」

「で? 悪魔の力って」 

想はこの質問にどうやって答えようか迷っていた。一概に悪魔といっても力は異なる。すると、突然頭の中で声が響いた。

『面白いことになっているな』

『お久しぶりです』

想はその声に、頭の中で静かに返事をした。彼が突然、声を掛けるのはいつものことであるため驚きはしない。

『契約者と関わると良いことはないぞ』

『肝に銘じておきます』

『選択を間違えるな』

そう言うと彼の気配が頭から消えた。

「センセー?」

「うん?」

気づくと、至近距離に勇樹の顔があった。彼は心配そうな顔をしていた。それに驚いたがすぐに笑顔を送り「考えごとをしていた」と答えた。

すると、彼は納得したようですぐに離れてベッドの上で胡坐をかいて座った。

「悪魔の力だよね」想は自分の前に右手を掲げた。それをじっと勇樹は見ている。そして、左手の指をそろえて右手に向けた。

「左手は霊力」そう言うと想の左手を青い光が包んだ。その手を右手に突き刺し引き抜いた。

「え……」勇樹は驚き言葉でなかった。

右手に大きな穴が開き、その穴から勇樹の険しい顔が見え想はクスリと笑った。しばらくすると手の皮膚がうねりだし、穴がふさがった。想はもとに戻った手を動かし勇樹に見せた。

「これが悪魔の力。いわゆる魔力。これは自動的なモノだけどね」

「これかー」勇樹は想の右手を指さして大声を上げた。「これが、俺が今元気でいる原因か」

大きく頷き一人で納得していた。

「そうだね」その声の大きさに想は耳をふさいだ。「あとは……」

想は、すっと浮き上がった。

「飛べんのか? 俺もできるかな?」

勇樹は胡坐をかいたまま、飛び跳ねたが数センチ浮くだけで浮き上がる気配はなかった。

「目を閉じて」想は勇樹の腹部を刺した。「お腹のあたりに黒い気配を感じない?」

勇樹は言われた通りに、目を閉じた。

「あー、この前と同じか。でも、あれ? こうか?」

唸りながら、ぶつぶつと言っているのが面白くて想は思わず吹き出しそうになった。その瞬間、勇樹は浮き上がった。

「わぁ、すげーマジ」

浮いた瞬間に暴れたのでバランスを崩し後ろに倒れてしまった。そのため、胡坐をかた足だけが浮いて頭がベッドについている。

「なにこれ? どーしてこうなるんだ?」

「イメージだよ」

「練習しねぇーと」と言いながら勇樹は起き上がった。

「そうだね」

「そうだ、センセイ」勢いよく起き上がると、胡坐をかいている足に手をついて前のめりになった勇樹は期待に満ちた目で想を見た。「明日、また戦おう」

「……戦うの?」

「おう、センセイに勝ちたい」

「私は強いよ。容赦しないよ? フルボッコにするよ」

「大丈夫だって、俺さー。怪我すぐ回復するみてーだし」

「……そうだね。でも、過信はよくないよ。悪魔の力は負の力だ。限界がある」

 心配そうな顔をする想に勇樹は顔を顰めた。

「だったら余計に、強くならないと」

「そうだね」

想は勇樹に断りを入れると部屋を出た。真っ暗な長い廊下を見ていると、廊下の電気がつき、膳を持った使用人があらわれた。彼は想に挨拶をすると勇樹の部屋に入っていった。見慣れた光景であるはずだが、いつもと違って見えた。

その時、背後から見知った気配を感じて振り向いた。そこにいたのは妹の幻であった。

「楽しそうだね」

「そう」

「勇樹は面白いでしょ」

「狂っているね。あれだけボコったのに、明日また戦いたいってさ」

それを聞いて幻は「いいね」と楽しそうに笑った。「そんなこと奴、はじめてじゃん。まぁ、勇樹ならそう言うよね。彼は貪欲だよ」

「そうだね」

「そうだ、庵海斗はこれから佐伯の家に住むことになったから」

「え?」

 幻の突然の言葉に想はまたかとため息をついた。ニヤリと黒い笑いを浮かべる彼女に何も言う気は起きなかった。

「わかった」と言い幻に笑顔を送ると、想は部屋に戻った。

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