01 チョウチョと巨大タコ







「わー! 待って待って理玖りく、まだ書き写せてない!」

「授業中にやっとけよな」


 4時間目の授業が終わっても、まどかは理科室に残って黒板をノートに書き写していた。

 黒板が消せないので、日直の理玖はしかたなく円が板書ばんしょしおわるのを待っていた。


「それなに?」


 ひまをもてあました理玖は、科学部で最近流行はやっているボードゲームを広げて遊んでいた。

 円はちらりと目をやり、理玖にたずねる。


「『ブレイブ・エレメンター』っていう、周期表しゅうきひょうのボードゲーム」

「周期表って、理科で習ったあの周期表?」

「そう。

 元素げんそのバッジを組み合わせて、得点をきそうんだ」

「ふうん。ゲームなのに勉強かよ」


 円に言われ、理玖はむっと口をとがらせる。


「いま人気なんだぞ。

 化学式かがくしきとか覚えられるし、化合かごう分解ぶんかいも再現できて……」

「もういい、もういい。ノート写してるから」


 そっちが話しかけてきたくせに、と思ったが、理玖は言葉をのみこんだ。

 円の耳に、キラリと光るものが見えたからだ。


「円、それどうしたの」

「ピアス開けた。兄ちゃんが記念にってくれたんだ。ダイヤモンドだぜ、これ」


 校則違反だ、と思いながらも、理玖は再び言葉をのみこんだ。


 理玖と円は、保育園からのくされ縁だ。

 まじめな理玖と、やんちゃな円。

 性格もしゅみも合わないのに、昔からの知り合いというだけで、なんとなく今も一緒にいる。


「どうせ、ニセモノだろ」

「お前なぁ! 本物だってっ!!」


 だからこそ、遠慮えんりょもない。


 理玖の言葉に、円は立ち上がって理玖を押し倒そうとした……が、その反動でボードゲームのバッジがばらばらと床に散らばった。


「ゲーーッ!!」

「拾っとけよ。僕のせいじゃない」

「おい、理玖ーーー!!」

「黒板も消しといて」


 付き合ってられない、と理玖は理科室を出た。






 そして教室に戻り、自分の席についたとたん。


 理科室にいるはずのまどかが窓から現れて、今の、この状況にいたる。


理玖りくーーー!!!!!」


 円は青ざめた表情で、放り投げられた理玖を見上げている。


(ほんと、なんなんだよ……)


 空中に放り投げられた理玖の身体は、大きなをえがき、無情むじょうにも地面にたたきつけられる……


 と思ったら、理玖の身体は空中に浮いたまま止まった。


 助かった。

 理玖はとりあえず、ほっと息を吐いた。


「キミが、救世主きゅうせいしゅクン?」


 突然、女の子の声が聞こえた。

 声の出どころを探すけど、女の子の姿はどこにもない。


「うしろ、うしろ」


 ……と思ったら、いた。

 理玖の背中で学生服をつかんだまま、パタパタと宙に浮かぶ女の子。


 身体は小さく、20センチくらいしかない。

 そのうえ、背中にはちょうのような赤い羽がはえていて、その羽はぴかぴかとオレンジの光をはなっている。


「ちょうちょ……?」

「チョウチョじゃないし。だし」


 どうやら彼女が、理玖の学生服をつかんで、落下を止めてくれたらしい。

 でも、こんなに小さい身体で、どうやって?


「り、り、理玖~~!! 死ななくてよかった……!!」


 ネオンと名乗った妖精ようせいのような女の子は、理玖の身体をゆっくりと地上におろした。

 円は泣きそうな顔で、理玖に抱きついてくる。


「ここどこ? 僕、どうなったの?」

「理玖、あいつにつかまって放り投げられたんだ」

「あいつって……」


 ネオンのオレンジの光のおかげで、周囲が少し確認できるようになった。


 見回すと、巨大なタコのような生物が暗闇の奥でうごめいている。


「な、な、なんだ、あいつ……!!」


 体長は、10メートル近くはあるだろうか。

 巨大なあしがうごめいていて、頭がどこにあるかはわからない。


「うわぁっ」


 すると、理玖の声に反応して、巨大タコがふたたび長い脚をこちらに伸ばしてくる。

 2人は声を上げ、出口を探して走り出した。


「もう、全然理解できない。光るちょうちょと、タコのバケモノ?

 ここはどこで、なんなんだ!?」

「ええと、ええと……

 ダメだ、ネオン。もう一回説明してくれ!」


 タコから逃げながら円が言うと、ネオンと呼ばれた妖精の女の子がハァ、と息をはいた。




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