第2話
「う……?」
知った魔力が近づいてくるのを感じて、あい身体に緊張が走った。
しばらくすると、部屋の外で足音がしたので布団をかぶり寝ている振りをした。
入ってきたのはユキノと父であった。彼女の元気そうな姿をみると安心した。
それに気が緩んだようで左手が痛みだした。呼吸を整えて痛みを忘れようとするが我慢できず無痛魔法をかけた。
その瞬間、アオの怒った顔が浮かんだ。
「また、無痛魔法をかけているの?」
「痛くて、動けねぇじゃん」
カナタは、木に寄りかかり足を抑えながらアオを見て文句を言った。
「痛いのは怪我したお前が未熟だからだよ」アオは上を組んで、騒ぐカナタを見下ろした。
「その痛み、戒めとして受け入れて二度とないようにいように」
アオの言っていることは分かるが痛いモノは痛かった。そもそも自分に使うのだからアオには関係ない。
そんなカナタの気持ちを悟ったようにアオは大きなため息をつくと額に手をやり、首をふった。
「そもそも、無痛魔法は諸刃の剣だよ」アオは、怪我をしたカナタの足を指さした。「その魔法のなんで無痛になるか知っているの?」
「勿論だ。神経を麻痺させんだ」
大きな声で主張すると、アオはまた大きくため息をついた。
「そう。つまり、その傷が悪化しても気づかないということだよ。見えない傷だとしたら死を招く。そんなミスしないでくれよ」
アオは座り込んでいるカナタに近づくと、人差し指で胸を思いっきり突っつかれた。
「僕は無能と一緒にはいたくないだ」
無能とは一緒にいたくない。
カナタはベッドの中でなくなった腕を見た。
無痛魔法を使ったため痛みを感じないが、ひどく罪悪感を持ち魔法を解こうとした。その時ユキノと父は部屋に入ってきた。しかし、カナタの様子を見ることなく、カーテンの向こうで何かを話し始めた。その会話からここが病院であることを知った。
小さく息を吐くと『この怪我は、俺の未熟さだ』そう思い、無痛魔法を解いた。その瞬間、左手に激痛が走った。痛すぎて、呼吸ができずにうなり声を上げた。
「カナタ」
その声を聞きつけたユキノがカーテンを開けた。左手を抑えて苦しむカナタを見て動揺している。
「カナタ、ねぇ。大丈夫なん? あ、そうだ。無痛魔法は? それもできん ほど酷いの?」
心配するユキノに罪悪感を持ったが、魔法は掛けずにひたすら落ち着くために呼吸を整えた。
「父さん」
ユキノは父の方を振り返り、助けを求めた。しかし、父は病室の扉から動こうとしない。
「勇者のパートナーなのだから、それくらいの傷は仕方ないだろ」
彼の冷たい声が響いた。
「違う」ユキノは真っ青な顔をして父の言葉を即座に否定した。「これは私を助けるために魔法使ったんだから」
「なるほど。未熟だから青の勇者様に捨てられたのだな」父は苦笑しながら、「不出来な息子だと」と言って嘆いた。
「カナタは優秀。私があれだけの魔物を倒せたのだってカナタの強化魔法のおかげなんよ」
必死にカナタを庇うユキノだが、その言葉は父に届かない。
「その結果がコレだ」そう言って、苦しむカナタを父は睨みつけた。「お前が助かってもコイツは動けなくなった上に手まで失って」
大きなため息をついた。
「では、私が死ねばよかったっていうん?」
ユキノは目に涙を浮かべて父を睨みつけた。
「そうじゃない」とまたため息をついて首を振った。「お前を助けた上で、無傷で帰還するべきだ。それが勇者のパートナーだ。だから、奴は捨てられたのだろうな。全く、恥ずかしい」
「そんな……」
止めるユキノの言葉を聞かずに父は鼻を鳴らして、部屋出ていた。
父の言葉は正しいと痛みを答えながらカナタは思った。未熟な自分がアオに捨てられるのは当然だ。自分の実力不足が招いた結果であるのに、それにショックを受けて死のうとするなんて羞恥。
ユキノと父が病室を後にしてから、手の痛みで、何度も気絶をした。見かねた医師が無痛魔法を掛けようとしたので魔力無効魔法を自分に掛けた。
この魔法を使用すると、外部からの魔法だけではなく自身の全ての魔法が使用不可になるため滅多に使用しない。
