学園長の『本題』

「貴女の体質については話を伺っております」


 学園長は応接用のソファをリアに薦め、自分も対面へと腰かけた。

 僕も「邪魔だから出て行け」とは言われなかったのでリアの隣に腰を下ろす。

 ぱちん。

 指が鳴らされるとノックと共にメイドが入ってきてお茶を淹れてくれる。僕の用件を聞いていた時とは態度が大違いだ。


「では、家から話が?」

「はい。こちらでも対処方法について検討を進めておりました。……もちろん、本件について把握しているのは厳選した一部の者だけですのでご安心ください」

「多大なるご配慮、心より感謝いたします」


 微笑を浮かべるリア。

 一方で僕は「なんだ」と思う。彼女の体質をなんとかしようとしている人はちゃんといたのだ。彼女の両親だってただ諦めていたわけじゃない。

 少しだけ悔しいというか、僕がリアの唯一の助けでありたい……みたいな変な気持ちもあるけれど。


「ですが」


 ことん、とティーカップがソーサーに置かれて、


「学園の才を結集してもなお、具体的な対処方法を生み出すことはできておりません。現状の技術では貴女様のお命を伸ばすことは不可能です」

「そう、なのでしょうね」


 リアは大してショックを受けた様子もなくこれを受け入れる。悪い意味で「慣れてしまっている」のだろう。なにも方法がない、なんていうのは彼女にとって生まれた時から何度も聞かされてきた言葉だから。


「あの、ちょっと待ってください。僕たちのところに『放出ができない人でも魔力を流せる手袋』があります。ああいう方法じゃだめなんですか?」


 手袋について話すと学園長は一瞬だけ僕を見てから首を振った。


「第一に、そういった魔道具マジックアイテムは『失敗作とはいえ効果が発揮できているだけで快挙』と言えるほど開発が困難です。第二に、放出が行えない人間が魔力を流す行為は身体に大きな負担がかかります。第三に、魔力を受け入れる器の用意が至難を極めます」


 放出ができない人間が魔力を流すには魔力を強制的に引き出してやらないといけない。

 単に「まだ覚えていない」だけの子供ならきっかけさえ作れば後はなんとかなる、というケースも多いだろうけど、リアの場合は本当にできない。

 無理やりやるのなんて辛いに決まってる。

 また、この方法だと魔力は吐き出すんじゃなくて他のところへ移すだけ。当然「移す先」が必要になる。魔力を溜めておくための「魔石」もあるけれど、一流の魔女が束になっても敵わないようなリアの魔力量を受け入れるには良質の魔石が大量にいる。


「やはり、クリス様は特別なのですね」


 リアの呟きに僕は思わず優越感を覚えてしまう。その後には罪悪感。リアが苦しんでいるのにそんなことを考えている場合か。

 けれど、意外にも学園長までこれを肯定する。


「その通り。彼──クリスの能力であればこの問題をすべて解決できます」


 僕の『魔力喰らいマナ・イーター』ならこっち側から魔力を吸い取る働きをしているのでリアはなにもしなくていいし、身体への負担も最小限になる。

 魔力を移す先が僕という人間なので吸った魔力を処理するのも簡単だ。これ以上吸えない、となったら(ものすごくもったいないけど)どこかに捨ててしまえばいい。


「事実、彼のお陰で体調が安定されているご様子。当面の危険は去った、と言えるでしょう」

「当面、ですか?」

「彼をずっと傍に置いておけるとは限らないでしょう?」

「わたくしは一生、クリス様のお傍で暮らすことになっても構いません」

「っ」


 リア。ほとんど告白だってわかって言ってるんだろうか。


「え、ええと。でも、学園長の言う通りだよ。ほら、僕が急に病気をして死んじゃうことだってあるかもしれないし」

「そんな悲しいことを仰らないでください……!」


 とは言え、リアも「今のままだと不十分かもしれない」というのはわかってくれたようで、


「なにか方法があるのですか?」

「彼の『魔力喰らい』を解析すれば飛躍的な進歩が見込めます。研究を許可していただければさらなる手段を模索いたしましょう」


 正解のわからないまま闇雲に頑張るのと、成功例を調べて同じ物を作り出すのでは難しさが全然違ってくる。確かにそれならなにか方法が見つかるかもしれない。


「もし、研究を行うとすればわたくしとクリス様はどうなるのでしょうか?」

「情報の秘匿体制を整えたうえで定期的に時間を取っていただき、実験や検証にお付き合いいただくことになります。もちろん、お身体への負担は十分に考慮いたしますのでご安心ください」


