第2話

大きな寺の前に勇樹と幻は立っていた。

「本堂じゃないよ。こっち」と幻に手をひかれて、寺の裏に向かった。そこには大きな門があった。

「前は一軒家だったよな。それにここだっけ? 引っ越した?」

以前と違う様子に勇樹は驚いて周囲を見渡した。

「そうだね」

門を潜ると、そこには広大な森が広がっていた。都内とは思えない広さに驚き足を止めると、早く進むように幻に手を引かれた。

「すげー広いな」

「まぁね」

しばらく行くと、大きな蔵があった。幻は南京錠を外し蔵の中に入って行った。古びた蔵の中はかび臭いかった。幻はそんなことは気にせずにどんどん進んで行った。勇樹も周囲に気を取られながら、幻から離れないように着いて行った。

「えっと、確かこの変かな」

幻は足を止めると、横にある棚を覗き込んだ。

「あった。これ」

「へ?」幻が出してきた物を目にして、言葉を失った。それは、リードのついた犬の首輪のようであった。驚いている勇樹を気にせずに、幻は真面目な顔で勇樹を見た。

「霊体と肉体が長期間離れているとマズイだよ。そのうち消えちゃうからだから、これで捕まえておかないと」

「それって、俺の身体もマズイじゃねぇ?」

勇樹が焦った顔をすると幻は眼鏡の淵に手を当てて考え込んだ。

「庵君の身体に入った昨日でしょ? 君が死んだの結構前だし。なんで消滅しないだろう」

幻は首を傾げた。

「そうだ、お前なんで死んだ俺と再会して嬉しいとか庵の身体に入ってむかつくとかないんだよ?」

「うーん」幻は少し困った顔した。「そりゃ、死んだのは悲しかったけどニ年も前の話だし。別に君をずっと思っていたわけじゃないから」

「ふーん」

友人だと思っていた分、彼女の言葉に少し寂しさを感じた。別に、毎日泣けって話ではないが再度出会えたことを喜んでほしいとは思った。

「そんな事より、庵君よ」気合いを入れて、首輪を握る彼女を見ると自分の考えが馬鹿らしく思えた。

「探すたって、どうやって。アイツどこでもいけるんだぜ」頭をぼりぼりとかきながら勇樹が言うと、幻はニヤリと笑った。

「簡単だよ」と言って幻は手を広げると勇樹に抱き着いた。

突然のことに驚いて固まっていると幻の後ろから庵が現れた。彼は真っ赤な顔をしている。その瞬間、幻の目が光り、身体をひねりと庵の方を向き、庵に首輪を彼につけた。それはあっという間の出来事であった。

「なんだよー。これー」首輪をつけられた庵はそれを取ろうとして大騒ぎをしている。

勇樹が幻を見ると、彼女はいたずらっ子のように笑った。

「庵君はね。私の事が好きなんだ。いつもどこかで私を見ているんだよ」

「ストーカーかよ」

「ふふふ」幻は嬉しそうに笑いながら庵の首輪についたリードを引っ張った。すると、真っ赤になった庵が近づいた。「私が男の子と仲良くすると良く真っ赤な顔をして出てくるだけど。それだけ。好きだとも自分のだとも言えずに逃げちゃうんだよ」

