第3話

森の木々が騒ぎ始めた。カナタはアオに作った魔力人形を思い出して濃度上げながら手を作った。

作った手はドスンと音を立てて、地面に落ちた。落ちた手は指を足のように地面につけると自由に動きだした。

「意識切るとそうなるよな」

カナタは手を拾うと拘束された事を嫌がるように暴れた。

「あーー、言うこと聞けよ」

カナタはイライラして、腕に魔力を叩きこむと手は静かになった。

「いいか」カナタは真剣な顔をして腕に話しかけた。「俺の二の腕にくっつんくんだ」

手はカナタの言葉を無視するように、動かずダラリとした。

「おい」

カナタは雷のように鋭い魔力を腕に浴びせると、ソレは慌てて二の腕くっついた。そしてソレは二の腕と同じ色に変化した。

「う?」カナタは目を大きくして腕を見た。「お前、そんなこともできるのかすげーじゃん」

褒めると、手は嬉しそうに左右に揺れた。

うかつにも可愛いと思ってしまった。

カナタは何度か頷くと右手で魔力を集めた。

「おぉ」

左腕があっても通常通り魔力があるが集まり右手に球体ができた。

「常に左腕に魔力を使わないからか」

カナタは自分の意思とは関係なく指を動かす左腕を見た。

アオに渡した魔力人形を思い出した。

「アレまだ動いてんのかな」

小さく息を吐いた。

アオを思い出すたびに胸が針に刺されたように痛くてたまらなかった。

次の夜。

黒いローブを羽織り、ボタンを付けようとしたが左手が手伝いを拒否した。

「そうかよ」

 カナタはローブを着るのを諦め窓から外へ出た。

月明りがあったが、木々が茂った森は真っ暗であるため視界に頼るのをやめ魔力探知を行った。まずは、森の入り口にいるウサギの形をした魔物を相手にすることにした。

「ちゃんと働いてくれよ」左腕に話しかけた。左腕は相変わらず指を自由動かしていた。

カナタは目を細めると「消すか」とつぶやくと左腕は拳を握りしめて少し腕を曲げやる気のあるポーズを見せた。

カナタはニヤリと笑い周囲を探った。

小さな魔力の塊をとばし、周りにある石や木の中に叩き込んでいった。

「よし」

魔物と無機物の場所が明確になると手に力を入れた。

ウサギの魔物が近づいてくるのを感じ、すぐに右手に魔力の塊を作った。素早くウサギに近づくと上から核に向かって魔力を叩き込んだ。すると、ドサリとウサギが倒れる音がした。

「いけるな」

カナタは、魔物に向かって正確に塊を叩き込みながら森の奥に進んだ。

「きたか」

大きなうなり声と共に、強い魔力が近づいてきた。

カナタはその場に留まり、相手を待った。

左側から魔物が近づいてきた。すぐに左手で魔力の塊を作ろうとしたができなかった。

「あ、そうだった」

魔物が左側から真後ろに移動した。

「でかいなクマ系か? うわ……」

大きな図体が飛び掛かってきた。その速さに身体がついて行かず避けることができなかった。

――ヤバい。

その時、生暖かいモノが顔に掛かった。

「え……」左手がクマの腹を突き破り、中から青く輝くモノを抜き出した。「え、なに?」

青い石はすぐ溶けて、手からこぼれ落ちると地面に吸い込まれるようになくなった。

「……」

呆然としていると、クマはカナタの真横にバタリと倒れた。左手が突き破った所からは血がどくどくと流れている。

「よくやった」

ポロリとカナタの口から言葉がこぼれ落ちると血にまみれになった左手はとくげにガッズポーズを取っていた。

――青い石が核なんだろうな。

 その後、左手は疲れたように動かなくなった。カナタは周りにいたオオカミや大型のトリの形をした魔物を倒し回った。その後病室に戻った。

それを毎日行っていたが左手が戦いに参戦したのは最初の一回であった。

ある日、病室に来たユキノに「深夜抜け出しているんしょ」と言われた。

「いや、身体なまるし」

「手がなくなったんよ。少し大人しくしてなよ」

腕を組み真っ赤な顔をしたユキノに見下ろされた。カナタはベッドの上でへらへらとした笑いを浮かべていた。

「そういう訳には、行かねぇよ」

カナタは暴れる左手を布団の中で押さえつけながらユキノの顔を見た。「アオに捨てられても俺はアオのパートナーだ。アイツを追いかける」

「はぁ?」ユキノは目を大きくした。「そんなん、青の勇者様がいらないとおっしゃるならいいじゃないん。一緒に暮らそうよ」

「やだ」

はっきり大きな声で否定した。

勇者のパートナーをやめる選択肢は初めからなかった。彼の捨てられた瞬間、死を選択しようとしたが彼の事を思い出すたびに一緒に魔王を倒したいと言う気持ちあった。

「青の勇者様はカナタのことをいらないとおっしゃられたんよ」

「知っている」

大きな声を出すとユキノの言葉は止まった。

アオのつけた勇者仮面の青い石が冷たく光っていたのをよく覚えている。

けど……。

 カナタは歯を食いしばり、床を見た。

ユキノは悲しい顔をして「知らん」と言うと病室を出て行ってしまった。


病院を出たユキノは後悔しながら真っ赤になって沈む太陽を見た。ゆっくりと暗くなっていくその光景はまるで自分の心の中を表現しているようであった。

何度もため息がでた。

「あら、ユキノじゃない」

甲高い嫌味な声が真後ろでした。

聞き覚えの声で相手が誰だがすぐに分かった。

聞こえないふりをしてその場を立ち去りたかったが、それが一番面倒なことになると知っていたため仕方なく、後ろを向いた。

立っていたのはユキノよりも十センチ以上高い赤い髪の少女だ。彼女は長い髪に触れながら赤い瞳でユキノを見た。

容赦も性格も強烈な彼女をユキノは好ましく思っていなかった。

「ミサキ様、何か用ですか?」

「あら、冷たいのね。せっかく、青の勇者様に捨てられて手まで失くしたお兄様のお見舞いに来たのに」

ねっとりとした嫌味な言い方が癇に障った。

「ご足労おかけ致しまして恐縮でございます。兄は心身ともに衰弱しておりますので控えて頂けると幸いにございます」

「あらら」わざとらしく、眉を下げた。「残念ね。私たち、近いうちに出発するからそれの挨拶も兼ねてと思ったのに。同じ勇者様のパートナーとしてね」

頬に手をあて、クネクネと身体を動かすミサキが気持ち悪かった。

「お兄様はこれからどうするの?青の勇者様に捨てられたならこの村にいられないわよね」

「そんな規則はございません」

ユキノはイラついている内心がバレないように表情を動かさずに話をした。

「そりゃ、勇者様に捨てられた人なんていないもの」ニヤリとミサキは嫌な笑いを浮かべ、左手を頬に持っていった。「そうじゃなくて、貴女のお父様がそんな恥ずかしい人間を家におくわけないのではじゃなくて?」

「……」

ユキノが何も言わないでいると、ミサキは勝ち誇ったように笑い「それじゃ、準備があるから」とその場を去って行った。

ユキノは自信満々に歩くミサキの背中を見ていた。

彼女が目的地に向かってぶつかることなく真っすぐ歩いている。それができるのは彼女が勇者のパートナーであるため周りの人間が気を遣い、道を譲ってくれるからだ。

勇者とそのパートナーへの好待遇はどこへ行っても同じだ。

「それだけ、皆魔王がいなくなってほしいんだよね」

ユキノは森の方を見た。

結界があるため村には入って来ないが一歩外にでれば魔物がいる。

「ユキノ、ここに居たか。もう暗くなる」

後ろから、父の声がして振り返った。

父の手招きに呼ばれ近くに行くと彼は「帰る」と言うので一緒に自宅に向かった。

「なあ、カナタはどうしている?」

思いもよらない父の言葉に驚くと同時に、嬉しく感じた。

「回復しているんよ」

「そうか」

父は感情ののっていない声で答えた。それでもカナタを気にかける言葉は喜ばしかった。

「うん。でも、もうそろそろ村を出るっていうんだよ」

怒ってと言うと父は嬉しそうに笑った。

「え……?」

ユキノが目を細めて父を睨んだが、彼は気にする事なく「よかった」と楽しそうであった。それにカッなり、父の背中を殴った。

父は「おっと」と言ってよろけたが、なんでもない顔をして家の中に入った。

そんな父に苛立ち「ちょっと」と大きな声が出てしまい、周囲の注目を浴びてしまった。ユキノは慌てて自分の口を抑えて家に入った。

室内で父を探すと彼はテーブルに大量の酒を並べていた。それは祝杯をあげているようだった。

「ちょっと、なんで?カナタは完治していないのに、もう青の勇者様の後を追うって言っているんよ」

「それは、素晴らしいことだ。安心した」

父の様子に嫌悪感を抱いた。

「もしかして、お金?」

父が酒を置いているテーブルを思い切り叩いた。彼は真っ赤な顔をさせながらゆっくりとユキノの顔を見上げた。

「勇者村に行ってきたん?」

父は大きく頷いた。

「そうだ」彼は酒の入っているコップを楽しそうに揺らした。「アイツが青の勇者様に捨てられた時は終わったと思ったが、勇者村の方々はアイツが青の勇者様を追って魔王討伐に行くなら今まで通り資金援助はやめないとおっしゃられた」

