第2話

 学校にはなんとか遅刻せずに済み、授業も真面目に受けた。どれも退屈な授業ばかりだったけれど、私たち中学生は義務教育なので授業はしっかり受けなければならない。


 学校での1番の楽しみと言ったら、やはり私は給食になってしまう。今朝はパンを半分しか食べていないので、授業中お腹がならないか心配だったがなんとか耐え切ることができた。


 小学生に比べて自由が少しだけ増えた中学生。私たちの中学校はそこまで校則が厳しいわけではないので、帰り道に買い食いすることを許されている。


 放課後になり晴人と一緒に帰る準備をする。私たちは2人とも部活に所属はしているが、今日はともにオフの日。


 部活があっても帰る時間はほとんど同じなので、いつも一緒に帰っているがオフの日は週に1度。木曜日の今日しかないのでとても貴重。


 少し早く帰れるためどこかに寄って帰るのが、私たちの習慣となっている。今日はどこへ行こうと考えながらカバンの中に荷物を詰め込んでいく。


「雨ー!帰るぞ」


 私の後方から降りかかってくる彼氏の声。常に行動を共にしているせいか、振り返らなくてもわかってしまう。


「うん、帰ろっ!」


 中学生で付き合っているのは、そこまで多くないため私たちは学年でも公認のカップルとなっている。隠す必要もなく堂々と帰ることができるのが最大限の強み。


 中には、みんなにバレたくないため隠れて付き合っている人もいるとか。


 その点私たちは気にすることがないので堂々とできるが、もし仮に別れた時はみんなに知れ渡ってしまうというデメリットもある。


 ま、別れるつもりは絶対にないけどね。


「ねぇ、今日はどこ寄り道する?」


「そうだな、行きたいところはある?」


「うーん、晴人となら私はどこでもいい!」


「なんだよそれ、可愛すぎんだろ」


 口元を手で押さえ、頬を赤らめている様子の彼。どうやら、キスは平気らしいが言葉はダメなのかもしれない。


 地面に向かってぶら下がっていた私の手に熱がこもる。私よりも大きな手に力強く握られる。私と彼の熱が混じり合い、さらに熱が高まっていく。


 さっきから"ドキドキ"と心臓の鼓動が鳴り止まない。ドキドキして心拍数が上昇しているせいか、変に体に力が入ってしまう。


 未だに私は晴人と手を繋ぐと緊張してしまう。好きという気持ちと人に見られて恥ずかしいという気持ちが互いにぶつかり合っているのだ。


 緊張のあまりじっとりと手から汗が滲み出てくる。恥ずかしくて無理やり手を引き離そうとしても離れないほど、グッと握られている私の手。


「へへっ!逃さないからな。さっきのお返しな!」


「うん・・・」


 そのまま繋がれた手は彼のポケットの中へと吸い込まれていった。冬の外の温度と比べて彼のポケットの中はほんのりとした温かさが感じられた。


 恥ずかしさで俯いて手を引っ張られることしかできない私を、彼は嬉しそうに笑いながら小さい子を連れて歩くかのように前を歩いていたんだ。


 群青色に染まり変わっていく空の下を私たちは手を繋いで歩いている。徐々に暗い夜に包まれ始めていく家々。


 ポツリポツリとまたひとつ家に明かりが灯っていく。消えていた命が芽生えるかのように。


「よし、ついたぞ!」


「あれ、ここってコンビニだよね?」


「今日はここでなんか買って近くの公園でのんびりしよう。ちょっと寒いけど、2人でくっついてたらなんとかなるだろ!」


「たまにはのんびりしたのもいいかもね!」


「んじゃ、決まりだな」


 そういうと彼は繋いでいた手をそっと離してコンビニの中へと入っていく。少し寂しくも感じたが、さすがにコンビニという狭い店内で手を繋いだままでいるのはちょっと気が引ける。


 晴人はこんな寒い日なのにもかかわらず、アイスコーナーの前でアイスを選んでいるのを見る限り『さすがだ』と思ってしまう。


 男子は冬の寒い日でもアイスを食べたくなるのだろうか。人それぞれではあると思うが、彼はそういう人らしい。


 私は特にこれが食べたいと思うものはなかったので、店内を見てまわり手当たり次第気になったものを手に取る。


 気付くと私の両手には大量のスナック菓子ばかりが握られていた。食べたいものはなかったはずなのに、手には思惑とは裏腹に...


 両手でお菓子を抱えながら、レジへと向かう。


「次のお客さまどうぞ〜」


 店員さんの声に従いレジにお菓子を置く。ひとつひとつ丁寧にバーコードを読み取っている手際のいい店員さん。


 あれだけあったお菓子がものの数秒で、読み取り終わったらしく金額が表示される。1200円...なかなか買い込んでしまったと後悔しても遅いので、財布からピッタリ1200円を取り出し、店員さんに渡す。


 普段コンビニでは見ないような長めのレシートを手渡される。中学生の1200円はなかなかでかい出費だ。


「ありがとうございます」


「ありがとうございました!」


 店員さんに挨拶をして店の外へと出ていく。まだ晴人は会計すらしていないようだ。冷える外の空気を肺いっぱいに吸い込み上へ向かって息を吐き出す。


 白い煙のようなものが、私の目の前に浮かんでは消える。私はこれが好き。冬にしかできない、見ることができないこの白い煙が。


「ごめん。寒かったよな」


「ううん、大丈夫」


「て」


「て?」


 私の前に手のひらを上向きにしたまま差し出してくる彼。もしかしたら、私のお菓子が欲しいのかもしれないと思った私は袋の中からチョコレートを取り出して、彼の手のひらにそっと乗せる。


 ポカンとしたまま自分の手のひらを見つめる晴人。言葉が出ないくらい嬉しいのだろう。口までポッカリと空いてしまって、ちょっとかわいい。


「何これ・・・」


「え、チョコレートだよ?」


「いや、それは見たらわかるけど・・・」


「晴人が手を出してきたから、私のお菓子欲しいのかなーって思って・・・もしかして違った?」


「うん。ぜんっぜん違う!俺は・・・俺は・・・もういいや。恥ずかしくなってきた」


「えー、なんでよ。言ってくれないとわからないよー」


 彼の様子を見た限り怒っているわけではなさそう。どちらかと言うと、恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。


「手を繋ぎたかったんだよ!ごめんな、伝わらなくて」


 あぁ、そういうことか。だから晴人は手を差し伸べてきたのか。やっと彼の行動の意味を理解することができた。


「はい、じゃあお願いします」


 左手を差し出し、彼の右手と交わっていく。恥ずかしさで熱っている彼の熱が伝わって来ている気がした。


「冷たっ!」


 私の鼻の先に何かひんやりした感触。なんだろうと空を見上げると、上から真っ白な雪が降り注いできている。


 地面にはおとといあたりに積もった雪が残り、私たちの視界は完全に白銀世界と化す。幻想的な風景に少しだけ見惚れてしまう。


「綺麗だね・・・」


「だな」


 私たちを繋いでいる手に落ちる雪。一瞬にして溶けて消えて無くなる。きっと私たちの恋の熱に溶けてしまったのだろう。


 そう思うとまた恥ずかしさが込み上げてくる。


 "ドクンッ"私の体温がちょっとだけ上昇した気がした。それに応えるかのように彼の握る手が少しだけ強くなった。






































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