第4話

森の中で、カナタはウサギ型の魔物を数匹捕まえると捌き焼いていた。

「日中暖かいが夜冷えるな」と言いながら、カナタは火に手を向けて暖まった。

いつもは黒いローブを着ているが今はそれを着るわけにいかなかったので寒く感じた。

その時によく知った魔力を感じた。

「あ~……」面倒くさいと思った。

チリチリと火から音がなり、魔物がこんがりと焼けていた。それに手を伸ばそうとした時。

「美味しそうね」

真後ろから声が聞こえた。

「食べる?」

カナタがそう言うと、真後ろにいた姉、ユキノはニヤリと笑ってカナタの隣に座った。

「ありがとう」ユキノはカナタから魔物を受け取ると、豪快にかじった。「ここに来た理由とかカナタの居場所分かった理由とか聞かんの?」

「あ~」カナタは新たに焼けた魔物にかじりついた。「俺と一緒に行きたいだろ。場所は……」

食べている手を止めてカナタは少し考えた。そして、師であるダイの家の方向を見た。

「家に帰んねぇ事は知っただろうし、すると先生家に行ってから隣の街に向かう。すると時間的ここらで一泊する事になる。そんくらいは姉貴なら分かるんじゃねぇ」

「そっか」ユキノは頷きながら、魔物が刺さっていた枝を地面に突き刺した。「で、いいん?ついて行っても」

「俺に頼んなよ」

カナタは数ヶ月前、自分を助けに来た彼女の姿を思い出した。髪を振り乱し、真っ赤な顔をして全力で戦うユキノは立派な戦士だ。

「私は戦える」

彼女の言葉にカナタは強く頷くと顔がにやけた。本来はアオと行く予定であったが一人になり寂しく感じていたためユキノと旅に出るには嬉しかった。

「それに赤の勇者様に特訓してもらったんよ」

嬉しそうに、両手を脇で握るユキノにカナタは目を細めた。

カナタのその様子にユキノは不安そうな顔をすると「ダメ?すごくない?」と言いながら握った手を降ろした。

「いや、そうじゃなくて」カナタは眉を下げて、魔物が刺さっていた枝を投げ捨てると頭をかいた。「勇者様は皆強いんだろうけど、俺はアオしか見たことねぇし。だから、どれだけ強いのかわかんねぇつうか……」

カナタはなんと表現していいか分からなくなり、言葉を止めると乱暴に頭をかいた。

「そっか」と言いながらユキノはじっと自分の手を見つめた。

「赤の勇者様ねぇ」

カナタはそう呟きながら、勇者仮面をつけたアオを思い出した。

「こんにちは」

師の家の扉が開くと、そこには勇者仮面をつけたアオがいた。

「は、初めまして」カナタは笑いを必死に堪えて、跪くと頭を下げた。

本来、勇者とそのパートナーは魔王討伐一週間前に初めて顔を合わせる。だから、カナタもアオと会うのは今日が初めてという設定になっていた。しかし、カナタはそれが可笑しくて笑いを堪えるのが必死であった。

「はぁ」奥にいたダイの大きなため息が聞こえた。「ようこそ勇者様。仮面をつけると勝手が違いますゆえ、森で肩慣らしをされてはいかがでしょうか」

そう言われ、カナタとアオは森に出た。

ダイの家から少し離れると、カナタはこらえきれずに大笑いをした。

「これそんなに可笑しいかなぁ」アオは自分の勇者仮面を取るとじっと見た。「僕とお前の瞳の色をした石が入ったもんだよ。絆って感じでいいじゃないか」

「えっ」カナタはアオの言葉に、笑うのをやめて眉を下げた。「アオは平気で恥ずかしいこというよな」

「嬉しいくせに」

ニヤリと笑って勇者仮面をつけるアオにカナタは小さな声で「そうだけど……」とつぶやいた。

「あ、勇者村卒業おめでとう」カナタは恥ずかしさを隠すように大きな声で言った。「これで、青の勇者様だな」

「あぁ、晴れて正式なパートナーだ。よろしく」

アオが手を出すと、カナタはそれを力強く握りしめた。一週間後にアオと共に魔王討伐の旅に出ると思うと胸が高鳴った。

「じゃ、先生に言われた通り肩慣らししようぜ」

「あぁ」

アオはカナタの言葉に頷くと彼の手を離した。腰にある剣に手をにぎり森の中を進んだ。 

カナタは気を引き締めると彼の横を歩いた。するとすぐに、魔物の魔力を感じた。

「アオ、囲まれたな」

「そうか」アオは嬉しそうに剣を抜くと構えた。

カナタは人差し指と中指を立てるとアオを身体強化魔法で覆った。

「全部で二十体。おそらくオオカミとトリかな」カナタは早口でアオに情報を伝えた。「剣を十秒強化する。それ以上だと剣壊れるからな」

 アオは鼻で笑うと、地面を蹴り魔物に向かった。その瞬間カナタは以前、剣のいれた魔力の塊を目印に位置確認をした。それに向けて強化魔法を掛けた。アオ自身も強化しているため魔物は彼の剣に触れた途端、頭部が飛んだ。

