07 係数をふやして






「どういうことだよ、毒って!!」

「ほんと、ごめん。危ないところだった」


 洞窟どうくつから逃げ出した4人は、草むらに座り込んだ。

 理玖りくまどかも、まだ心臓がドキドキしていた。


「僕は思い違いをしてた。

 炭素Cを加えれば、単純に酸素Oを切り離せると思ってたんだ」


 理玖はなんとか呼吸をととのえながら、地面に

 〔CuO + C → Cu + CO〕

と書いた。


 それを見て円は、首をかしげる。


「ちゃんと、式として成り立ってるんじゃないのか?」

「左右の元素げんその数がそろっているので、一見いっけんそう見える。

 でも、これは『不完全燃焼』の結果おこる化学反応なんだ」


 地面に書いた式を指さしながら、理玖は続ける。


「火が燃えるためには、酸素が必要だろ」

「それは、知ってる」

「だけど火が燃え上がりすぎると、燃やせる酸素がなくなってしまう。

 酸素が足りずに『不完全燃焼』した結果、発生するのが〔CO一酸化炭素〕だ。

 一酸化炭素中毒いっさんかたんそ ちゅうどくって言葉、聞いたことあるだろ?」

「うん、あるある……って、それか!!」


 円はようやく状況を理解し、サーッと顔を青ざめた。


「そう。

 あのまま作戦を決行すると、〔CO一酸化炭素〕が洞窟に充満する可能性があった」

「めちゃめちゃ危ないとこだったじゃん!!」

「どっちにしても、洞窟で火を使うなんて……リスクが高すぎた」


 理玖が言うと、ネオンは表情を暗くする。


「もう、《キュプラム》は、助けられないの……?」


 羽のオレンジの光も、しゅんと弱くなってしまった。


 その姿を見て理玖は、ネオンの頭をそっとなでる。


「もう一度、方法を考える。

 3人は、《キュプラム》を洞窟の入口までおびき寄せる方法を考えて」


 理玖に言われ、ネオンはくちびるをぎゅっと結んで頷いた。





 改めて作戦をねり直し、4人は再び洞窟へと向かった。


「今度こそ、いくぞ」

「おう!!」


 まずは、《キュプラム》を洞窟からおびき出す作戦だ。

 先程と同じく、ネオンが《キュプラム》のもとへ飛んで行った。


「《亜鉛ツィンク》を実体化!」


 ネオンは持っていた元素獣エレメンタムカードをかかげ、原子げんし番号30の《亜鉛ツィンク》を実体化した。


「チッ……せっかく寝てたのに……」

「緊急事態だってば! 力を貸して!!」


 亜鉛ツィンクはウツボのようなギザギザの歯と、長い尾をもつ魚人ぎょじんだった。


「《キュプラム》は亜鉛ツィンクが苦手なの!」

亜鉛ツィンク、頼んだぞー!!」


 ネオンと円が言うと、亜鉛ツィンクはふたたびチッと舌打ちする。


「おい、《キュプラム》!! 出てこねーと、食っちまうぞ!!」

「ギ……ギァ、あ……!!」


 亜鉛ツィンクがギザギザの歯を見せると、《キュプラム》は動揺している様子だった。

 亜鉛ツィンクが洞窟の奥にまわって威嚇いかくを続けると、《キュプラム》はじわりじわりと洞窟の入口に近づいてくる。


 完全に洞窟の外に出たところで、亜鉛ツィンクは身体を巨大化・硬化して、洞窟の入口をふさいだ。


「いくぞ! 【係数+けいすうプラス】!!」


 今度は、タングステンに乗った理玖が《キュプラム》に近づき、ステッキをあてた。


 新たに見つけた、【係数+けいすうプラス】のステッキ

 その、効果はというと……


「うわぁ、タコが2体になった……!!」

「安全に還元かんげんするためには、しかたないんだ!」


 『係数』とは、化学式の頭につく数字のことだ。


 1つの〔CuO酸化銅〕から酸素を切りはなそうとすると、〔CO一酸化炭素〕ができてしまう。


 そこで、安全に酸素を切り離すために、〔CuO〕の『係数』を1つ増やして〔2CuO〕に変えたのだ。

 〔O〕が2つに増えたことで、〚C炭素〛バッジと結合した時にできる物質は〔CO₂〕二酸化炭素となる。


 つまり、

 〔2CuO 酸化銅C炭素 → 2CuCO₂二酸化炭素

という化学反応式を再現しようとしているのだ。


「ネオン!!」

「はぁい! 〚C炭素〛バッジ、つけたよ!!」


 ここからは、先程と同じ流れだ。

 ネオンが2体になった《キュプラム》に〚C炭素〛バッジをつけ、タングステンに乗った円が《キュプラム》に近づく。


「いくぜ~……【熱分解】っっ!!」


 円がステッキをあてて唱えた瞬間、《キュプラム》の身体が炎に包まれた。


 熱さは感じないようだが、驚きはしたようだ。

 2体の《キュプラム》はその太く大きな脚をのばし、円をつかまえようとした。


「うわぁっ!!」


 円が悲鳴をあげる。

 とっさに《亜鉛ツィンク》が飛び出し、《キュプラム》の脚をはたき落とした。


 タングステンが後ろによけ、なんとか円も《キュプラム》から距離をとった。


「グァ、あ、ァア……!!!」

「《キュプラム》、がんばってぇーーーッッ!!!」


 うなり声をあげる《キュプラム》に、ネオンが祈るように声を上げる。


 シュウシュウとけむりをあげながら、徐々に《キュプラム》の身体が小さくちぢんでいった。


「ぐ……ぷ……プぅう……」


 さらに小さくなった2体の《キュプラム》は、ほとんど人間と同じくらいの大きさになった。


「【係数-けいすうマイナス】」


 理玖は【係数-けいすうマイナス】のステッキを、コンとあてた。

 2体の《キュプラム》は、1体となった。


 黒くなっていた髪の毛は、赤茶色に変わっている。


「《キュプラム》をカード化」


 理玖が唱えると、《キュプラム》は空気の中に吸い込まれるように小さくなり、1枚のカードとなった。


「終わった……のか?」

「あぁ、ほら」


 理玖は、《キュプラム》の元素獣エレメンタムカードを円に見せた。


 うまくいった。

 理玖と円はほっとした様子で大きく息をはき、地面にしゃがみこんだ。







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