――ちょうどい良いな。
病院には自分より強い魔導士はいないためソレが突破されることはなかった。
――この痛みは弱い自分への戒めだ。
一か月ほど立つと痛みはほとんど消えた。
「傷は塞がっていますね」医師がじっくりと傷口を診て言った。
「では、もう退院できますね」
カナタは嬉しそうにすると、すぐに医師は否定した。
「まだ中の組織が回復していない。義手をつけるならリハビリが必要になる」と言った後、「回復魔法を使わせないから」と嫌味が聞こえたが無視した。
「それってどのくらいです?」
「うーん、一年半くらいかな」
「待てません」きっぱりと言ったが、医者は退院を認めてくれなかった。そして、回復魔法を進められたがカナタは拒否した。
病院内が静かになり、あたりが暗闇に包まれたころカナタはベッドの上で手を見るとため息をついた。
「一年半なんて待てるかよ」
ベッドから立ち上がった。左手がなくなり、バランスが取りづらかったが日常生活に問題はなさそうであった。
――戦闘はなぁ……。やはりはやってみねぇ。
クローゼットからいつも着ている黒いローブを取り着ようとしたが左手がないため、ボタンが留められなかった。
「うーん」ない左手をじっと見てカナタは考え込んだ。
その時、アオに作った魔力人形を思い出した。
「確か、えーと」
魔力を絞り足すイメージをすると、身体から黒い気体ができて渦を巻くように集まりだした。それは次第に塊になり左手の形を作った。
「いいんじゃねぇ」
カナタは有頂天になり、黒い手に触れた。すると霧状になりと周囲に漂った。
「えー、マジ?」カナタはため息をついた。「解散した……」
呼吸を整えると再度、霧になった魔力を集めて手の形を作った。
「はぁ、はぁ」息切れがした。「魔力人形よりも魔力量が多いからか?」
カナタの身体にくっつかずに、目の前を浮遊する黒い手をじっと見て考えた。
「……あ」ふと、アオに出された石の課題を思い出した。石に魔力がないため、小さな魔力の塊を石の中にいれて魔力探知することで、『石を目視せずに強化魔法をかける』と言う課題をクリアした。
カナタは小さな魔力の球を作ると、指五本、手のひら、手首と七か所にいれその球を中心として魔力を固めた。目標がある分作りやすかった。
「さっきより魔力の消費が低いな。さっきは拡散してたからなぁ」
小さなため息をつくと、再度黒い手に触れた。
「おぉぉ」手は弾力あり、本物の皮膚のようであった。「俺すげーじゃん」
自画自賛しながら、黒い手を先がなくなった二の腕に付けたがズレる。
「うん?」カナタは眉をひそめた。「簡単にはいかないかぁ」
カナタは頭を乱暴にかきながら悩んだ。
「クソ」
床に座り込むと、先がなくなった二の腕の切り口を見た。大きな傷があり、そこから微力であるが、黒いモノが出ていた。
「あ?魔力かコレ」
カナタは傷から出てくる魔力をじっと見て糸をイメージした。すると煙のようであった魔力が細い糸になり様々な方向に動き始めた。
「触手みてぇで、きもいな」
目を細めながら、魔力で作った黒い手をその糸に近づけた。すると、糸は腕の絡みつきあうとあっという間にくっついた。
「ほうぉ」カナタは大きく目を開けると嬉しくなってきた。「動くのか?」
立ち上がり、黒い手を右手と同じように動かしてみた。
「うん」
手をカナタの思うように動いた。
「――ッ」
突然、嫌な予感がして、カナタは病室の窓から飛び出し森に向かった。裸足であり、ローブもない軽装であったが気にしなかった。
森に入ると、魔物の魔力を感じた。
「あはは、結構いるね」
カナタは期待で胸が高鳴った。
暗闇で姿は全く見えないが魔力感知のおかげで魔物の正確な場所が分かった。
「よし」カナタは気合いを入れて右の手のひらに魔力を集めたが、以前よりも明らかに集まりが悪い。まるで、空になったツボから無理やり水を出しているような感覚であった。
「やっぱりか」
カナタはため息をついて、黒い左手を見た。
――左手に魔力使い過ぎだな。
「グルル」