「あ~」カナタは、胴体と頭部が離れた大量の魔物を見て小さく息を吐いた。早すぎる剣で切られた切り口は綺麗であり血もほとんど出ていない。十秒後、笑顔のアオが戻ってきた。

「楽勝でしょ」

微笑むアオにカナタは眉を寄せた。カナタのその表情に彼は首を傾げた。

カナタは右手に小さな魔力の塊を作ると、アオに向かって飛ばした。塊はアオの頬をかすめると、真後ろから来たトリ型の魔物に当たった。魔物はうめき声を上げて地面に落ちた。

「後、八体足りねぇだよ」

カナタは地面を蹴り、飛び上がると更に二体のトリ型の魔物に魔力の塊を叩き込み地面に落とした。

「ごめん」アオは謝りながら残り五体の魔物を真っ二つに切った。血が噴き出しながら魔物は地面に落ちた。その血がアオの頬を赤く染めた。

「あぁ」カナタはアオの側に来るとニヤリと笑った。「全部倒せばきれいなままだったのにな」

馬鹿にしながら、アオの背中を叩くと彼は「次はやるさ」と言って頬の血をぬぐいカナタにつけると「お揃い」と言って笑った。

「てめぇ」とカナタが睨みつけるとアオはその場にいなかった。手を振りながら、走って行ってしまった。

カナタはため息をついて師の元に戻った。

「どうだった?」

帰宅するとすぐにダイに様子を聞かれた。

カナタは剣に掛けた強化魔法で十二体しか魔物を倒せなかったアオの話をした。

「それはすごいな」ダイは感心した。「剣はかなりの重さなるはずだよ。僕じゃ持てないねぇ」

「マジか」

カナタが驚いていると、ダイは壁に立て掛けてあった剣を床に転がすと「やってみろ」と言った。カナタはさっきと同じように魔力の塊を剣に入れてから強化魔法を掛けた。そして剣に触れて驚いた。

「持ち上がらねぇ」

「でしょ」ダイは大きく頷いた。「本来は身体に使用する魔法だからね。身体なら血液に魔力が流れるから重くならないが剣ほど強化はできない。つうか、なんでも物に魔法掛けられるの?教えてないよね?」

「あ……」カナタはバツの悪そうな顔をして頭をかいた。

「物には魔力がないから強化魔法を掛からないはずだが……」

ダイに睨みつけられてカナタは乾いた笑いを浮かべた。しかし、白く長い眉毛の奥にある橙色に瞳に見られると誤魔化すことができなかった。

「あー……」カナタはため息をついて頭をかいた。「以前魔力の塊をアオの剣に入れといた」

「カナタから離れたら効果がなくなるでしょ」

「いや、意識切って自動にしたから」

ダイの大きなため息が聞こえた。

「青の勇者様とは今日初めてあったんじゃないの?」

ダイの事にカナタは目を大きくした。すると、ダイはまた大きなため息をついて椅子に座った。

「正直なのはいいがバカをみるよ。旅に出たら僕は助けられないんだからね」

優しく諭すように話すダイにカナタは「先生には嘘つきたくなかったんだ」と大きな声出した。そして、ボロボロと涙を流した。

「先生は年寄りだから……」

「はぁ?」アオの言葉にダイは長い眉を上げて橙の瞳を見せた。

「俺が帰ってくる頃には死んでるじゃん」カナタは涙と鼻水で、顔をぐちゃぐちゃにしながらダイのもとにくると抱き着いた。「最後かと思うと嘘もごまかしもしたくねぇ。俺はアオと今日初めてあっ……」

そこまで言うと、ダイは人差し指を立ててカナタの口の前に持って行った。そして、優しく微笑むとぎゅっと抱きしめてくれた。長い髭にたくさんの鼻水と涙をつけた。

ダイはそれに見て、ため息をつきながらも笑っていた。

アオと魔王討伐に行くのは楽しみであるが師と離れることにカナタは寂しさを感じていた。


カナタは朝日と共に目を覚ますと木の下を見た。

ユキノがすでに起きていた。

「姉貴」と声を掛けると鳥の丸焼きを投げられた。それを掴むとカナタはかじりついた。

「よく木の上から落ちないね」

「あ~慣れだなぁ」カナタはピョンと地面に飛び降りた。「地面なんかで寝たら魔物の餌食だ」

ユキノは小さなため息をついて、背中をさすっていた。「それはそうなんだけど……」

ぼやくユキノを見てカナタは苦笑いをして幼い頃の自分を思い出した。一年間木の上を就寝場所にされた時は地獄であった。しっかりと睡眠がとれないのに師による訓練とアオから出された課題とで黄泉の国が見えた。