まるで玩具のように庵を自分の前まで持ってくると庵を抱きしめた。

「え? なに? なんで触れられているの?」

動揺している庵を見て幻は嬉しそうに笑った。

「首輪の力。まぁそんなんなくても、繋がっている勇樹は庵君に触れるけどね」

そう言って羨ましいそうな顔をして勇樹の方を見た。

「はい」

幻は笑顔でリードを勇樹に渡した。彼が手を出さず困った顔をしていると幻は人差し指を立てた。

「これは勇樹が持ってないと」

「うーん」勇樹が悩むと庵が逃げようとした。幻に抱きしめられて抜け出すことができなかった。

「僕はやだよ」庵は頬を膨らませて怒っている。「なんで、悪魔契約した奴となんていたくない」

「悪魔?」

幻が、ジロリと勇樹を見た。勇樹は首を傾げて頭かいた。悪魔との契約について思い当ることがなく、悩んだ。

しばらくの沈黙。

それを破ったのは庵だ。

「名前交換しただろ」。

「あー」思い出して、手を打つと幻が目を大きくした。

「何やってんの。死後魂取られて輪廻から外れるよ」

「死後は今だけどな」呑気に返事をする勇樹に幻はため息をついた。

「そうだけど、今後良くないことか起こるってことだよ」

幻は感情的になり、庵を強く抱きしめた。彼は苦しそうな顔をしたが誰も気にしなかった。

「何か変ったことない?」

「変ったこと?」勇樹は少し考えてから答えた。「あぁ、身体が軽くてスピードが出る。しかし、パワーがないから権藤の相手したとき膝痛めたみてぇだけど今は、大丈夫」

勇樹はへらへらと笑いながら、ずっと黙っている庵の方を見た。目が合うと彼は不快そうな顔をした。

「権藤と戦うなんて無茶だ」小さな声で庵は言った。

「ムチャじゃねぇー」と声を大にして言った後、勇樹は言葉をとめた。「まぁ、確かにいつもは数発蹴りをかませばいけんだけどな。蹴りで倒すのはこの身体に負担だったみてぇだな」