グビグビと喉を鳴らして酒を飲む父の姿をユキノは悲しい目で見た。

「そう」

「あぁ、お前もいい加減、剣術なんてやめて人生を楽しんだらどうだ? 金ならいくらでもある」

下品に笑う父に嫌気がさして剣を握ると家を出た。

父の声が聞きたくなかったから、家から少し離れた広場まできた。

辺りは暗くなり広場の周りには誰もいなかった。

「クソッ」

感情に任せてひたすら剣を振った。

カナタが勇者のパートナーとして魔導士の家に行ってからずっと剣の練習をしている。   

その甲斐あって村の護衛団の隊員になり魔物を倒してきた。

だから……。

カナタが魔物に襲われている時やれると思った。最初は辛かったが次第に魔物が弱くなり一瞬で蹴散らせるようになった。

――アレは私の力ではなくカナタの魔法。しかも、自分が動けなくなるくらいの量の魔力を使っていた。

「あぁぁぁ」

ユキノは大きな声上げて、力いっぱい剣をふった。

頬が濡れるのを感じた。

持っている剣を地面に刺し自分の頬を叩いた。

ジーンと痛みが広がった。

「泣くな、恥を知れ」

再度、剣を両手で握り構えた時……。

「うるさい」

どこからか声が聞こえた。驚いてあたりを見回したが見つけられなかった。

「うぬはどこを見ておる」

声は真後ろで聞こえた。振り返り、視線をだいぶ下に下げると真っ黒なおかっぱ頭の少女がいた。彼女の真っ赤な瞳は全てを見透かすようであった。

「ぬしは……」そう言って、彼女はユキノを上から下までみた。「なるほど」

「な、なんですか?」

幼い少女の外見にそぐわない異様な雰囲気に警戒した。

――村で見たことのない。外の人間……?

「うむ、剣術の練習か?」

「そうですが、貴女は誰でしょうか?」

剣を降ろして、じっと少女を見下ろした。

彼女の真っ赤な瞳を見ると、生意気な勇者パートナーミサキを思い出したが彼女とは全く雰囲気が違った。

「ほう、なら手合わせをしてやろう」

外見に似合わない言葉遣いをする少女は、ユキノの話を全く聞かない。

「我は素手だが」少女はユキノに向かって拳を向け、足をひき構えた。「うぬは遠慮なく剣を使え」

「いえ、その……。私は」ユキノは両手と首を振るが、ニヤリと笑う少女にはユキノの声が聞こえていないようであった。

戸惑っていると少女は地面を蹴り飛び上がると殴りかかってきた。

「え」

慌てて、持っていた剣を構えようとしたが遅かった。気づくと地面に倒れて、頬がジーンと痛んだ。

「うぅぅ」何が起こったが分からず、うなりながら目を開けると少女の足が目の前にあった。     

その後ろにはさっきまで振っていた剣がある。口に中が切れていたようで血の味がした。

「遅い。うぬに剣は重いのではないか? 素手でこい」

見下ろす少女はユキノの肩ぐらいしか身長がないのに、クマのように大きく見えた。

「立て」いつまでも地面に横たわるユキノを少女は怒鳴った。

戸惑うユキノを見て少女は大きなため息をつかれた。

「うむ、見込み違いか」そう言って少女は背を向けた。

それにユキノは焦った。少女が誰だか分からなかったが、このままではずっと弱い人間でいる気がして嫌だった。

――カナタが勇者を追うなら私も行きたい。

頬の痛みをこらえて立ち上がった。

「待ってください」大声で少女を呼び止めた。「立ちました。大丈夫です」

「ほう」振り向いた少女はニヤリと笑うと両手を構えた。「では、我が拳をよけろ。そしたら終わりにしよう」

「え、ちょっと待って下さい」と、ユキノが叫んだ瞬間に少女の拳が腹に入った。

「うっ……」あまりの痛さに膝が地面についた。更に脇腹を蹴られ地面に倒れた。

呼吸が乱れて、胃から何かが上がってくるのを感じた。

「うぇあぁ」

胃の中にあった物を地面にまき散らした。それは少し赤身を帯びていた。腹を抑え必死に呼吸を整えようとしていると、少女に拳が降ってきた。拳は顔の真横の地面にめり込みそれを見てユキノは肝を冷やした。

「休憩か。余裕だな」

恐怖で心臓が止まりそうになった。全身に激痛が走ったが無理やり立ち上がった。その瞬間、拳が飛んできた。必死に避けたが回避できずに左腕に当たった。

「おぉ、ズレたな」少女は楽しそうに笑った。

彼女とは三十センチ近く身長差がはずだが、脚力でそれを補っていた。繰り出される拳や蹴りを必死で避けたが、どれも避けられず防御することも叶わない。

痛みで感覚がなくなり、立っていることも不可能になり真っ暗な空がぼやけて見えた。

「うむ」少女はつぶやいた。「そんな顔をするな。今日はもう何もしない」

少女の言葉に安堵して身体の力が抜けた。

「うぬは我のことを知らないようだな」

「……」

答えようとしたが、言葉が出なかった。

その時、遠くの方で聞いたことのある声がしたが何を言っているのか分からなかった。 

しばらくすると、身体が軽くなり意識もはっきりとした。空も見えるようになった。

ゆっくりと起き上がると辺りには誰もいなかった。しかし、あれだけ攻撃を受けたのが嘘のように身体が軽かった。

――回復魔法?

不思議に思いつつ帰宅と、寝室から父の大きなイビキが聞こえた。

ため息をつきながら、リビングに行くとパンと焼いた肉が置いてあった。父が飲み食いした物は全て綺麗に片づけられていた。

「そういう所は、ちゃんとしているんよね」

テーブルにつくと父が用意してくれた食事を食べた。いつもより空腹を感じて食が進んだ。腹が満たされると、シャワーを浴びでベッドに入った。

身体が軽かったが疲労しているようですぐに入眠することができた。

翌朝。

起きるとすぐに身支度をして朝食をとった。 父が気になったが、寝室からイビキが聞こえたので顔も見ずに家を出た。

ユキノは護衛団棟に出勤すると制服を見てため息をつきながら着替えた。

護衛団は国立であり物資はすべて国から送られてくるから文句を言えない。しかし、ユキノは制服が好きではなかった。

上半身は胸を半分しか隠しておらず、下半身は太腿から下がむき出しのショートすぎるパンツであった。膝上のブーツを履くため足はそこまで出ないが上半身は下乳が見える。

男性制服は足出ず二の腕のみの露出であった。

羽織物に規定はなかったため、ユキノはいつも長袖の上着を着て乳と腹を隠していた。

本日は村入り口付近にいる魔物の討伐だ。

ここ一体には小動物型の魔物しかいないため、数名の護衛団で問題なく討伐できた。ユキノは五人の護衛団と一緒に村の入り口付近に向かった。

到着するとすぐにウサギ型の魔物が数匹から現れた。仲間と共に剣を構えた。

――剣が重い。

魔物は素早く動き、護衛団のメンバーを翻弄していた。

「……?」

何度も剣を握り直すユキノを不思議に思った仲間が「どうした?」と心配そうな顔をして声を掛けた。

「いえ」ユキノは頭を振り、目の前にいる魔物に集中した。

自分の足元にきた魔物に剣をまっすぐに下ろした。剣に貫かれた魔物は悲鳴を上げて倒れた。その調子でユキノは次々と魔物を刺していった。

――やっぱり

五匹以上倒して、疑惑は確信に変わった。剣は重いが魔物の動きがいつもよりも遅かった。

「すげーな。ユキノ、いつもの倍以上の収穫じゃねぇか」

護衛団棟に戻ると今日の成果を仲間に褒められた。

ユキノは自分の手を握りしめてじっと見た。 不思議な感覚であった。

――今日も広場へ行ってみよう。

はっきりと実力がついているのが嬉しく感じた。

「カナタの旅についていけるかも」

嬉しくて思わず言葉に出てしまった。それを聞いた護衛団の一人で一番長身の男が頭を上げた。

「なんだ? 魔王討伐にいくのか?」

長身の彼は討伐した魔物のさばく手を止めて聞いた。

「ええ」返事をしながらユキノは悩んだが、隠しても仕方ないと思い「カナタが希望しているのです」とはっきり答えた。

「カナタ様は青の勇者様に捨てられたんだろ。青の勇者様に実力がないと言われたなら危険じゃねぇのか」

長身の男は心配そうな顔をした。

彼はユキノが入団してからずっと面倒を見てくれている良き先輩だ。

「そもそも、魔王は倒せず勇者様による封印だろ。勇者様がいなきゃ討伐できねぇだろ」さばいた魔物の肉を袋詰めしている髭の護衛団員が忠告した。「だから、魔王討伐は封印できる勇者様とそれを補佐できる魔導士がいくんだろ」

「そうですが……」

ユキノは弱々しく答えた。

できるなら、自分が代わりたかった。弟を旅に行かせるのは心配だった。

「あぁ、早く魔王を討伐してほしいねぇ」と言いながら女団員が一番奥で袋に詰めした魔物肉を箱に入れていた。「そしたら、こんな魔物になった動物じゃない物が食べられるだからね」