「睡眠しっかりとらないと死ぬよ」

カナタが言うとユキノは青い顔をして頷き「顔洗ってくるわ」と川に向かった。

「俺も」

と言ってカナタは走りながら服を脱ぎ木に投げると川に飛び込んだ。

「どうした?」

服に手を掛けたまま、戸惑っているユキノを見てカナタは首を傾げると彼女は大きなため息をついた。

「あんたが出たら入るわ。見張り必要でしょ」

カナタはユキノのセリフに首を傾げ「今、どんな奴に襲われても平気だけどな」と言いながら川の中に潜った。

数分経つとカナタは何も隠さず裸でユキノの前に来ると「出たぞ」と笑顔で言った。

「そういう奴だよね」

ユキノは何かをあきらめたように脱ぎ始めた。

「見張り必要か?」服を着たカナタはユキノの肌を見ても同様することなく平然と言った。

「私はさ、あんたの姉だけどさ。ちょっとは気を遣えん?」

怒ったユキノに服を投げつけられた。カナタはその服を持ち裸になったユキノを見て首を傾げた。

「気を遣う……?」

「あ~」ユキノは手で胸を隠しながら「見張りいらんから、荷物片づけてろ」と怒鳴られた。

カナタはユキノが怒っている意味が全く理解できなかったが、頷くと川を離れてキャンプをしていた場所に戻った。

片付けと言っても食べた魔物骨や燃やした木々を埋めるだけであった。それが終わる頃、背後で名前を呼ばれた。振り向くと手で身体の一部を隠したユキノが真っ赤な顔をして怒っていた。