魔物のうなり声が聞こえた瞬間、オオカミの形をした魔物が飛びついてきた。ソレ難なく回避すると「魔力が集まんねぇ」と言いながらカナタはイライラとして、左手の魔力を解放した。
黒い左手が消えると同時に右手に魔力が集まり、塊ができた。
「よし」
襲いかかってきた魔物の核、めがけて魔力の塊を叩きこむとオオカミの形をした魔物は倒れた。
「うぁ、マジか」
カナタは無数の魔物の魔力を感じると、慌てて森を出て村の結界の中に戻った。
地面に座り込むと呼吸を落ち着かせながら、なくなった左手をみた。
「ふーん」
再度、集中すると二度目と言うこともあり黒い左手はすぐに作ることができた。その手を見ながら、アオの言葉を思い出した。
「ねぇ、カナタって魔力見えるんだよね」
いつもの勇者村の森で一緒に魔物を倒す練習をしているとアオが言った。
「あぁ」カナタはアオに言葉に首を傾げた。「お前、見えないのか?」
「魔導士じゃないからね」
「だって、魔力あるじゃん」カナタは肩をすくめた。「感じるぜ」
「それは皆が持っている魔力だよ。まぁ、勇者は一般の人間よりは多いけどね」
「……」
カナタは気づいたら師匠の家にいて魔術を学んでいた。父がいい顔をしないため実家には殆ど帰らなかった。そのため人と関わる機会が少なく全人類が魔術を使えると思っていた。
「僕、魔術使えないよ?」
「ほぇ?」カナタは目をぱちくりさせた。「俺の魔力の膜から出たじゃん。見えてるからだろ」
「何も見えないよ。囲われた時は空気がどよんでいる感じがしたからね」
ケラケラとアオは笑った。
「ただ、一般の人より魔力が多いしそれにより身体能力が上がっているよ。これは意識しているもんじゃなくて自動的なやつ」
カナタは目を大きくしてアオの事を見た。
彼は、カナタの魔力で覆われているがその下に彼自身の魔力がある。
「カナタは三歳から師の家にいるんでしょ。街とかいかないの?」
「姉貴が先生の家に来るくらいで行かないな。あそこに来たのは三歳なのか」
カナタが頷いていると、オオカミの形をした魔物が近づいてきた。
「知らないの?」アオはバカにするように笑いながらオオカミを切った。「勇者以外は三歳の時に魔力鑑定するでしょ。パートナー適正があったすぐに師の元につれていかれるはずだよ」
「そうかぁ」
カナタは魔力鑑定の話に興味が持てなく適当相槌を打つと首のとれたオオカミを見た。
「魔物は見えるんだろ?」
「そりゃねぇ」更に襲ってくるオオカミやワシの形をした魔物にアオは剣を向けた。「ソイツはオオカミの形をしているよ」
アオは次々と来る魔物を切っていた。
魔力が見えないのに魔物が見えるという状況が不思議であった。魔物については『倒すもの』としての認識でしかなかったがその元となる物があるかもしれないと思った。
その時、大きな音がして周囲にいた魔物があっという間に消え、木々がなくなり周りが焼け野原のようになった。
「カーナータァァァ」
焼け野原の中心で血だらけの剣を持ったアオが怖い顔をしていた。
「話していても考えていても集中してよ」
彼は怒鳴りながらすごい勢いでカナタに迫って行った。慌ててアオを囲っている身体能力強化魔法の魔力調整を行った。
「今日の練習内容は?」
眉を寄せたアオはカナタの鼻を指さした。
「……魔力調整です」
頭をかきながらカナタは誤魔化す様に笑ったがアオの顔は怖いままであった。
「カナタの魔力量は多いし強力だよ。だからこそ、その場所や僕の状況に応じて調整してといったよね」アオはカナタをさしていた指を勢いよく焼け野原になった場所に向けた。「見てコレ」
「……返す言葉はないです」
反省して頭を下げると、アオのため息が聞こえた。
「休憩」
アオはそう言うと、カナタの手を掴むと森の外へ出た。そして建物の影になっている所に座らせられた。
「……ごめん」
「いいよ」アオは苦笑しながら、隣に座った。「さっきの話の続きをしようか」
「うん」
カナタが小さく頷くと、アオは青い空をみた。その色はアオの瞳と同じであった。
「三歳の検査で勇者のパートナーの適正があると、波長があう勇者を探して見つかればパートナー確定ってわけ」