「いつも?」庵は眉をひそめた。

「あぁ、アイツよく絡んでくんだ。俺のこと大好きみてぇだな」

ゲラゲラと笑う勇樹を庵は目を細めてみた。その会話を聞いていた幻は大きくため息をついた。

「コイツは幼い時から喧嘩ばかり。細みだったけど長身で筋肉質だから凄まれると威圧感があったんだよね」

「そうなんだね」

幻の言葉に庵は表情が緩んだ。砂糖を吐きそうなくらい甘い雰囲気に勇樹は眉をよせた。

「なんで、こんなの好きなんだ?」

「こんなのって」即座に幻が勇樹の言葉に反応して睨んだが、彼はそんな彼女を無視した。

「……好きなんて。そ、そんなことは……」

庵は顔を真っ赤にしてうつむいた。彼の長い髪がタラリとたれ顔を見えなくなった。わかりやすい態度をとるのに、隠す意味が勇樹には分からなかった。

「なんで、隠すんだ?」

「……」庵は怒った顔をしてその場を離れようと飛び上がったが、幻の腕からはやはり抜け出すことができなかった。「ぐぅ」苦しげな顔をして、庵は勇樹を睨みつけた。

「はぁ? 俺は何も悪くねぇよ?」

「全部お前のせいだ」涙目をして庵は訴えたが、勇樹に首を傾げた。「伝えるつもりなんてなかったんだ」

「なんで?」

「振られるからに決まっている」

「なんで?」

「お前」ワナワナと庵は肩を震わせた。「僕の容姿を見ればわかるでしょ。女みたいな顔をだし、筋力につきにくいし……」

「ふーん」勇樹は、幻を見た。「お前、こーゆー顔を好きだよな」

「まぁね」と言った後、幻は大きくため息をついた。「でも、勇樹が入った事で萎えた。庵君は人を馬鹿にしたような顔をしないし、表情が柔らかいだよ。今は、別人」

「そうか」

素っ気なく返事をする勇樹に幻はフンと鼻息を荒くした。

「性格が顔に出るってのは、本当。今ははとても悪い顔している」

「俺の性格がいいわけねぇーだろ」悪態をつきながら、勇樹はチラリと庵を見た。

彼は、赤くなりもじもじとしていた。その様子に勇樹は苛立った。

「あんだよ。言いたいことあんなら言えよ」

「いえ……その……」勇樹に睨まれたことで庵はビクリと身体を動かした。

「ちょっと、誰もがあんたとは違うだよ」幻が優しい笑顔を向けると庵は更に赤くなり下を向いた。「庵君はガラスハートなの」

「そーかよ」

勇樹が投げやりな態度を取ると、庵は小さな声で「佐伯さんは僕のこと恋愛対象として見てるのかな」と言った。

すると、ニヤリと笑った幻が庵の顔に自分の顔を引き寄せた。顔が近くなり鼻同士がくっつきそうな距離に庵は動揺した。全ての毛穴が開きそこから汗が噴き出た。

「知りたい?」

楽しそうな幻に庵は頷いた。彼は幻の綺麗な顔が近づき心臓が飛び出しそうなのを抑えたため頷くのが限界であった。

「じゃ、身体に戻って告白してよ」

「でも……それじゃ」

不安そうな庵に幻は「いい返事するよ」と言った。その言葉といたずらっ子のような表情に庵の心臓は撃ち抜かれた。

「うん。僕、アイツの身体探すよ。それで、元の身体に戻る。待ってって」

気合いを入れる庵に幻は嬉しそうに笑った。

その時、扉の方でガタリという音がして勇樹は警戒し戦闘態勢に入った。

「あはは、そんなに殺気だたないでよ」

へらへらと笑いながら長身の男が入ってきた。細身であるが筋肉がしっかりついている。黒い長い髪を後ろでお団子おり、左右に分かれた首まで長い前髪が歩くたびに揺れていた。

「兄さん」

幻がため息をつきながら、庵を解放した。彼はふわふわと浮きながら兄さんと呼ばれた男性をじっと見ていた。

「私の兄で佐伯想(そう)だよ」

「えー、なんで紹介するの? 勇樹君とは面識あるよ。幼いころ一緒に遊んだじゃん」そう言って想は少し考えるとまたケラケラと笑い出した。彼はあたりを見回すと、庵の存在に気づいた。彼と目が会うと、庵はビクリと身体を動かした。

「あははは」想は庵を見ると腹を抱えて笑った。「何アレ? ペット?」

「ペットじゃないよ。可愛いでしょ」幻は満足そうに笑った。

「なるほどね。アレに私を紹介したんだね」

「そう。庵君は身体を取り戻したら私に愛の告白をしてくれるんだって」

嬉しそうにする幻を見て、想は「ふーん」と言いながら天井付近にいる庵をじっと見た。庵は居心地が悪いようで、視線をそらしていた。

「そのために、勇樹君の身体を探すのかな?」

「そうそう。だから、ちょっと勇樹を鍛えてよ」

幻の言葉に勇樹は目を大きくした。

「だって、勇樹弱いじゃん」

バカにしたように笑う幻に勇樹は「そんなことねぇ」と怒鳴った。天井で浮いている庵は首を傾げていた。

「あはは」幻は勇樹を指差して笑った。「強いと思っているんだ?」

勇樹は権藤に捕まった幻を思い出してムッとした。自分は彼女を助けてあげたのにこの言われように心底腹が立った。

「あはは、もしかして権藤の件のこと言っている? アレは霊力使いたくなかったの」

笑いながら、幻は拳を握りしめて腰のあたりに構えた。拳がぼうっと青く光り輝いているように見えた。次に瞬間、視界が真っ暗になった。

四、己を知る

「う……」

勇樹は頭の痛さで目を覚ました。しかし、目を開けたはずなのに何も見えなかった。

「……」自分の目が見えなくなったのかと思ったが、身体に異常を感じないことからあたりが暗いのかとぼんやり考えた。

「にしても頭いてぇ、アイツ頭に殴られたか」

頭を抑えて、ため息をついた。庵と同じサイズの身体の女子に殴られた位で気絶するのが不思議であった。

「つうから、俺の前の身体でも頭を一発殴って気絶させんのって難しいんだよなぁ。相手によっては殺しちまうし」

考えているうちに頭の痛みが和らいだ。目も暗闇に慣れてきたようで、なんとなく広い部屋だと言うことが分かった。そして、自分自身が薄っすら青く光っているような気がした。