「服、なんで持っていくん?」

「あ~」カナタは手にしていた服をユキノの方へ投げた。「魔物に取られるだろ」

そう言うカナタに彼女はため息をついて服を着た。

「分かった。街に向かおうか」

呆れた顔をするユキノにカナタは笑顔で「おう」と答えると足を進めた。

目的の街についた頃には太陽は真上に来ていた。

「隣街とは言っても歩くと結構あるんね」

ユキノは肩で息をしながら街の門を見上げると、疲れた色一切見せないカナタは「そうか」と頷いていた。

「あんたは腐っての勇者様のパートナーなんよね」

「俺は腐ってねぇ」

ユキノのセリフにカナタは怒って否定した。それに彼女は苦笑して「そうね」と答え門へ向かった。彼女は門番と少し話すと現金を渡した。

「カナタ行くよ」

「うん。アレ、何してんだ?」カナタは門番を指さした。

「え?通行料を払っただけ」

「……通行料?」

ユキノの言っている意味がよく分からずに、オウム返しをした。そんなカナタを見てユキノは眉を潜めた。

「あんた、他の街行ったことないん?」

「いや」カナタは軽く首を振った。「アオと何度かきたよ」

「アオ……?」

「俺の勇者」カナタは親指で自分の事を指さした。

「はぁ」ユキノは眉を下げて、呆れた顔をした。「あんた、勇者様を呼び捨てしているん?」

「おう」

自信満々の答えるカナタにユキノは口を開けてポカンした顔をした。

「あんた、まさか敬語使わんの?」ユキノはへらへらと笑うカナタを指さした。

そんなユキノの態度を見て、カナタは師が『敬語を使え』と言ったのを思い出したが、アオと自分には関係のない話だと記憶から振り払った。

「赤の勇者様たちとは違うんね」ユキノは彼らと比較しているようで何度もため息をついた。カナタはそれが面白くなかった。

「違う人間なんだから当たり前だろ」

すこし怒ったように言うと、ユキノは軽く頷き足を進めて門をくぐったのでカナタはそれを追った。

「まぁいい」人通りが少ない路地にまで来るとユキノに顔を指さされた。「あんたは勇者様と一緒だったから全てを免除されてんよ。その特権は知っているでしょ」

「あ~」カナタは手をポンと叩いた。

勇者様とそのパートナーは全ての場所で金銭を支払う必要はない。その場はサインをするだけだ。だたし、勇者村へ日間報告の時に使用した店を伝える必要がある。

「カラスか」

「カラス?」

「うん、毎日カラスが来るんだ。それにその日の事を報告する。アオの奴、使った店の名前言ってたな」

頭をかきながら笑うとユキノは「勇者様の事を『奴』とか言って」とつぶやいた。

ユキノはまたため息をつくと足を進めた。

「金が掛かるのは分かったよ。分かってたし」カナタは自分の鞄に手を入れた。「だから先生からもらってきだんだ」

するとユキノは足を止めて手の平を見せた。それにカナタは動きを止めた。

「いいんよ。勇者村の方々から援助受けているから」

「マジ?」それにはカナタも驚いた。「なんで?あ、勇者のパートナー家庭援助金から持ってきた?」

「それは、全部父さんの酒代」ユキノは眉を寄せた。「私があんたと行くって言ったら、下さった」

そう言うとユキノは足を再度動かし始めた。

「そうか」

勇者村の制度はよくわからない部分が多いが援助を受けているということは、ユキノは勇者村に認められたのだと思い安堵した。

同行拒否しても彼女はついてくると考えたため、承諾したが勇者とは無縁の人間を魔王討伐につれていく事に内心不安であった。『違反』とされたらカナタはユキノを守ることはできない。

「あれ……?」

ユキノは突然足を止めた。

カナタも同じように足を停止させたがユキノより遅かったため彼女にぶつかった。

「わぁ」カナタの顎に後頭部をぶつかったユキノはバランスを崩してその場に膝をついた。「カナタァァ」

ユキノはぶつかられた後頭部を抑えながらカナタを見上げた。カナタはそれに気づかずに真っ直ぐに前を見て冷汗を垂らした。

「おい」

何度もユキノが声をかけるが耳に入らなかった。

全身の毛が逆立ち、吐き気し、悪寒を感じた。  本能が『進むな』と伝えているのに、期待する気持ちが沸き起こってきた。今すぐに乗り込んで中にいる奴と戦いたかった。

「ねぇ、カナタ」頬に衝撃をくらい意識が戻ってきた。「どうしたん?」

答えないカナタにユキノは眉を下げると見上げてくる。

「なんか、ここ人通りないし昼間なのに薄暗いんよね。大通りに戻る?」

――姉貴は何も感じてない?

カナタは目を細めて進行方向を見た。薄暗い路地先には必ず何かある。

「進もう」

「え……?」

ユキノは眉を寄せたが、彼女の肩を持ち横にどけると歩み出した。

「ちょっと」ユキノが止めるがカナタは足を進めた。仕方なくユキノは後を追った。

全身がゾクゾクするこの感覚はカナタにとって始めてではなかった。

青の勇者となったアオと共に森で小型の魔物相手に訓練をしていると森の奥から手に汗を握る感覚あった。横目でアオを見ると、同じ方向を見て眉を寄せていた。

「アオ、あっちへ行こうぜ」

「はぁ?」アオは顔を歪ませてカナタを見たが、そんなの構わずに足を進めた。進むたび、呼吸がしづらくなり悪寒がしてきた。それと同時に気持ちが高ぶった。

「待てよ」アオに肩を捕まれた。振り向くと彼はピクピクと眉を動かしていた。

「いい加減にしてくれない?」いつになく言葉が荒かった。「昨日は知らない街まで行って次はあきらかに危険な場所に向かうとか」

「アオとは勇者村でしか会えなかったから」満面の笑みでカナタはアオを見た。「一緒に色々行けるのが嬉しいんだ」

アオは大きくため息をついた。勇者仮面に瞳が隠れていても彼が眉を下げて困ったような顔をしているのは容易に想像できた。

「だからって……」

アオは禍々しい雰囲気を出している方を見た。奥に洞窟がありその中は真っ暗でよく見えない。

「あそこ面白そうじゃん」イタズラっ子の様に笑うカナタに、アオは再度ため息をついた。

「分かったよ」

アオは承諾すると洞窟に向かって歩き出した。

「ありがとう。アオのそーゆー所好きだ」

「そーか」

嬉しそうに笑うとカナタにアオぶっきらぼうに答えた。

「カナタ、カナタ」名前を呼ぼれた方を向くと、ムスッとしたユキノに見上げられていた。「何を考えてん?何度も呼んだんだけど」 

「あ、わりぃ。前、アオとヤバい感じがする所に突っ込んで行ったのを思い出した」

「ヤバい感じがしたのに行ったん」ユキノは信じられないモノを見るような顔したがすぐに頷いた。「きっと、あんたからヤバそうでも青の勇者様にとっては大した事ないんだよね」

「いや、アイツは慎重だからすぐ守りに入るんだ。だからあん時も嫌な顔してたな」カナタは一瞬不満である事を前面に出した表情をしたがすぐに笑顔になった。「けど、最終的に俺の意見聞いてくれるし」

