03 銀白色のオオカミ







「あの子は、原子げんし番号29の《キュプラム》」


 洞窟どうくつの奥の暗闇に目をやりながら、ネオンが言う。


「呼びかけても反応しないし……カード化もしない。

 自我じがを失って、うまく周期表盤ペリオディック・ボードに戻れないんだと思う」


 理玖りくまどかも、あのタコの存在を忘れていた。

 まさか、最初に立ち向かわなければならない相手が、狂暴な巨大タコだなんて。


「自我って、どうやったら戻るの?」

「わかんない。このバッジを使うんだと思うけど……」


 ネオンは、周期表盤ペリオディック・ボードに目をやった。

 そして中から、〚O酸素〛と書かれたバッジを取り出す。


「さっき、20番の《カルシウムCa》はこの〚O酸素〛バッジでおびき寄せて、カード化したの」


 ネオンはカードポケットをめくり、《カルシウムCa》のカードを理玖に見せた。

 カードには、動物の骨のような姿の元素獣エレメンタムが描かれている。


(えーと、ゲームの『ブレイブ・エレメンター』と同じ考えでいくと、このバッジは元素そのものだから……)


 理玖は、円に言われて持ってきた理科の教科書をめくり、『酸化さんか』のページで手をとめた。

 酸化しやすい物質のひとつとして、Caカルシウムがあげられている。


「つまり、《カルシウムCa》は酸化したくて……

 〚O酸素〛にくっつきたくて引き寄せられたってことか」

「たぶん、そーだと思う」

「ってことは、このバッジも、元素のもつ働きを再現できるってことだ」


 理玖は、周期表盤ペリオディック・ボードで何ができるのかを、改めて検証することにした。


「『ブレイブ・エレメンター』と同じような仕組みだとすれば、バッジを使って化合物かごうぶつが作れるはずだ」

「化合物?」

「異なる原子げんしを組み合わせて、物質を作るんだよ」


 理玖は円に説明しながら、周期表盤ペリオディック・ボードから、〚O酸素〛と〚H水素〛のバッジを取り出した。


 ……と、そこで初めて、気付く。


「って、ダメだ。水を作ろうと思ったけど、これじゃ〚H水素〛が足りない」

「ど、どういうことだ?」


 理玖の手元をのぞきこみながら、円がたずねる。


「水の化学式は、〔H₂O〕。

 つまり、2つの〚H水素〛と1つの〚O酸素〛が必要だ」

「ということは……〚H水素〛がひとつ、足りないってことか」


 円も理解したようで、腕をくんで「うーん」と考えこむ。


「〚H水素〛のバッジがもう1個あればいいんだけど……

 ネオン、このバッジはどうやって集めるの?」

「えぇ~っ!? そんなの、わかんないよぉ!

 その2つのバッジは、最初っからそこにあったモン!」


 ネオンの言葉に、理玖は頭をかかえた。

 扱い方もわからないモノで、どうやってあの巨大タコを助けるというのか。


 理玖が絶望していると、突然、周期表盤ペリオディック・ボードのカードポケットがぶるぶるとふるえだした。


「な、なんだ……!?」


 円は思わず、周期表盤ペリオディック・ボードを地面に置いた。


 すると、カードポケットが勝手にパラパラとめくられていく。


「お前ら、だまって聞いてりゃ……」


 そして、低く野太い声が聞こえたかと思うと。


 カードの中から飛び出すようにあらわれたのは、銀白色の毛をした、大きなオオカミだった。


 その姿と迫力に、理玖と円は完全に腰をぬかした。


(これは、今度こそ僕、死んだ……)


 オオカミのするどいキバとツメを見て、理玖はとうとう命がきたと、覚悟を決めた。

 ……が。


「お前ら、そろそろを読んだらどうだ」


 重低音じゅうていおんの渋い声で発せられた言葉に、理玖と円はポカンと口を開けた。



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