「なんだ?」

手を動かすと何かがあたった。不思議に思い手繰り寄せとそれは紐のようであった。それを引いて見ると「ぐえぇ」と言う声がした。

「な、なにするんだよ」

聞き覚えのある声がした。

「庵か?」

「そうだよ。いきなり引っ張らないでよ」

声は真横で聞こえた。その方向を振り向くとぼーっと光る庵がいた。

「その身体光るのか。便利だな」

「そうかな……。って違う。それは君も同じだし、どうなってるんだよ。真っ暗じゃん。今まで僕達は蔵にいたよね?」

動揺する庵に勇樹は「知らねぇ」と冷たく答えた。大きな声で騒ぐヤツが近くいると自然と冷静に慣れた。

「どうしよう。確か、蔵で君が佐伯さんに頭を殴られたんだよね。そこまでは覚えているだけど。そこからいきなり真っ暗になったんだよ」

「そうか」

自分と似たような記憶を持つ庵に頷いた。彼の言葉から、佐伯兄弟に故意的にここの連れて来られたことは明白になった。

「なんで、なんだよ」庵が不安そうな声を上げた。

それは勇樹も疑問に思っていることであったが幻が「鍛えて」と言っていたのが引っ掛かった。

ここは大きな部屋らしかったが全く音がしない。庵の声だけが響いている所を見ると外部とは遮断されている環境であることは分かる。

「騒ぐと解決方法が見つかるのか?」

余りにうるさい庵に苛立ったが、ここで揉めても時間の無駄と思ったためなるべく冷静に話かけた。

「え……。いや」

「お前、身体取り戻して幻に告るじゃねーのかよ」

「うん……」

「なら冷静になれよ」勇樹は大きくため息をついた。「あんな女のどこかいいんだか」

「え? 君は佐伯さんの魅力がわからないの? 幼馴染みなんだよね?」

庵は驚いて、じっと勇樹を見た。

「幼馴染みつうか………。前は家が近くて」そこで、勇樹は言葉を止めた。きっかけは分からないが気づいたら幻が横にいた。公園で遊んだ記憶がある。地元の小中学校に一緒に通っていた。あの頃も、見ないモノが見えると言う話を彼女はしていたが気にしない自分がいた。

「なら、佐伯さんの優しさに心打たれよね」

「優しいなぁ」ニコニコとして聞いてくる庵に勇樹は困った顔をした。「あのさ。優しいのはお前にだけだ。そもそも俺殴られたし」

「え」庵は勇樹の最後の方の言葉を聞かずに目を輝かせた。「僕って佐伯さんの特別?」

「あー……まぁ、そうかもな」

「じゃ、その告白したらいい返事もらえるのかな?」

「そりゃ、そうだろう。そもそも“待っている”って言われてんだろ」

あの話の流れで断られるかもと言う発想をもつ庵がすごいと思った。

「いや、だって僕、女みたいな顔だし、それに強くないし……。権藤たちにはいつもカツアゲされてたし」

「そういうのがアイツは好きなんだろ。どうせカツアゲも助けてもらったんじゃねぇーの?」

「そうだよ。よく分かったね」庵は目を大きく開いて嬉しそうに笑った。「佐伯さんはいつもカッコよくて、僕のヒーローなんだ。それに……」

「あん?」

「僕と同じものが見え……」そこまで言うと庵は真っ青な顔をして前を見た。

「アハハ……」勇樹は笑いながら目の前のモノを指さした。「同じものが見えるってアレか」

目の前にいたのは、勇樹や庵の何倍もある大きなスライムの形をした化け物であった。

「ご丁寧に光ってくれているので暗闇でよく見えるなぁ」

勇樹は手足を振りながら、立ち上がると横で浮いている庵は「どど、どうしよう」と怯えていた。

「あん? 倒すんだよ」勇樹が手を鳴らし、軽くジャンプして準備運動をした。それを見て庵は涙目になった。

「な、なんで、君はそうなんだよ。権藤たちにも立ち向かうし」

「やらなきゃ、やられんだろーが」

「怖くないの? そもそも、ソレ僕の身体だよ?」

「あー……。傷つけないようには努力するわ」

必死に訴える庵に、勇樹は頭をかきながら笑った。そして、軽く首を回してから化け物に向かって構えた。以前負けた化け物と同じような奴と戦えるのが勇樹は嬉しかった。次は絶対勝つと気合を入れた。