 でも、どうしてだろう。本当に信じていいのか、という気持ちになってしまうのは。

 学園長の表情を窺う。

 彼女は僕を見ずにリアだけを見ていた。……もしかすると、リアを助けるためなら僕の命はどうでもいい、くらいに考えているかもしれない。単に僕が彼女にいい感情を持てないだけかもしれないけれど。

 膝の上で拳を握る。

 心配そうにリアがこっちを見てくる。でも、その視線に微笑むだけの余裕がなくて。


「母さんが──シルヴェール・レルネが生きていたら、研究はもっとスムーズに進んでいたのかもしれませんね」


 気づくとそう口に出していた。


「───っ!」


 一瞬、けれど確かに学園長──クローデットが僕を見た。

 紅の瞳。あのフランシーヌより強く、僕の全てを焼き尽くそうとするかのような激情がその奥で揺らめく。

 ああ。

 この人が殺したのかどうかはわからない。だけど、この人が僕と母さんを良く思っていないことだけはよくわかった。


「クリス様」


 リアの静かな声ではっとした僕は「失礼なことを言ってすみません」と頭を下げた。

 形としては息子が母親の死を惜しんだだけだ。学園長も特に追及することなく「構いません」とその場を流してくれる。

 ふう、と。

 銀色の髪の少女が息を吐く。ただそれだけで場の空気はリアに支配された。彼女が同い年じゃなくて十六歳で、相当位の高い貴族であることを思い出す。


「わたくしとクリス様に関する研究は『研究部』の方々へ委ねたいと思います。許可と協力をいただけますか、学園長?」


 現公爵夫人にして学園の長。

 クローデット相手に一歩も引かない態度を取るリアは、もしかすると僕が想像していたよりもずっと偉い立場にあるのかもしれない。



   ◇    ◇    ◇



 外に出るともうそろそろ日が暮れかかる頃合いだった。


「申し訳ありませんでした、クリス様。話の流れとはいえ勝手に決めてしまって」

「そんな。こっちこそごめん。リアの話をしている時に空気を悪くしちゃって」

「お気になさらないでください。……わたくしにも、あの状況で学園長に全てを委ねる勇気はありませんでしたので」


 学園長はリアの要求について「少し考えさせてください」と答えた。

 大きな決定になるのだから無理もない。リアもこれに対して無茶は言わず「承知いたしました」と答えただけで、後は別れの挨拶をして学園長室を後にした。

 帰りも案内がついたのであちこち歩きまわることはできなかったけれど、追い返されなかっただけマシというか、ギリギリでお客さんの立場を守れたという感じ。


「でも、やっぱりリアのおかげだよ。僕一人だったらたぶん門前払いされてた」

「そんなことは……」


 首を振ったリアだけど、すぐに「いえ、そうかもしれません」と意見を変えた。

 綺麗に舗装された石畳へと彼女は青色の瞳を落として、


「クリス様は、学園長がお母様を殺害したのではないか、と、考えていらっしゃるのですよね?」

「……うん」


 間違っていたらものすごく失礼なのはわかっている。

 でも、状況から見て一番犯人らしいのは間違いなくクローデット・フォンタニエだ。動機があり、攻撃系の魔法を得意としている。

 母さんが優秀な魔女だったとすれば猶更、下手な人間には殺せなかったことになる。紅の髪という特徴を合わせれば疑うのは当然だ。


「でも、証拠はない」

「はい。ですから、糾弾することはできません。……けれど、そんな疑惑のある方に大事な仕事をお願いするのはやはり恐ろしいです」


 だから、リアは研究部を指名したのだ。

 出会って一週間ちょっとの間柄とはいえシビル先輩やフェリシー先輩、ミシェル先輩とはそれなりに気心が知れている。彼女たちなら悪いようにはしないだろう、という安心感がある。