「そうだな」髭の護衛団員が大きく頷いた。「魔王がいなきゃ。魔力に侵されていない美味しい動物が食べられるし、魔物にも怯えないで生活ができる」

「魔力に侵されていない美味しい動物ですか?」

ユキノは魔物の数を数え終わると、現場業務を引退して事務作業をしている老人に話しかけた。

「あぁ」老人は頷いた。「わしが生まれた当時は魔王がいなかった。子どもの頃は隣町へ一人でいったものだ。八歳くらいだったか。結婚してしばらくすると魔王が復活したと噂が流れてきて一年で森の動物はみな魔物になってしまったよ」

「そうですか」

「確かに、魔物がいない生活がしてーな」長身の男がゲラゲラと笑いながら、討伐した魔物を全てさばき袋に詰めて今日の作業が終了した。

これらの肉は全て店に売られる。

ユキノは着替えると、報酬と肉を貰い帰宅した。

父はどこかに行ったようで家はガランとしていた。荷物を片付けると、今日は手ぶらで広場へと行った。

日が沈みかけ、空は真っ赤に染まっている。

広場に誰もいないと思った瞬間、「魔物臭い」と言う声がした。

驚いて後ろを振り返ると視線の下に少女がいた。

「うぬは背後を取られすぎ。死ぬぞ」と言う言葉と共に足が飛んできた。避けよとしたが間に合わず、膝で受けた。足に力をいれることで何とか倒れかったがジーンと足がしびれた。

「すいません」

弱弱しい声で謝ると少女に睨まれた。

「なぜ、謝る?」

少女の大きな赤い瞳に見られて、手から汗がでた。人形のような可愛らしい顔をしているが、眼力が強い。

「いえ……」

ユキノが戸惑った表情をしていると、少女はバカにしたように鼻で笑った。

「うぬは我に許しをこうているのか?」

少女の圧に押されながら、ユキノは小刻みに首を振った。

「我は、『背後を取られると死ぬ』と警告してやったのだ」

彼女の言うことは最もであった。癖のように謝罪してしまう自分を恥じた。

「はい。そうですね」ユキノは頷くと頭を下げた。「ありがとうございます」

すると「うむ」と言いながら少女は微かに口角を上げた。少女がはじめて見せる笑顔にユキノはドキリとした。

「笑った顔、可愛いですね」気づくと思いを言葉にしていた。すると、少女は真っ赤になって頬に両手当てて体を左右に揺らした。

大人びた少女の年齢相応な姿を見てユキノは微笑ましく思った。

「何を笑っている」

少女に睨まれて、ユキノは慌てて表情を整えた。

「いえ、今日は私の話を聞いてくれるのですね」

「あー」少女は顎に手をあてた。「あぁ、あれは聞きたくなかったら無視した」

当たり前だと言う顔をする少女に「そ、そうですか」と頷くしかなかった。彼女が見ている世界と自分が生きている世界が違うように感じた。

「うむ。今日は我に一撃入れてみろ」と少女は頷くと両手を握りしめて構えた。

「えっ、ちょ……」突然、彼女の雰囲気が変わった事に戸惑った。

少女が顔から表情を払いのけると勢いをかろうじて手で防御したがその手に激痛が走った。つけて顔面目掛けて蹴りを繰り出してきた。

「防御するとは成長しとおるの」

少女は先ほどとは全く違う笑顔を見せると、ユキノの脇腹を殴りつけた。これは防ぐことが出来ずにもろに食らい足元がふらついた。

「ぐふぅ」

更に、鳩尾を殴られて呼吸ができなくなった。何度も同じ場所を殴られ、口から血がでた。にやつく少女の顔がぼやけて見えた。

脇腹を抑えながら、足に力を入れて後方に大きくとんだ。すると、少女の攻撃がやんだ。

――ヤバい。考えろ。

朦朧とする意識の中で、ユキノは回避方法を必死に考えた。

「あっ」ユキノは赤くなる少女を思い出した。

少女が一気に近づいた瞬間、ユキノは彼女の耳元で「可愛いねぇ」とふいた。その瞬間彼女は耳まで赤くして動きを止めた。

そのチャンスをユキノは逃さなかった。

頭を彼女の方に倒し当てた。

「うむ。一撃は、一撃か」

少女は拳を降ろして、ユキノと距離を取った。

「うぅ……」

ユキノは必死に呼吸を整えようとしたが上手くいかず、今すぐにでもその場に倒れたかったが耐えて少女を見つめた。

「呼吸するのも苦しいのによくさっきのセリフを言ったな」

感心する少女を見ることしかできなかった。すると、遠くの方で聞き覚えのある声がした。

その声を聞いた少女は「おお、きたか」と手を招いた。

現れたのはミサキであった。彼女は目を細めて「またですか」と言いながらユキノを見た。

「ミサキ、コレをなおせ」

少女の言葉に「はい」とミサキは短く答えると、手をかざして詠唱を始めた。すると、次第に体の痛みが消えて動けるようになった。

詠唱が終了するとミサキは少女のもとに跪いた。

「アカ様、終了いたしました」

「アカ様……?」怪我が治ったユキノは立ち上がると目を大きくして少女とミサキを見た。

ミサキはユキノの手を強引に引っ張ると地面に膝をつけさせた。

「お前ごどときが勇者様のご尊名をおよびするなど万死に値する」ミサキは大きな声で怒鳴った。

――赤の勇者様……。

予想外すぎる少女に正体にユキノは唖然とした。

「アカ様もアカ様です」

眉を下げたミサキは瞳の位置に赤い石が入った勇者仮面を取り出して両手でアカに渡した。

アカはため息をついて勇者仮面に向かい、追いやるように手を振った。

「なりません」ミサキは大きく首を振った。「アカ様のご尊顔を下々が拝見するなどあってはならないことです」

「うーん……」

アカは眉を寄せながら、勇者仮面をつけた。そしてこれでいいかと言うように勇者仮面をつけた顔をミサキに見せた。

ミサキは笑顔になり頭を下げた。

「……赤の勇者様」

ユキノは彼女から地面に視線を移した。

見たこともない美しい少女が勇者村しかない田舎町にいた理由。

幼いのに大人びた雰囲気あり鬼のように強い理由。

上からな話し方や異様な圧の理由。

『赤の勇者様』の一言でユキノの中で、すべての事が繋がり納得がいった。

「赤の勇者様は……」ユキノは跪き地面を見たまま赤の勇者に話しかけた。「なぜ、私なんかにお声を掛けてくださったのですか?」

「そうです」ミサキは赤の勇者の足元に膝をつき、じっと彼女の顔を見た。「なぜ、村の人間なんかに声を掛けるのですか?」

「ミサキ」赤の勇者は口に人差し指を立てるとゆっくりとミサキを見た。

「申し訳ございません」

ミサキは青い顔をして頭を下げた。

彼女らの関係を見てユキノは不思議な気持ちになった。『勇者』とは敬うべき存在であるから彼女らの関係が正しい。

――あのカナタが『勇者』跪くか?

気づくと、ミサキの横いた赤の勇者がいなくなっていた。慌てて周囲を確認しようとした瞬間、頬に衝撃を感じそのまま地面に顔を擦り付けた。

「声か掛けた理由か」蹴った足を降ろしながら、赤の勇者はニヤリと笑った。「面白いからに決まっておろう」

赤の勇者は足をひくと、拳を握りしめてユキノに向け構えた。

「回復しただろ。立て」

ニヤニヤと笑う赤の勇者に見下ろされユキノ唾を飲み込んだ。深呼吸をすると、地面の砂を握りしめて立ち上がった。するとアカは嬉しそうに笑った。その笑顔は以前見た年齢相応のモノではなくもっと邪悪なものであった。