「違うって。そうじゃない。貧弱な僕の身体だってこと。だから勝てないって」

「アハ」庵の言葉を勇樹は鼻で笑った。「お前の身体はパワーねぇけど、スピードがある。大丈夫。実際、権藤に勝ってるしな」

そこまで言って、権藤から奪ったモノを思い出しポケットに手を入れた。

「あった」勇樹はカッターナイフを取り出すと刃を眺めに出した。「強度はねぇがナイフ代わりになるかな」

「あっ」

カッターナイフをじっと見ていると、突然庵が大きな声を出した。

「あのさ、その……、ちょっといい?」

「あん?」

庵は、勇樹の返事を待たずにカッターナイフに近づいた。刃に触れるとそこがボーっと青く光った。それは、暗闇に入れられる前に殴られた幻の手のようであった。

「これ、霊力。以前、佐伯さんに教えて貰ったんだよ」

「じゃ、俺の身体が光ってんのもそうか?」

「多分……。でも君の霊力じゃないと思う」

「そうか。まぁいいや」

勇樹はカッターナイフを振ってみたが変わった感じはない。だが、自分を気絶させた幻の拳を思い出すとニヤリと笑った。

彼はカッターナイフをスライムの形の化け物に向けた。それは、こちらに気づいていないようでナメクジのように床を這いずり回っている。

「気づかれないうちにやるか」

カッターナイフを強く持つと、手が震えていた。怖いという気持ちはないはずなのに手が震えている。

「チッ。以前負けたのを覚えてんのか」

自分の身体が面倒くさいと思った。いくら、狙いを定めても手が震えてずれるのだ。勇樹はイラつき震える手にかみついた。

「え?」

庵が驚て声を上げたが、勇樹は気にせずに強く噛み続けた。すると、肉が抉れて血がにじんだ。手の震えが止まったため口から手を離した。手にははっきりと歯形が残り、血が流れていた。

「よし、言うこと聞く気になったか」

満足そうに笑う勇樹に庵は眉をピクピクと動かしてその状況を不愉快そうな顔をして見ていた。

勇樹はカッターナイフを歯形のついた右手で逆手に持つと、地面を蹴り化け物に向かった。あっという間に化け物を駆け上がり、頭の上まで来ると両手でカッターナイフを握り上から振り下ろした。

「うぁぁ」

化け物は悲鳴をあげて、暴れた。そのため、勇樹は振り落とされて床に叩きつけられた。彼は床にすった頬を手で押さえながら立ち上がった。

「いいんじゃねぇ」

化け物が大きな悲鳴をあげながら、暴れている。頭のあたりに勇樹が刺したカッターナイフを破片があった。

「だ、大丈夫?」

心配そうな顔をした庵がふわふわと宙を浮いて勇樹の横にきた。

「あぁ、いけんじゃねぇ? 今の攻撃効いてるし」

 楽しそうに笑う勇樹に、庵は眉を寄せて大きなため息をついた。

「そうじゃなくて、手だよ」

「あぁ?」

庵に指さされた手を見ると、血が流れて床にポタポタと落ちていた。それはさっき自身で嚙みついた傷だ。血が出ているが、たれる程度であり指先の感覚に問題はない。

「気にすんな。コレで元気になった」

目の前の敵を倒すことで頭がいっぱいになっている勇樹が庵は不安であった。

どうしようか悩んだ結果、勇樹が床を蹴り走り出した瞬間に彼の右手にくっついた。すると、腕に身体が吸い込まれて、腕全体が強く光った。勇樹はそのことに気づかずに、飛び上がるとカッターナイフを振り上げ勢いをつけて化け物を真上から刺した。