「……青の勇者様ってなんか大変だね」

 ユキノは同情するような顔をした。

「で、その『ヤバい感じ』の場所は大丈夫だったん?まぁ、大丈夫だからここにいるんだよね」

「全然」

カナタは大きく首を振った。ユキノは彼の話を聞きながら隣を歩いた。

「始めは良かっただけど進むにつれて魔物がめちゃくちゃ強くなってさ。ボロボロになって逃げかえった」

へらへらと笑うカナタにユキノは目を細めて「勇者様が逃げかえるなって想像できん」と言った。

「アハハ、俺らは勇者村の森でもそんな……」

調子に乗って話すぎた事に気づきカナタは口を押えた足を速めた。

ユキノは小走りでカナタの横に来ると「何を言っても咎めるつもりはないよ」とつぶやくと彼は礼を言いながら笑った。

「でも、なんで勇者様とパートナーが合うのは魔王討伐一週間前なんだろ。カナタみたいに以前から知っていた方が、気が合うし力を合わせやすいと思うだよね」

ユキノは顎に人差し指を置いて、周囲の人気のない建物を見ながら言った。

「そうだな」カナタもユキノと同じように、人気がなさすぎる建物を見回しながら進んで言った。「勇者村を卒業して勇者仮面姿で現れると取っつきにくいよなぁ」

アオの事は幼い頃から知っているからいくら勇者仮面で顔が隠れても彼の表情や気持ちを想像することは容易いだ。

「勇者仮面ねぇ」ユキノは人差し指を顎に当てた。「目が見えないと表情が読み取りづらいんよ。それがいいんかな?」

「なんで?」カナタは歩みを少し緩めた。「魔王は相手の表情を呼んで攻撃するとか?」

「魔王じゃなくて私たちじゃないん?」

そう言うとユキノは足を止めた。それに少し遅れてカナタも停止した。

二人は目の前のレンガ造りの建物を見上げた。その禍々しさに心臓が高鳴った。

「それ」ユキノに顔を指差されてカナタは首を曲げた。「表情が分からない方が近寄りがたいし。自分と違う存在と感じやすいんよ」

「そうか、だからパートナーも黒いローブで顔つうか全身を隠すのか。アオといる時はアレ脱ぐなって先生に言われたな」

カナタは小さくため息をつくと、建物の周りをゆっくりと歩き始めた。

魔力探知の範囲を狭め精度を上げて中の様子を探った。強い魔力をいくつか感じた。

――魔物か?

カナタは更に魔力探知の精度を上げ、それが全て人型をしていることが分かった。

――培養しているとか。

ずっと待っていたユキノはしびれを切らしたようで小さな声で「カナタ」と呼んだ。

カナタは小さく頷くと足音を立てないようにその場を離れた。ユキノは慌てて彼を追った。

「どうしたん?」

「いったん離れる」カナタは歩きながら頭をかいた。「……宿を探そう」

「う、うん」ユキノは彼の異常な様子に小さく頷くとそれ以上は聞かなかった。

 建物には入り口がなかった。術で隠されているのだろう。街の中に堂々とあることから勇者村が関わっている可能性がある。

 カナタは横を歩くユキノを見た。

――無駄に危険にさらせる必要はねえよな。

 建物の中にいる奴らに圧勝できる自信はなかった。だからこそ、単身で乗り込みたかった。

大きな街であったため、泊まる宿はすぐに見つかった。

「やぁ」

宿屋に着くと大きな腹を揺らした髭の店主が出迎えてくれた。「夫婦で旅行かい?」

「兄弟です」

ユキノがきっぱりと否定すると店主はバツの悪そうな顔して謝った。

「いえ、それにしても活気がある街ですね」

ユキノは言い方が強かったと反省したのか優しく微笑むと店主に話しかけた。

「実はさ、少し前に赤と青の勇者様がおいでなさったのさ」

その言葉にカナタは目を大きくして、店主を見た。それに気をよくしたようで店主は腹を揺らして笑った。

「お前さん、興味あるのかい?まぁ、勇者様に興味ない人間なんていないか」

「興味ある。知りたい」カナタは受付台に乗り出して店主に近づいたので、店主は顔を歪めたがすぐに笑顔になりカナタの肩に触れると押し受付台の外に戻した。

「青の勇者様は以前に一度来られた事があるんだよ。その時はパートナーの方と一緒だったかな」

店主は思い出しながら自分の髭に触れて天井を見上げた。

――こんな街きたか?