横目でミサキを見ると、彼女は跪いたまま顔を上げ赤の勇者を見ていた。

「あはは」赤の勇者を笑いながら、地面を蹴りユキノに突っ込んできた。

ユキノはすぐに両手で腹を防御すると「阿呆か」と赤の勇者は言いながら飛び上がった。

「……」

空中にいる赤の勇者をユキノは目を細め見ると、彼女の身体に狙いを定めた。身体をひねり、赤の勇者の蹴りを避けると彼女の腹に向けて拳を放った。

「ほう」赤の勇者はニヤリと笑うとユキノの拳を掴んだ。

「え……?」驚いて動けずにいると、拳を持つ   赤の勇者の手に力がこもった。「いたっ」

赤の勇者は持っているユキノの拳を軸に体を回転させると、頭めがけて足が飛んできた。

「うぁ」

赤の勇者の動きは見えたがよけきれずに、彼女の足が側頭部にヒットした。激痛が走ったが倒れないように堪えた。

赤の勇者は回転しながら、ユキノの背後に着した。

背後から攻撃が来る事を想定できたが、側頭部に受けた衝撃で身体を動かすことが出来なかった。

背中に何発もの拳をもらった。

「うぇ……」痛みで呼吸がしづらくなった。

ユキノは重力に逆らうのをあきらめて、その場に倒れると横に回転して赤の勇者の攻撃から逃げた。

赤の勇者は「ふーん」と言いながら追ってきた。彼女の拳が降ってきたので再度回転してよけた。しかし、よけきれず何発も拳が腕にあたった。

「あぁぁ」腕は鈍い音がして、耐えられないほどの痛みが襲った。

「もう、それはつかぬぞ」

見下ろす赤の勇者は楽しそうに言った。

――殺される。

ユキノは普段ではありえない方向に曲がった腕を抑えながら立ち上がった。腕は少しでも動かすと痛みが全身に走った。

「立ったか」赤の勇者が拳を握り構えた。

ユキノは荒い呼吸を無理やり整えて赤の勇者を見つめた。全身が痛すぎてだんだん麻痺してきた。小さく息を吐くと地面を蹴り、赤の勇者に向かった。

何してもやられるならとヤケクソになっていた。

彼女は身長が低いため拳を当てるよりも蹴りの方が、効率が良いと判断し彼女の腹部に足を向かわせたが腕で難なく止められた。

すぐに足を戻すと後方にとんだ。すると腹の前を赤の勇者の拳が通った。間一髪で彼女の攻撃を避けることに成功した。

「おお、良い判断だ」

赤の勇者は楽しそうに笑っているがユキノは限界であった。足がふらつき、立っていることが辛い。

「そろそろか」赤の勇者は頷くと、ミサキの方みた。

「はい」

ミサキは小さく頷くユキノに手を翳し詠唱を始めた。すると、体の痛みがなくなり変な方向を向いていた腕ももとに戻った。

「ミサキ、それをずっと続けろ」

ミサキは赤の勇者の言葉を聞いて顔を青くしたが「はい」と小さく返事をした。

それを境に、赤の勇者から攻撃を食らっても一切痛みがなかった。

「どうだ?」楽しそうに赤の勇者が拳を鳩尾に当ててきたが何も感じない。

赤の勇者が攻撃をして動きが止まった瞬間を狙い、上から彼女の頭を殴りつけた。見事に当たり、赤の勇者は頭を押さえて後方にとんだ。

彼女を殴った手が真っ赤になったがすぐにもとに戻り、痛みどころか彼女に触れた感触もなかった。

地面を蹴り赤の勇者に向かっていったはずであったに、気づくと地面に倒れていた。

身体に痛みがなく、何が起こったのか分からない。すぐに起きた次の瞬間、地面に顔をつけていた。

「アカ様」

ミサキの苦しげな声が聞こえた。

「もう限界か」アカのため息が聞こえた。

その瞬間、一気に体が重くなった。痛みは一切ないが疲労感で身体が動かない。

「ミサキの魔力切れだ」赤の勇者が、顔を覗き込みそういった。「まぁ、以前より記録が伸びたからいいか」

そう言うと赤の勇者は笑いながらその場を去っていった。

目の前にあった、夜空には多くの星が光り輝いていた。

「夜になっていたんだ」

戦うことに夢中で、周囲の状況を全く見ていなかった。

しばらくしてミサキの顔が視界に入った。ミサキは隣にゴロリと転がった。

「お疲れ様」いつもの威圧的な彼女が優しい口調で話してきたことに驚いた。

「え……?」

「勇者のパートナーでない貴女がボコられているのをみて同情したわ」

「……」いつもとは違う彼女態度に戸惑いを感じた。

横目でミサキを見ると、彼女は眉を下げて空を見ていた。ユキノは小さく息を吐くと同じように空をみた。

空では相変わらず、多くの星が光っていた。

しばらく沈黙が続いた。それが気まずくて話題を探したが思いつかず口を開けなかった。

「貴女は強いのね」沈黙も破ったのはミサキであった。「アカ様が飽きるまで付き合えるなんてすごいわ」

「……」ユキノは少し考えてから口を開いた。「ミサキ様の力があったからです」

「私の回復魔法があるからアカ様は容赦なく貴女をボコったのよ」ミサキは呆れたような口調で話した。「よく立ち上がったわね」

「強くなりたいのです」はっきりと言った。

ミサキは驚いてユキノの顔をじっと見た。

「勇者のパートナーでもないのだから、危険な目に合わなくても村で普通に生活できるでしょ。」ミサキは変人を見るような顔していた。「弟が勇者のパートナーなら経済的に困ることはないじゃない」

「そうですね」

彼女が言っている意味は分かる。勇者と共に戦う以外の道を与えられなかったミサキにとってユキノの行動は異常に映っているのだろう。

「ミサキ様は勇者のパートナーなりた……」

そこまで言ってユキノは言葉を止めた。

聞いてどうにかなるものではない。

「……あはは」ミサキは少し考えたあと乾いた笑いを浮かべた。「勇者のパートナーってね。どこに行っても好待遇なのよ。すべての物が無償で手に入るわ」

ユキノは彼女のセリフに小さく頷いた。

「アカ様の指導を受けたら、強くなれるわよ」

そういう言うミサキにユキノは好感を持った。今までまともに話をしたことがなかったが、周囲の空気を読むことのできる賢い人間のだろう。触れられたくない部分を上手に避けた場の雰囲気を壊さない。

「ミサキ様は、お師匠様がいらっしゃいますからこういったご指導にはなれていらっしゃいますよね」

ユキノの言葉にミサキは顎に手をあて少し考えが後眉を寄せた。

「確かに、私の師の指導も厳しかったけど……」ミサキは見上げた。それは空よりずっと遠くを見ている表情であった。「アカ様の指導を見たらぬるいわ」

ミサキはアカからの指導を思い出しているようで顔を青白くなった。

「アカ様とはお会いして一週間……」彼女は言葉を一度止めると間を置き「地獄よ」と強く主張してきた。

「今回、貴女にかけた回復魔法だけど、回復魔法だからね。あんな風にずっとかけ続けて無敵する魔法じゃないの」ミサキは興奮して起き上がると、ユキノの顔を指さした。「しかも貴女移動するから調整しないといけないし」

「あ、戦闘中だったもので……」ミサキの圧に押されてユキノの声が小さくなった。

「その回復魔法を無敵魔法にしながら、自衛しろっていうのよ。あの鬼勇者はさぁ」

興奮したミサキは鼻息を荒くしながらユキノに近づいてきた。普段の優雅で余裕な彼女からは想像できない姿だった。

ユキノが呆気にとられてポカンとした顔でミサキを見ていると「なによ」と目を細めた。

「あ、いえ……」ユキノは両手を前に出して、ミサキがこれ以上近づいて来ないように防御しながら顔をそらした。

「言いたいことあれば言いなさいよ」片手で顎を無理やり掴まれると、顔を近づけて目線を合わされた。

逃がさないという彼女の強い意思を感じた。

「あ……」ユキノは仕方なく口を動かした。「昨日の会いましたミサキ様とご様子がずいぶん違いましたので……」

ミサキは頷くとユキノの顎から手を離して両手を上あげた。

「違う世界の人間でいるためよ」

彼女の言っている意味が分からずに首を傾げた。すると、ミサキは面倒くさそうに真っ赤な長い髪を左右に揺らした。

「私は勇者のパートナーなのよ」ミサキは自分の胸に手をおいた。「もし私が死んだ時、魔王に立ち向かった素晴らしい勇者のパートナーとして人々に記憶されたいの」

手を降ろすと少し寂しそうな顔をした。

「悲しむ人間なんて存在してはダメなの」

「ご両親は……?」

「親」ミサキは眉を寄せて怪訝そうな顔をした。「貴女の親はどうなのよ?」

ユキノは自身の父を思い出し、心が暗くなった。

「……」

ユキノを見下ろして指さした。

「明日には私たち出発するから、アカ様のご指導も今日までね」

「そうなんですか」

彼女と知り合ったのは最近だが、寂しい気持ちになった。

「それよ」ミサキは腕を組んで首を曲げた。「その顔はダメよ」

「え……」

ユキノは自分の顔に触れた。

「勇者のパートナーが魔王討伐に出るよ。笑顔で見送るべきじゃなくて?」

ニヤリと笑うミサキに、ユキノは苦い笑いを浮かべた。

翌日。

勇者出発の日と言うことで町全体が祭り騒ぎであった。

アカは勇者村にある自室にいた。小さく息を吐くと、二度と戻ってこない自室をゆっくりと見渡した。少ない私物は全て破棄したため部屋はガランとしていた。

アカは机の上にあった勇者仮面を手に取りじっと見つめた。自分の瞳と同じ色をした石に触れた。

今、勇者仮面をつければもう人前では取ることは許されない。

「……人間をやめるみたいだ。否、ずっと人ではなかったな」

仮面をつけながらアカは小さい声でつぶやいた。

勇者村に来たのは生後すぐであったが、勇者村にアカを連れてきた大人も受け取った大人も嫌な雰囲気あったのをしっかり覚えている。

五年ほど勇者村で過ごすと『勇者』がなんなのか理解して絶望した。

生きる意味を見出せず勇者村の敷地内をふらついていたら森の方から楽しそうな声がした。

「え……?」

アカはその声に心底驚いた。

残酷な運命を背負った『勇者』たちが笑っている姿を見たことがなかった。

――侵入者か。

アカは深呼吸をすると、拳に力をいれて森に入った。奥に進むと笑い声が大きくなった。

声に近づくと木陰に隠れて様子を伺った。

声の主は金色の髪をした少年であった。彼はしゃがみこんで何を見つめているがアカの位置からは見えなかった。

――アオ。勇者か。

アカは目を細めて、アオが笑い声をあげている理由を確認としたが彼自身が邪魔して分からなかった。

その時、アオが立ち上がった。

――なんだ。あの黒いモノは……。

彼が動いた瞬間、黒いモノが彼の身体を通り服の中へと入って行った。

「アカ?」

アカに気づくと彼はアオに近づいた。

目の前に立ち、真っ青の冷たい目で見下ろされた。「何か用ですが?」

巨人のように大きなアオにアカは内心焦ったが、負けずと大きく目を開きアオを睨みつけた。

――なめられる訳にはいかない。

アカは深呼吸をすると、彼を威圧する言葉を必死に考えた。

「主に用などない」アカは腕を組むと首を傾けて目を細めてため息をついた。「うぬぼれるな」

アカは大きく動く心臓を押さえつけて、目の前に立ちふさがるアオの脇腹を出て押しのけた。反撃されるかと警戒したが何もなく安心すると彼の後ろにあった大きな石に足を組んで座った。