「うぎゃぁぁぁ」

真っ二つになった化け物は血を流し咆哮して小さくなった。勇樹や庵は気づかなかったがそれは人型になった後消えた。

「ふぅー」

勇樹はその場に座り込むと大きく息を吐いた。全身に疲労を感じながら、自分を見ると青く光る腕が目に入った。何度か瞬きをして見ていると、青く光っている腕から頭が出てきた。

「はぁ?」

奇妙すぎる出来事に、身体を動かせずにいた。更に顔が出てきて身体も出た。

「あ、お前」

「やぁ」勇樹の腕から出てきた庵は無理やり笑顔を作り、手を振った。彼が出てきたことで腕の光は小さくなった。手の歯形も出血していた傷も消えている。

「そうか」勇樹は頷いた。「お前が腕に入ったから、化け物倒せて傷も治ったのか」

「……うん。それもある」庵は小さな声で困ったように言った。「手の出血が気になって、抑えようとしたら入れた」

「そうか。ありがとうな」

勇樹は自分の腕を回したり振ったりして確認すると笑顔で庵に礼をした。

「お礼……? 手に入って気持ち悪くないの?」

「別に」勇樹は即答した。「助けてくれたから感謝している。それに、もともとお前の身体だろ」

「そうだけど……あ、」

庵が何かを言いかけた時、また化け物が現れた。今度はオオカミのような形をしているが立っている勇樹と同じサイズで数が多い。

「もしかして、これって俺らの修業じゃねぇ? アイツ、兄貴に俺らを鍛えてとか言ってたしな」

勇樹がカッターナイフを床からだるそうに抜くと、庵を見た。

「お前さ、また腕に入れる?」

「できると思うけど……」

「じゃ、やるか」

勇樹が庵の目の前に腕を差し出した。庵は迷ったが、「早くしろ」という勇樹の圧に勝てずに腕の中に入っていた。すると、すぐに右腕が強く光り持っていたカッターナイフの尖端まで青く光っている。

「アハハ」勇樹は逆手に持っているカッターナイフを大きく手を振ると、オオカミの化け物に向かって構えた。「やれそうだ」

「ぐるるるる」

オオカミの化け物はうなり声を上げながら、涎を垂らしている。一目では数えきれない大群に勇樹は気を引き締めた。先頭にいた奴が彼に向かって走り出すと他の奴も後に続いた。

「ふぅ」

勇樹は向かってくる、オオカミの化け物の口に狙いを定め走り出した。化け物の口の中にカッターナイフを入れるとそのまま奴の口角を切り裂き身体を上下二つにした。血を吹き出しソレは小さな犬になり倒れた。しばらくすると消えた。

休む暇なく次の奴らが来た。後ろに控えていた無数のオオカミの化け物が一気に勇樹を襲った。彼は、オオカミの化け物よりも早く動き、全てを引き裂いた。最初の奴と同じように全てのオオカミの化け物は切られたことで小さくなり消えた。それを確認すると勇樹はその場に座り込んだ。