「うまく了承してもらえるといいね」

「良い結果を祈りましょう」


 なんとなく貴族の中で食事をするのは気まずい気分だった僕たちは食堂には寄らず、部室に寄ってから家に帰った。

 今の段階では「もしかしたら後日お願いをするかもしれない」としか言えないけれど先輩方にも心の準備をお願いして、家に余っている食材で簡単な料理を作って二人で食べた。


「クリス様。……よろしいでしょうか?」

「うん。いいよ、リア」


 魔力吸収は夜、ベッドの上でしてもらうことが多くなった。

 寝落ちしてしまっても大丈夫な状態。暇を見て調達した僕の寝間着をリアが細い指ではだけさせて、黒い手袋をした指でそっと撫でる。

 軽く痺れるような感覚に「んっ」と声が出る。問題なく吸収できていることを確認。

 すると今度は下腹のあたりに手のひらが押し当てられて、流れ込んでくる熱いものに唇が大きく開いた。息と共に高い声が漏れ、手のひらが離れると同時に心地良くも深い疲れが襲ってくる。

 少しずつ慣れてきたせいか最初の頃より激しくなった気がする。

 瞼の重さを感じながら上を見上げていると、僕の顔を覗き込んだリアが微笑んで、


「おやすみなさいませ、クリス様」


 寝間着が優しく直されるのを感じながら、僕は眠りへと落ちて行った。



   ◇    ◇    ◇



「やってくれたね、二人とも」


 数日後、部室に顔を出した僕たちは中に入るなりシビル先輩に前を塞がれた。


「突然、教師複数人に押しかけられる方の気持ちにもなって欲しい」

「……あ、えっと、もしかして例の件ですか?」


 尋ねると、先輩はいつになく疲れた様子で「話は全部聞いた」と息を吐いた。


「リアがあんなガラクタを持って行った理由もわかった。だいたい予想はしていたけど」

「じゃあ、上手く行ったのですね?」

「上手くは行ってない」


 シビル先輩は脇にどくと大テーブルの上を僕たちに示した。

 どん、と。

 なかなかのインパクトで鎮座しているのは金貨が入っていると思しき袋と、束になった紙、それからペンとインクだった。


「学園からは大量の資金提供があった。研究内容もなかなか興味深い。余ったお金で他の研究も捗るし、私たちを隅に追いやった奴らの鼻を明かせる」

「いいことじゃないですか」

「その代わり、研究結果の記録と定期的な報告を義務付けられた。フェリシー先輩はまだ部屋で説明を受けてる」

「ミシェル先輩は?」

「逃げた。『難しい話はわかんないから終わった頃に戻ってくる』って」

「ミシェル先輩らしいですね……」

「こうなったらクリスたちにも手伝ってもらう。主に書記を」


 なるほど。地味な筆記作業がよっぽど嫌らしい。


「もちろん、僕たちがお願いしたんですから喜んでお手伝いします。ね、リア?」

「ええ。みなさまが担当してくださるのでしたら安心です」

「よろしい」


 ここまで来てようやくシビル先輩は笑顔を見せてくれた。


「よくやってくれた、一年生たち。これは我が部始まって以来の快挙かもしれない」


 別に怒られているわけではなかったらしい。ほっとした僕はリアと顔を見合わせて頷きあい、笑い合う。これでリアの体質についてはなにか進展がありそうだ。

 と、ここで先輩は「先に言っておくと」とさらに言って、


「一朝一夕で成果が出る可能性は低い。気長にやることになるからそのつもりで」

「はい」

「今まで以上にこき使うから、用事のない時は部室に来て」

「はい」

「じゃあ、とりあえず少年は脱いで」

「はい! ……って、今、なんて言いました?」


 首を傾げながら尋ねると、先輩のとらえどころのない瞳が真っすぐに僕を向いて、


「脱げ」

「先輩ってそういう趣味だったんですか?」


 身の危険を感じる。


「……? 女同士でもないし、特殊性癖というほどでもないと思うけど」

「やる気まんまんじゃないですか!?」


 僕の方が年下で位も下だから、そういうことになった場合はシビル先輩にリードされても確かに不思議はないのだけれど、どうして急にこんなところで。

 リアはどう思っているのかと隣に視線を向けると、少女は少しばかりむっとした様子で、


「先輩。クリス様をからかうのはお止めください」

「残念。面白かったのに」

「冗談だったんですか……!?」

「本気だったらもっと静かな場所でやる」


 本気の可能性があったのか……?

 なおも振り回されている事実に呆然としていると、先輩は「それはともかく着替えて欲しい」と言ってきた。


「素肌からしか吸収できないのなら露出は多いほうがいい。とりあえず、前に着ていた即席の戦闘服があるといいんだけど」

「あ、そういうことだったんですね。わかりました、取ってきます」


 ほっとした僕は先輩やリアの前で肌を露出するために服を取ってくることになった。

 ……よく考えるとあんまり解決してない気もした。

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