アカは自分の顔の位置がアオ肩くらいになるようにした。本当は見下ろしたかったが身長差がありすぎて叶わなかった。

「散歩のつもりだったが……」

アカは目を細めて彼を見下すような顔を作るとアオの服を指さした。

「その黒いのはなんだ?」

アカの言葉を聞いた瞬間、アオの顔色が変わった。

「それは外部のモノだな。主は外の人間と関わりを持っているのか?」

確信はなく、完全にはったりであった。

アカの心臓は今にも飛び出しそうなほどに早く動いていたが表情に出さないように必死であった。

「……」

アオは図星であったようで、顔をしかめて睨みつけてきた。

アオと言えば剣術、体術そして頭脳面に置いてトップクラスの成績を持つ勇者であり魔王討伐の有力候補の一人だ。

アカとしては彼に魔王討伐を成功させてもらいたいと考えていた。だが、外部と連絡を取っていることが気になった。彼がもし『真実』を知るなら魔王討伐拒否もあり得る。

沈黙が続き、アカは次の言葉を悩んだ。震える手を隠しゆっくりと顔を歪めるアオを見た。

「心配するでない」アカはニヤリと笑った。「質問に答えれば、それを報告したりはせぬよ」

「質問ですか?」アオは拳を握りしめて、アカから視線をそらさなかった。

その時、アオの服の胸のあたりが膨らみ不自然に動いた。彼は「あっ」と声を上げて胸を抑えると、それは彼の袖から顔だした。

真っ黒で人型をした生き物。

勇者村の書籍を全て読みつくした彼女にはソレの心当たりがあった。ソレを口にするのは博打であった。当たればアオの中でアカは強い存在として印象づく。

アカはゆっくりと呼吸をすると覚悟を決めた。

「それは魔力でできた人形だな」

アオの動きが止まった。

――ビンゴ。

あたったことがすごく嬉しかった。

大声で叫び転げまわりながら、喜びを全身で表現したかったがそれを必死に抑え、口角を上げると不敵な笑みを作った。

「そんな事ができるは魔導士だな」アカはゆっくりと足を組み替えて手で自分の髪に触れた。「そうか。自分のパートナーにあっているのだな」

アオは目をぱちくりさせて完全に動揺しているようであった。

彼が勇者のパートナーにあっているというのは完全にアカの想像であったためそれが正解し、涙が出るほど嬉しかった。

自分のカンを褒めたたえ、万歳をしながら飛び回りたい気持ちでいっぱいになったが実際はそんな事は出来ないため石の座りじっと耐えた。しかし、気持ちが落ち着ないため自分の黒いおかっぱの髪を撫ぜた。

「流石、五歳という年齢で僕と同じクラスに在籍するだけのことはありますね」アオは諦めたように黒い人形を服から出して肩に置いた。「このままいけば、三年後には勇者認定試験を受けられますね」

「その試験、死亡率高いぞ」

「試験で死ぬなら」アオは目を細め鼻で笑った。「魔王に会う前に死にますよ」

「成績トップな優等生なら余裕だろう」

「馬鹿にしているのですか」アオはため息をつきながら肩にいる魔力人形が落ちないように手で囲いを作った「僕は十三ですよ。年齢込みで考えたら貴女より下ですよ」

アオの様子に魔力人形は心配したようで、彼の頬に擦り寄っていた。

「ありがとう」彼は優しく微笑みながら魔力人形の頭に触れると撫ぜた。するとソレは嬉しそうに体を震わせるとアオの手を抱きしめていた。

『勇者』たちがすることのない笑顔を彼がしたことに驚いたがそれ以上に感情表現をする魔力人形の存在に目を疑った。魔力を人型にして攻撃する魔導士の記録はあるがそれ自体に感情を乗せるなど聞いたことがない。そもそも、魔導士が近くにいないこと自体が不思議だ。

周囲を確認したが、人の気配は感じられない。

「そんなに怖い顔をしないでください」アオは微笑んだ。しかし、それは魔力人形へ向けた優しい物ではなく、腹の底が見えない笑顔だ。「今、ここに僕のパートナーいませんよ」

心を読んだようなセリフにアカはドキリとした。

――人形へ向けた彼の態度の方が異常か。

クラスにいる彼はいつも穏やかな笑顔を浮かべ腹の底がみえなく胡散臭い。

大衆への安心感を与えるため優しい笑顔を作ることを義務付けられている『勇者』にとって笑顔をつくることは普通のことである。しかし、大衆がいない状況で笑顔なのは彼だけだ。

――さっきの素ということか。

笑顔のアオを見ると、アカは小さくため息をついて石から降りた。

「では、魔王討伐のためにお互い努力しよう」

「もちろんですよ」アオは強く頷いて笑った。

アカは彼の言葉に『魔王討伐へ行く意思』を感じて安心し、「そうか」と告げると森を出た。

自室に戻ると椅子に座り、アオから得た情報について整理をした。

「アオのパートナー、高度な魔術を使う者」

アカは目をつぶり、勇者のパートナーの記録を思い出した。

「勇者村に侵入してきてということはそれなり育っている年齢」

頭の中で条件に合わない人間を除外していった。

「ミサキ現在十五歳か」該当する人物を見つけるとその人物の詳細を確認した。「あー、こやつは双子の片割れがパートナー拒否で自殺しているのか。師はキクか……」

条件的にはあっているがアカの中でいまいちピンとこなかった。

腕を組み、椅子の前足を浮かせながら天井を見た。

「うーん」頭の中にある膨大な量の勇者パートナー名簿から条件にあてはまる人間を探した。「多分十歳以上……。カナタか。アオと同い年。師は……ダイだと」

アカは眉間にしわを寄せた。

「前回の魔王を封印している勇者のパートナーじゃないか」ため息をつきながら額をさすった。サラサラの黒髪がみだれた気にしている気持ちの余裕はない。「じゃ、いや……『勇者』の末路を誰かに言うわけがない。だが、アオが気づく可能性は……」

椅子を大きく揺らしながら、髪を引っ張るように撫ぜた。

「カナタ、カナタねぇ」

アカは頭の中にあるカナタの情報を引き出した。

「姉と父がいるのか。母……」母の情報を引き出した瞬間、アカの動きが止まった。ゆっくりと椅子の前足を地面につけると大きなため息をついた。「『違反』したのか」

アカは机に肘をつくと、頭を抱えて多くの空気を口から出した。

「そもそも、なんで魔王を倒さずに封印する理由って?」

腕を組み考え込んだ。勇者村にある書物や過去に聞いた会話、すべてを一語一句間違えなく思い出したが、魔王に該当する情報はなかった。

「極秘事項?」アカはまた、椅子の前足を床から浮かし椅子を揺らした。

ため息ついていると外から大きな音楽や人々の歓声が聞こえた。

アカは立ち上がり、窓の外をみると多くの人が笑い拍手をしていた。その人々の真ん中を通るが男女がいた。女は勇者仮面をかぶり、乾坤圏(けんこんけん)を腰に下げている。横にいる男はパートナー特有の黒いローブを羽織り顔が見えなかった。

「緑の勇者とそのパートナーの出発か」

彼らは人々に手を振りながら、村の外へと向かった。

その祭り騒ぎの中心にアカもいつかなるとは思っていたが、実際にそうなると照れくささを感じた。

アカは赤い石が目の位置に入った勇者仮面をかぶり、脇には黒いローブで身を隠すミサキをしたがえていた。

「赤の勇者様いってらっしゃいませ」

多くの人が二人を祝った。

この中で、カナタをフッたアオの度胸をすごいと思ったがそれだけの覚悟が彼にあったのだろう。

「アカ様」

ミサキに声を掛けられるとアカは「あぁ」と返事をして『勇者』の顔を作った。口角を上げ大衆に手をふりながらゆっくりと村の外へと向かった。


普段は静かな病室であるが、今日は勇者出発の日であったため大衆の声が病室内まで響いていた。

カナタはブーツの紐をしっかりと結ぶと黒いローブを羽織ろうとしたがやめた。

ローブを丸めてカバンに入れるとそれを背負った。

ほとんどの村人が勇者の門出を祝うことに夢中でカナタが病院を出ても誰も気づかない。彼は村の外れにある一軒のまるた小屋につくと扉を叩いた。

すぐには返事が聞こえると扉が開き、腰の曲がった老人が杖を突いて出てきた。

「ダイ先生」カナタは相手が言葉を発する前に大きな声で言った。「お金と後、なんか色々下さい」

「……」ダイは長く白い眉毛が隠れている目を少し開けた。彼はため息を着くと扉を開けたまま中に入っていった。

カナタはダイついて部屋に入った。

部屋はカナタがいた時と変わらず、居間にはテーブルと椅子以外何もない。奥には二部屋ありその一つをカナタが使用していた。もう一つはダイの部屋でありカナタは一度も入ったことがなかった。幼い頃何度も入室に挑戦したがそのたびに身体に傷が増えた。