「キツイ」

着ていた学ランとワイシャツを脱ぎして、真っ赤なTシャツ姿になった。そのTシャツも汗でぐっちょりと濡れていた。

「おい、大丈夫か?」

勇樹は腕に向かって声を掛けた。すると、腕から庵が出てきたがその姿が親指くらいになっていた。

「お前、その姿……」

「だ、大丈夫だよ」小さな声で勇樹が笑ったが、とても大丈夫そうには見えなかった。

勇樹自身もであるが庵も限界なのだと感じた。

「次来たらマズイな」勇樹は小さくなった庵を見て、眉を下げた。「どーするかなぁ」

頭を乱暴にかき、考えたがいい案など思いつかない。庵に至っては話すのも辛そうであり勇樹の腕の上で横になっていた。彼を肩に乗せ次の戦闘に備えた。

その時、パッ辺り一面明るくなった。全体が見えるようになったが広すぎて大きさが分からない場所であった。床も天井も真っ暗であった。

「すごいね。流石」

ヘラヘラと笑いながら前触れもなく登場したのは幻の兄、佐伯想であった。彼の身体も青い光に包まれていたが少し黒が混じっている。

小さくなった庵は、勇樹の肩で転がり目を瞑っていた。ピクリともしない。

「元々動けるってのは、いいよね」想は楽しそうに言った。

「でしょー」

想の後ろから現れたのは、幻だ。彼女の身体も青い光に包まれていた。わけのわからない空間であったが勇樹は落ち着て状況を整理した。おそらくこれは修業。化け物は身体を探すにあたりこれから戦っていくべき相手と考えたら彼らには感謝すべき点はあるのかもしれないと思いながら、文句を言いたい気持ちがあった。だが、こんなイカレた方法で指導する想と幻を見たらそれは無駄な労力である気がした。

「……事前説明がほしかった」つぶやくように言った。

「自分の実力を知るにはいいと思ったんだけどなぁ」

楽しそうな幻を見て、こんな女のどこかいいんだと思いながら自分の肩にいる庵を見た。彼はぐっすり寝ている。

「説明ね」幻は顎に手を当てた。「ここは霊媒師が修業する場所の一つ。勇樹たちが倒したのは悪霊。ちなみ庵は霊体」

「飼っているのか」勇樹は悪霊がいた場所をみた。

「飼うっていうか……」幻はチラリと想の方を見た。

「私が捕まえたんだよ」想が優しげに笑いながら言った。「実践的な修業のためにね。あ、戦って分かったと思うけど捕まえるのは難しいよ。私以外の捕まえられる人間見たことないし」