「ふーん」あまり興味がなかったため、気のない返事をするとアオは眉を下げて笑った。
「興味ないの?じゃ、なんで集中きれた?」
「いや」カナタは雑に頭をかいた。「魔力が見えないのに魔物が見えるのが不思議で」
「あぁ」アオは頷いた。「座学は習わないの?」
「……」
カナタはしばし考えこんだ。師が細かいことをいろいろ言っていたことを思い出したが、内容までは定かではない。
そんなカナタの顔を見てアオは苦笑した。
「勉強してよ。僕のパートナーで無能は困るだけど」
ため息をつかれて、カナタはいたたまれなくなり、無知な自分が恥ずかしくなった。
「魔物は魔王の魔力にあてられた動物だよ。だから誰でも見える。ちなみにその魔物を食べるから僕らには魔力がある。それが強く出るとカナタみたいに魔導士になるんだよ」
「じゃ、勇者は?」
カナタが目を大きくして、聞くとアオは困ったように眉を下げた。
「勇者は特別」
アオは腕をまくり見せた。そこには三角の赤い痣一つあった。
「勇者の印か。そこに魔王を封印すんだろ」
「うん、年々広がり三十年経つと死に至らしいよ。それを防ぐにはここに魔王を封印して術をかける。すると痣が消えると聞いた」
カナタの顔から笑顔が消えた。
「その術を掛けるの勇者のパートナーだ」
――だから、魔力の波長があう勇者とパートナーになる。
「これがあると勇者村に高値が売れるらしいよ」
アオは鼻で笑ったが空気が冷たかった。それをなんとかしようとカナタは口を開いた。
「で、でも同じ勇者仲間いるんだろ」
「仲間ねぇ」そう言うアオが怖かった。誰も信じていない目をして勇者たちが住む建物を見上げた。「魔王は一体しかいないだよ。その魔王を封印すれば次の魔王は五十年くらい現れない。言っている意味わかる?」
カナタは小さく頷いた。
綺麗な顔を歪めて建物を睨みつけるアオから彼が今まで勇者村でどんな生活をしていたのか想像できた。
自分といる時はアオを笑顔にしたいと思った。
「あ、魔力」
「へ?」突然のカナタの言葉にアオは目を大きくした。
「アオは見えないだよな」
「そうだけど……」
戸惑うアオからは張り詰めた空気は消えてカナタは安堵した。
「できるか、わかんねぇーけど」
そう言って、その場にしゃがむと地面に向かって手をかざした。アオは興味深そうにじっとそれを見ている。
アオが興味を持ってくれて嬉しかった。
気合いを入れて、手に魔力を集中させ魔力の塊を作った。
首を傾げるアオの様子からそれがまだ見えていないこと知ると魔力の濃度を上げた。
「これが魔力……?」アオは地面にある塊を興味深そうに見た。「真っ黒だ」
「うん」
カナタは深呼吸をすると、更に集中力を高め魔力の塊が動くイメージを浮かべた。
塊が左右に揺れだすと二足が生えて歩きだした。
「おぉ」と声を上げて目を輝かせて笑っているのをアオの顔を見るとカナタ嬉しくなった。
――勇者も人間だよな。
人形の足がぐにゃりと変な方向に曲がったのでカナタは慌てて人形に集中した。
「カナタ、無理しなくていいよ」
心配そうな顔をするアオ向かって微笑むと、人形に頭を付けた。更に髪をはやした。
「うぁ、なにこれ。カナタにそっくりじゃん」
アオが噴き出すように笑った。
「うん。アオが寂しくねぇーようにな」
笑いながら、カナタは人形から意識を切った。その途端、人形はパタリと倒れた。しばらくしてのそのそと動き出した。
「おお」アオは人形を自分の手の上に乗せた。「これは君から離れても動いているの?」
「多分」
魔力人形はアオに課された石の修業の副産物だ。
最初は石を魔力で囲うのは起きている時だけだったがそのうち『寝ていてもやれ』と言われた。そのうち魔力を切り離す事ができるようになった。
「球体ではよくやっていたんだけど、人形は初めてなんだよな。うまくいって良かった」
「ありがとう」
アオは嬉しそうに手の上に乗るとクルクルと踊る魔力人形を眺めていた。
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