ダイは杖を置き、ゆっくりと椅子に座った。それを見て、テーブルを挟んで対面のある椅子に座ろうとしたその瞬間ダイは両手を広げ重ねるとカナタに向けた。

強い圧を感じて身体が吹き飛ばされて壁に背中を打ち付けられた。

「うぁ……」カナタは鈍い声を上げ口から血を吐くと、ずるずると床に落ちた。「クソジジィ」

口について血を腕で拭った。全身に痛みがあったが、弱い姿を見せたくなく口角を上げて立ち上がった。

ダイは小さく息を吐くと「お前は強盗か」と白く長い髭の中にある口がゆっくりと動いた。

「あ……」カナタは首を傾げた。「アオに捨てられたから、追いたいんだ。勇者から離れたらパートナーとしての特権つかねぇから旅の資金がほしい」

「……」

黙って睨みつけるダイを見て、カナタは頭をポリポリとかきながらニヘラと笑った。しかし、ダイは何も言わず微動だにしない。

カナタは自分の頭を乱暴にかきむしると深呼吸をした。

「アオ様を追い共に魔王討伐を行いたいので資金援助をお願いします」と言って頭を下げた。

しかし、ダイからの返事がなかった。しばらく頭を下げていたカナタであったがあまりに返答がないためチラリとダイの方を見ると彼はカクカクと頭を動かして寝ていた。

「ジジィ」

カナタは頭にきて、飛び上がりダイを殴ろうとしたその時、目の前に彼の手のひらが見えた。次の瞬間、触れることはできず跳ね返され再度壁に背中を打ち付けた。

「あ、頭さげてんだろ」

カナタは全身に激痛を感じたが呼吸を整え、痛みをながした。すると左手が勝手に落ちて棒を掴んだ。

「え……?」左手は棒をダイ向かって投げた。「やめ……」止めようとしたが間に合わず棒はダイの肩に命中した。

「うぅぅ……」ダイはうなり声を上げて床に倒れた。

「はぁ?」カナタは訳が分からなった。

防壁魔法のたけている彼がただの棒に当たるわけがないと思ったが、彼の年を考え心配になり近づいた。

「うぅぅ……、勇者様に捨てられたから強盗とはなんたること」ダイは棒が当たった肩を抑えながら、わざとらしく言った。「なんだと……。師の部屋に入るつもりか」

「部屋?」カナタは首を傾げながらダイの部屋を見た。「入れってことか?」

カナタはダイのわざとらしい演技にため息をついて彼の部屋に行った。

「あ……」

いつも鍵が掛かっているその部屋はすぐに開いた。カナタは恐る恐る部屋を開け足を踏み入れた。

そこで一番に目に入ったのはベッド横の棚の上にあった写真だ。黒いローブで身を包んだ若い男の子とその横には勇者仮面をつけた女の子が写っていた。二人は仲が良さそうに腕を組んで笑っていた。

「この男の子は……?」カナタは写真をじっと見て眉を寄せた「先生か。勇者のパートナーだったころの。隣は勇者だよな。仮面つけてるし」

カナタは慌ててダイのもとに戻ると彼は椅子に座って紅茶を飲んでいた。

「先生、コレ」

写真をダイに見せるように詰め寄ると彼は眉を寄せた。

「強盗め」ダイは紅茶を一口飲んでから丁寧にテーブルに置くと、写真に手を伸ばした。「師の大切な写真を持っていくつもりか。それはもう二度と撮れない写真なんだ」

「二度と撮れない……?」カナタは仲良く二人が写る写真をじっとみた。「勇者はもうこの世にいないのか?」

ダイは立ち上がり、部屋に入るとパンパンになった布の袋を持ってきた。

「族には戦いで大切な人間を失った者の気持ちはわからないだろう」ダイは持っていた袋をカナタに差し出した。「これをやるから写真を返せ」

「え……はい」カナタは返事をすると写真を渡し布袋を受け取った。「こんなに……?」

カナタは袋に中に入っていた多くの金や物に驚いた。

「早く、出ていけ」ダイは虫を追いやるように手を振った。「そして、二度と村に戻ってくるな」

「え……」驚いていると、ダイの防壁魔法で背中を押され家から追い出された。再度、家の中に入ろうとしたが、扉のノブに触ることすら叶わなかった。

カナタはダイにもらった布袋を握りしめて、ダイの家を見た。

「防壁魔法で家を囲ったのか」小さな声でつぶやいた。

――先生の勇者は戦いで死んだ……。

カナタはゆっくりと足を踏み出しダイの家を後にした。

それをダイは窓からじっと見ていた。カナタの背中が見えなくなると、写真を抱きしめてその場に座り込んだ。

「エレナ……」

「ちょっと、どこ見てんのよ」

大きくて今にもこぼれそうな乳が喋った。ダイ慌てて、乳を支えようとすると頭に強い衝撃を食らった。

「ふざけんな」

豊満な乳の持ち主は黒髪を頭部の一つにまとめた長い手足を持った女性であった。彼女の橙色の石が入った勇者画面が光った。

「これから何するか分かってる?」

彼女の後ろに大きな門があり、それは禍々しい雰囲気であった。

「魔王討伐ですぅ」地面に膝をついていたダイは頭を抑えながら黒いフードを上げてエレナを見上げた。「でも、その前におっぱいがおちたら大変ですから」

「落ちるか」

頭へ更に強い衝撃をくらった。

「いい加減にしろよ」

エレナは呆れた顔でダイを見た。

そんな彼女の表情がダイは好きだった。

「まったく、魔王を封印したらいくらで触らせてやるから」

「えっ」ダイは目を大きくした。

エレナは頬を赤く染めて「その変わり最後まで責任持てよ」と小さな声で言った。

ダイは慌てて立ち上がると大きく何度も頷いた。涙が出そうなくらい嬉しかった。

ダイは気合を入れて、黒いローブをかぶり直し整えた。

「でもさ」エレナがダイに近づき、腕を指さした。「勇者の印に魔王封印すんじゃん。それって、魔王と生活することになるけどいいの?」

首を傾げるエレナにダイはゆっくりと首をふった。

「僕がその印に永逝(えいせい)魔法をかければ魔王は勇者様の中で死滅すると師は言っていましたぁ。そして勇者様の三十年で死ぬ呪いが解けるらしいです。ただ……」ダイはすこし不安そになった。「その魔法は魔王専用らしく使ったことないんで不安なんですけどねぇ」

そう言いながら、ダイはエレナの揺れ動く胸から目を離せなかった。

「誰に話してるんだ」

 エレナの低い声が響いた。

「エレナ様ですよぅ」

ダイはニヤニヤしながら、エレナの胸を見つめていると頭に衝撃を食らった。

「いい加減いくぞ」

エレナの気合の入った言葉にダイは「はい」と元気よく返事をすると、門の中に入るエレナを追った。

「魔法が魔力のそのものってのか厄介だね」

エレナは矢を放ちながら言った。

「エレナ様に見えなくても、僕の魔法で攻撃は当たりませんから」

ダイの防衛魔法を使えば魔王の攻撃は一切エレナに通じなかった。

 霧状の魔王を封印するのは大変でありできた時には二人とも体力の限界であった。

「永逝魔法かけます」

「おう」エレナは満面の笑みを浮かべた。

ダイはエレナの勇者の印にかざし詠唱した。 すると勇者の印が消えた。

「やりました。終わりましたよ」

大喜びでエレナに声を掛けると、彼女は真っ青な顔をして口から血を吐いていた。

「エレナさま……?」

目を白黒させていると、エレナは苦しそうな顔をして倒れた。ダイは慌てて支えるとそっと床に寝かせた。

「うっ、あ、そ、そういうことか……」エレナは苦しそうに話した。「ま、ま……魔王……ふ、う、印し……て、ゆ、う者ごと、し……死滅……。だ、から、ゆ、う……へかんじょ……ない」

「え、え」ダイは彼女の言葉で自分の犯した罪に気づいた。「ぼ、ぼくは……」

「ダ、ダイお前は悪く……ない。あ、あたしのせ……い」

目から涙が溢れて、エレナの顔がよく見えなくなった。

「さ、さいご……、胸ではなく、顔見てくれるんだな」エレナはダイの顔に手を伸ばした。ダイはそれをギュッと握りしめた。

「ほ、僕は、エレナ様を……なくしたら……」

「ダイ……」小さな声で名前を呼んだエレナに引き寄せられ、彼女の顔とダイの顔が近づいた。「あたし……の、あとはおうな……。ゆ、勇者の……パー、トナー…としての…やく…は……?」