 村から外に出られるようになりカナタはアオと多くの街を訪れていたため全て覚えてはいなかった。

「その時もだが、かなりの量の物をご購入された。だから、街の売り上げが一気に上昇したんだ」

――あ、そういや。

カナタは以前アオとこの街にきた事を思い出した。確かにその時、色んな飯屋をめぐり大量に食べた上で持ち帰りようにも購入した。更に一番いい部屋に泊まった。

「勇者様の使用した代金は勇者村から、つまり税金で払われているのですよね」

 ユキノが静かな声で言った。

「あー、そうか」店主は今気づいてように手を叩いた。「勇者村は国が運営しているんだっけな」

店主は大きく頷いたが「店が潤っているからいいか」と笑いながら言った。

「勇者様の親族はうらやましいよ。勇者様が生まれて勇者村に差し出せば一生困らないだけの金が入るらしいじゃないか。まぁパートナーでもその子が魔王討伐を目指すかぎりは相当が額の家族支援金がでるらしいじゃないか」

早口で唾を飛ばしながら楽しそうに話す店主をユキノは目を細めて氷つくような表情をした。

彼女の横で「へ~」と言いながらヘラヘラ笑っているカナタは「勇者様はここに泊まったの?」と聞いた。

「いえいえ」店主は手を前にして振りながら否定した。「でも、お立ち寄りになり、空いている部屋を全てご使用されていたんだよ。では部屋へ」

そう言うと、店主はカナタたちに背を向けて歩き始めた。

ユキノは店主の後を追いながらカナタに「使用って?」と小さな声で聞いた。

「泊まらないが部屋とって料金だけ払うんだ。空いている部屋全部さ。実際勇者は泊まらないから他の客泊めて二重に料金が取れるんだ。それは宿屋だけしゃなくて酒場や商店でも同じ。食べないけど料理の料金を払う」

「なん?」ユキノは大きな声を出したが店主の背中を見て声を落とした。「勇者様の資金は全部税金なんよね」

「うん」

カナタが頷くとユキノはため息をついた。

「取った金をしているだけ。でも……」カナタはウキウキしながら歩く店主の姿を見て「貰ったら嬉しんじゃね?」

「まぁ、自分だけが払う税金じゃないからか」

ユキノがため息まじりな声でつぶやいた。

部屋の扉の前で店主は足を止めた。一通り部屋を案内すると彼は頭を下げてその場を去っていた。

「え……?」部屋に入ってユキノは固まった。「同室?」

「うん、何か問題?」

「え……問題というか」

カナタはユキノが驚いていることが不思議であった。

「同室の方が安いよ?勇者じゃないから自分で払わないといけねぇし」

「そうなんだけど……」ユキノは何度も何度もため息をついた。それをカナタが黙ってみていると彼女は「まぁいいや」と言って椅子に座った。

額を抑えながら横目でカナタを見た。

「あんさ」

「うん?」

カナタは荷物を降ろして床に置くとユキノの対面にある椅子に背もたれを前に座った。

「あの人の言っている事に怒りとは疑問とか感じないん?」

「店主のこと?」カナタは椅子を揺らしながら答えた。「どこに?」

「自分が払った税金を無駄に使われて喜んでいるとことか」

「店主にとっては無駄じゃねぇんじゃね?彼がどのくらい税金払ってるかしらねぇけど、それ以上の収入が今回あるのかもしんねぇし」

「そうだけど……」ユキノは腑に落ちない顔をした。「それに、勇者様やそのパートナーをうらやましいって。私たちの苦労を何も知らんくせに」

ユキノは苛立ち、声が大きくなった。

「知らねぇかじゃん?」カナタの言葉はユキノとは対照的で穏やかであった。「俺も勇者のパートナーじゃねぇ生活しらないし。まぁそうじゃない生活がうらやましくはねぇけど」