「兄さんは……」身体を揺らしながらヘラヘラと笑う想を見て幻はため息をついた。「優秀だよ。けど……まぁ」

ハギレの悪い言い方をする幻に勇樹は首を傾げた。

「えっと、庵君小さくなっちゃたんだよね。私が診るね」

そう言って、幻は勇樹に近づくと肩にいる庵をそっと自分の手に乗せた。

それを見て勇樹が「リードも首輪も小さくなるんだな」とぼそりとつぶやいた。その瞬間、幻はニヤリと黒い笑いを浮かべ何も言わずに、庵を抱えて消えた。

幻が見えなくなると想が近づいてきた。長身な彼に見下ろされると圧を感じ思わず、座ったまま後ずさりをした。

「ちょっと手合せしよう」

「へ?」

冗談かと思った。今、悪霊を大量に倒し疲労感で立ち上がることもできない。

「君さ。庵君の霊力使いすぎ。それじゃ、無駄に疲れるし彼もすぐ使えなくなっちゃうじゃん」

「霊力……。そういえば、庵がいっていたな」

「そこからかぁ?」

楽しげに想は笑うと手の平を上に向け青い火の玉のような物を出した。

「これが霊力。基本的に霊って霊力でしか触れないからこれを纏う。それが霊幕」

 勇樹は頷きながら青く光っている自分の身体を見た。よく見ると、想と同じように黒ものが混じっていることに気づいた。

「ただ、ここは特殊な空間だから僕の霊幕を使っているよ」

「特殊」

「そう。ここはいくら暴れても大丈夫な場所。悪霊を放っても外には出ないし」

「へ~。それ俺も出来んの?」勇樹は素直に感心した。

「あ~。不可能じゃないけど、おすすめはしないよ」想は眉を下げて苦笑いした。「それより基本だよね」

「まぁ、そっかぁ」

 この不思議な空間が気になったが、彼の言っていることに頷き次の話を聞いた。

「あのさ、庵君の身体、霊力は多いみたいなんだけど。それ使わずに霊体の庵君の霊力使ったでしょ」

「あ……」

あの時は無我夢中で何をどう使ったなんて分からない。しかし、恐らく青く光ったアレが霊力であることくらいは理解できた。

「だからね」想はしゃがむと、勇樹の胸に人差し指をさした。「まだ、ここにたくさん霊力があるだよ。それを使わないとさ」

「うん……」

勇樹が頷いたその瞬間、胸に衝撃をくらいそのまま背後に飛んだ。床に転がり、全身に痛みが広がった。

「アハハ」転がっている勇樹にゆっくりと想が近づいてきた。「まほちゃんが言った通り弱いね。これじゃ、身体見つける前に死ぬよ」

逃げようとしたが身体上手く動かず想に蹴り上げられた。勇樹の身体は吹っ飛びまた床に転がった。その時、口の中を切ったらしく血の味が広がった。

「アハハ……。反撃しないの?」

また、ゆっくりと想が近づいてきた。

「あぁぁ」

叫びながら全身の痛みに耐えて体を起こした。縛っていた編み込みはほどけ、髪が顔にかかったが気にしている余裕はなかった。辛くて苦しいのに楽しかった。

「そうそう、まずは起きないとね」

「お前が悪霊みてぇだな」

勇樹は口の中に溜まった血を吐き出すとニヤリを笑った。

「えー、酷いな? 君を指導してあげているんだよ?」にこにこしながら想は人差し指を振った。「そ、いわば先生じゃない?」

「センセイねぇ」

 余裕の表情で笑う想に向かって勇樹は拳を脇に構えた。地面を蹴ると想の腹を狙い、拳を出したが難無く避けられた。間髪入れずに蹴りを繰り出し打撃を繰り返したが一切当たらない。しかし、この状況に最高に興奮し気持ちが良かった。身体の痛みも感じなくなっていた。 

 勇樹の攻撃を受けていた想は止まり、軽く宙に浮くと長い足を大きく振り回し勇樹の腰に当てた。勇樹は吹っ飛び、床に転がった。蹴りが入った所に激痛が走ったが、すぐに立ち上がった。顔も数か所擦り切れて血が頬を伝った。勇樹はそれを手で拭うと想を見て楽しそうに笑った。

「いい表現だね。イカレてる」

「どーも。センセイ」

「あ、先生だっけ私。じゃ、一つ教えてあげるね」

 勇樹はボロボロになった赤いTシャツを脱ぎ捨てた。

「いい身体しているね。じゃさ」

想は勇樹の胸に人差し指を当てた。勇樹は攻撃が来る事を警戒して、力をいれると笑われた。

「まだ、しないよ。それより、ここに集中して」

「うん」

静かに呼吸をすると全身を何かがめぐってくる感覚があった。

「いいね。じゃ、それを右手に移動してみて」

言われた通りにすると右手にそれが集まってきて右手が強く青く光った。

「君、優秀だね。じゃ、なんか武器イメージしてよ。その方が戦いやすいよ」

武器……。

普段拳で戦うことが多い勇樹は武器が上手くイメージできなかった。そこで、さっき持っていたカッターナイフを思い出した。すると、右手に自分の四分の一くらいの大きさのカッターナイフが現れた

「え? マジ? カッター?」それを見た想は大きな声で笑った。「ウケる」

「使えればなんでもいい」

勇樹は大きくカッターナイフを振りかぶると、想に切りかかった。彼は二本の指で刃を止めると嬉しそうに頷いた。

「だよね」と言って、指を曲げて刃を折った。

 勇樹はすぐに刃を伸ばし、ニヤリと笑うと再度振り上げ切りつけた。それを想は上半身を動かさず足の移動だけで避けた。

「なんか、君たのしそうだね。じゃさ」

想は飛び上がると宙に浮いた。自分の攻撃が届かないと所に想が行ったため勇樹は眉を寄せて睨みつけた。そして、カッターナイフの刃を想まで伸ばそうとした。その時。

「ちょっと、技見せてあげる」

「技?」

想は両手の人差し指と中指を合わせて、その間に勇樹の身体を入れた。

「艱苦浸透」

その瞬間、稲妻が勇樹を襲った。全身に激痛がはしり動けなくなった。さっきの身体の痛みとは似て非なるものであった。


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