「……ゆ、勇者様が……し」涙と嗚咽でダイは上手く言葉が発せなかった。「死しても……い、生き残り村への報告及び後進者の育成」

エレナの口角が微かに上がり声は発しなかったが……。

『好きになってごめんな』とハッキリ聞こえた。

それを最後にエレナは言葉を発しなくなった。ダイは涙を流しながら自分の黒いフードを取り彼女の勇者仮面を外した。

彼女は閉じ、自分と同じ色の橙の瞳はもう見ることはできない。

ダイはそっとエレナの唇に自分の口を合わせた。最初で最後の口づけは血の味がした。

「エレナ様……」

そう言いながら、ダイは写真に写るエレナを見つめそっと胸のポケットにしまった。

その時、外で異変を感じ立ち上がると、ダイは棚からカミソリを出すと長い眉毛と鬚を剃り落とした。すると、橙色の瞳が現れた。

「エレナ様と同じ、橙の目」ダイは鏡に映る自分を見てつぶやいた。「エレナ様がいなくなってから同じ色の瞳も見ることはできませんでした」

ダイは自室に入り箪笥から黒いローブをだし、見つめた。小さく息をはくとローブを羽織った。

「エレナ様、僕は九十になりましたよ。ご指示通り沢山のパートナーを育てましたが、あれから誰も魔王を倒していません。真相を伝えているじゃないかと疑われたよ」ダイはヘラヘラと笑った。「魔王城まで行くのは大変なんですよね」

その時、大きな音がした。

ダイはため息ついて、自室から出ると扉や窓だけではなく壁がなくなっていた。

「乱暴ですね」ダイは落ち着いて、壁を壊した犯人たちを見た。

彼らは勇者のパートナーと同じような黒いローブで身を包んでいるが、鳥のような仮面をかぶり地面から数センチ浮いている。

『橙ノ勇者ノパートナーダイ』

彼らは声を発せずに直接脳に話しかけてきた。その声には感情がなく機械が話しているようであった。

『機密漏洩ノ罪デ身柄ヲ拘束スル』

「機密漏洩?」ダイは鼻で笑った。「カナタに写真を見せたことですか?勇者様が戦いで亡くなった事を伝えたからかですかね?」

『両手ダ。ナニヨリ、我々ヘノ反逆心ガ感ジラレタ』

――不義魔法か。

ダイは彼らに向かって防壁魔法を放ったが虫でも払うように手を動かしただけではじかれてしまった。

『貴様ノ魔法ハ効カナイ』

「そんなに強いなら貴方達が魔王討伐すればいいじゃないですか」

ダイは更に防壁魔法を放ったが全てすべて、はじかれてしまい彼は覚悟を決めた。

『無駄』

「ふーん」と言いながらダイが手を自分の胸につけて詠唱を始めた瞬間、手が勝手に背中に行き動かなくなった。

『死ナセナイ』

ダイは彼らを睨みつけると自身を防壁魔法で覆った。

『勇者村行キガ、怖イカ。ナラ、青ノ勇者ノパートナーノ攻撃ヲ受レバヨカッタダロ』

「カナタに本気で殴られたら死にますね」ダイはニヤリと笑った。「カナタを人殺しにしたくないですよね」

彼は足を大きく開くと深呼吸をし、目を大きくあけた。

風で、ダイのローブが大きく揺れ動いた瞬間、彼は倒れた。

『何ガアッタ?』

黒のローブの集団は、ダイを取り囲んだ。しばらく、ダイを見ると黒のローブは口々に検証結果を言い始めた。

『脳ガ破壊サレテイル』

『防壁魔法デ脳ヲ囲ンデイタノカ』

『囲ンデタ防壁魔法ヲ収縮サセタ』

『魔法ハ防イダハズ』

『今デハナイズット囲ッテイタ』

『長期間ノ魔法使用等ナミノ魔導士デハデキナイ』

『コレヲ解体検証』

『検証』

黒のローブはダイを数センチ浮かせたが、すぐに床に降りてしまった。

『ナンダ』何度もダイを浮かすがやはりすぐに降りてしまう。『ドウナッテル』

黒のローブから木の根のような触手が出てきて、ダイに触れようとしたが弾かれた。複数の黒のローブが何度も触手を伸ばしたが触れる事は敵わなかった。

『処理』と言うと黒のローブはダイを囲んだ。しばらくすると、ダイが爆発し何もかもか吹っ飛びなくなった。

黒のローブたちはふわふわとダイとその周囲を確認した。

しばらくすると黒のローブの一箇所に塊、動き始めた。

黒のローブは一軒の家の前に来ると枝のよう触手を伸ばして扉を叩いた。

「は~い」と気だるそうな声がすると扉が開き、中年の男が出てきた。彼は黒のローブたちを見ると目を大きくして跪き頭を下げた。

「勇者村の方々、どうなさいました」

『青ノ勇者ノパートナーハドウシタ?』

「はい」男は頭を下げたまま「青の勇者様を追い、村を出ました」と答えた。

『ソウカ』

黒のローブがそう言った瞬間、家の中でドタバタいう音がした。男は地面を見ながら顔をしかめた。

「あ、父さんこんなところで何を……?」

出てきたのは、男と同じ真っ黒髪の少女だ。彼女は短い髪は走った勢いで揺れていた。

「ユキノ、頭を下げなさい」

男が慌てて、ユキノの手を引くと彼女の頭を無理やり下げた。ユキノは嫌な顔をしたが、黒のローブが視界に入ると慌てて自ら頭を下げた。

「失礼いたしました。勇者村の方々」

『オ前ハ、アレノ姉カ』

男はユキノが顔をしかめているのを発見すると、慌てて彼女の手を叩いた。ユキノはすぐに気づいて顔から表情をなくし返事をした。

『オ前ハ何処カヘ行クノカ?』

「はい」ユキノが頷くと男は顔を歪めた。「カナタと共に……」

男はユキノの言葉を途中で止めようと、口元に手をやった。しかし、すぐに交わされ彼女は言葉をつづけた。

「青の勇者様を追い共に魔王討伐を行います」

「いえいえ、こんな無力の娘では青の勇者様やそのパートナーの邪魔をしてしまいます」

即座に否定すると、ユキノは大きく首を振った。

「先日、赤の勇者様に特訓をつけて頂きました」

「なんだそれは」男が大きな声を上げた。

その時、黒のローブから強い圧を感じた男は口を閉じて頭を下げた。

『イイダロ』

黒のローブの言葉に、男は頭を上げて「コイツは使えません」と言って勇者のパートナーとの同行を拒否した。

するとユキノは不満そうな顔で男を睨んだ。

『無償デハナイ。オ前ノ家カラ、二人出スノラ資金ハ倍二スル』

「いえ……」それでも男は食い下がろうとした瞬間、黒のローブの木のような触手を出してきた。「わ、わかりました」

男は頭を下げて承諾すると、黒のローブは布袋をユキノの頭の前に落とし、その場を去った。袋は地面に落ちるとチャリンと音がした。

小さく息を吐いた男は少し頭を上げた。黒のローブがいない事を確認と立ち上がった。遅れて、ユキノが立ち上がり布袋を拾うと中身を確認した。

「なにこれ」ユキノは布袋の中に入っている大量の金に目を大きくして叫んだ。

男は布袋も中に入った金は禍々しく見えて触れる気にもなれなかった。

「あ~」

唸り声上げながら男は、家の中に入って行った。

「ねぇ」

後ろからユキノの呼ぶ声がした。彼女が言いたい事は想像できた。その言葉を聞きたくなて無視し足を進めた。しかし、小走りで追ってきたユキノに乱暴に手をつかまれた。

「父さん。勇者村の方々が許可下さったんよ。お金もくれたのだから言っていいんよね?」

「……」

男は眉を寄せて彼女の手を振りほどいた。そして、乱暴に椅子へ座った。

勇者村の決定に意義を唱える事はできないが、彼の心は不満でいっぱいであった。

「勇者様の旅は危険だ」

「知っているよ」ユキノは男とテーブルを挟んで目の前に座ると、金銭の入った布袋を置いた。「カナタ、弟が向かったんよ」

「アレは青の勇者様のパートナーだ」男はユキノだけではなく、自身にも言い聞かせるようにハッキリと言った。

「勇者村の方々にも伝えたけど、私は赤の勇者様に特訓して貰ったんよ」

「……」男は眉を寄せて、ユキノを見た。

気になっていた言葉であるが、聞き間違えだと自分の中で流した。しかし、再度言われたら逃げられない。

「そうか」

興味のないような返事をした。

内心、詳しい話を聞きたかったがそれで彼女のやる気を増させる訳にはいかない。

魔王討伐など無理だと思ってほしかったが彼女の顔を見るとそれも難しい事悟った。

「じゃ、行くから」

ユキノはリュックの中にテーブルの上に置いた布袋をいれた。

大声出し引き止めたかった。しかし、勇者村の判断となるとそれも叶わない。

「あれ?」ユキノはカバンを背負うとニヤリと笑った。「さっきまで散々止めたのに何も言わなんのな」

「……」男は黙って下を見た。

「勇者村の方々直々のお言葉だもんね。それを否定するなんてありえんよね」

ユキノは何も言わない男に小さなため息をついた。

「ねえ」彼女のまっすぐな瞳は男をとらえた。「以前は父さんも自衛団にいたんよね。どうして辞めたの?私、憧れてたんよ」

「……」娘の問いかけに男は何も言えずに黙って、彼女の顔を見た。ずっと子どもだと思っていたがもう自分の意志を持ち行動できるほど大きくなった。

ユキノは大きなため息をつくと出て行った。

男は彼女が出て行った扉をじっと見ていた。 そのうち、目から涙がこぼれた。

「俺は……」

男は十三年前まで、ユキノが所属している自衛団にいた。腕に自信がある方でなかったため毎日必死に狩りをしてやっと食事にありつけた。

今よりずっと金はなかったが、家に帰れば妻と二人の子どもが出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