カナタが揺らす椅子の音が部屋に響き、ユキノは足で彼の椅子の動きを静止した。カナタはそれを不満に思い、椅子をユキノから離すとまた揺らした。

「……そうだけど」

更にユキノが何を言おうとするとカナタは「興味ねぇ」と言って話を切った。それにユキノは小さく息を吐いて口を閉じた。

「洗浄室いってくる」と言ってユキノは立ち上がると足早に去っていった。

カナタは彼女が見えなくなったのを確認すると窓から部屋を出た。

周囲を確認しながら、屋根を伝い昼間に見つけた禍々しい建物付近に来ると向かいの屋根に寝そべり身体を隠してじっと観察した。

昼間見た時、建物に扉も窓もなかったが中からはハッキリ無数の魔力を感じた。

――魔導士よりは低いがそでもそこらの魔物のよりは強い魔力だ。

人型をしているが魔物かの判別がつかなかった。

カナタは魔力探知の範囲を建物に限定し精度を上げて観察した。

――やっぱり、結構な魔力を持った奴がいるんだよなぁ。でも、サイズが大分小さいなぁ。

カナタは頭をかきながら建物に集中していると、突然肩に何か触れた。

「――ッ」

驚いて振り向くと勇者仮面が見えた。それには赤い石がありすぐに赤の勇者であることが分かった。

「何をしておる」

勇者仮面をつけた真っ黒なオカッパの少女はニヤリと笑ってカナタを見下ろしていた

カナタは起き上がり距離を取ろうとした瞬間「そのままでいい」と背中に乗られて肩を押さえつけられた。カナタは口を結び彼女を見上げた。

「……」全身に力を入れたが関節を的確に強い力で抑えられているためびくともしなかった。

カナタは楽しくなった。

「何をしておる」

赤の勇者は先ほどよりも言葉を強めた。カナタは気にせずに全身に力を入れて抜け出そうとした。

自分よりも遥に小さいで抑えられ、彼女の底知れぬ力を感じると舞い上がった。

――戦いたい。

その時、頭に衝撃を受けた。

「何をしておると聞いている」

赤の勇者に殴られて頭がジーンを痛んだ。

「質問に答えぬつもりなら……」

彼女の言葉に不義魔法があることを思い出した。アレの発動条件があいまいであり、師であるダイには『勇者』に逆らうなと耳にタコができるくらい言われた。

カナタは小さく息を吐いた。

「あそこに強い魔力を持ったモノが存在するみたいだ」

「ほぉ」赤の勇者は小さく口を動かした。

カナタよりも若く身長も低いようであるが彼女に見下されると手から汗が出てきた。全身が、彼女が危険であることを訴えている。それがカナタの好奇心を刺激した。

「それで?」

「その正体を探っていた」

「ふむ」彼女はちいさく頷いた。「どこまで分かった?」

「……」

見知らぬ勇者相手にどこまで話すが迷ったが、不義魔法を受けている以上『勇者』に嘘をつく事はできない。

「不義魔法は『嘘』を罰するが黙秘は問われない」赤の勇者はカナタの心を見透かしたように言った。「だが、我はそれを許可するつもりはない」

彼女の圧に、カナタは押されそうになり拳を握りしめた。

カナタからこれほどの重圧を感じた事はなく、興奮で身体が熱くなり今すぐにでも赤の勇者に拳を向けたかった。しかし、赤の勇者はそれを見抜いたのか拘束する手を強めた。

「……魔力感知」カナタは呼吸を整えてゆっくりと最小限の声を出した。「それによると、強い魔力を持つ幼い個体が無数建物内に存在する」

「……ふむ」

赤の勇者は頷くとじっとカナタの方を見た。勇者仮面をつけているため彼女の考えている事が見えないが、仮面に埋め込まれた真っ赤な石に挑発されているように感じた。

「うぬの魔力感知はそんなに詳細にわかるのか。ならばなぜ近づく我に気づかない」

「精度を上げるため範囲を狭めた」

範囲を狭め集中すると自身の周囲への警戒が手薄になる。だから、屋根の上に身を隠していた。

赤の勇者が来るなら範囲を広げておけば良かったと後悔した。

そうしたら、拘束される前に彼女に攻撃を仕掛けられた。

「うぬの能力開示の礼にあの建物について知らせよう」赤の勇者はカナタが見ていた禍々しい建物を指さした。

「え……」カナタが驚いていると赤の勇者は微かに口角を上げた。

「精度を上げると死角ができる事を話したくはなかったのであろう」

――そんな事はないが……。

以前は師であるダイに言われた通り、自分の魔法を隠さないといけないと考えていた。しかし、今は相手に手の打ちを全て知られた上で戦うのも楽しいと思っている。

「あの建物では『勇者』を作っている。妊娠した女に生の魔物を食べさせると『勇者』が生まれてくることがある。赤子の場合は魔物の血を注入すると『勇者』になることがある」

「……絶対でないのか」

「絶対できたらもっと勇者が街にあふれておる」赤の勇者は一呼吸おくと「勇者村で更に厳選される」と淡々と語った。

周りから『勇者を村に売ると一生遊べる金がもらえる』という話をよく聞くが実際にそうした人間にあったことがない。『勇者』という存在が神のように崇められているのだから自慢する輩がいても不思議ではない。現に勇者のパートナーの親は鼻を高くして豪遊している姿がある。

――なぜそれを彼女が知ってるんだ?