帰宅すると、いつもよりも豪華な食事がならんでいた。それを見ていると足元に何かくっついてきた。「とーちゃ」小さな身体から出るとは思えないほど大きな声がした。

「カナタ」男はくっついてきた息子の名前を呼びながら抱き上げた。

「カナ、三…よう」カナタは指を三本立てると、それを嬉しそうに男に見せた。

「カナタ、おめでとう」

男は笑いながら、カナタの頭をなぜると食卓に向かった。

テーブルにすでに娘のユキノが座っており、目の前のごちそうを前に輝かせて見ていた。

「お父さんも帰ってきたんし。食べようか」

妻は大きな皿に乗ったケーキをテーブルに置くと座った。

「カナタ、誕生日おめでとう」

三人が一斉に祝うとカナタは少し照れくさそうな顔をして「ありあと」と言った。

食事を始めてからしばらくすると、扉を叩く音がした。妻は首を傾げながら、扉に向かった。来客から何かを受け取った妻の表情は一遍した。

慌てて、部屋に行ったかと思うと上着を羽織ってきた。

「あなた」

彼女に鬼のような形相で上着を投げられた。

食事の途中であったが、彼女はユキノに上着を渡すとカナタにも着せ始めた。

「おい」突然の行動に男は眉をひそめた。すると、彼女は先ほどの来客からもらった手紙を渡してきた。

手紙を受け取ると、彼女はすぐに鞄の中に食材や日常品を詰め込み始めた。

「……なんだんだ」男は手紙を開き、見ると絶句した。「カナタは勇者パートナーなのか」

「そう。きっと明日にでも魔導士様のところに連れていかれるんよ」彼女はヒステリックになっていた。「魔王討伐なんて危険なことをされられん。逃げなんと……」

『何処ヘダ?』

突然、感情のない声が頭の中に響いた。

声のした扉の方を向くと、黒のローブを着て地面から数センチ浮いた者が二名いた。

「……勇者村の方々」

その異様な風貌は村でも有名だ。

黒のローブに逆らってはいけない。近づいてはいけない。というのは国中の人間が知っている話だ。

妻は荷造りをする手を止めて、震えだした。

黒のローブは宙を滑るように進むと妻に向かっていた。男は慌てて、妻をかばうようにして立った。

「お待ちくださいませ。何を……」

その瞬間、男は頭に衝撃をくらいテーブルに突っ込んだ。豪華な食事はぐちゃぐちゃになり皿が割れた。呆気にとられていた子どもたちは大声で泣き始めた。

すると、奥にいた黒のローブが動き出した。

泣いている子どもの元に来る『ウルサイ』と言って木のような触手で殴った。子どもたちは意識を失い静かになった。

木の触手はスルスルとカナタに巻き付いて、持ち上げられると黒のローブの元へと運ばれた。

「ユキノ……、カナタ」

名前を呼んだが子どもたちは返事をしない。

男は立ち上がろうとしたが激痛で立ち上がれず、膝が床についてしまった。それでも椅子に手をかけ立ち上がった。その時……

「うっ……」

妻の苦しそうな声した。

慌てて、妻のほうを見ると黒のローブから伸びた木の触手に妻が殴られていた。妻の顔は真っ赤に晴れて動かなくなった。

男は身体の痛みを忘れて妻に駆け寄り、彼女の口に触れた。妻の呼吸が正常であることを確認すると彼は安堵した。

『オ前モ反逆スルノカ』

冷たい心のない声が頭に響きわたり、男は黒のローブを見た。

黒のローブは木の触手で意識のない子どもを指さした。

『反逆者ノ子ハ排除スル』

男は黒のローブに殴り掛かりたい気持ちを手を握りしめて抑え込んだ。

『オ前ハ息子ガ勇者ノパートナー二ナレテ、嬉シイナ』

男は気絶する妻を横目に無理やり笑顔をつくると大きく頷いた。

『ナラバ』黒のローブは男向かって大きな鉈を投げてよこした。『反逆者二首ヲ切レ』

その言葉に男の動けなくなった。相手の言っていることを頭が受け入れるのを拒否した。

『首ヲ切レ』

再度黒のローブの言葉が頭に響いた。

男が動けずにいると、カナタを捕まえている黒のローブの触手がユキノの方に伸びた。

「ま、待ってください」

震える声で言うと男はゆっくりと鉈を持った。その刃は鋭く光っていた。

「あ、あなた……」

妻が目を覚まして、男を見た。彼女が目覚めてことは嬉しかったが悲しかった。

彼女の手がゆっくりと男の頬に触れた。それは暖かく優しいものであり、彼の目から涙があふれてきた。

――できない。

男が鉈を床に置こうとした瞬間、彼女が鉈の柄に触れた。

「子どもたちを守って」そう言って、妻は鉈を勢いよく自分の首に持っていった。しかし、力が入らず鉈は彼女の首の四分の一程度で止まった。

「うぅ……」

妻は苦しそうに声を上げた。首からはどくどくと血が流れ彼女の服を赤く染めていった。

「あぁぁぁ」男は大きな声を上げると鉈に力を入れて妻の首を胴体から離した。真っ赤な血で男も床も家具も染まった。

『オ前ノ忠誠心ハ認メル。息子ガ勇者ノパートナーヲヤメタ時ハ娘モオ前モ排除スル』

そう言って、黒のローブはカナタと妻の死体を持って去っていった。

そこからの記憶はない。気づけばいつものベッドで寝ており、ユキノは隣で安らかな寝息を立てていた。

慌てて、居間へ行くと綺麗に片付き血の跡もなかった。

「夢か」

そう思い妻とカナタを探したが部屋のどこにもいなかった。考えていると「父さん?」というユキノの声がした。

「どうしたん?」彼女は首を傾げて男を見た。「母さんとカナタは?」

男が唸ると、ユキノは「探しに行きたい」と服の袖を引っ張るので彼は頷いた。

家を出ると勇者村の前にある広場の方から 騒がしい声が聞こえた。

男は不思議に思い、向かうと驚愕した。

妻の首がさらしてあった。その横には立て看板があり『反逆罪。勇者のパートナーとなった息子を誘拐しようとした』

男は慌ててユキノの目をふさぐと、走って家に戻った。

キョトンとして首を傾げる彼女の様子を見て、安堵した。そして、覚悟を決めた。

「ユキノ、カナタは勇者様のパートナーに選ばれた」男はユキノの肩に両手を置いて微笑んだ。「素晴らしきことなんだ。だから魔導士様のもとへ修行に行った」

「すごーい」ユキノは目を輝かせて言った。そんな彼女に男は罪悪感を持ったが首を振り深呼吸をした。

「しかし、お母さんはそんなカナタを勇者様のパートナーにしたくなかったんだ」

男が眉を寄せて困った顔をするとユキノは「なんで?」と首を傾げた。

「どこかに連れて行って売ろうとしたんだ」男の胸は刃物で刺されたように痛んだ。しかし、言葉を続けた。「だから勇者村の方々に捕まった」

「売る……?」幼いユキノには意味が分からなかったようで、言葉を繰り返して首を傾げた。

「カナタを他の人に渡してお金にしようとしたんだ」そう言い切った男の心は剥ぎ取られえて痛みを感じなくなった。

「えー。母さんダメだ」

「だから、お母さんとは会えないよ」

「そっか」

ユキノは妻を罵った。

それに男は笑顔で頷いた。

ユキノが独り立ちした今、男にとって自身に価値はなかった。

ふらふらと外出ると、家の横にある倉庫を見た。そこには妻を殺した鉈が入っている。

「あら」

突然、声を掛けられビクリと身体を動かし振り向いた。そこには、赤いワンピースを着た真っ赤な髪の女性が立っていた。

その目立つ風貌に男は目を見開き思わず一歩下がってしまったが、小さく息を吐いて笑顔作った。

「こんにちは」男は頭を下げた。「娘さんはご出発なされたのですね」

「ええ」女性は寂しそうに笑った。「貴方のご子息も勇者様を追いかけていったのでしょう」

「まぁ……」男は頭をポリポリとかいて下向いた。

「お互い嫌な親を演じるのもこれで終わりね」

男は女性の言葉に首を傾げた。

「あら、演技じゃなかったの?」彼女はイタズラした子どもの様に笑った。「子どもがパートナーを辞めて家にいたいって言わないように居心地の悪くしてたんじゃないの?」

女性は一仕事終えたような顔をして、青い空を見上げた。

暖かい風が男と女性の髪をなびかせた。

「親といたいと言わない様に意地悪な態度をとったでしょ」

――そうだったか……。

「でも、もうそれも終わり」ニコリと女性は笑った。「帰ってきたらたくさん甘やかしてあげるわ」

――帰ってきたら……。

「以前、魔王討伐に成功した勇者様のパートナーはダイ様よね。豪華な一軒家に住んでいらっしゃるそうじゃないですか」女性はうっとりするような顔をした。「勇者様はどこかの国の王族と結婚したと言うし楽しみだわ」

言いたい事だけ言うと女性は去った。

「帰ってくる……」男はボソリとつぶやいた。「帰ってきたら……」

子どもと共に幸せに暮らす事は妻が望んでいたことだ。彼女は何より子ども事を一番に考えていたのを思い出した。

「カナタ……、ユキノ……そうか」男は何度も深く頷いた。「アハハ……。これからあの子らを可愛がればいい。そうすれば妻も喜んでくれる」

男はにこやかに笑うとふらふらと自宅に向かった。

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