カナタが疑問を持つと心を悟ったように口を開いた。

「我は生まれた瞬間からの記憶が全てある」赤の勇者は再度建物を指さした。「あそこにいた記憶もある。建物について知らせた。うぬはアレをどうするつもりだ?」

赤の勇者はカナタの背中から飛び降りると、彼を見下ろした。カナタは座ると赤の勇者を見上げ首を左右にゆっくりと動かした。

「どうも」

「ほう、アレを知って気分を害したのであろう。妊婦へ無理やり魔物を食わせる様子はうぬの想像以上の酷さだぞ」

「……別に」

何があるか分からなかった時は興味があったが、知った今関心がなくなった。

「苦しんでいる妊婦や赤子を助けなくていいのか?」

「まぁ」カナタは頷いた。

見知らぬ妊婦や赤子に興味はなかった。もし、あそこにいるのが狂暴な魔物であったなら戦いに行きたかった。

「恐れか?保身か?」

「興味がない」とカナタは即答した。

もし、アオが行動おこすと言ったら同行するとはやぶさかでない。

――アイツが言うわけねぇけど。

「では、なぜ確認にきた?」

「気になったから」

カナタ答えると、赤の勇者は何も言わずにカナタを勇者仮面ごしに見た。

「気になると言えば、もう一つ俺ら勇者のパートナーも作られているのか?」

赤の勇者は馬鹿にしたように「はん」と鼻にかけたような言葉を発した。

「出来ないからぬしら一人ひとりに師をあて丁寧に育ているでおろう」赤の勇者は建物を見た。「身体になじむように魔物の血をいれないと人型を保てなくなる。そうして魔力はぬしら見たに外部に出す事は叶わぬ。自分の身体能力を高めるだけだ」

 赤の勇者は自分の手を見た。

「ぬしら魔導士並みの魔力は人工的に得ることは今の段階ではできない」

カナタは赤の勇者の言葉を聞いて頷くと、彼女は小さく息を吐いた。

「魔力に耐えられなくて、三十年程度しかこの身体は持たん」

「だから、魔王を身体に取り込み勇者のパートナーがソレを散らすことで他の人間と同じ寿命になるんだよな」

カナタは期待を込めて言うと、赤の勇者は黙った。

口元が一切動かず、勇者仮面に顔を半分隠した彼女の感情をカナタは読み取ることができない。その時にカナタはふと気づいた。

「……言えないことあるか」

「うん?」赤の勇者は一瞬なんの事か分からなかったようで首を傾げた。しかし、すぐに気づき口角を上げた。「不義魔法のことか」

カナタが眉を下げて、赤の勇者を見上げていると彼女は鼻で笑った。

「我らに掛けられた不義魔法は勇者村を謀ろうとすると発動するものだ」彼女は一呼吸をおいてから言葉をつづけた。「例えば、勇者を生成していると知った上で建物を破壊するとかな」

「……」

カナタは目を細めて赤の勇者を見ながら、ユキノを連れて来なくて良かったと思った。彼女がこの事実を知ったら助けると言いかねない。

「そんな、怖い顔するな。別にうぬを陥れるようとした訳ではない。事実を伝えただけで、選択をしたのはうぬだ」

――陥れられそうになったなって思ってねぇよ。

 赤の勇者を睨みつけると彼女は笑いながら、カナタへ拳が向かってきた。その速さに回避できずに両手で防御した。

 彼女の拳は幸い左手に当たったために痛みがなかったが左手が半分掛けた。

「なんだそれは?」彼女は眉を寄せて、左手を見た。「魔力で作ったのか?」

カナタが黙っていると、左手がボトリと床に落ちると欠けた部分が再生した。指を下にして地面を走ると赤の勇者に向かった。

「なんだ」

 左手は飛び上がると、彼女の腕にくっついた。

「なんだこれは」赤の勇者は膝をついて左手を睨みつけた。「魔力をすっているのか」

 彼女は深呼吸をする拳に力込めて左手を殴りつけて大破させた。砕けた左手の破片を地面の落ちると集合して元の形に戻った。

「勇者に向かって舐めた態度をとると思ったらこれがあったから強気だったのか」

 赤の勇者に睨みつけられてカナタは頭をかいた。

「舐めた態度とったつもりはねぇけど」

「その言葉遣いだ」

「あぁ、すいませんね」

カナタは地面に指をつけて向かってくる左手を見ながら謝罪した。

「俺にアオにも普通に話してたし」

「……そうか」

 赤の勇者は何かを思い出したような顔をした。

「我は戻る」そう言うと赤の勇者は消えた。

これはアオもよくやる『瞬歩』という動きであり、彼らが本気で走ったら目で追うことはできない。

カナタは赤の勇者の魔力は追ったが、あっという間に村の外に出てしまった。魔力探知を最大にしたがその範囲を超えてしまったので追跡することはできない。

――行ってしまった。

赤の勇者と戦えなかったことをカナタは残念に感じながら地面にいた左手を掴んだ。

「お前がいなかったら、俺の手はなかったなぁ。ありがとうな」

 左手は指をくるくる動かしてカナタにくっついた。


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